元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(『最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~』KADOKAWAコミックウォーカーで連載中)
第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その22
第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その22
「……まいったね。『自由』ってモンを手に入れた瞬間、こうなっちまうとは」
ビクトー・ローランジュの青い目が、周囲を見渡した。この古強者は運命を悟ってはいるのだ。戦闘の専門家で無かったとしても思い知らされるところだろうな。
なにせ、仲間は全員、殺されてしまった。
襲撃開始から、まだ100秒も経っていないというのに。狡猾なるビクトーは、自分の仲間たちの戦闘能力を十分に理解している。そして、それらを圧倒してみせた、オレたちの実力もな。
「……赤毛の人間族の剣士に、暗殺技術に長けたケットシーのおチビちゃんかよ?……それに、上の暗がりに潜んでいる射手までいる……?」
「上にいるのは、エルフの弓姫だ。魔術も大の得意。お前を殺そうと思えば、魔術と共に『雷』を放つかもな。『雷』に痺れた腕では、矢を叩き落とすことは出来まい」
正直、コイツの技巧ならリエルの矢でも防ぐだろう。まあ、二度ほど通常の矢を放ち、三度目はシアン・ヴァティ直伝の『ピンポイント・シャープネス/一瞬の赤熱』で超加速した矢で、大剣による迎撃の空振りを誘うという戦術もあるだろうがな……。
「おいおいおい!エルフもいるのかい!?……いいユニットで攻めてくるな。速くて、遠距離も近距離もこなす。正面突破の能力もあり―――奇襲のタイミングもバッチリか!」
「……そうだよ、オッサン。私たちには、勝てない」
「フフフ!……小生意気なチビっ子め」
「口を慎め。オレの妹だぞ」
「はあ?……人間族と、ケットシーだってのに……お前のトコロの父親は、どんな魔法を使ったんだ?」
「お前には参考にならんハナシだ。裏切り者には、血をも超える家族の絆があることになど理解は及ぶまい」
「へへ……っ!そうかもなあ、オレには、けっきょく、家族なんて作れなかった」
「家族も軍隊も、絆を作るコツは『忠誠心』だ。裏切り者には、荷が重い」
「言ってくれる!オレのコトを知った気になっているだけの、初対面の男め!!」
「初対面?……ああ、そうだったな。面と向かって話すのは初めてだったよ」
「あん?」
「いやあ。こっちは、昨日の晩、お前のことを見ていたんだ。あのキャンプ地で、こっそりとな」
「……フン?……そうかよ。あのオークは、テメーの『罠』か!!都合が良すぎる展開だもんな!!……オレは、錬金術師どもの『罠』と思っていたんだがな!!……ああ、違ったようだ」
「『青の派閥』に騙されていると考えていたのか?」
「……可能性はあるとはな。とくに、シャムロックの旦那は、食わせ物だ。何を考えているのか、全くもって考えが、及ばねえ!!……ホント、賢いヤツってのは、怖いわ」
「分かるよ。自分よりも賢い相手ってのは、戦いたくないものだ。だが、お前はよくやったよ。シャムロックを、暗殺するために最適なタイミングで、実際に行動してみせた。もしもに備えて、退路を断ったし……スカウトした同類以外は、処分した」
正確には、引き抜いた連中も、大ケガしていたヤツは殺しちまったんだがな。
「そうだぜ。オレは、よくやったと考えている。いや、考えていたか。過去形になっちまったよ!……どこの誰かも知らないが、テメーのせいで、台無しだぜ、赤毛野郎」
「くくく。そいつは、すまないことをした」
「―――だが。悪くねえ。いい腕をしている……オレのために地獄からやって来てくれた死に神が、よりにもよって赤毛の剣士とはな……」
「……ほう。そう言えば、赤毛の剣士に知り合いがいるようだな」
エレン・ブライアンの日誌には、ビクトー・ローランジュの知人が『助っ人』に来たと書いてあったな。
