第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その34


 契約は成立した。オレはシャムロックの協力と命を頂く代わりに、シンシアのトラブルを解決するために働くこととなった。『アルテマの呪い』を解き、『ゾーイ』をどうにかする……変な契約だな。


 サインも握手も交わすことなく。睨み睨まれるようにしていた。クライアントへのご機嫌取りのためじゃないし、その必要もない相手だが―――どうにも、口元が緩んじまったよ。


 まさか、帝国人に『雇われる』日が来るとはね。


 屈辱的なはずだが、マキア・シャムロックは頼りになる存在には違いない。コイツの協力があれば、少なくとも、ククリとククルたちの延命は叶いそうだ……その薬を、ルクレツィアに渡すことが出来たら?


 彼女なら分析し、より良い薬へと昇華させることも可能なはずだ。


 ……問題は、『新たな魔女/ゾーイ』―――コレばっかりは、他人様任せになりそうだ。精神のなかに棲み着いた、『別人格』……竜太刀で斬れるような相手ではない。


 こちらも、正直、ルクレツィア頼みだな。


 オレは背中からミアを下ろすと、ミアとリエルの顔を見る。


「……オレたちの任務は、単純だ」


「うむ!そうだな!」


「だよね!難しいコトは、ムリそうだもん!」


「そうだ、賢い人々を頼るぞ!……『メルカ』に、マキア・シャムロックを運ぶ。もちろん、シンシア・アレンビーもだ。地上に戻り、ククルと合流するぞ!」


「了解だ!」


「おっけー!」


「それで問題はないな?」


「……ああ。私の処遇はそれでいい。しかし、『青の派閥』は、どうするつもりだ……?」


 さっそくトラブルの予感だな。オレは逃げない。厄介な任務だと分かりきっていたことだからな。ケガするのも覚悟して、頭から問題に突っ込もう。このオッサンとは、そっちの方がハナシが早いよ。


「もちろん、全員殺すさ。助けるのは、シンシアだけだ」


「……この、蛮族め!!」


「そうだ。帝国人を滅ぼすのが、オレの使命だからな。『青の派閥』は極右化し、帝国軍との協力体制を強化したというではないか?……それに、亜人種への人体実験も、『魔王』を名乗る者として、見過ごすわけにはいかない」


「軍への協力は、帝国臣民の義務だ!!」


「アンタたちの忠誠心など、こちらからすれば、どうでもいいハナシだ。軍隊に協力するということは、侵略行為に手を貸すことだからな。オレたちの明確な『敵』だ」


「学問の徒を、殺すなど!!」


「学問ね。医薬品ならまだしも、『人体錬金術』の薬だと?兵士を強化するか!……アンタたちを生かしておけば、こっちは大勢が死ぬんだよ。そんな研究をしていれば、敵から狙われることを覚悟する必要があるとは思わないか?」


「クソ……テロリストどもめッ!!」


「全員を殺されるのがイヤなら、『人体錬金術』の専門家をリストアップしておけ。門外漢だけは、助けてやってもいい」


「……私に、殺される者を選ばせると言うのか!?」


「そうだ」


「……鬼畜がッ!?」


「アンタになら出来る仕事だろう。すべき仕事でもある。被害者を劇的に減らせるぞ。それがイヤなら、全員を殺すだけだ。地上に着くまで、考えておけ」


「……貴様ッ」


「それが、オレにとって可能な、最大限の譲歩ってもんだよ」


「命を、何だと思っているッ!?」


「アンタ自身にも問いかけるべき言葉だな。人体実験で亜人種を殺すのは、さぞや楽しかったことだろう」


「被験者は、逃亡奴隷だ!!犯罪者だぞ!!彼らは、帝国人の『財産』でありながら、逃亡した!!持ち主に、被害を与えた『盗人』どもだッ!!学問の礎となることは、正当な罰でもあるッ!!」


「知ったことか。アンタの作った薬で、殺された者たちにも家族はいた。アンタにとってのシンシアちゃんがな。アンタの薬は、人殺しの毒だよ」


「……私は、帝国軍人を、守ろうとしているだけに過ぎない」


「いいか?そのロジックが通じるのは、帝国人にだけだぞ。オレは、見逃せん」


「錬金術師は、非戦闘員だぞ!!」


「アンタの薬で強化されていた『ナパジーニア』が、アリューバ半島で焼いて回った村も民間人しかいなかったがな!!」


 ああ。


 やっぱり反りが合わないな。


 オレたちが怒鳴り合いのケンカをしているので、ミアが不安そう。リエルは、瞳でオレの『合図』を待っている―――『シャムロックを殺せ』、その命令を待っているっぽい。


 だがね。


 このオッサンは、怒りっぽいが……『正論』が好きなのさ。良くも悪くも、分析を始めるだろうよ。シンシア関連以外は、冷静な男だからな。そして、シンシアのためなら、何でもするさ。


