第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その33


「シンシアを守るだと?……蛮族、お前などに具体策は、あるのか?……『メルカ・クイン』と交渉して、ダメだったでは、許されんのだぞ」


 まったく、蛮族は何一つだって出来ないとでも、この文明的な侵略国家、ファリス帝国の錬金術師殿は考えているのかね。そいつは、大きな間違いだぜ。


「もしも、ルクレツィアが受け入れてくれなかった場合は、シンシア・アレンビーをこの土地から離す」


「どこに連れ去るという?」


「もちろん、『自由同盟』の地に連行するよ。もちろん監視はつけることになるだろうが、最大限の『自由』を保障してやる」


 ルクレツィア・クライスも、この土地に『新たな魔女/ゾーイ』が来ないのならば、文句は無かろう。


 それに、『ゾーイ』は、少なくともルクレツィアには作れていない治療薬を発明した。生かしておけば、自分の延命のために、『メルカ』にも有益な薬を創り出す可能性は高い。ルクレツィアからしても、『ゾーイ』を生かすメリットは大きいさ。


「……貴様を、信じろというのか?」


「ああ。オレは、ククリとククルを助けてやりたくてね」


「……双子の『コルン』たちの名か」


「そうだ。二人のためなら、兄貴分として、オレは何でもするのさ。蛮族らしい、非合理的な感情由来の考えだが、嫌いじゃないだろ?……アンタの動機と全く同じだからな」


「……蛮族などの低俗な理由と一緒にするなと言いたいが、たしかに……『コルン』から『アルテマの呪い』を取り除きたいということだけは、共通しているようだな―――」


「―――で。こちらの提案に対して、アンタはどうするつもりだよ。断るのか?受けるのか?……ちなみに、断れば、オレは『ゾーイ』を確保する。シンシアごとな」


「……貴様ッ!!」


「『自分』の命を大切にしているのは、『ゾーイ』も同じ。ならばシンシアごと、監禁して『アルテマの呪い』に対する薬を取り上げてやればどうだ?」


「……っ!?」


「……ヤツは、怯えて、持てる情報を教えてくれるだろうよ。素直にな」


「呪病の発作を、あえて起こさせるというのか!?」


「そうだ。シンシアを『娘』と認識しているアンタには、とてもじゃないが出来ない選択だが、オレには幾らでもやれるぞ。他人だからな。『ゾーイ』は、オレの『妹愛』に、恐怖を抱いてくれるんじゃいなかね?」


「拷問する気か、私たちのシンシアをッ!?私と妻と、ボブとレオナの、私たちの最愛の存在をッ!?」


「正確には、『ゾーイ』をな。彼女は、アンタよりもはるかに有能な情報源だってことが分かったからな」


「この蛮族めッ!!」


「ハハハ!……そう怒るなよマキア・シャムロック。もちろん、オレだってシンシアを苦しめるような行為をしたくはないんだよ……アンタが、快く協力してくれるのなら、オレたちは、互いの大切な『家族』を守れるんじゃないかと提案しているだけだ」


「……っ」


「その選択が、お互いのためにとって、最良の答えではないのか?……アンタが『娘』を二度と失いたくないように、オレも『妹』を二度と失いたくない。アンタの愛するファリス帝国のせいで、7才で焼かれちまってね。大きなトラウマを抱えているのさ」


「……貴様」


「『同じ痛み』を抱える者同士、手を組まないか?……ああ、アンタが、『自由同盟』に情報を渡したくないっていうのなら、それでもいい。アンタに求めるのは、『アルテマの呪い』を解呪するためのみの知識と情報だけにしてやるぞ」


「……」


 リエルが無言のままオレを見ていた。シャムロックには、もっと情報源として価値があると主張したいのかもしれない。でも、すぐに視線を外して、シャムロックへの警戒に戻る。あのオッサン、袖のなかに薬瓶を幾つか回収しているからな―――。


 ―――リエルはね、オレの考えを察してくれたらしい。


 そうだ、オレが最優先すべきは、ククリとククルの解呪だ。『自由同盟』のための情報よりも、今のオレはそれを優先している。これが、傭兵稼業の素晴らしく自由なところかもしれないな。


 国家の犬である軍人なんかでは、こんな自由な生き方は出来ないだろうさ。呪いが解けたあとでも、シンシアを痛めつけ、その様子をシャムロックに見せて、可能な限りの情報を吐かせて、その後で殺す……。


