第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その5


 やはり双子は似ていたよ。ククリがそうであったように、ククルもゼファーに乗ることを戸惑っていた。


「の、乗るんですよね!?」


「ああ。乗ることになる」


「そ、そうですよね、ククリも乗ったんですし……」


『だいじょうぶだよ、くくる。こわがらなくても、おとさないから!』


「……落ちる」


 その言葉をつぶやきながら、ククルは固まってしまう。いいイメージを持たなかったようだな。


「か、覚悟はしています!!いつか、ヒトは大地に還るものですし!?」


 いらない覚悟をしているようだ。


「大丈夫だ。ゼファーは落とさないと言っている。それに、オレが落ちないように背後から抱いていてやるよ」


「そ、ソルジェ兄さんに、私、後から抱かれるんですね……っ」


 そうだが……なんか言い回しがマズく聞こえるような。まあ、いいや。


「ミア、それでもいいか?」


「うん。『特等席』をククルちゃんに貸してあげるね」


「いつも、ミアちゃんは、ソルジェ兄さんに後から抱かれているんですね」


「そうだよ。だから安心して大丈夫、落ちそうになったら、ギュッとしてもらえるよ」


「ぎゅ、ギュッと、されちゃうんですね……!?」


「セクハラ目的で、年中触ったりはしないから安心してくれ」


「そうだぞ。そんなことをすれば、正妻である私が、すみやかに罰を下す」


 リエルがそう言い切ったよ。真顔だから怖い……どんなことされるのだろうか?肘で頭皮を叩き割られるぐらいだろうか?……今回は『竜鱗の鎧』を装備済みだからな。胴体などへの打撃は、ほとんど効果がないからね。


「は、はい。だ、大丈夫です!ソルジェ兄さんには、姉さんを感じますし、それに、その何というか、あの……と、とにかく!大丈夫です!」


 本当に大丈夫だろうか?……あれ?ミアが、ゼファーの首のつけ根に飛び乗った。


「ミア?」


「いい作戦があるんだよ。ククルちゃん、私の背中も貸したげる!前には私!後からはお兄ちゃん!ストラウス兄妹で、しっかりと挟んであげるね!!」


「そ、それは、なんだか頼りになります!!」


『……さあ。ぼくのせなかに、のって。くくる?』


「はい。ゼファーちゃん、よ、よ、よ、よろしく、お願いしますねっ!?」


 声を裏返しながらも、ククルは体を低くしてくれているゼファーに近づいていく。ミアがやさしい声を使うよ。


「だいじょうぶ。ゼファーは大人しくて、いい子さんな竜だから」


「は、はい……そうです。ククリも、乗れたんだもの。私にも、乗れる!」


 少女は勇気を振り絞り、ゼファーの背中に飛び乗っていた。ふむ……さすが双子だ。後ろ向きに乗っていた。


「あ、あれ!?」


「あわてすぎだ。前を向いて座る方がいいぞ」


「は、はい!……『コルン』は……不慣れなことに、本当に弱いんですよね……っ」


 閉鎖的な環境だしな。『知識』や『経験』を継承して来たことも大きいか。ククルたち『コルン』には、『不慣れなことが存在していないのだろう』。


 それは、ちょっとつまらないことかもしれない。初めてのことには不安や失敗がつきものだ。だが、それを克服していくことで、自分の出来ることが広がっていく……いわゆる成長する実感ということを感じられるような気がする。


