第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その6


 ゼファーは西に向かっている。その理由は一つ。偵察する予定だった場所、『ホロウフィード』方面に対する警戒ゆえだ。マニー・ホークがジュナを連れて向かっていた場所だな。


 その町のどこかでジュナを解剖するつもりだった。ヤツとしては、呪病、『アルテマの呪い』を解明するためには、ジュナの死んだばかりの遺体を解剖することが近道だと考えていたのさ。


 医療の進歩のためか……だが、残念ながら、遺体を解剖したぐらいで『アルテマの呪い』を解く方法が分かるのなら、ルクレツィアたちがとっくに見つけているだろう。


 そんなことを考えていると、オレたちが求めている答えが、あまりにも遠い場所にあるように思えてならなかった。


 『アルテマの呪い』を打ち破る方法。『ベルカ・クイン』が『賢者の石・アメリ』を造る過程で見つけ、そのアメリが300年の研究のあげく、『あの子』に施した術……。


 25年前に、錬金術師シャムロックとその相棒と共に、旅立ってしまった『あの子』を見つけ出さなければならない。


 ……途方も無いハナシにも聞こえるな。『夢』のなかで見た25年前の少女を探す?あの『夢』の全てがが真実であったとしても、本当に『あの子』を見つけ出すことが出来るのだろうか……?


 だが、千年の苦悩の果てに、数多の『クイン』たちが克服できなかった『アルテマの呪い』……それを解く手段が見つかったのかもしれない。どうにかして回収したいな。そして、それにまつわる情報を、この世から消し去りたい。


 『コルン』を『賢者の石/人体強化の秘薬』に出来る?


 『ベルカ・クイン』がこの世に残した、最も邪悪な情報だ。これだけは、『青の派閥』の錬金術師どもに回収されるわけにはいかない。全ての『コルン』たちのためにも―――。


「―――兄さん、敵影はナシです」


「……ん。ああ」


 ゼファーに慣れて来たククル・ストレガは、すっかりとビジネス・モードになっていた。『メルカ・コルン/メルカの戦士』としての義務として、敵影を探している。そして、その結論は敵影ナシであった。


 ククルだけでなく、リエルもミアもゼファーも、そしてオレ自身の魔眼も、敵の動きを見つけることは出来ていなかった。


 レミーナス高原の北部は、平和なもんだ。草原には踏み荒らされた場所、切られた木々や、キャンプの痕跡は幾つも見つけられたが……どれも新しいモノではなかったよ。


 少なくとも数日が経過しているものばかり。


 『黒羊の旅団』の『増援』をうかがわせる痕跡ではないな。『ストレガ』の花畑を探し回っていた、元からここに来ていた連中の冒険の履歴ばかりだよ。


「ふむ。ソルジェよ、今のところ敵の『増援』が来た形跡はないな」


「ああ」


「イース教徒ども……いえ、錬金術師と傭兵どもは、最初、南東からやって来たんです」


「『フラガの湿地』のやや北だったな」


「はい。『ベルカ』を目指して、あの『グリフォン』の縄張りがある丘に、拠点を構築しました……夏だったら、良かったのに」


 夏が訪れたら、『鷲獅子/グリフォン』があのキャンプ地近くにやって来る。強力なモンスターだ。何十人も、いいや、下手すれば100人近く食い荒らされたかもしれない。


 連中は夜行性で、空からの奇襲を得意とするらしいからな。


「なあ、ククルよ。そんなに、『グリフォン』とやらは狂暴なのか?」


 狩人の本能が騒ぐのか、リエルが『グリフォン』情報に反応していたよ。


「とても狂暴ですよ。しかも、子育てにやって来るんです」


 ほう、ここは『グリフォン』の繁殖地ということか―――ゼファーは、空中のモンスターについての会話に、聞き耳を立てている。


 空を飛ぶ者の中で、『最強』は自分でなければならない……そう考えているのさ。それを証明したくもある。戦士ってのは、そういう存在だ。ゼファーは、『グリフォン』を狩るその日まで、満たされない欲求を抱えることになるだろう。


