第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』  その31


 オレはあの『夢』について、仲間たちの前で語ったよ。


 まずは、『オレ』のことを話す……つまり、『ベルカ・クイン』に改造されちまった『ヒドラ』のことだよ。不思議なもので、話しているうちに、さまざまな情報が頭のなかに浮かんで来る。


 断片的な『情報』がつながって、そのあいだの空白を埋めていくような感覚だ。それに、リエルやミアの素朴な質問には、反射的に『オレ』についての『記憶』が口から出て来た。


 『オレ』は、元々、バシュー山脈の『ヒドラ』ではなかった。山脈の西にある沼地で暮らしていたところを、『人体錬金術』の研究のために、『ベルカ・コルン』の一人に捕獲されたんだよ。


 まだ、子供のころに。


 薬で眠らされ、馬車で『ベルカ』まで運ばれた。


 そこで『ベルカ・クイン』に改造されて、実験台になるんだよ。最終的には、その腹に『賢者の石』という『人体錬金術』の至宝となった『ベルカ・コルン/アメリ』を入れられることで、『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』となった。


 そうなった理由は、『ベルカ』の『地下』に潜んで、『メルカ』の『ホムンクルス』たちが近づいて来る日を待ち続けるため―――けっきょくは、そんな日は来なかったわけだが。


 来ることのなかった敵を待ち続けながら、『賢者の石/アメリ』と一つになったことで得た知性で、『叡智』に触れながら、300年の思索の時間を過ごしていった……。


 『オレ』について語れるのは、それだけだったし、おそらくそれ以上に語ることのある人生を、あのヒドラは送ってはいないだろう。300年間、外敵の訪れることのなかった場所を、守護者として守り続けていただけのこと。


 なんという無味乾燥な時間というかな―――だが、それでも『オレ』は幸せや充実を感じていたようだった。隠者のような生き方だったな。


 『オレ』についてを皆に話し終えたあとは『夢』について語ったよ。


 『オレ』が『あの子』と呼んで、まるで娘のように愛している人物が、旅立った日を、『夢』として追体験したことを話したんだ。


「―――ということだ」


 しばしの沈黙が流れた。皆が、オレの頭を心配しているのかもしれないと、心配してしまう沈黙だよね。


 だが、皆はやさしくてね、死霊と対話出来る頭のおかしい竜騎士サンのことを、それほど疑ってはいないようだった。


「……なるほどね」


「……ルクレツィア、どう思う?オレは、これがただの妄想ではなく、あの沼地で殺したヒドラが、実際に体験した物語だと思うんだ」


「そういう『瞳術』を使えるのかしら?」


「使いこなしているわけじゃない。ときおり、死者との対話さえも成してしまう。今までは、ヒトの死霊たちから情報を得るだけだったが―――今回は、ヒドラと『ベルカ・コルン』が混じったことで産まれた人格の『残骸/死霊』と対話出来たのだと感じている」


 自分で口にしていて、何ともおかしなことを口走っているなあと思うよ。こんな変なコトを語る人物がいたとすれば、あまりお近づきになりたくないもんだ。


 だけど、この場にいる仲間たちは、あまり否定的ではなかった。


 ……オレは、普段から、こんな変なことを言い出すような人物だと認識されているのだろうか?だとすれば、少々、ショックなことではあるんだが……。


「……ありえると思うわ。ヒトの『記憶』だって、魔力の流れで保存されているんだものね。それを詳細に見ることの出来る、ソルジェ殿の魔法の目玉なら、そういう情報も回収出来るのではないかしら?」


「……オレの病的な妄想とかじゃなくて?」


「ええ。その心配はしなくていいと思う」


「そうか、よかったよ」


 わずかばかりだが、自分の精神状態を心配してもいたんだよな。


 こんな『夢』で見た情報を頼りにするなんて……ガルフ・コルテスがいたら、変な笑い方をされながら、やさしく肩を叩かれ、精神の病について詳しいお医者さまたちがいる屋敷に連れて行かれそう。


 それほど狂ったハナシではある。


「自分で言うのもアレだが、あくまでも『夢』のハナシだ。だから、これを情報として扱っていいのか、オレ自身にも分からない。あくまでも、参考として扱ってもらいたい」


「でも、兄さんは、疑っていないのだろう?」


「確信を、覚えているのですよね?」


 双子の妹分たちが、あの黒い瞳でまっすぐな視線を向けてくれる。オレはうなずくよ。自分にもあの子たちにも、嘘をつくつもりはない。


「……ああ。不思議なことにな。きっと、これはアーレスという、ストラウスの剣鬼と長らく共に在った竜が、見せてくれた情報だと思うんだ。ヤツは、フェミニストだったし、騎士道を重んじていた」


 皮肉屋なところも多々あって、人類を劣等種族だと考えていたが―――いついかなる時も、騎士道の体現者でもあったのさ。やさしく偉大で、怖くて強く、義を重んじて、どこまでもストラウスの竜だった。


