第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その7


 ゼファーはすっかりとレミーナス高原の風に慣れて来ていた。おかげで移動時間を短縮出来るのは良いのだが、ククルはその分、ビビっていたよ。飛翔のスピードが上がるということだから。


 もちろんゼファーはいい仔だからな、ククルに訊いたよ?『はやくとんでも、いい?』とな。


 敵の動きに不安を覚えているのは、オレだけじゃない。ゼファーもだ。戦場で抱く、オレの悪い予感は滅多と外れないからな。


 ……皆を不安にさせてしまっている。情報を皆で共有することが、必ずしも吉と出ることとは限らない―――それでも、オレは皆の理解が欲しい、さみしがり屋の指揮官なのかもしれない。


 さて、我が妹分であるククル・ストレガはマジメ女子なのだ。彼女は、ゼファーの『早く移動したい』という願いを了承してくれたよ。


 敵の動きに、想像以上の複雑さがあることをククルは理解しているからな。ヒトは不安を覚えれば、早く備えようとしてしまうものだ。


 そして彼女の場合は、性格的な要求もあるのだろう。『攻撃的』なククルは、敵をしっかりと把握しておきたいのさ。大人しくマジメな彼女は、やはり『戦術的な攻撃』を好むようだ。


 攻撃とは精密な作戦を実行することを言う。


 つまり、相手の位置や反応を全て予測した上で行う必要があるってことさ。情報を分析した上で、しっかりと練り上げるのが『戦術的な攻撃』。かなり几帳面で慎重な性格でなければ、こういった行為には向かない。


 逆に、勇敢さが強いククリは『戦術的な守備』に向くよ。『守備』というのは基本的に後手に回ることが多いからな。考えるより先に動ける者でなければ、攻撃側の『計画』を破綻させることは出来ない。


 攻撃側の戦術が完成するよりも先に、敵の行動の連鎖を『断ち切る』……それが、理想的な『守備』というものだよ。


 ククルが慎重なる『攻撃』で後衛、ククリが勇敢なる『守備』で前衛。そういう役回りを二人の個性が選び取ったのだろう。いいコンビだな。さすがは、我が妹分たちだよ。


 ゼファーはククルの答えを聞くと、容赦することはなかった。漆黒の翼は空を激しく叩き、レミーナス高原の上空を、激流のように走る風の道を竜は進んだよ―――オレの想像を超えるほどのスピードでな。


 ……だから?


 ミアが役立っていたよ。


「は、はやい……っ」


「むぎゅーってされてる……っ」


 ククルの腕がミアをガッツリと抱き寄せていたぜ。ククルは両腕から『ミア成分』を吸収することで、心の安定を保っているはずだ。ミアには、そんな効果があるんだよ。オレがシスコンだから?……そんなバカな。あれほど安心するのだ、きっと誰にでも有効だ。


 オレも協力した。


 ククルの腰に腕を回して、不意な突風に彼女が飛ばされたりしないようにしてやりながら、竜の乗り方を伝えていったよ。マジメなククルは、オレが伝えた技巧を必死になって実践してくれるから、吸収が早い。


 そのおかげで、彼女はゼファーの飛行の負担には全くならなかったよ。それに、だんだん高速の飛行に慣れていくのも分かる。乗馬の技巧と経験が、ククルにゼファーの『道』を悟らせているのさ。


 重心の傾きと……ゼファーの首がしなる動き。そういったもので判断し始めていた。有能な竜乗りの才があるな。


「……ゼファーが、『どう飛びたい』のかが見えて来たな」


「……はい!……何となく、ですが」


「何となくがいいんだ。それは感覚的に判断すべきものだ。ゼファーとて、不意に暴れる風までは読み切れない。おおよそでいいし、そうあるべきだ。想像力に、余裕を持たせておけ。そうしておけば、不意な軌道の変化にも心が対応出来る」


