第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その35


「…………若く未熟な者たちは、助けてやれるか?」


「ああ。考慮する」


「本国には、帰してやれるだろうか?……若手のなかには、まだ学生の身でありながら、今回の遠征に参加してくれた者たちもいるのだ。学術的探究心、『青の派閥』への献身、そして……奨学金目的に、参加しただけの者もいる」


「学生たちは、『青の派閥』と関係ないのか?」


「学生の身分では、一人前の錬金術師とは言えない。派閥の正式なメンバーではないぞ。錬金術を目指す若者たちは、よほどの財力がある親に庇護されていない限りは、貧しい者も多い」


「ただの苦学生か」


「……ソルジェ、そいつらは、殺してやるな。我々の正義に反するぞ」


「―――リエル。誰が『敵』なのかを決めるのは、『お兄ちゃん/団長』だけの特権。それが、『パンジャール猟兵団』の『掟』」


 誰よりも猟兵という存在を理解し、誰よりも『パンジャール猟兵団』の『掟』を守る存在は、もちろん、ミア・マルー・ストラウスだ。


 オレとガルフ・コルテスの最高傑作。暗殺妖精。それが、我が妹の本性でもある。


「パンジャールの猟兵に命令出来るのは、『団長』だけだよ」


「う、うむ。すまない……私としたことが、出過ぎたマネをしてしまったな」


 『掟』を破ること、それは森のエルフにとっては、大きな罪なのさ。まあ、リエルはやさしいからな。苦学生を殺すことに反対するのも当然さ。


「……それで。答えはどっちだ、蛮族?」


「……ああ。苦学生は、殺さないさ。それが、団長の決定だよ」


「おっけー、お兄ちゃん!」


「う、うむ。それには、賛成だな!」


 ミアとリエルも明るい声になる。ああ、マキア・シャムロックとの会話は、どうにも殺伐としちまうからね?……このオッサンの部下とかじゃなくて良かった。


「……安心したと言っておこう」


 なぜ、その言葉がそこまで偉そうに吐けるのかね?……まあ、いいんだけどな。


「学生は殺さない。しかし、場合によれば、竜で第三国に移送することにもなる」


「どうしてだ?」


「貴族や有力な軍人の子息も混じっているに違いないからだ。そいつらは、自由にしてやることは出来ないな。資産と影響力を持つ者に、この土地の情報を渡す気にはなれない」


「学生は、『ストレガ』の花畑を探していただけだ……『メルカ』の知識は、本当に乏しいはず」


「秘密主義が幸いしたな。だが、この決定は変わらない。有力なバックボーンを持つ存在を、放置する気はないな。色々と工作を施さなければ、ご両親が私兵を雇い、この土地を探索しようとするかもしれん」


「……誘拐すれば、そうなるだろう」


「だから、誘拐した上で工作する。ボンボンどもに手紙を書かせ、ここから遠く離れた町にいるように工作するのさ―――レミーナス高原の探索からは、途中で帰還したフリをさせる。そうすれば、ご両親がこの土地に新たな探検隊を寄越すこともない」


「さすが、お兄ちゃん!」


「うむ!なるほどな!帝国人の郵便網を、逆手に取るのか!連中は、手紙に、各町の郵便局が、オリジナルのハンコを押すものな!」


 そうそう、『偉大な文明』を利用しようというわけだ。帝国の郵便は、優秀だからね。どの町で郵便物が出されたかを、追跡しやすくなっている。帝国人は、手紙に押された消印を信じるだろうさ……。


「……学生を誘拐し、戦争行為に利用するのか?」


「興味深い戦術だろう。ああ、学生だけじゃなくて、アンタにも一筆書いてもらうつもりだから、協力してくれると嬉しい」


「私に、何を書かせたい?」


「とりあえず、謎の流行り病で多くの隊員が死んだというコトと、モンスターが想像以上に狂暴で、予想をはるかに上回る被害が出てしまったと。トドメに、花畑も遺跡の調査も徒労に終わった。そういう『遺言』を書いてもらい、『青の派閥』の本部にでも送るさ」


 シャムロックですら対応困難な『死に病』、それにベテランぞろいの傭兵を殺すモンスターの『群れ』。


 そのセットがあれば、誰が、こんな土地に来たいというのかね。しかも、どうやら、ここには魅力的な『宝』は無さそうだってことになると、ますます来る価値が失せる。


「もうすぐ……夏になる。そうなれば、『鷲獅子/グリフォン』も来るぜ。よくない条件が重なるな。この土地から、帝国人を遠ざけることが可能になりそうだろ?伝説の花畑を探して、遭難して全滅したドジな探検隊の噂も、グリフォンが去る頃には消えちまっているさ」


「ほう。さすがは蛮族だな、悪知恵がよく回るものだ」


「褒めてもらってありがとうよ」


「フン。皮肉で言っているのに、気づかないか、低脳め」


「気づいているよ。アンタよりも社交的なだけだ。気に食わないようだな、オレの『策』が」


「当然だ。私はともかく、学生までも利用するつもりなのだからな」


「だが、殺されるより、はるかにマシだろ?」


「……フン。虐殺されるよりはな」


「いい言葉だよ。合理的な答えを選んでくれて、ありがたい」


「……どのみち、我々は、敗北したのだ。ビクトー・ローランジュが、金塊を目当てに裏切ったことで、全てが台無しだ」


「ヤツは自由も求めていたらしいが……金塊もか」


 まあ、何をするにしても金はいるからな。


「『ベルカ・クイン』は300年前に、イース教徒への協力の見返りに、金を要求していたようだったな……?」


 リエルが通路の先にいた、スライム目掛けて、『雷』を帯びた矢を放ちながら訊いてきたよ。スライムは爆発しなかった。ゼリー状の体は、沸騰しながら融けていき、内臓と歯が、体外に転がっていたよ。