『黒羊の旅団』が手こずっていたモンスターの群れを殲滅してみせた、『赤毛の凄腕女剣士』と―――その『息子』か……。
「……いるさ!!とっておきのが、二人ほどな!!天恵のように現れて、オレたちの仕事を助けてくれたというのに。今度は、赤毛の死に神がやって来るとはなあ……んん。そう言えば、テメーは……似ているなあ?」
「どちらにだ?」
「……どっちにも、なんだか似ている。テメー、もしかして、『アンジュー家』の親戚かあ?こんなクソみたいなダンジョンの地下で、没落した家とは言え……帝国貴族サマの血筋と出会えるとは光栄だな」
「……オレが帝国貴族に見えるとすれば、お前の目玉は節穴だぞ」
「あー……そうかもなあ。しかし、それでも、テメーは似ている。その炎みたいな髪の色も……グロい金色じゃない方の目玉の色は、『マーリア・アンジュー』にそっくりだ」
「だろうな」
「ああん?」
「オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。ガルーナ王国、最後の竜騎士。『マーリア・ストラウス』は、ファリスに嫁いだオレの『姉』だ」
「……っ!?」
ミアが、ビックリしている。
そうだな。あんまり詳しく話すことは無かったしね。嫁いでからのマーリアと、ストラウス家は疎遠だったから、彼女との思い出を、オレも多く持っているわけじゃない。
ちょっと年齢も離れているし、オレがまだガキの頃に同盟国だった『ファリス王国』に嫁いだっきりだし。美人だったが、弟からすると、どこかおっかない存在だったな……逆らおうとも思えない。そんな関係性だったよ。
なんというか、正直なところ、あまり考えたくも無かった人物だ。ちょっとやそっとで死ぬような女じゃないことは知っていた。帝国貴族に属する時点で、オレの敵だが……戦場で出会うこともないだろうとはな。
マーリアの姉貴は貴族に嫁いだ……ファリス貴族の子を産み、そのあとは刺繍でバラを縫ってみるとか、詩作を楽しむとか、花を育てるとか……そういう穏やかで高貴なコトを嗜んでおられると考えていたんだが―――ストラウスの血が、そんな軟弱な行為を許さないのかね。
まさか、モンスターの跋扈するこんな土地を、息子ともども旅をしておられるとはな。
「ハハハハハハハハハハッ!!……なるほど、なるほどなあ!アンジュー家が没落したのは、敵国の血を引くヨメのせいか?」
「さあな、ヨソサマの家の事情までは知らないさ」
「フフフ!……いい家族をお持ちのようだな?……血のつながりのない家族の方が、テメーには重要ってことかい、ソルジェ・ストラウス?」
「姉貴のことも愛しているよ。彼女もかわいい弟を愛しているだろうな。とはいえ、複雑な関係性ではある……『干渉しない』。それが、お互いのためだと勝手に判断しているのさ。全ての帝国人は、オレの敵。そいつも真実だ。姉貴は……姉貴の家族を守り、オレの敵であることが義務というものだ」
「……お兄ちゃん」
ミアに顔を向けて、微笑みを浮かべたよ。
「詳しく話さなくて、すまなかったな」
「ううん!いいよ、フクザツそうだし!……それに、もう分かったから!」
「……そうか」
「私も、分かったからな!!ソルジェ!!義理の姉さまのことは、ちゃんと理解したぞ!!」
……正妻エルフさんがそう言ってくれたので、オレは少しだけ気が楽になる。
「……なんだ。仲良し家族か?」
「そうだ。仲良し家族なんだよ。お前のトコロと違って、オレたちには、いいカンジの絆があるんでな」
「……へへ。ああ、反論できないところが、悲しいねえ……オレのパパはクズだったし、オレのママは精神的に弱いところがあった。アル中でパパは死に、ママはあてつけるみたいにオレの部屋で首を吊っていたよ。ああ、クソみてえな家族だったな」
「そうか……人生ってのは、ままならないな」
「まったくだよ、ソルジェ・ストラウス。完全無欠の人生に向かって……まっしぐらだと思っていた矢先に、『戦友』の弟に殺されるとはな」
『戦友』か。まさか、『黒羊の旅団』の分隊長と、そんな血なまぐさい関係性だったとは困ったもんだ。
