第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その29
「こ、これは……ムチャクチャ美味しいよう……ッ!!」
「ああ。そうだな、ミア。コイツはシンプルな料理だが、それだけに、それぞれの素材が調和するように計算されている」
「うん!!……伝統に研磨された、ぱたーんを感じる!!これは、まるで剣舞のように、あらゆる部分が、機能美に研磨されて到達した美味しさ……ッ!!『メルカ』の伝統だよッ!!これは、文明そのものなんだッ!!」
「文明そのもの……ッ!!」
いいフレーズだぜ、ミア。
オレの心は、その言葉に撃ち抜かれていた。
「お、お兄ちゃん、早く食べなきゃ!!時を、逸してしまう!!」
「そうだな。今この瞬間が、このトルトル巻きの『旬/ベスト』なんだ!!」
急がなくてはならない。最高の朝食を、逃すことなど、猟兵の名折れである!!メシは可能な限り、最良のモノを食べるのだ!!それが、ガルフ・コルテスからつづく、『パンジャール猟兵団』の『掟』!!
健康でなければ?
『徘徊する肉食の小鬼/ゴブリン』の群れなどにも、負けかねない!!日々の健康を維持してくれる食事に気を使う―――それでこそ、最強の戦士、『猟兵』を創り上げるための重要なメソッドなのである……。
ああ。ガチで美味いわ、コレ。
トルトルのやわらかな生地が、歯と舌に軽やかで優しい食感を与える。細かく挽かれた小麦粉とコーンの粉と、たっぷりの花蜜が混ざった結果、舌が触れるだけで甘味を感じるほどさ。
モチモチとした甘い生地の食感を、楽しみながら歯で切る。すると、生地の包まれていた酸味たっぷりのトマトソースに出会えるのだ。舌が痺れて、口のなかに旨味と熱さが広がっていく。
その熱と酸味を堪能しながら、いい感じに焼かれた粗挽きポークのウインナーを囓るよ。パンパンに張った腸詰めが、パポリという弾力のある音で耳を楽しませてくれながら、濃密な肉汁の津波を口に放ってくるのだから、たまらないね。
ああ、トマトの赤に染まった玉ねぎの微塵切りが甘さをくれて、とろけたチーズの風味とコクのある味が舌に混ざる。肉の脂と、チーズの脂肪分が、トマトの酸味に祝福されながら、シンプルゆえに到達できる『濃い美味さ』を達成してくれているんだ!!
「……な、泣けるレベルで美味しいよう……ッ!!」
「ああ。まるで、ちゃんとした冒険小説みたいだ。濃くて、ベタで、シンプル!だからこそ、最高に楽しめるんだよな!」
「ベタな味こそ、最高!!普段の生活に、楽しみと、栄養を与えてくれる、そんな素朴なB級グルメ、万歳だあああああああああああああああッ!!」
ああ、ホント最高だ。この郷土愛に満ちた、素朴な美味さの集合体は!!地域住民の連携を感じさせるな!!となりのカレンさんに感謝だ!!どんな花の名前を家名につけたのかは知らないが……きっと素敵な花に違いない。
いや。
今は、食に没頭すべき時間だな。カレンさんのチーズを楽しむためにもね!このトルトル巻きの旬は、今なのだから。オレたちはチーズとウインナーとトマトソースのトルトル巻きを、しっかりと堪能したよ。
しかし、さすがはルクレツィアだな。オレたちがおかわりすることも、想定済みだよ。オレとミアは三本も食べちまった……仕方ないさ。こんなに美味いし、体が栄養を求めているのも事実。
……ミアは小柄だ。それだけ、体の奥の熱を奪われやすい。この高度がある土地では、彼女の疲労は通常の倍近いだろうよ。オレは魔力の補給だな。魔法の目玉が見せてくれた『夢』のせいで、魔力の消耗が、かなりあるんだ。
オレたちは、体力を回復してくれるのに、最適な食材、『花蜜』と『肉』をたっぷりと摂取したというわけだ。
……『メルカ料理』が花蜜を多用するのは、女子ばかりで甘党ぞろいってだけじゃない。高栄養な食材を摂ることで、この過酷な高地環境に適応しようとしているのだ。
竜騎士の呼吸法だけでは、この高地に耐えられない。体力を回復してくれる、高栄養な食事が必要なんだよ―――。
文化ってのは、環境に研ぎ澄まされている。