 だから、ククルよ。君たちが、『竜に乗る』という、かつての『コルン』たちの『記憶』になない、『初めての行為』に触れているということが、オレには何だか嬉しいぞ。


「……そ、ソルジェ兄さん、ヒドいですよ?失敗している私を見て、笑うなんて?」


「いや。それでいいんだ。失敗してこそ、ヒトは成長出来るからな」


「そ、そういうものですか……」


 マジメなククルは失敗することが嫌いなようだな。失敗することを恥じているのかもしれない。


「初めてのことというのは、失敗して当然だろ?……その痛みは、お前だけの痛みだ。歴代の『コルン』の誰も知らない、お前だけの経験だ」


「……私だけの、経験……?」


「ああ。竜に乗った。それはお前の物語の一ページになったのさ。それが、竜騎士であるオレには、とても嬉しいよ」


 上手く言葉で説明することは出来ない。だから、ただ笑顔を浮かべたまま、それ以上の説明から逃げちまうように、オレもゼファーの背に飛び乗っていた。ククルの後にね。


「挟まれていてら、安心するだろ?」


「は、はい!ミアちゃんと、ソルジェ兄さんに……なんだか、安心します!」


「それは良かったぞ。ソルジェよ、ククルが不安がらないように、ちゃんとエスコートするんだぞ?……ただし、ムダなセクハラ行為が見られたら、お前の耳に森のエルフの罰を下す」


 リエルはそう言いながら、ゼファーに乗ったよ。オレは……思わず自分の耳たぶに触れていたな。この筋肉もないやわらかな部位に、森のエルフはどんな罰を発明したというのだろうか?


「……なんだか、怖い響きだぞ、『森のエルフの罰』ってのは?」


「知ることがないように、行動には気をつけるべきだな」


「……たしかにね」


 セクハラしなければいいわけだ。そんなこと、簡単なことじゃないか?だいたい、みんなオレを誤解している。セクハラしなくちゃ死ぬような病気でも患っているかのように扱うべきでない。


 ガルーナの竜騎士は蛮族だから、気に入った女を誘拐してきて子供を産ませることもあるし、オレだってその産物だが……オレは基本的に紳士のはずだぞ?何よりも、シスコンだから妹分が嫌がることは出来ないのさ。


「さてと。ゼファー、戻って来たばかりですまないが……オレたちのことも運んでくれ」


『うん!みんな、つかまってね?とくに、くくる!』


「は、はい!!あ、足でも挟んでますし……っ」


「ククルちゃん!私のこと、ギュッとしてもいいよ!」


「わ、わかりました!!ギュッとしますね!!」


 ククルがミアにギュッと抱きついていた。ミアが、ちょっと苦しそうかも?『コルン』って、基本的に力が強いし。でも、ミアはキツいときはキツいという子だ。強がれているのなら……まだまだ余裕があるのだろう。


「そ、ソルジェ兄さん……う、後から、抱いてて下さい!!」


「……ああ。これは、セクハラじゃないよな?」


 森のエルフに質問しながらも、オレの腕は止まることなく、震えるククルの腰に手を回していたよ。妹分の願いだから、オレの鍛えたことのない耳が、エルフの罰にさらされたとしても、ククルを支えるさ。


