第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その30


「訊きたいコトというのは、何かしら?」


「……『25年前』。そのとき、マキア・シャムロック……そして、その友人の背の高い眼鏡の男が、この『メルカ』を訪ねて来たか?おそらく、夏に」


「……いいえ」


「本当に?君は、当時、4才か5才ぐらいだったと思うが」


「4才ね」


 少しでも若く見積もりたいのか、断言したな。


 それはいいや。彼女はそういう人物だって、友人のオレは納得できる。まったくの違和感を覚えることの無い断言であるな。


「その頃の記憶は、定かなのか?」


「私は『クイン』候補だったから、産まれて来た時から、大人なみに落ち着いていたわ。ホント、ヒトの子らしくない、とってもクールで、『ホムンクルス』な赤ちゃんだったわけね」


「その自虐については、共感するのが難しい。だが、つまりその当時に、『メルカ』を訪問していないんだな、シャムロックという名の、人間族の男と、その友人は」


「……ええ。私は、貴方に情報を隠したこともあったけど、昨夜に決断したわ。もう情報を隠さない。貴方とは運命まで共有して、敵との戦いに備えるわ」


「ああ。そうだったな。すまない、疑ったわけじゃない。確認が必要なことでね」


「……シャムロックってのは、敵の親玉よね?」


「ああ。少なくとも、ここに来ている『青の派閥』のリーダーだな」


「その人物が、この辺りに来ていたというの?」


「その可能性が高いな。それで、ルクレツィアよ、25年前に、地震があったか?」


「……地震?ないはずね」


「いや。すまない、正確には、『地震のようなもの』が、起きなかったか?」


 自分でも変な質問だなとは思うが、シャムロック本人の言葉がそうなのだから仕方がないだろうよ。


「……変な言葉だこと」


「自覚はある。つまり、地震を連想させるに足る現象だ。地面が揺れた、土砂崩れが起きた、地割れが広がった……とくに、南……いや、『アルテマのカタコンベ』でのことだと思うんだが」


「……え。25年前ね…………ああ。あったわ、『地震のようなもの』が」


「どういう現象だった?」


「……魔力の暴走ね。『ベルカ』の『地下』……『アルテマのカタコンベ』で、どこかにため込まれていた魔力を帯びた薬品か、あるいはそれに準ずるモノが、暴走し……あの地下に衝撃を与えたの……たしかに、あちこちに陥没が起きていたわね」


「それが、『地震のようなもの』か」


「他には思い当たるものはないわね。ソルジェ殿は、『それ』の正体について、知っているの?」


 ルクレツィアの瞳が、好奇心と賢者の質を帯びて、オレを見つめていた。


「……正確には知らないが、それの引き金になっていたの人物が、『墓泥棒』であったシャムロックたちだとは、考えている。ヤツは、その『地震のようなもの』で……地下から『フラガの湿地』にいる、『ベルカ・クイン』の改造を受けたオークが出て来たと言った」


 少なくとも、ヤツはそう確信しているような口ぶりではあった。


 ヤツは、情報は隠す男だが……たしかに、嘘をついてはいないようだからな。それだけは、『黒羊の旅団』の分隊長、ビクトー・ローランジュも認めているようだったしな。


「……ふむ。色々と、情報を仕入れているみたいじゃない。さすがは、ソルジェ殿ね」


「『パンジャール猟兵団』の実力だよ」


「……つまり、シャムロックとやらは、25年前に、この土地に来て、盗掘を行っていたわけね?」


「君らに気づかれずに、そういった行動をすることは可能かな?」


「可能ね。しかも、夏が近い頃でしょ?……南にはね、毎年、大型の『鷲獅子/グリフォン』がやって来る。牛がヤツの縄張りに行かないように、ちゃんと牛飼いもしなくちゃいけないし……『ベルカ』の遺跡よりも、そっちの方に気を取られるわ」


「……そのタイミングを狙った?いや、ただの偶然か……『グリフォン』がいると知っていたら、そんな危険な時期を選ぶ方がおかしいな」


「……そいつが、『メルカ』を襲わせたの?……あの傭兵どもは、ある日、迷うこともなく、この『メルカ』にやって来たわ……」


「……情報を流したのは、ヤツだ。イース教徒から伝わった情報ではなく、おそらくはヤツ個人が、イース教徒からは別のソースで得た情報。下手をすれば、25年前、この場所にやって来ている可能性がある。遠くから、見ていただけかもしれないが」


 ヤツは、武術の心得がある。今でも、それなりのもの。


 だとすれば、25年前の、若かりし頃……その能力は、どれほどのものだったのか。単独で気配を消せば、『メルカ』に接近することさえも、可能であったかもしれない―――。


「―――マキア・シャムロックならば、この土地を知ることも出来たはず」


「……へえ。じつに、興味深いわね」


 『アルテマの使徒』たち三人の殺気が高まる。共鳴しているようだな。『ホムンクルス』の意志を伝える力か……この距離だと、『うにゃー、うにゃー』は必要ないらしい。


 これは、当然の怒りだ。


 だが、話しておくべきこともある。ヤツを庇うつもりではないが、この目で見て、耳で聞いた事実は、報告しておきたい。ルクレツィアが情報を隠さない以上、もちろんオレも情報を隠すことはしない。