「了解です、ソルジェ兄さん」


「ゼファーと一つになって、空を見るんだ。自分の意志で、思うがままに空を飛んでいる感覚になれるぞ……そこに至れば、空を飛ぶという行いから、恐怖は消える」


 それが竜の背に乗り、空を飛ぶということだ。竜にしがみついているのではなく、一緒に飛ぶんだよ。風にあおられ、重心が傾けば、それを補うように我々、乗り手も重心を動かしてやるのさ。


 ククルは、空を飛ぶことに集中する。見張りのことは、彼女には任せない。今は竜に慣れるべきだ。状況次第では、彼女は単独でゼファーに乗るべきこともありえるからな……。


 見張りは兄貴分たちに任せていればいいのさ。


 オレとリエルと、ぎゅーっとされてるミアは、それぞれレミーナス高原を見つめている。敵影や敵の痕跡を探していたが……取り立て違和感を覚えるものはなかった。『黒羊の旅団』の探索は、かなり緻密で徹底していたようだ。


 8週間のあいだ、必死に『ストレガ』の花畑の探索を続けたような痕跡はあった。あちこちにモンスターの死骸が転がり、傭兵のものと考えられる作りたての墓もあったよ。


 オレたちはそれぞれの役割を果たしながら、南へと向かう。


 やがて、草原のなかに住居の痕跡が目立ち始めた。若草たちに混じり、四角く加工された白い岩のブロックが転がっている。あきらかに、建築用の石材だったものだ。家屋を成すための材料だな……。


 それらがまばらに転がる。古い墓地のようなものもあったが……墓石は無残にも鈍器で破壊されて、砕け散っていたよ。


 ……近いようだな。そう確信を抱き、視線を南の果てへと向ける。


 太陽を浴びて、白く輝く城塞が見えたよ。ところどころが大きく崩壊しているが、それはかつて民草の暮らす町を囲んでいた防壁であったのだろう。『メルカ』にも、どこか共通する建築の技巧があるな―――。


「……あそこが、『ベルカ』の跡地か」


 魔眼の望遠の力を用いることで、オレは視界にそれらの廃墟群の姿を捕らえた。壊れた城塞に囲まれた場所に、大きな廃墟がある……『ベルカ・クイン』の城だろう。


 当時はうつくしく立派な城だったに違いないが、今ではその原形を留めてもいない。石造りの城は完全に崩れ落ちてしまい、破壊と略奪の痕跡ばかりが残る。城の周囲にある家屋も、同じようだ。


 まるで、墓石が並んでいるかのようだな。かつてそこにあった町並みは、生活感の欠片も残さず崩れ去っている。すべてが、白く色褪せているのさ。打ち崩され、焼かれて、灰になり、三百年の風雨が、厳つい城塞さえも融かしかけているんだよ。


「……イース教徒どもに破壊されたようだな、かなり徹底的に」


「はい。イース教徒の憎しみは、強かった。自分たちの聖典にある物語と、私たちの歴史が異なっているから……狂信者どもは、それを受け入れられなかったんです」


「イース教徒どもは『魔女アルテマ』が女神イースに倒された物語の証明を求め、『ベルカ』は錬金術の素材として黄金を求めていた。そのトレードは両者に幸福をもたらさなかったわけだ」


「イース教徒どもも、最初に『ベルカ』と接触した連中は理性的だったようです。だからこそ、『ベルカ・クイン』もハナシに乗ったのでしょう」


「そうでなければ、最初から取引など出来ないか」


「はい……おそらく、『ベルカ・クイン』は、イース教徒どもに都合の良い情報をねつ造してやるつもりだったんです」


「……ねつ造ね。史上最高の錬金術師の一人が、力をふるえば、大きなことが出来そうだな」


「『ストレガ』の花を、外に提供したのも『ベルカ・クイン』でしょう」


「女神イースが、魔女を殺したときに流した慈悲の涙。それから、あの花は生まれたとされていたな」


 ククルの首が、ブンブンと横に振られた。


「そんな植物ありえません」


「だろうな。オレも奇跡は信じない」


「あれは、元々、錬金術の素材となるように、我々が創り出した存在に過ぎません……他の土地に生息していたとすれば、それは、その土地でも育てられるように、『ベルカ・クイン』が『調整』してやった苗の子孫だと思います」