 それ以外の選択肢は、軍人にはないだろうがね。


 オレは、軍人ではなく、『パンジャール猟兵団』の団長なんだ。傭兵ってのは、自由さが売りの、素晴らしい自営業者だ。


「……いいか。こちらが提供するのは、シンシアに対しての、『可能な限りの安全』だ。全力を尽くす。それで満足して欲しいところだな。そもそもだが、『メルカ・クイン』の手助けナシに、アンタにシンシアを救えると思うか?」


「……選択の余地は、なさそうだな」


「与えてはいるだろう。アンタがオレの敵であるファリス帝国のために殉じたいのなら、死なせてやってもいいんだぞ。アンタが死んでも、『ゾーイ』さえ確保すればいいだけだからな」


「……それは、たしかに……そうだろうな」


 正直なところ……『ゾーイ』を拷問する方が『答え』に辿りつくための、最良の手段のように思えるがな―――あくまでも、騎士道の人物で在りたいのさ。オレが、真の竜騎士であり続けるために。


 そうでなければ……何だか、星が浮かぶ空で、セシルが泣いてしまう気がしている。復讐を背負う者だからこそ、守るべき一線は大事にしたいんだよ……竜騎士として、戦い、復讐を成し遂げる。それが、ストラウスらしい生き方であり、オレが成すべき復讐の形さ。


 だから。


 頼むよ、シャムロック。


 オレの手に、いらない罪を背負わせるな。シンシア・アレンビーを見捨てるという選択は、アーレスの角が融けた流体を持つ竜騎士らしくないんだ。


「オレか、リエルか……好きな方に言えば、今すぐ帝国のために死なせてやるさ。臣節とやらが、『娘』よりも大切だと考えるのなら、オレの趣味じゃないが、認めてやる」


 忠誠心に殉ずる。その死にざまは嫌わない。もしも、その死にざまを選ぶような男ならば、オレのような『ファリスの敵』とは組めないだろう―――ジョルジュ・ヴァーニエのような男であるというのなら、問答は時間のムダである。


 殺してやるよ。


 それから、シンシアを拉致って、『ゾーイ』を拷問にかける。シンシアが『アルテマの呪い』を抑える治療薬を持っているのなら、それを奪い取り、ルクレツィアに渡せばいいさ。


 それを分析し、量産するまで、我が親友である大錬金術師が、長い時間を必要とはしないだろうしな。


「死にたければ言え、殺してやるぞ?……それでアンタが自己満足を得られるのなら、オレはそれでもいい。そういう帝国人とは交渉する意味がないからな。どうするんだ?ムダにする時間は無いんだぞ、さっさと答えてくれないか?」


「……犬死にを、皇帝陛下への臣節とは思わん」


「そうか。なあ、アンタ。オレの言いたいことが分かるか?……『アンタを売国奴にはしない』ってことだよ。それも、報酬だ。『アルテマの呪い』の解決策のみを聞き出し、他のことは聞かない。それも約束してやる」


 アイリス・パナージュ『お姉さん』が聞いていたら、オレの頭を殴りそう。殴らなくても、クラリス陛下にチクりそうだな……インテリ女子に、後から愚痴られるパターンだ!!


 ……でも、ここにはアイリス『お姉さん』はいないんだしね。ああ、好きにやらせてもらうよ。


「『アルテマの呪い』と、『新たな魔女/ゾーイ』の件が解決したなら、勿体ないが、アンタのことを、そのまま楽に殺してやるよ。大サービスだな。こんなクソ甘い条件を出すのは、うちぐらいなモンだぜ」


「……たしかに、甘い男でもあるようだな」


「甘さというのは、反省すべきオレの弱点かもしれないな。だが、オレは愛情でも動ける。だから、必要ならば、残酷なこともやっちまうヤツだよ。『青の派閥』も、『黒羊の旅団』も……ここに来た者たちには、とっても不幸な目に遭ってもらう予定だ」


「……皆殺しか」


「そうすれば、この土地に誰も来なくなるだろうからな」


 まあ―――『あの連中』は来るかもしれないが、そいつはまた別のハナシだ。


 『あの連中』の影響力を間接的に削ぐ方法ならば、思いついてはいるしな……今回の状況を乗り切れたなら、ルクレツィア・クライスには一肌脱いでもらうとしよう。


「……で。マキア・シャムロック。アンタは、オレの提案を受けるのか、受けないのか?そろそろ、アンタの体からも麻痺薬は抜けきっただろ。ダンジョンを散々に歩いて疲れ切った足も……回復した頃だ。決めろ。シンシアのために、どちらを選ぶ?」