「……落ち着け。たしかに、マキア・シャムロックは、『メルカ』の所在を知っていたようだ」


「なら、殺さなくちゃね?」


 意外というか、そうでもないんだが、『アルテマの使徒』たちは狂暴なところがある。


「ハナシを聞け。マキア・シャムロックは、君たちの生活に介入するつもりはなかった」


「え?」


「そうだよな、カミラ?」


 いきなりオレにハナシを振られて、驚いた。


「そ、そうです!あの錬金術師は……むしろ、傭兵たちが『メルカ』を襲ったことに、怒りを覚えていました……」


「なにそれ、どういうこと?」


「そこは分からん」


 断言するしかない。全てを知っているわけではないのだからな。


「だが、たしかに現地で見ていたぞ。ヤツは……マキア・シャムロックという男は、『ストレガ』の花畑の探索が行き詰まったときになって、傭兵たちに、ようやく『メルカ』の所在と……おそらく、君たちについての大なり小なりの情報を開示した」


「……そうなの」


「君たちを巻き込む必要を、ヤツは考えてはいなかったようだ。あくまでも、『ストレガ』の花畑にまつわる情報を、求めていただけだ」


 ……少なくとも、あの男に関してはだがな。そうだ、そこがこの戦場に潜む、裏側を知る手がかりになりそうな予感がするんだよ。この違和感を、オレは、見過ごすつもりにならないんだよ、我が死せる妻、ジュナ・ストレガよー――。


「……ふむ。そうだとするのなら、連中が来たとき、意固地になって、教えないという判断をしたことは、私の間違いだったかしら」


 ルクレツィアは無血で済んだ状況を考えて、死者を出した現在を悔やんでいるのかもしれない。だが、オレは彼女が苦しむ必要はないのだ。


「……いいや。そうとも言えない」


「え?」


「友好的に対処すれば、君たちの被害は、壊滅的だった可能性の方がはるかに高い」


「……どういうことかしらね?」


「ここの情報を『黒羊の旅団』に渡したのは、マキア・シャムロックだ。だが、ヤツはこの町との交戦を望んではいなかった。あくまでも交渉を求めていたようだ。しかし、指揮官は違った。『最初からこの町を攻撃するつもりで、やって来ていた』」


「……つまり、そいつが、私たちに『被害』を出した主犯になる?」


「そう言えるかもしれない。罪の所在や、その割合を求めることは、どうにも難しいコトのように思えるが……明らかなのは、『黒羊の旅団』の分隊長である、ビクトー・ローランジュは、『メルカ』を攻め落とすつもりでいた」


「……『雇用主』の意志に、反して?」


 ……興味深い言い方だな。『雇用主』。フン、もしかしたら、別にその意志に反してはいないのかもしれないが―――今は、妄想と推理の出番ではないな。


「少なくとも、マキア・シャムロックには『メルカ』と交戦を続ける意志はない。彼は、ここに『ストレガ』の花畑があることまでは知らなかったのだろう」


「……不思議な人物ね。和解できるほどには友好的な気持ちを抱けないけれど、なかなかの情報通のようだわ……でも。25年前に、『アルテマのカタコンベ』を探り、『ベルカ』が残した資料に触れたのなら、説明が少しはつくわね……」


「そういうことだ」


 そういうことなのだが。それについて、オレは語らなければならない情報があるんだよな。


「いい情報だったわ……」


「……ああ。これまでは、体を張って稼いだ、信頼性の高い情報だ。そして……ここからは、なんというか、非常に不思議なハナシになるのだが……」


「なにかしら?」


「……オレの魔眼が見せた、『夢』についてのハナシになる」


「『夢』?」


「……オレの眼は、知っての通り、竜の眼だ。死霊と会話することさえ可能だ。もちろん、いつもではないのだがな……条件次第では、そういうことがありえる」


 ミアとオットーがうなずいている。


 ミアはザクロアで、オレが『ヴァシリのジイサン/死霊』と話すところを目撃した。オットーは、アリューバ半島で、オレの影に死霊が宿る瞬間を、気取ったようだしな。


「……ちょと、おかしなハナシになるんだが、聞いてくれるか?」


「……ええ。友人として覚悟してるわ!」


 ちょっと楽しそうな顔をするあたりに、彼女の賢さと、ユーモアを愛する心が繁栄されているような気がするよ……。


「ブラックなジョークを求めているのなら、その期待に応えらないかもしれんぞ?なんというか、オレの心に、病的な何かがあるわけではないと思うんだ」


「そうね。私の『絶対当たる占星術』もある。そもそも、貴方は私の超常現象みたいな占いで、ここに来るってことを悟ったヒトだもの……死者と語る竜騎士サン。貴方は、どこの死霊と語り合ったというのかしら―――?」

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