第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その20


 魔眼から指を離して、ゼファーと魂の結びつきを弱めるのさ。


 ああ、オレは長らく同じ姿勢をしていたおかげで、首が凝ってしまっていた。グルグルと首を回していると、カミラのやさしい指が首のつけ根を揉んでくれる。


「おつかれさまです。いい情報は、見られましたっすか?」


「……ああ。色々とね。オークどもはよく働いてくれたし、敵サンも、理想的な形で罠にハマってくれた様子だ」


「それは、良かったです」


「……さーて。足音と気配、そして、それなりの魔力が近づいてくるな……ビクトー・ローランジュが来る。無言と、可能な限り魔力も消しておくぞ」


「わかりました……っ。お口にチャック・モードに入ります……っ」


 『吸血鬼』さんが、長い牙を隠すように、口元をしっかりと両手で押さえたよ。そして、オレたちは呼吸で心拍を操り……冬眠中の『四つ腕熊』のように魔力を下げていく。気配も魔力も消す。


 そして、この貴族サマが『隠蔽』の呪術を描き込んだ麻布のテントの生地が、オレたちを完全に隠してしまうのさ……さてと、ナイフを使い、無音で麻布に切れ目を入れる。覗き穴だよ。オレと、もちろんカミラの分もね。


 ……闇の中でカミラの親指が、グイッと上げる。ガルーナ地方では、相当にいやらしい意味もある仕草なんだが―――きっと、そっちじゃなくて『コルテス式指サイン』における、『グッジョブっす、ソルジェさま!!』って意味の方だろうさ。


 まさか、この状況で性的な行為を始めるほど、オレたちは色情狂ではない。軽めのセックス依存症があるぐらいだもん……健常者とそう変わらないよ。


 さーて、冗談はともかく。


 足音が聞こえて来やがるぞ……。


 鎧の鋼が、ガチャガチャと鳴る音もね。まちがいない。ビクトー・ローランジュがやって来たようだ。


 オレとカミラはテントに開けた穴から、状況をのぞき見る……。


「……マキア・シャムロック殿!!起きられよ!!」


 四つほど離れたテントに、ビクトー・ローランジュはそう叫んでいた。シャムロックは一般的なテントに寝ているのか。雑兵に紛れて寝ることで、敵からの暗殺を防止していたという将軍のエピソードを思い浮かべる。


 あとは、部下の気持ちを知るために、常に清貧でいた美しい心の経営者の物語も。どっちに近い発想なんだろうね、『陰湿蛇野郎』が見せる、この行動の源は……。


 どちらでもいいさ。


 ヤツが思いのほか善人だったとしても、オレの殺人リストにはすでに載っている。なぜかって?……ヤツが、ジョルジュ・ヴァーニエの親衛隊である、『ナパジーニア/薬物強化兵』どもを生みだした『青の強化薬』の製造者だからだ。


 ぶっ殺しておくべきだ。


 コイツの薬に異常を来した兵士たちが、多くの罪無き者が暮らす村を焼き払った。マキア・シャムロックに直接的な罪は無かろうとも……オレは許さない。我が影に宿る、黒く焼け焦げた怨念たちが……ヤツも炎の地獄に落とせと訴えて来やがるんだよ。


「―――なんだ、この夜更けに!やかましいぞ、野蛮ザルがッ!」


 ……おお。友好さの欠片も感じない夜の挨拶だな。100%分かる。気難しい依頼人だ。オレのクラリス陛下もときおり怖いけど、いやなカンジの中年野郎って印象を受けるよ。


 テントの奥から、その黒髪の男が現れる。


 背が高く、ウェーブのかかった陰湿そうな長い髪。鋭い目つきに、口周りとアゴに生える細いヒゲ……『陰湿蛇野郎』というあだ名にピッタリなヤツだ。


 微妙に美形なナイスミドルでもあるところが、筋肉しか取り柄のなさそうなローランジュの気に障るのかもしれんな。陰湿極まりない嫌味な表情を浮かべてはいるが、顔の作りの良さは分かる。


 陰湿さを許容出来る女には、モテそうだ。あるいは、あそこまで顔に陰湿さが出ちまう前……若い頃は相当にモテただろう。元・クールなイケメン野郎さ、今では……魔女の呑んだ『星』を探している陰湿蛇野郎だがな。