「……行くぞ、シャムロック。時間が勿体ない。オレにアンタの背中を見せてやる。オレとの契約を破棄したければ、いつでも攻撃して来い」


「……貴様……」


「お互いの主張は吐いただろ?……オレたちは友人関係にはなれない。だが、クソみたいな雇用主にも、報酬次第で雇われるのが傭兵稼業だ。報酬が期待出来るあいだは、働く」


「……シンシアだけは、殺すなよ」


「もちろんだ。アンタの死後も、彼女の命は保証する。さて、出発だ。ミア、オレの左につけ。リエルは、最後尾だ」


「うん!」


「了解だ。シャムロックよ……ソルジェ団長に攻撃を仕掛けたら、一秒後には殺しているぞ。まぎらわしい行動は慎め」


「……分かっている」


 いいパーティーだな。シビアなプロフェッショナルの集まりだよ。オレたちは移動を開始する。おしゃべりのおかげで、ダンジョンを踏破して来た、シャムロックの足の疲れも取れているだろう。


 錬金術の作業場を抜けて、あの爆破した通路を這い上がり、リエルの『紋章地雷』の放った『雷』に感電死させられた『徘徊する肉食の小鬼/ゴブリン』どもの死体の横を通り抜けていったよ。


 無言のまま、オレたちの移動は早足で行われる。


 経験値ってのは大きい。この『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』における、戦い方を、『パンジャール猟兵団』はマスターしつつあるのさ。


 ゴブリン、アウルベアー、アーマーイーター、スライム……戦い方は十分に理解している。オーガのサイズも見れた。遭遇しても、動きの予想は立てられるのさ。


 『ベルカ・モンスター』の性格の悪さも、『雷』に弱いという弱点も、把握しているオレたちには……もう、このダンジョンは脅威ではなかった。


 無言のまま、闇から現れるモンスターどもを殺していく。竜太刀と、『雷』が宿った竜爪、ミアの『雷』が宿ったナイフ……そして、リエルの矢。言葉を放つことなく、『パンジャール猟兵団』は連携を見せたよ。


 もちろん、常に、シャムロックの裏切りに警戒しながら。


 ……おびただしい『人口』を誇る、このモンスターの住み処も、『黒羊の旅団』の精鋭たちに突破されて、その後に入ったオレたちにも相当数を仕留められたせいだろう。階層を上がるごとに、モンスターとの遭遇頻度は激減していったよ。


「…………貴様たちは、何者なのだ」


 だんまりを決めてから30分が過ぎた頃、シャムロックが久しぶりに我々とのコミュニケーションを取る気になったようだ。


「言っただろう、『パンジャール猟兵団』だと」


「もう、第二階層だぞ?……モンスターの密度が減ってはいるといえ、こんな短時間で、ここまで戻ったことは、今まで無かった……」


「『黒羊の旅団』は有能だ。だが、オレたちは、『大陸最強』。その違いは大きい」


「……大きく出たな」


「自信があるから言えるのさ」


「……なぜ―――」


「―――ん?」


「なぜ、さっきは正直に答えた。私の協力が欲しければ、黙っていればいいだけだ。私と揉めることになるのは、百も承知だったはず」


「『娘』のために死ぬ気のアンタに、嘘をつく?……ストラウスの剣鬼は、そういう躾を受けちゃいないのさ」


「……蛮族は、変わっているんだな」


「まあ、文明人のインテリさんに比べれば、どうにも世渡りが下手なんだろう。だが、さっき言ったコトは真実だ」


「だろうな。『青の派閥』が『蛮族連合』の脅威となることは事実……」


「アンタの薬は、たしかに帝国軍の兵士には利益となる。互いの仲間を守るためにも、オレとアンタは仕事をサボれない」


「……現状、最も双方の被害を少なくし、納得の出来る状況は―――」


「―――アンタがアンタの仲間のために出来ることは、オレたちに殺されるべき錬金術師を選ぶことだけだよ。それ以外は、無い。アンタが仲間にしてやれることは、それだけだ」


「だろうな」


 納得したわけではないだろう。一種のあきらめでもあるか。正義に燃える熱や、忠誠心という束縛を取っ払えれば、合理的な選択が残る。帝国人ってのは、合理的な選択を好むものだよ。


 とくに、科学者である錬金術師たちなんてものは、特別にそうなんじゃないかね。このオッサンは『話し合う』べき相手じゃあるんだよ。こちらの理屈に、利益を見出したら、必ず受け入れてくれるはずだから……。


 ヒカリゴケの放つ、淡い緑の光に照らされるダンジョンのなかで、沈黙は再開する。ゴブリンの群れと、アウルベアーを蹴散らした後になるまで、そいつは続いたよ。錬金術師マキア・シャムロックは、アウルベアーの首を刎ねたばかりのオレに、語りかけてきた

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