「ふむ。『カール・メアー』の山に生えているのは、『ベルカ・クイン』が改造した花の末裔というわけか……?」


 『カール・メアー』のために、『ベルカ・クイン』はそれを『寄贈』したのか。わざわざ、連中の山で栽培できるように、質を弄くって……。


「そうだと思います。『ストレガ』は美しい花です。宗教的な意味を、外の連中が抱くのなら、宣伝にでも利用したのかもしれません」


「女神の奇跡を代弁する花だからな……利用価値は、あるかもしれん」


 他の宗教団体が持ち得ない、女神サマの『慈悲』を象徴する花畑か。『慈悲』にこだわる彼女たちにとっては……いい信仰物だったか。基礎的な研究をこの三百年続けて来て、その情報を得た、シャムロックが『青の強化薬』に使えると考えたのか……?


 なんとも、因縁深いプレゼントとなってしまったな。


「―――黄金をもらえるのなら、『ベルカ・クイン』は協力は惜しまなかったはずです。外で自分たちがどんな風に思われようが、興味は無かったでしょうし」


「合理的な女だったんだな、『ベルカ・クイン』は」


「はい。私たち『ホムンクルス』からすれば、外のことなんてどうでもいいですし。攻撃さえされなければ、重要な研究素材の黄金をくれるイース教徒どもとは、いいビジネスパートナーだったはずです」


「……宗教的な権威を高める品を、『ベルカ・クイン』ならいくらでも用意して、売り払えたわけだ」


「そうみたいです。私が継いだ『記憶』によれば、彼女たち『ベルカ』は、イース教の権威を高めてやるために、医療技術も提供していたようです」


「……女神サマの奇跡で、不治の病が治るか。信者ウケの良さそうなハナシだな」


 街道辺りでは、いろいろな宗教の神さまの名を冠する、『病気を治す聖なる水』が売られているよ。そういう品は、信心深い信者には、よく売れているらしい。効果はまちまちだな。


「多くのイース教徒が、この土地に足を運ぶきっかけになりました。『ベルカ・クイン』にとっても、自分たちの医療を実証できるいい相手だったはず」


「病人の治療も、錬金術の研究になったわけか……」


「はい。なので、当初こそ、とても友好的な関係だったようですが……」


「関係が深まれば、お互いの『本性』を理解してしまうからな」


「……ええ。イース教徒どもが増えてくると、その中に、歴史と宗教観の乖離に耐えられない愚か者も増えていった。勝手なハナシです」


「そうだな。勝手に期待して、違うと分かり絶望し、激怒した。身勝手すぎるが……『敬虔な信者』らしいかもしれない。信仰している存在を否定されると、彼らは怒るのさ」


「……女神イースの『原形』の一つは、きっと『クイン』の誰かです」


「この地方に真贋混じって広まっていた『魔女退治』の物語。それが、外に伝わり、イース教を『造る』ときのネタの一つにされたということか」


 イース教の上層部とか、研究家ならば、そんなことは百も承知だったのだろう。女神の奇跡?そんなものが、バカバカしいでっち上げなことぐらい。


 だが、熱心な『信者』さんたちは、それに耐えられなかったのか。ここに多くのイース教徒がくれば、自分たちの病を治してくれたのが、女神の奇跡ではなく、『ベルカ』の錬金術だと気づくだろう。


 女神の奇跡に治してもらいたかった連中は、その元も子もない現実に拒否反応でも起こしたのだろうか?……そして、気に入らない現実を破壊して、聖典通りの奇跡があったように見せかけたかったわけか。


 人類の愚かな歴史を見てしまっているな。宗教の熱狂の深さと、不寛容な潔癖さも。

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