第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その21


「兵を、『ここ』に残せと言うのですか、貴方は……ッ」


 苦悶の表情を隊長殿は浮かべているよ。そのリスクを考えているのだろうな。当然だ。この8週間の山ごもりで、君らはかなり疲れてしまっているのだ。この状況で部隊を分割するのは、戦略的にはよろしくない。


 いいや。


 ハッキリ言って、サイアクだ。もはや集中力は途切れかけている、酒をあおり、荷物を減らそうとするほどに……ようやく、この厄介な任務を終わらせて、地上に帰還が出来ると喜んでいる傭兵たちが多いだろう。


 もしも、彼らが『軍隊』であるのであらば、ビクトー・ローランジュは迷うことなんて無かっただろう。


 迷う必要も無く、全軍での移動を決断した。それが、最も被害を少なく見積もる手段なのは明白なことだからね。


 だが、残念なことにオレたちは傭兵なんだよな、ビクトーちゃん。


 国家でもない、軍事的合理性でもない。金をくれるクライアントのために、命を捨てる職業戦士だよ。


 金のためには断れない。それが、基本的に自由気ままであるオレたち傭兵稼業の絶対の『掟』ではある。私的な暴力集団だ。雇い主とのあいだに決められた契約を守り、報酬を頂く。それが、傭兵という獣の生きざまだよ。


 だから……ビクトーは黙りこくってしまう。被害を計算している。どれだけ自分たちが死ぬだろうか?……あとは、物資の損失もだろう。兵が死ねば、装備品も失う。この立派なキャンプ地点を構築するための『獣毛/フェルト』のテント……数をそろえれば、高くつく。


 命と、物資。


 それらを捧げて、オレたちは暴力を振るい……雇い主から料金を頂く。命と金を天秤にかけるのが、傭兵たちの長の役割―――誰と戦うか、誰に雇われるか。その結果、何を失うか。そういう神聖かつ邪悪なる判断をするのが、団長の職務である。


 何とも過酷だ。


 自分の判断で、団員たちの命と生活……人生ってものが大きく左右されてしまう。マジメに考え過ぎると、ゲロを吐いちまうよ。あのガルフ・コルテスでさえも、そう言いやがったほどの激務さ。


 ああ。共に死線を幾たびもかいくぐった来た戦友だ。『家族』そのものだ。だが、金や組織の信条のために、オレたちは『家族』の命を危険にさらして、金に換える。


 どれだけ危険なことをするのかは、信条によるが……『黒羊の旅団』は大手。2000人の傭兵と、その家族を支えている組織。ビクトー・ローランジュが、もしも仕事を断れば?……彼だけではなく、2000人の傭兵たちと家族を路頭に迷わせる可能性もある。


 断れないさ。


 前金ももらっているだろうし……任務終了後にもらえる金を目当てに借金を返した者だっているだろう。傭兵なんて選ぶんだ、平和で温かな人生を送っているわけがない。貧しさゆえに、食い詰めて、心が戦を求める危険人物ゆえの孤独から……。


 いろんな悲しい理由で、傭兵たちは戦場で歌って踊って死んでいく。


 ああ、金のために命を削る。ときには命を捨ててしまう。そうまでして金が欲しい連中だけが傭兵になれるんだよ。


 ビクトーちゃんの400人の仲間たちも、不幸な連中ばかりだろう。仕事を断れば、彼らの中には、家族を売春宿にでも売ることになるヤツも大勢いるさ。貧しさってのは残酷だ、何よりも容赦がなく、守りたいあらゆる大切な存在を奪っていくよ―――。


 オレたちは、金には勝てない。


 それが、傭兵の業でもある。


 さて、陰湿蛇野郎は冷血動物のように冷たい貌で、傭兵たちの命を預かる男を見つめている。ビクトー・ローランジュの悩みなど、気にも留めない。


 いいや、それはある意味では正しいのだ。


 彼は客で金を払ったのだから。その他に、傭兵を雇う者に必要なことはない。


 『パンジャール猟兵団』の信条と正義に反することのない、善良なるクラリス陛下。彼女にオレたちが雇われたことが、どれほどに幸せなことなのかを、ビクトー・ローランジュは教えてくれているよ。


 反りの合わない雇い主……ぶっ殺しちまいたくなる相手に、傭兵はお仕えしなくちゃいけない時もあるのさ。


「……ど、どれだけの数を、ご所望で?」


「腕利きだけでもいい。それなりの兵士の数を残してくれたまえ」


「……しかし。あのオークの戦闘能力は高い。その沼地には、どれだけの数がいるか……私は、通りすがっただけでも、数匹、そのオークを目撃した記憶がある。数十ではない数が繁殖しているはず……下手すれば、数百はいる……ッ」


 いい分析だな。300匹近くいるだろう。しかも、『神』をヒトにぶっ殺されて、相当にお怒りだよ。


 彼らが君たちに向ける怒りや憎しみは、激しかろう。君たちには悪いが、この負傷と疲労に満ちた集団が急いで出かけたところで……よくて半壊。


 だが、腕利きを『ここ』に残せば、全滅することさえありえるよ。ビクトー・ローランジュは、仲間たちに急げ、走れ、命がけで戦え!月の消える夜が来るよりも先に!そう命じるしかない。


 そして。そうなれば……間違いなく、大勢が死んでしまうさ。


「―――だからどうした?」


 冷えた夜空よりも、その言葉には熱量ってものが感じられなかった。依頼主は、怒りを噛み殺すビクトー・ローランジュに訊くのだ。


「……『黒羊の旅団』は、オークの群れから、花畑を奪い返すことも出来んのか?それに全軍が必要なのか?それほど、無能なのか?」


「……我々は……ッ」


「出来ぬのならば、構わん。金を返せ。だが、信用問題になることは理解しておけ。貴様たちは失敗し、顧客に被害を与えたのだ。我々の8週間を、ムダにするのだ。貴様は同僚たちに借金を背負わせることになるだろう。『黒羊の旅団』と大口の契約をする組織も、二度と現れまい」