「つまり『グリフォン』どもは、成熟した個体。その体は巨大で、つがいともども子供に与えるための血肉に飢えている」


「……何とも、私の矢を撃ち込んでみたい存在だな」


 狩人としての側面を持つ、森のエルフの弓姫は、いつかゼファーと共に『グリフォン』に挑みたがるな。


 オレも参加させて欲しいが、断られそう。二対二までならフェアだよな。オレまで混じれば、フェアとは言えない気がする。


「ああ、『グリフォン』がいる時期であれば……あの連中も大勢が殺されていたはずなのですが」


「時期が外れたことは、仕方がないさ。それに、『グリフォン』がいなかったことで、オレたちには有利な点もあるだろ?」


「……そうですね。ゼファーちゃんを、竜を警戒されることはありません」


「そうだ。賢いな」


「ククリよりは、私の頭はいいんです!」


 そうかもしれない。ククリは、オレの分析によれば、『守備型』。緊急事態の即応に優れているタイプだ。ククルは、『攻撃型』。精密な作戦を組み上げようとする、几帳面さがある。


「落ち着いて物事を考えられるタイプだな」


「そうだと思います……」


 なるほど。だからこそ、オレが指摘するまでもなく、自分の弱点にも気づけている。有能な子だ。というよりも、あまりに多く考え過ぎる―――。


「……でも、考え過ぎるせいで、初めてのことに失敗することが、多いようです」


「そういうものだ。完璧な者などいない。お前はククリを補えるし、ククリもお前を補ってくれる。『違う者』が組むことで、より多彩になる。戦術が増えれば、戦いやすくなるさ」


「違う者……?」


「お前とククルは別人だ。性格も雰囲気も全然、違うぞ。だからこそ、お互いを補える」


「……はい。そうですね!」


「―――ねー。お兄ちゃん」


「どうした、ミア?」


「かなり西に来たけど、敵の痕跡に新しいものが無いよ……警戒を続けるの?」


 さすがはミア、時間を有効に使いたいらしい。そうだ。この西への偵察は、『増援』の気配を探りたいがゆえの行動だ。


 ちなみにオットー班とゼファーが、南下したとき、彼らは東側のルートに『増援』がいないことを確認済みだぞ。オレたちは、西側を警戒している。その結果、敵影は見つけることが出来ていない。


 ……『増援』が来ない可能性もあるのだ。


「増援さんがいない可能性もあるよね?」


「ああ。もちろんな」


「それなら、『カタコンベ』に向かうのもありではないのか?」


「……そうですね。ソルジェ兄さん、『黒羊の旅団』は、南東の峠から来ましたし、『フラガの湿地』があるのは、さらにそこから南……」


「つまり、敵戦力が集まりそうなのは、南東だな」


「西側の警戒は、それほど強めなくてもいいのではありませんか?」


「……そうなんだが。ホークが接触しようとしていた人物も気になってな」


「……姉さんのお腹に仕込んだ『リザードマン』で、ホークともども暗殺されそうだった人物……ですか?」


「そいつは実在するはずだ。なにせ、オレたちが全滅させたホークの隊、その惨状をすぐに発見し、『黒羊の旅団』に伝えた連中がいる……」


「後をつけさせていたわけですね?……その連中は、暗殺を確認する係?」


「そうだ。マニー・ホークを暗殺したいだけなら、その傭兵たちだけで十分だろ?……別に『黒羊の旅団』は、ホークに雇われているワケじゃない。ホークを殺すだけなら、その傭兵たちに殺させるのでも十分だろう。仲間同士だ、後をつけてきていた連中と、ホークの護衛が結託して、ホークを殺してしまえばいい」


「そちらの方がシンプルですもんね」


「ああ。モンスターがあふれる土地だ……殺して死体をばらまけば、骨も残らんだろうからな。暗殺するにはうってつけの場所だ。情報を隠蔽したいのなら、後をつけさせる必要もない」


「手が込みすぎていますね」


「そうだ。より複雑な暗殺を企てた。『リザードマン』を使う理由は、この土地ではない場所でホークを殺したいからだ。わざわざホーク暗殺を、難しい状況にする必要があるとすれば……ホーク以外にも『標的』がいた。おそらくは、ジュナの遺体の解剖に付き合ってくれるような人物がな」


「―――つまり。その人物も、錬金術師?」


「そう考えている……じつのところ、オレが考えている『増援』というのは、『黒羊の旅団』の『増援』に限定してのことではない」


「……ふむ?では、誰のことなのだ、ソルジェ?」


「……敵の敵だ。つまり、おそらく『リザードマン』を仕込んだ犯人であろう、マキア・シャムロックが、ホークと一緒に殺そうとした錬金術師―――『紅き心血の派閥』の『ハロルド・ドーン』あたりだ」


 『ホロウフィード』に潜入し、偵察を行えれば良かったんだがな。錬金術師の集団が来ていないかを、調べておきたかったが……。


 戦況は、それを許してくれるほどの時間的な余裕がない。ゼファーは一匹しかいないんだ。このレミーナス高原全域をカバーしようと思えば、『ホロウフィード』を偵察している余裕は消えちまう。