「うむ。それは、紳士として当然の範囲だ。いやらしく指を動かしたら、即座にお前の耳に罰は与えられる。気をつけることだな」


「妹分にセクハラをして、嫌われるのは兄貴分の本意ではないからね。さてと、怖くはないか、ククル?」


「こ、怖いですけど……っ。だいじょうぶです、ソルジェ兄さんと、ミアちゃんがいますから……っ」


「ああ。そうだな。怖いときは皆を頼れ。皆、お前をフォローする」


「は、はい!」


「ゼファー!行くぞ!!」


『うん!!いくね、みんな、とぶよ!!』


 ゼファーの黒い翼が宙へと広がる。ククルは、ガタガタブルブル震えながらも、その翼を見つめていた。


「お、大きな翼……っ」


「ああ。安心だろ?」


「……はい……っ」


 そして。竜は空へと戻るのだ。大地を蹴り、翼で強く羽ばたいて、空へと昇る軌道を描く……。


 ククルはミアを抱きしめ、オレはククルを抱き寄せるように固定するよ。


「ククル。ゼファーの重心を探れ。それに自分の重心を重ねろ。そうすれば、安定は増すぞ。それに技巧を磨くことに集中すれば、恐怖は和らぐ」


「こ、こうですね……?」


 ゼファーはゆっくりと空の高みへと昇っていく。ククルの体から、こわばりが抜けていくのが分かったよ。


 鍛えられた戦士だ。馬に乗る姿勢も良かった。竜乗りの才能はあるよ。ククルは体を脱力して、羽ばたくゼファーの体の揺れを乗りこなし始めた。


「そうだ。お前は馬に乗るのも上手い……空にいる竜は、馬よりも安定するんだ。足の力をゆるめて、ゼファーに座るんだ」


「……なるほど……なんだか、掴めて来たかも……っ」


「いい才能だ。さすがはオレの妹分だな」


「は、はい!」


「よし……ゼファー。まずは、西に向かってくれ!カーリーン山と、レミーナス高原を偵察しながらだ!」


『らじゃー!!』


 ゼファーがそう言いながら、飛翔の技巧に翼を踊らせる。上昇のための力ではなく、飛ぶための羽ばたきに変えたのだ。


 推進力が発生して、ククルの体がゆっくりと後に倒れてくる。いい動作だった。ミアを抱きしめる力を抜いて、ククルは竜の飛行に体を合わせようとしていた。


 背後にいる者に、その背中を預けるというのは……じつは竜乗りの初心者向けの技巧ではあるのさ。


 それをククルは自然と選んだ。乗馬の経験と、そして竜乗りの才能……それらがククルにさせた動きだろう。彼女の背中は、オレの鎧を支えにしていたよ。


 あごが上がり、彼女の黒い瞳は、おそらく今、レミーナス高原のうつくしい自然を見下ろしていた。あるいは、青い蒼穹に浮かぶ、白い雲を追いかけていたのかもしれない。


 空の美しさを知ったとき、ヒトは恐怖を忘れるのだ。


 ククルのガタガタブルブル震えていた体からは、その弱虫の振動は消え去っていた。彼女は首を動かして、初めて知る空からの大地を見回していく。


「……すごい。飛んでいるんですね、私……っ!」


「ああ。どうだ、竜の背に乗り、空を飛ぶという体験は?」


「は、はい。まだ、心臓がドキドキばくばくしていますけど……怖さも、ありますけど。それでも、今、なんだか、とても感動しています!」


「そうか。気に入りそうか?」


「はい!ゼファーちゃんも、すごく安定していて。本当に、馬よりも揺れない……!」


「……上出来だぞ、ゼファー」


『うん!!』


 ゼファーが満足げだった。ククルを喜ばせることが出来て、うれしいのさ。もちろん嬉しいよ。


「空を飛ぶってコトは、とても楽しいものさ」


「はい。なんだか、ちょっと分かって来ました」


 そうさ。


 本来なら、ククルのこの初めての空を、ただの楽しい記憶だけに染めてやりたいところだよ。だが……残念ながら、任務がある。これは作戦行動中の一瞬に過ぎない。


 しかし。


 しばらくのあいだは、許されるだろう。我が妹分が、初めての空を心に刻む時間に、戦のことも、呪いのことも考える必要はないさ―――空は、それぐらい寛大だ。それに、リエルとミアが敵影を探してくれている。


 敵影だけではなく、自然そのものも見ているのさ。ヒトの痕跡があれば、自然は乱れる。踏まれることになれていない草原は、ヒトの靴底にたやすく潰されて、異質さを残す。鳥や獣の歌に、警戒の音色がないかもリエルは聞いてくれているだろう。


 だから、オレはしばらくククル・ストレガのために集中するんだ。


 東へと向かいながら、オレはククルに竜騎士としての技巧を伝えていったよ。重心の位置の定め方や、手や足の使い方。力の抜き方なんかもな。ククルはマジメな子だ。オレの言葉の全てを実践しようとしているのが、よく分かる。


 だが、それらは急にマスターすることは出来やしない。ぎこちない腰の動きに、完全にはムダな力を抜け切れていない四肢……突風に怯えてしまう体。そのいたいけな行動の全てが、ククルの思い出となってくれると思うと、ソルジェ兄さんはとても嬉しい。


 ……ああ。ククルの初めての空が、よく晴れた日で良かったよ。


 オレが初めてアーレスに乗せてもらった日も、こんな風におだやかな太陽が輝く日だったから。この作戦が終わり……理想的な結末を向かえることが出来たなら、妹分たちにオレがアーレスと共に、空へと初めて飛んだ日のことを話してやろう。


 きっと、少しぐらいは共感してもらえるはずさ。空を飛ぶってことの楽しさと、恐怖と、翼と一体化したときに、唇が至る、獣みたいな歓びの曲線について。

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