その環境に適することで、さまざまな産業が産まれ、それぞれの暮らし、いろいろな文化が組み上がっていくのさ。ミアは、賢いなあ。熱くとろけたチーズと、猫舌を戦わせながらも、この食事を、『文明』そのものだと見抜いた。
そうさ。
牧畜、食肉加工、近所のヒトとの食糧のやり取りに、保存食。カーリーン山が熟成した暮らしの全てが、このトルトル巻きには備わっている。そのことに、誰よりも早く気づいたのさ。
思索の結末ではなく……感性に導かれることでね。それは、素晴らしいことだ。感覚的に、世界の在り方を見抜く。幼い頃から大陸中を旅して回っている少女の感性は、脅威的なまでに鋭敏なんだよ。
シスコンだから、そんな風にべた褒めしながら、お兄ちゃんは朝食を楽しんだ。
もちろん、蜂蜜のかかったヨーグルトもね!……食材の種類は、可能な限り多く食べるべきです!……それが、ロロカ先生の教えでもあるんだ。
オレたちは旅人。根無し草。さまざまな土地を放浪する傭兵集団だ。何が言いたいかというと、食事が偏ったりすることも多いってことだ。栄養の偏りは、怖い病気をもたらす。コーン食べすぎ病もな……ククリ曰く、処理の仕方を間違えなければ問題ないようだが。
体が必要とする栄養素。そういうものを不足なく摂ろうと思えば、多くの種類の食材を食べることが合理的な判断だよ。
それと、現地の味を楽しむべきだな。
大陸を旅して回っていると、『風土病』というモノが多々ある。その環境に応じて、ヒトの肉体を蝕む悪い条件ってのが、どんな土地にもあるのさ。
だから?
現地のヒトたちが食べているメニューを、旅人であるオレたちも食すべきなのさ。ご当地料理には、おおむね意味がある。花蜜たっぷりな食文化が、この高度環境の『寒さ』に対応するためにあるようにね。
現地の料理ってのは、現地の環境に対する適応の結果であることが多いのさ。だから、その環境でベストを発揮したければ、現地の料理を口にする。それが、猟兵の『掟』。メシで創り上げる強さの秘密というわけだ。
不健康は、損をする。
技巧を磨くための日数も減らす。
体力を回復させるのに、より多くの日数を費やしてしまう。
健康管理をすることが、どれだけ多くの『強さ』を猟兵にもたらかすなんて、言うまでもないだろう。対応しなくちゃいけないのは、環境だけじゃなく、敵にもだからだ。敵に備えるのにも時間はいるかんだらな。
……さて。
食事の紅茶を楽しんでいると、ククリとククルが合流したよ。
「お、おはよう、兄さん!!」
「お、おはようございます、ソルジェ兄さん!!」
なんだか、照れているようだな。双子たちは顔が赤い。昨夜、抱きしめちまったからかな?……思春期の少女たちの扱いは難しいな。
「なによ?長老である『ルクちゃん』はムシなの?」
「……え?何を言っているんだ、長老?」
「ルクちゃん……?」
双子たちが、ドン引きしている。
ルクちゃん29才は、失敗したというような顔をした。だから?誤魔化すんだろうな。
「さ、さて!!さっさと報告をしてくれる!?ククリ、ククル、あんたたち、あの捕虜を尋問して来たんでしょ!?」
そうか、顔を見せないと思ったら、朝からハードな任務をこなしていた。いや、ハードってことでもないか。あのボンボンが持っている情報は、おそらく、あの『日誌』に欠いてあるので大半だろう。
「―――残念ながら、目新しい情報はなかったぞ。兄さんが回収してきてくれた、あの『日誌』に書いてあることが、ほとんどだった」
「彼の情報源としての価値は、より細かな情報だけでした。『アルテマのカタコンベ』の地図の補完と、強兵の数と名前……そして、彼らがため込んでいる錬金薬の種類と量といった感じです、兄さん」
「……ふむ。そうか」
「……あれ?長老、私なんだけど?」
自分が、ないがしろにされている気持ちにでもなっているのだろうか?ルクちゃんは唇を尖らせながら、自己主張する。
「いや、長老。私たちは『ホムンクルス』同士だ」
「言葉にしなくても、多くを伝えられています。ですから」
「そう、だから」
「兄さんに、報告すべきなんです」
双子の妹分たちが、オレに懐いてくれている!!なんか、シスコンとして、あまりにも嬉しいから、涙が出て来そうだぜ……っ!!