「……だから。せめて、ホークたちを殺した『ホロウフィード』につづく峠道ぐらいは確認しておきたくてな」


「……『紅き心血の派閥』という、『青の派閥』の錬金術師のライバル……そいつらがこの土地に攻めてくる可能性を、ソルジェ兄さんは感じているのですね?」


「無いとは言えない。そもそも、オレたち『パンジャール猟兵団』自身が、ここに来た理由は、『青の派閥』を追いかけてだぞ?ヤツらが、オレたちに不利益な『青の強化薬』を大量生産しちまうかもと警戒してだ」


「……つまり、私たちと同じよーに、『紅き心血の派閥』サンたちも、『青の派閥』を邪魔したがる……?」


「そうだ。『ライバル/同業者』だからな。しかも、『青の派閥』からは、ホークのような『裏切り者/離反者』も出ていた……ホークは『紅き心血の派閥』に評価されていたのかもしれないが―――『青の派閥』が持つ情報を求めて、連中が引き抜こうとしただけかもしれん」


「……なるほど。敵の敵も、私たちの敵」


「ここに来る錬金術師は、皆、敵だ。錬金術師には、『ホムンクルス』の存在そのものを隠すべきだ。そうでなければ……おそらく、『メルカ』を守れない。オレは、ククルたちを守りたいんだ。『妹』を二度も失ってたまるか」


「……ソルジェ兄さん……っ」


「お兄ちゃん!……峠に行こう!」


「そうだぞ、ソルジェ!……敵の動きがあれば、対策を考える。いなければ、それで良いではないか」


「そうだ。いなければ問題はないし―――その可能性も低くはない。なにせ、『ストレガ』の花蜜があふれる新月の夜は、明後日だ」


「『青の強化薬』の量産を妨害するには、タイミングが遅すぎるわけですね?」


「ホークが情報を『紅き心血の派閥』に流していたとすれば、タイムリミットの存在にも気がつくだろう……そうだとすれば、仕掛けるには、いくらなんでもタイミングが遅すぎるからな」


「……そうですね。杞憂に終われば、よいのですが」


「ああ。あの峠に、誰もいなければ、いいんだがな―――」


 ―――400人は、多すぎる。最初に浮かんだ疑問だった。


 たしかに、イース伝承にあるという『お花畑』を探す『探検隊』としては、あまりにも多すぎたぜ。だが、『派閥同士の抗争』も含めての護衛だとするのなら……?


 決して多くはないだろう。帝国の錬金術師どもは、基本的に大金持ちばかりらしいしな。数百人の傭兵を雇うことぐらい、ありえるハナシさ……。


 謎は多い。だが……とりあえずは、この目で確認しなければな―――。


 ゼファーはさらに西に向かって飛び、オレたちがホークどもを殺した峠の上空へと到達した。


 そこには、誰もいなかった。


 ……それでも、気になるから、あの峠に降りたよ。そして、オレたち猟兵の技巧は……見つけたのさ。馬車の轍の跡を。一昨日の夜は、無かったはずだ。あればオレたちが見逃すはずがない。


 その轍は、はるか西から、東に向かっている。泥はねの飛び散り方が、その証だよ。


 『ホロウフィード』から、バシュー山脈へと登って来たのだろうか?……だが、それほど新しい轍ではない。数時間前というものではなかったし……馬車の痕跡は、一台ぶんしかないのだ。


 ……オレは、勘違いしていたのかもしれない。ホークの後をつけていた『黒羊の旅団』の傭兵がいたわけではなく……『ホロウフィード』から『戻って来た』、『黒羊の旅団』の傭兵に、ホークたちが襲われた痕跡は発見されたのかもしれない。


 だとすれば?


 ……オレの予想の幾つかが外れ、幾つかが正しいのだ。


 まったく、気になることは多い。


 人手が割けるなら、『ホロウフィード』に潜入するところだが、これ以上、シャムロックたちも放置してはおけない。ヤツらが『アルテマのカタコンベ』で、オレたちに不利益な発見を成し遂げ、それを運び出すかもしれないんだ。


 野放しにしておけない。


「……気になることは多い。おそらく、シャムロックでさえ状況を把握仕切れていない可能性すらある……ヤツを、確保しに向かうぞ」


 ……そうだ。心が焦るよ。昨夜、ヤツを拉致しておけば良かった……ッ。高度な工作が必要だったかもしれないが……行方不明にする手段は、あったんだからな―――。

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