これが、ストラウスの血ってことなのか?……亡国の騎士も、貴族の花嫁も、姉弟そろって傭兵稼業に関わるってのは、どういうこった。
ありえない。ありえないんだが、その現実が目の前にある。否定できんな。それに、正直、『ストラウスらしい』といえば、それまでのことだ。ストラウスの血ってのは、どうにもこうにも、戦に惹かれちまうんだろうよ―――。
「……マーリアの姉貴は、元気だったか?」
「死ぬほど元気だよ。いつか、戦場でテメーと出くわすかもな」
「そのときは、互いの家族のために戦う。それが、ストラウスの血の務めだ」
「ハハハ!……テメーは強いが、あの女傑に、勝てるかね?」
「勝てるさ。オレはストラウス一族の最高傑作なんでな。姉貴と、そのガキが相手だろうとも……えーと、つまり、甥っ子か?新鮮な響きだが、その二人で挑んだところで、真の竜騎士であるオレには敵わんだろう」
「……力は、そうだろうな。だが、家族の絆とやらが太いテメーに、同族の血が斬れるかね?そいつは、きっと、辛いぜえ?」
「仲間を殺したお前の体験談から来る感想か、とっても心に響くよ」
「ああ。そうだとも!貴重なオレの体験談だよ。だから、参考にしてくれ……さてと、ソルジェ・ストラウス」
「なんだ、ビクトー・ローランジュ」
「……楽しませてやるよ」
「こっちのセリフなんだがな」
「勝者になったと思っているな。たしかに、実力では、遠く及ばんよ。だが、シャムロックの旦那は、オレに面白い薬をくれたんだ」
そう言いながら、ビクトー・ローランジュは腰裏に下げてある小さな革袋から、その薬瓶を取り出す……見覚えがある薬瓶だな。
「……『青の強化薬』か」
「そうだ!よく知っているな、ソルジェ・ストラウス!……マーリアさまは、密かに『蛮族連合』の内通者か?」
「違うだろうな。姉貴は、帝国貴族に嫁いだ。ストラウスの血は、家族は売らんよ」
「なるほど。マーリアさまなら、そうかもしれんなあ……じゃあ、物知りなテメーは、この薬の効果も知っているのか?」
「三大属性の魔力を強化させる。強くなるし、狂暴にもなる……理性を失うこともあるだろうが、『炎』の才があるお前は、理性を保てるかもな」
「……詳しいなあ、スパイ野郎かい?」
「お前と同じ、傭兵だ。『パンジャール猟兵団』、それがオレの家族だよ」
「ふん。傭兵か……けっきょく、どうあがいても、逃げれん道だったか」
「傭兵であることからは、逃げれただろう。お前は、もう傭兵ではなく、ただのクズ野郎だが……仲間を裏切ってでも欲しかった『自由』というものだけは、手にしている」
「……ああ。そうだな、最後に、『自由』を心から楽しもう!マキア・シャムロックは、オレに教えてくれたんだ。この薬は、オレを強くする。痛みも感じなくなるんだろ?」
「……冷血蛇野郎と毛嫌いしていた、シャムロックの言葉を信じるのか?」
「ああ!旦那は、大切なコトはしゃべっちゃくれなかったが……旦那が語った言葉には、一言の嘘も無かったからな!!半分だけ、使えと言われた!!飲み干せば、より強くなるが、絶対に死んじまうんだってよおおおッッッ!!!」
そう断言して、ビクトー・ローランジュは『青の強化薬』を飲み干した。まったく迷いがない。ハハハ!死を覚悟した男には、致死性の毒を摂取することも気にならないようだな!!
ある意味、気が合う。ヤツも、オレのことが嫌いらしい。死んでも殺したいんだろうな。実力で勝てないなら、命を捧げてでも、オレを殺すことも厭わない。
あーあ、楽しい戦士だ。貴様が裏切り者でなければ……酒を酌み交わしてやりたいところだったな。
「ふひゃは!!ああ、なんだこれ……麻薬よりも、ハイになれそうだぜッッ!!」
「……そいつは良かったな。ミア、下がっていてくれ。リエル!手を出すな!……我が姉上の『戦友』殿が相手だ。弟として、誠意をもってぶっ殺してやる義務がある!!」
「ハハッ!!舐めんなよおおおおおおッ!!オレの、『自由』を、たっぷりと喰らわせてやるぜええええええええッ!!ソルジェ・ストラウスうううううううううううッッッ!!!」
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