「リエル!『雷』、スライムちゃんにも有効だよっ!」


「フフ。ここのモンスターは、『雷』に本当に弱いようだな!」


 リエルは自分が大活躍していることを喜んでいる。自分がした質問よりも、たやすくモンスターを消滅させたことへの快感が勝っているようだな―――だから、オレ。黄金につられている欲深いヤツみたいに、会話を引き継いでいたよ。


「……この地下には、そのとき金塊が眠ったままか」


「そうだ……私は、その金塊を狙ってもいたのだ」


「くくく、欲深い男だな。オレは、アンタがシンシアのためだけに、この土地を調べてもいるのかとでも思っていたよ」


「……もちろん、シンシアのためでもある。だが、祖国のためでもあり、組織のためでもあり、学問と科学のためでもあり……むろん、私個人の名誉や富のためでもある。合理的な選択だ」


「たしかにな」


「多くの力を集めるべきだ。そうでなくては、人生において、やれることは限られてくるぞ」


「……あー、そうかい。成功者の言葉として、聞いておいてやるよ」


「いい判断だ。私の言葉には、覚えておくべき価値がある」


 くくく!まったく、偉そうな態度だ。事実上の『捕虜』なんだが―――勇敢というか、尊大な性格のせいというか……世間知らずなのか、学者肌ってこいうことなのか?


 厄介な男だ。だが……ぶっちゃけると、嫌いではない側面も持つ。もちろん、殺すべき敵であることには変わらないんだがな。オレは、どんな経緯が待ち受けていようとも、コイツを斬るぜ。


 『青の強化薬』を戦場にもたらした罪を、償わせる。死ぬことのみが、その罰には相応しい―――。


「まったく、アンタが帝国人じゃなければ、良かったのにな」


「私は、貴様が蛮族の生まれでありがたい」


「敵同士でいられるからか?」


「そうだ。私は、貴様が、大嫌いだからな!!邪悪で、下品で、帝国人に不幸を招く……貴様は、本当に腹立たしい……」


「くくく!!ああ、それでいいさ。戦い、殺し合うのが、オレたちらしいよ。だが……まずは、手を組んで、『魔女退治』と行こうぜ」


「……分かっている。全ては、シンシアのためだ。必ず、『メルカ・クイン』の協力を取り付けろ」


「地上に着いたら、シンシアを回収し、この場所を離脱する。『メルカ』に向かうぞ」


「……なあ、ソルジェ。『青の派閥』どもは、どうするのだ?」


「そうだよ、お兄ちゃん。今から、殺すと……オッサン、激おこモードになりそう」


「とりあえずは放置だ。錬金術師だけでは、この場所から逃れられないだろう。護衛もいない。このまま夜が来れば、モンスターが闇のなかで徘徊を始める。連中は動けない」


「ふむ。レミーナス高原の夜は、素人には危険過ぎるものな……」


「連中が動けないあいだは、べつに警戒する必要は無いさ……生殺与奪は、オレたちが握ったままだよ」


「……おい、蛮族。私の目の前で、同胞を斬ってくれるなよ。冷静では、いられなくなるかもしれない。それに……」


「それに……?」


「……私がいれば、彼らは、私の掲げた組織哲学を全うしようとして、自分の考えを捨て去るだろう」


「愛国心教育の『副作用』か。無力なガキどもが徹底抗戦でも選び、犬死にしたがる」


「ああ、ムダな抵抗をして、血を流すことになる……それは避けたい。私が、顔を出さなければ、彼らは……それほどまでに暴走はせず、貴様らに怯えて大人しくなる」


「いい指導者だ。パワハラはよくねえもんな。いいか、シャムロック。地上に出たら、錬金術師どもを、大人しくさせておけ。オレたちは、3人だが、錬金術師の40人ばかしを殲滅することなど……容易いんだぞ」


「……分かっている。貴様たちは、私の新しい『護衛』ということにしてやる。シンシアと共に、馬で、カーリーン山に向かおう」


「分かったよ。そこで『メルカ・クイン』に会わせてやる」


「そうしてくれ。もはや、『メルカ・クイン』の知性だけが、頼りだ……ここの地下を探索することも、魅力的ではあったのだがな……」


「そいつは、また後日、オレたちがやるさ。とりあえずは、『アルテマの呪い』を抑制する薬を、『メルカ・クイン』に見せろ。彼女とアンタで知恵を出し合えば、想像以上の仕事をするさ」


「ほう。私の才能を認めるか、蛮族」


「才能を発揮してもらわなければ困る。『アルテマの呪い』から、オレは妹分たちを解放してやりたいんだからな……」


「……互いの、『家族』のためにか」


「『家族』を、これ以上、失うことは許容出来ないだろう、お互いにな」


「……貴様は、『妹』」


「アンタは、『娘』だ。似たような傷がある。しばらくは、共闘しようぜ。お互いが敵であろうともな」


「……フン。分かっている」


 ……さてと、揉めてみた甲斐があった。いい結論に達することが出来たような気がしているよ。まったく、『話し合い』ってのは、大事だ。相互理解のコツだなあ。言葉での殴り合いも、経営者の仕事のうちってね……。


 ああ……。


「お疲れさまだな、ソルジェ。珍しく、いい交渉だったんじゃないか?」

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