 さてと、野蛮ザルといきなりの先制パンチを浴びせられたビクトー・ローランジュちゃんは、かなり激怒しつつも……クライアントへの怒りを噛み殺すために、顔を引きつらせていた。奥歯が立てる音を、ヤツの鼓膜は聞いているだろうさ。


 ガギギギギ!!とかな。歯が砕けちまったら、団長殿に治療費を請求するがいい。苦笑しながらも、金貨を投げて渡すさ。そいつを融かして、歯医者に砕けた奥歯にコーティングしてもらうといい。


「す、すみません……配慮不足でした……っ」


「フン。400人の兵士を司る男が、一般常識も無いとはな……残念だ。まあ、期待はしていなかったがな」


 なんてケンカ腰な人間なんだ。ああ、ビクトー・ローランジュに感情移入してしまう。オレも傭兵だからかな?


「す、すみません……っ」


 クライアントへの謝罪!!ああ、管理職の辛さを見たよ……ッ!!


「フン。それで、何の用だ?私の睡眠時間を割くほどに、貴重な案件なのだろうな?」


「……ええ。それが、『ストレガ』の花畑にまつわる情報を手に入れました」


「……なに?」


 ビクトー・ローランジュはドヤ顔とはこうだと言わんばかりの表情を作り、『ストレガ』の花を『陰湿蛇野郎』に差し出した。


 『陰湿蛇野郎』が、どんなにビックリした顔になるかと、オレとビクトーちゃんは楽しみになって待ち構えたよ!!


 でも……マキア・シャムロックの表情は、まったく動くことが無かった。ただ、あの黒い瞳で、ただ、じっと『ストレガ』の花を見つめている。時間差で、お驚き!!って顔をすれば、ユーモアを感じられるんだがな……。


 そんなことはなかった。


 オレとビクトーちゃんは、完全敗北した気持ちになる。え?だって、あの花、オレが持ち込んだ花だしね。


「……ふむ。たしかに、『ストレガ』の花のようだな。形状、色、そして、この特徴的に甘い蜜の香り……本物だ」


「え、ええ!!そうでしょう!!」


「……貴様、これをどこで手にした?」


 にらみつけた。マキア・シャムロックはビクトー・ローランジュ隊長をにらみつけながら、そう訊いていた。ローランジュからすれば、意外な表情だったらしい。もちろん、オレとしてもそうだ。


 依頼者が『探していた物』を見せたというのに―――アレほど睨みつけられては、ちょっと驚いてしまうな。


 そうだ、ローランジュが戸惑いを覚えてしまうほどに、その怒りは真実の貌であるように見えるのだ。魔眼でも分かるよ。ヤツの心から、殺意に近い怒りの赤が漏れている。


「……『アルテマの使徒』の町を襲撃したのか?」


「い、いいえ!!攻撃はしておりません!!偵察は、出しまして、こちらの被害こそ出てしまいましたが……」


「貴様らの被害など、知ったことか」


「……っ!!」


「もはや触れるべき土地ではないと、言ったはずだ。交渉が決裂した以上、彼女たちに接触は禁止だ。戦えば、被害は大きくなると忠告しただろうに……愚か者どもが」


 ……ふむ。


 まるで、『メルカ』には『ストレガ』の花畑があると知っているような口ぶりだ。そして、『彼女たち』と言ったな?……『アルテマの使徒』たちが、女しかいないことを知っているのか?


 それに……『メルカ』を傭兵たちが襲ったことに怒っているのか?……ふむ。『アルテマの使徒』たちへの襲撃は、ヤツの本意ではない?……たしかに、コイツは色んなことを隠していそうだよ。


「……それで。この花がカーリーン山のものでは無いとして、どうして手に入れた?」


「そ、それが……不思議なことがありまして?」


「なんだ?」


「……実は、この花は、先ほど、このキャンプ地点を襲撃して来た、大型のオークが持っていたモノでしてな!」


「……オーク、だと?」


 陰湿蛇野郎は、目を細める。ローランジュの言葉を怪しんでいるのかもしれない。敵同士のように憎しみ合っている二人だからな……陰湿蛇野郎は、この野蛮人に騙されているような気持ちになっているのかもしれない。