感極まるオレの代わりに、正妻エルフさんのリエル・ハーヴェルが双子たちに質問をしてくれた。
「それで、ククリとククルよ、連中は、どんな薬品をため込んでいるのだ?」
「それがだな、リエル殿―――」
「―――大量の毒薬については予想済みですが……興味深いのは、異常な量の『アラカラ液』です」
「なに?……ということは、『ベルカ』の『地下』……と、いうか……?」
「『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』だ、リエル殿」
「……うむ。その『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』で、落盤でもしている岩を融かすつもりというわけだな」
「岩を、融かす?」
「うむ。『アラカラ液』は、特定の岩をやわらかくするし、極端な量を使えば融かせるのだ。あるいは、毒液や薬液の質を変えるときとかにも重宝するのだが―――と、私よりも、ルクレツィアに語ってもらった方が良いだろうな、錬金術師なのだから」
たしかに、リエルは薬草医の知識を持っている。錬金術師に近しい知識を持ってはいるのだが、最高のスペシャリスト、『メルカ・クイン』がヒマそうにしているのだから、彼女に訊くべきだろう。
自尊心を満たしてやると、我が友、ルクレツィアさんは大変に喜ぶからな。
「……そうね!!錬金術と言えば、私だもんね!!」
「ああ。それで、『アラカラ液』を使って、連中は、岩を融かすつもりらしいが……それは、外から運んだ石材なのか?……それとも、あの土地の地下の岩盤なのか?」
「……ウフフ。さすがはソルジェ殿。抜け目がない魔法の目玉をしているわね?」
「まあな」
「石材なのか、岩盤なのか……それで、意味合いが変わってくるものね。石材だとすれば『ベルカ』の『ホムンクルス』たちが作った正規のルートを通っているし……岩盤であれば、おそらく、ダンジョンの『ショートカット』を狙っているものね!」
「そういうことだ。それで、どっちだ?」
「……『ショートカット』の方よ。『アラカラ液』では、『ベルカ』のレンガは融けたりしないわ。融けるのは、そのレンガを力尽くで引っぺがしたあとにある、天然の岩盤ね……でも」
ルクレツィアの顔が、曇る。彼女は自分の知性が及ばない分野になると、不機嫌そうな顔をするのさ。
「……でも?……君の豊かな知性は、何に気がついたんだ?」
「……豊かな知性!!いい言葉ね……ねえ、ククリ、ククル!!私の呼び方を『豊かな知性のルクちゃん』に統一したいのだけれど?」
「長老、戯れ言はいいから、早く本題を」
「そうです。偉大さを求めているのなら、『大長老』って呼びますよ?」
「イヤよ!!そんなの、長老感が激増じゃない!?百年近く生きていそうだわ!?」
……何だかんだで、双子たちは長老殿をコントロールしちまっているな。
『クイン』の支配ってのは、想像よりも緩そう。たぶん、『メルカ・クイン』だけの特徴。そして、おそらく、その柔軟性と生存欲求の強さが……彼女たちが『最強』だった理由だろうな。なにせ、『コルン』は『自由』を求めている。
束縛しても、戦士として真の強さを発揮することはなかっただろう。
「……いい?『大長老』は却下よ!!……ふう。さ、さて!!私の『豊かな知性』が何に気がついたかと言うとね、ソルジェ殿!!……『青の派閥』が、『アラカラ液』で融かせる岩盤は……かなり深い地層に走っているモノってこと」
「ふむ。それで?」
「彼らは、まだ、その深さまでは到達していないはずなのよね。第七層まで降りて、壁を剥がせば気づけるかも……指を失いながらでも、あの青年捕虜は、自分たちが第五層までしか到達していないことを語ったわ。つまり……」
「……知っているのは、おかしいか」
「うん。そうよ。知らないはずの場所。私だって、『叡智』がくれた『記憶』をもとに推察出来ているだけ。おかしいわね、まるで、敵は、『アルテマのカタコンベ』を知っているみたい」
「……それについて、ちょっと訊きたいことと、話しておきたいことがあるんだ」
そうだ。訊くべきことがある。25年前に、『メルカ』とマキア・シャムロックが接触しているか―――。
話したいことは、もちろん、アーレスの眼が見せてくれた、あの『夢』についてだよ。
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