 死んだぐらいで、アーレスが狂うことはない。それだけは確かなことだな。


「……ふむ。ソルジェは竜に愛されているぞ。だから、竜も情報をくれたのだろう」


 リエルが嬉しい言葉をかけてくれる。


「私は矛盾を感じないハナシだと思った。25年前に、実際に起きた物語なんじゃないのか?」


「自分も、そうだと思います!」


 カミラも肯定してくれたよ。


「あの沼地のモンスターたちは、どうにも不自然でした。きっと、あそこにいたのは『ベルカ・クイン』に改造された存在と、その末裔たち……ソルジェさまに語りかけてくることも、ありえますよ!」


「……そうね。語りかけたというか、情報を回収する呪術かもしれない」


「情報を回収する呪術?」


「倒した相手や、対象をじっと見続けることで、貴方は私たち『アルテマの使徒/ホムンクルス』が使っているような……『情報を共有する呪術』を使えるようになったのかもしれないわね」


 『魔女の叡智』を継承する才女、ルクレツィア・クライスはそう語った。


「ソルジェ殿は、私たちと同じように三つの属性を使いこなしているし、魔力の流れを把握出来る。それに、大きな共通点が私たち貴方にはもう一つある」


「なんだ?」


 恥ずかしいことだが、思いつかなかった。自分のことだというのにね?……でも仕方がない。ルクレツィアは、竜の魔眼についてさえ、分析しているようだ。9年間、この魔法の目玉と共に在るが、オレには謎の存在のままなのだ―――。


「貴方に宿る竜よ」


「アーレスが、どうした?」


「私たちに、『魔女の叡智』が宿るように、貴方にも『古竜の叡智』が宿っている。もちろん、私たちみたいに、自在にその『叡智』に触れて、使いこなすことは出来ないとは思うけれどね。私たちは、あくまでも魔女と『同質』だから、その知識の書庫に接続できる」


「オレの場合は、アーレスとは『同質』ではないものな」


 アーレスの『分身』ではないわけだし。それに、そもそも種族が違いすぎる。ヒトと竜だ。思考の形状は、まるで異なっている。オレの脳みその能力では、アーレスの『叡智』を使いこなせないというわけだよ。


「……おそらく、『古竜の叡智』を本能的に用いることで、自分にも理解出来る『言葉』に翻訳しているのではなくて?」


「……そう言われれば、そうかもしれない」


「自信のない言葉ね?」


「自分にだって分からないんだよ。ただ、感覚としては、思い当たるフシもあるし、他でもない大錬金術師、ルクレツィア・クライスの見立てだと言うのなら、信じるまでさ」


「ウフフ。信頼を感じる言葉ね」


「ああ。君も、『共感する力』の体現者でもあるんだからな。『クイン』と『コルン』は呪術で情報をやりとりするんだな?」


「ええ。生まれながらの力でね。より同質であり、より近ければ、この血肉が継承し続ける呪術は消えないでしょうね」


「……なんだか、消えて欲しいみたいな言い方をするんだな?」


「……『アルテマの呪い』の副作用だと思っているのよね」


「なに?」


「『アルテマの呪い』は、魔女を『保存』するための呪術。私たちが私たちだけで繁殖することで、肉体を魔女として『保存』することには成功した。あとは、集団としての意識を同調させることで……思考の形状を平均化する……」


「つまり、それぞれの『個性』を消すことで、アルテマというオリジナルに近づけるというわけですか?ミス・ルクレツィア?」


 難しい言葉をオットーが、分かりやすくしてくれながら質問してくれていたよ。なるほどな、集団の哲学、信条、考え方に沿わすことで、『個性』という魔女からの逸脱を打ち消そうというわけか―――。


「そういうコトよ。この共感能力も、おそらく、私たちを『魔女の劣化した分身』で過ごさせるための力でもある」


「……そうかもしれないが、卑下することはない」


「え?」


「大きな力となっている。それに、その力は理解を深めるための力でもある。ククリとククルは、その『共感する能力』が飛び抜けて高いようだが、二人の性格は大きく異なっているのは一目瞭然だ。君たちを縛るだけの力なんかではない」


「兄さん……っ!」


「そうですね……私とククリは、この能力が強くても、自我を失うことはありません」


「……そう言われると、私も文句は言えないわね」


 ルクレツィアが苦笑している。


「よく理解することで、むしろ違いに気づけるということもある」


「なるほど……集団心理と、個性は別……大きな文化的な背景を構築するためには、機能している呪術だとは思うけれど……使いこなしていないから、縛るだけなのかもしれないわね。ククリとククル並みに使いこなせば……むしろ魔女から遠ざかる」


「そうだと思うぞ」


「……そうね。だからこそ、『アルテマの呪い』は発動したがっているのかもしれない」


 その言葉に、双子の表情は強ばる。


 それはそうだ、二人にとっては、それは死を招く事実。恐怖を覚えるのは当然だ。


「魔女を『保存』するというテーマと、『逆』だからか?」


「ええ。個性の確立は、魔女からの自立だもの。アルテマとしては、認めたくない進化なのだと思うわ…………脱線したわね」


「……いや。脱線したとも言いがたいよ。オレが、結局、この『夢』を語ったのは、『アルテマの呪い』を解くための方法を求めてのことだ。ルクレツィア。『賢者の石』となっていた『アメリ』には、『アルテマの呪い』が効いていなかった。そう考えてもいいのか?」

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