 たしかに、オークの道具袋から花が出て来たというのも、おかしくはあるからね。でも、君らに他の選択肢は無いだろう。


「はい!……その個体は、少なくとも二体。特徴のある巨体と、浅黒い肌。異常なまでの攻撃性を有していました。こちらも、確認出来ているだけで三名が死亡。警備に当たっていた小部隊との連絡も途絶えています。冗談などでは、ありませんよ」


「……ふむ。たしかに、お前のような野蛮人に、嘘をつくほどの知性もあるまい」


 一々、ケンカ腰の人間だなあ。これで世の中を渡って行けるのだから、錬金術師業界ってのは、どうなっているのだか……。


 屈辱に耐えながら、ビクトー・ローランジュは言葉をつづける。


「……わ、私の部下に、モンスターの生態に詳しい若者がおりまして。か、彼がその個体を分析したところ、『フラガの湿地』に棲息する、大型オークに違いがないと申しました!!確かに、私も含めて、複数の部下が、ここより南東の地で、浅黒い肌の大型オークを見ております!!」


「……『フラガの湿地』か……あそこには、沼地に呑まれた廃墟がある……三世紀前の聖跡検証のための遠征隊。その一部が、そこに残ったはず。イースの教会も建てられていても、おかしくない……その聖なる花である、『ストレガ』も……植えられていた?」


 そんなことまで知っているのなら、さっさと教えてやればいいのにな。


「し、知っていたのですか!?そ、そこに、花畑がある可能性を!?」


「いいや。自然ではありえん。あまりにも標高が低すぎるし、湿度も多すぎる……管理無しでは、そのような土地に自生することは困難だ……そのオークの知性は?」


「ち、知性は分かりませんが……大型で、多彩な武器を使うようです」


「フン。それならば、平均的なオークよりも、知性が高いと考えても良いのもな……」


「それは……たしかに、高いのでしょうな……っ」


「……アルテマの『人体錬金術』の『被験体』か……兵器として、作られた個体……『25年前』に、這い出たのか……?」


「え?……『25年前』に、這い出た?」


「……かつて、地震のようなものが起きたのだ。そのときに、地層が崩れて『アルテマのカタコンベ』から、オークどもか、あるいは別の個体が這い出た……その個体たちが、『ストレガ』の花を……植えて、育てた?」


「も、モンスターが、花を育てるのですか!?」


「……アルテマに改造されたモンスターならば、何をしてもおかしくはない。お前よりも知能が高いゴブリンもいるかもしれないほどだ」


 ……錬金術師の知識ってのは、大したもんだな。『ストレガ』が沼地では自生出来ないと知っていた?……まあ、ルクレツィア曰く、『ストレガ』は人工的な管理が無ければ育たない花だと言うが……。


「……な、ならば!!南東の地に、『フラガの湿地』に、あの改造されたオークどもが作った、『ストレガ』の花畑は存在していると考えるのは、妥当なわけですな!!」


「……フン。可能性は否定できん。是非とも、回収しに迎え」


「は、はい!!それでは……全軍を引き連れ、『フラガの湿地』に向かいましょう」


「……待て。それは許されん」


「……ッ。『地下』の探索ですか?」


 ふむ。


 やはり……『星の魔女アルテマ』が呑み込んだ、『星』……それを探し求めているというのか……?『ストレガ』の花蜜よりも、ヤツの興味は、そちらに向いている。偽・極右というのは本当らしい。


 謎の『星』よりも、『ストレガ』の花蜜で増産できる『青の強化薬』の方が、よっぽど帝国軍に貢献は出来るだろうに。それよりも、己の探究心を優先するか。それだけの価値があるものを、ヤツは見つけている?……いつだ?


 ……二十年前の『地震』?いや、『地震のようなもの』と言ったな。ヤツは、まるで当時、この場所にいたかのようだ―――いいや。もしかすれば、本当にいたのかもしれないぞ。別に封鎖されている土地では無い、若く強い男ならば危険を覚悟すれば、旅が出来る。


 エレン・ブライアンは日誌に書いていたな。マキア・シャムロックは古い錬金術師。武術も、魔術も、呪術も囓っている……そして、今では年を取っているが、たしかにその立ち姿からも武術家の臭いを嗅げるのだ。


 ヤツの情報は、『カール・メアー』からの提供だけじゃなく、自らの足で得た情報なのか……?

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