 まくし立てるようにしゃべった後に流れる空虚な沈黙は、嫌いじゃない。おしゃべりの体は熱量を帯びて、ちょっと火照っているから、冷却したいところなのさ。


 『青の派閥』のリーダーは、色々と計算をしているだろう。沈黙し、冷静さを作ることで、この御仁の精神と知性は、落ち着きを取り戻している。


 ……だが、答えの帰結は、最初から分かってはいるよ。この男は、結局のところ、他のどの人物を見捨てることが出来たとしても、シンシア・アレンビーだけは例外なのだ。


 5才で亡くした娘のことをシンシアに見ているのか?


 それとも、亡くなった親友ボブ・アレンビーと、その妻であるレオナ・アレンビーに対しての友愛か?


 さまざまな執着と愛情が、この非社交的な男のなかで融け合って、シンシアへの愛情を造っているのだろうからな―――。


 オレは、大サービスで、帝国軍や『青の強化薬』についての情報を聞かないとまで言ってやっているんだしな。愛国心が邪魔をすることも無いだろう。


「……おい、帝国人」


 リエルが沈黙する錬金術師に声をかけていた。冷たい言葉だった。また口論が始まるのかもしれない。


 『ハーフ・エルフ』の浮浪者に、ボブとレオナが殺されたことが、『ゾーイ』の本格的な誕生日になったと、シャムロックは信じているからな……エルフであるリエルとは仲が悪いのもしょうがないさ。


 そのうちリエルが産むのは、オレという人間族との混血の子……『ハーフ・エルフ』だからな。シャムロックの、亜人種への憎悪の源が、エルフと人間のあいだに産まれた『狭間』。


 我々のような夫婦は、ヤツからすれば、『ゾーイ』並みに嫌悪すべきカップルなのかもしれん。


「……なんだ、エルフの娘」


 ……心配していたよりは、ケンカ腰ではない言葉で安心した。ミアも、ほっと息を吐いている。ストラウス兄妹に、これだけ気を使わせる帝国人なんて、コイツ意外、存在しないね。


「……お前のことは、気に入らん。だが、お前の『娘』―――シンシア・アレンビーに対する愛情は、信じてやる」


「……ああ。疑われることではないからな」


「私に言えるのは、一つだ。ソルジェの言葉は、嘘ではないぞ」


「……信じろと?」


「いいや。お前のような男には、それは出来まい。ただの真実を告げている。ソルジェは契約を裏切らない。お前の雇った、ビクトー・ローランジュとは違ってな。猟兵とは、『パンジャール猟兵団』とは、己の掲げた正義は、死んでも貫く真の戦士だ」


「……真の戦士か……」


「そうだ。戦うべき者を選び、命を捧げている。我々の誇りを、疑うことは許さない。それに……ソルジェが、どれだけセシルという死んだ妹を、愛しているかもな」


 リエルの言葉が、この古びたさみしい場所に響くころ。ミアがオレの背中に抱きついていた。オレの背中がさみしそうに見えたのかね?……分からんが、オレは、ちょっとしゃがみ、ミアを誘う。そうさ、おんぶしてやった。


 なんか、こうしたかっただけで……意味は―――ただ、さみしかったからだろう。セシルのことを考えるとね、いつも、ちょっとだけ、さみしくなっちまうんだ。オレも、あと、何故だか、ミアも……。


 代わりなんかじゃないんだがな。


 愛していることを証明したくて、背中に乗せてみたのさ。


 マキア・シャムロックは……リエルが黙り込んだ後も、二分ほど考えていた。だが、やがて決断を下す。


「……祖国は裏切らない。だから、『魔女の呪い』と、『新たな魔女/ゾーイ』を解決出来たら……私を殺せ」


「……ああ。そうしてやる。アンタの愛国心とやらも、アンタの家族愛も、どっちも全うさせてやる大サービスだよ」


「……殺されることも、サービスと呼ばれるとはな」


「そうだ。オレの名前を覚えておけ、我が名はソルジェ・ストラウス。『パンジャール猟兵団』の団長であり、ガルーナの竜騎士……魔王を継ぐ男だよ」


「……フン。名前などで、呼ばんぞ」


「いいさ。覚えてくれていれば、十分だ、依頼主よ」

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