 冷血野郎だな。だが、ヤツは真実を言っている。たしかに反論の余地はないほどに、正論であるのだ。


 金をもらえば仕事をしなくてはならない。仕事を断れば金を返さなくてはならない。だが、金を返すだけでは住まいのが現実だ。失われた信用は、仕事を奪い、傭兵たちを貧しさのるつぼへと追い落とす。


 それがイヤならば、最初から仕事を受けてはならないのだ―――。


「それがイヤならば、最初から仕事を受けるな」


 ……ああ。正論ってのは、怖い。初対面の『陰湿蛇野郎』というあだ名をつけられている冷血野郎と、同じ言葉を口にしているよ……。


 この分では、『黒羊の旅団』の団長は、マキア・シャムロックに400人の『命』を売り払っているな……全員死んでも、『黒羊の旅団』に被害が出ないほどに金を貰ってしまっている……。


 ビクトーちゃん。あきらめろ。


 ここで逃げちまえば、『黒羊の旅団』は、君らのせいで失った『信用』を取り戻すために、君たちを抹殺しにくるぞ。トカゲの尻尾切りさ。そうすることで、残り1600人の『黒羊の旅団』は正常に機能を続けられる。


 分かっているだろ?


 その可能性も、君は団長から伝えられているハズだ。


 ああ……まったく、大手の傭兵団ってのは、血も涙もなくて、クールなもんだ。オレにはとてもマネ出来ないな。悪魔みたいな冷血野郎に、『家族』の命を売り払うとはよ。まあ、その団長にとっては、こいつらは『家族』ではないんだろうがな……。


 温かな零細企業、万歳って思える瞬間ではあるよね。オレは、『黒羊の旅団』の団長殿よりも、はるかに甘くてやさしいお兄さんだ。


「……分かりました。私を含め、50名。それだけを残します」


「フン。少なくはないか?」


「腕利きだけです。ベテランだけしか残りませんよ。錬金術師殿の警備は、彼らが死んでも実行します……ですが、そちらも、武装して頂きます」


「……よかろう。兵を分散するのであれば、用心するのも当然の行動だな。ただし、貴様たちから死ぬと誓え。我々は客だ。我々が、貴様たちより先に死ぬのでは、契約違反も甚だしい。死ぬ気で守れ」


「もちろんです!!」


「そうだ。当然のことを貴様は口にしている……準備をさせよ。傭兵どもを、分散させるのだ。三日後だ……ここから、『フラガの湿地』まで移動するのに、二日近くは費やすぞ。可能ならば、日の出よりも先に発て」


 ……まったく、人使いが荒いし、とんでもない冷血野郎だが。困ったことに正論しか口にしていない。だからこそ、死ぬほど嫌われるのだろうし……出世とかも叶うのかもしれんなァ。


 ああ、クズでしか出世できないのが世の中だもんな。けっきょく、人情味のない悪が、世界を支配しているんだ。『正しさ』という罪深い欺瞞を使って―――。


 でも、オレも魔王を自負する男。そして、クラリス陛下の猟兵だ。


 悪意は読める。


 悪意だからこそ、把握できる。そいつには一種の『正しさ』があるからだ。合理的なんだよ、血も涙もない代わりにね。


 ……その悪意をコントロールして、君らに破滅をもたらすのが、今度のミッションだ。敵兵が、だいぶ少なくなったな……50人なら、ククリに『うにゃー、うにゃー』言わせて、ククル経由でルクレツィアに『メルカ・コルン』の総出撃を命じれば―――。


「―――ですが。懸念があります!カーリーン山の、女呪術師どもは?あの連中に襲撃される可能性がある。手薄になれば……こちらも全滅しかねない」


「……だからこそ、拠点を移す」


「え?」


 ん?……ここから、どこに拠点を移すというのだ?


「どこに、ですか?」


「もちろん、『アルテマのカタコンベ』の入り口にだ」


 ……おいおい、マジか?『そこまで知っているのか』、アンタ!?……何者だよ。


「あ、あそこは危険ですよ!?」


「危険ではない。先日の、貴様の知り合いの紅い髪の母子か、彼女たちのおかげで第四層までの安全は確保出来た。現時点で、あの土地の入り口付近は、ここよりもはるかに安全なほどだ。あそこにはモンスターも近寄らんよ、ホークを喰らったモンスターもな」


「……ですが、女呪術師どもは?」


 そこなんだ。そこが、不思議なんだが……この陰湿蛇野郎め―――。


「―――彼女らは、来ない。あの土地には、近寄ることはない。それは、彼女たちにとって悲劇を招くことにつながるからな」


 そうだ。『アルテマの使徒たち/ホムンクルス』は、あの土地には近寄れない。『ベルカ』の『叡智』と混ざれば……『星の魔女アルテマ』に『戻る』可能性があるからだ……。


 魔女の『記憶』と『知恵』を全て集めたら?……魔女サマご本人の精神の再現だとルクレツィアは心配している。この分では、ククリたち『メルカ・コルン』も同じような現象が心配されるようだな。


 そうだ。ルクレツィアもだが……肝心なことは隠す癖がある。そういうところも、彼女たちはソックリだ―――しかし、なんで、マキア・シャムロックは知っているんだ?


 ルクレツィアたちに直接、会って、彼女たちと協力関係にあるオレたちでさえも知らない情報まで、知り尽くしている―――25年前とやらに、『メルカ』の人々と接触していたのか?……一体、どうなっているんだ、このオッサンは?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る