第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その19


「……この、甘い香りは……一体?」


「ホントだ……死ぬほど臭え空気に混じって、やたらとフローラルな……花か?」


「……お、おい……このデケえオーク……袋に……あ、赤い花が……っ!?」


「まさか?……でも……赤くて、五枚の花弁で……太くて硬い茎に……」


 『黒羊の旅団』の傭兵たちが、『ストレガ』の花に気がついてくれたようだ。一人の傭兵が、慎重にオークに近づいていく。彼を手助けするために、仲間たちは、槍やポールアックス、ハルバートなんかて、ダーク・オークの戦士の死骸を押さえつけていた。死して敵を恐れさせるか。


 いいね。さすが、魔王の切り込み隊長だ。気に入りすぎてしまった。いつか、また、敵陣にオークを突っ込ませてみたい。


 脱線したな。


 傭兵の指が、ダーク・オークの腰裏にくくりつけられた道具袋に伸びていく。その獣の革をなめして作られた袋の中身は、骨の欠片と綺麗な小石と……君らの求めていた赤い花だよ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!こ、これ!!こ、これ見てみろって!?」


「……まさか、『ストレガ』の花だと!?」


「……そんな。アレだけ探しても見つからなかったのに、モンスターが運んで来ただって!?」


「―――どうした、何をたむろしている!!残敵は確認したのか!!」


 ゼファーの視界のなかに、有能そうな声をもった男が現れる。長身で、よく鍛えられた筋肉質な男。鎧をガッチリ装備しているな。鎧を着たまま寝るのか。好きになれそうなタイプだな。マジメ過ぎるから、オレの酒に付き合ってくれるかは微妙そうだがな。


 ああ。


 予想がつく。


 他の傭兵どもとは、あきらかに頭一つ……いいや、それよりはるかに強い。間違いないよ。ビクトー・ローランジュだ。この『黒羊の旅団』、400人を預かった隊長殿だな。


「ローランジュ隊長!!ざ、残敵の警戒には、十名で当たらせております!!」


「で、ですが……それよりも、これを見て下せえ!!」


「……なんだ?……そ、その赤い花は!?」


「ええ……これ、きっと、『ストレガ』ですぜ!!……赤い花だ、花弁が五つ……茎が太くて長い……」


「……新月にそなえた、花蜜をたくわえている……だから、これほどまでに甘い香りを放っているのか!?」


「だ、だと思います!!だって、コレ、錬金術師どもから渡された資料に……ソックリっすもん!!」


 そうだ。そいつは、正真正銘の『ストレガ』の花だ。『フラガの湿地』で、ヒドラの『死体』を信仰していたダーク・オークどもが『育てていた花』―――まったく、なんてムチャクチャな立地だ。


 なんというか、正気の者がたどり着くのは、とても難しい花畑だよ。


 だが、代わりにオレたちが持って来てやったぞ。まあ、それは、29才の『ホムンクルス』のお姉さんが育てた品なんだがね。複雑な経緯をもった、愉快な花だ。とても美しくて、良い香りだろ?


 せっかく花をプレゼントしたんだ、『黒羊の旅団』の同業者たちよ。その花を、心ゆくまで楽しんでくれないか?


「……最高に良い香りだあ!!」


「か、金の香りが混じっているっすよおおおおおッ!!」


「下品な声で叫ぶな、馬鹿者!『黒羊の旅団』の品格が損なわれる……どれだけ野蛮人あつかいされて来たと思っているのだ、この二ヶ月にわたり……ッ。マキア・シャムロックめ!!」


 仲が悪いと評判の、ビクトー・ローランジュとマキア・シャムロックだが、その仲の悪さは本物らしいな。ローランジュの野郎、その大きな傷が走る太いアゴを、揺らしながら笑っている。


「フフフッ!!……だが、見つけたぞ、ようやく花を!!……これで、あのクソ忌々しい錬金術師どもにバカにされずにすむ!!」


「ひひひ!!そ、そして、ボーナスも満額ゲットっすね!!」


 ……おお。引くほど金に汚そうなヤツがいる。オレたち『パンジャール猟兵団』も、あんな風になっているのかな……?


 注意しよう。報酬に惹かれて、ヨダレまで垂らすようになっては、さすがに恥ずべき姿だもん。


「……それで、コレは、一体どこから?」


「……そ、それが。オークのヤツが、持っていたんですよ。襲撃して来たオークが、持っていまして……っ?」


「なんだと?」


 怪しんでいるな。ビクトー・ローランジュはマジメな指揮官らしい。オレは慌てないよ。怪しむのぐらいは想定外だ。だが、いくら怪しんでも、目の前にある物証を否定出来るかね?


 ……そのモンスターを追跡するしか、『ストレガ』の花畑への道はないのだ。もちろん、その道を辿ったところで、とっくの昔に花畑なんて無いんだがね。


 それでも、お前はプロフェッショナルだ、ビクトー・ローランジュ。依頼主のもとに、その花を持っていけ。そして……『フラガの湿地』に向かうといい。


 くくく!イノシシの仕掛け罠にかける個体は、いつだって好奇心旺盛な独り立ちしたばかりの若者ばかり!!……あの嗅覚に、罠に融けたヒトの臭いはバレバレだ。それでも若い好奇心が、イノシシどもを死地に誘う。


 『罠』とは、バレないから有効なのではない。怪しんでも罠のなかへと誘う『動機』を用意する。それこそが、真にいい罠というものなのだよ。


「……このオークが持っていた?本当なのか?」


「え、ええ。こいつと……それに、となりの個体の道具袋からも、花が出てます」


「……たしかにな。これも、『ストレガ』の花のようだ……しかし、モンスターが、花などを持ち歩くのか?」


「……エサや、薬にしていたのかもしれねえっすよ?」


「……なるほど。これだけ甘そうな香りを放つ蜜を垂らしておけばな……それに、資料によれば『ストレガ』の花蜜は、血止めの薬にもなるという……」


「……『青の派閥』の連中、高性能な傷薬でも作る気なんすかね?」


「どうにも、『学術調査』ってのは、胡散臭いよなあ……」


 ……『黒羊の旅団』には、『ストレガ』の花畑を使い、『青の強化薬』とやらを大量生産したいことは秘密か。まあ、『未発表の薬』と、エレン・ブライアンの日誌には書いてあったからな。


 わざわざ、情報をもらすようなことはしないというわけか―――守秘義務を守るような傭兵は、それほど多くはいない。


「……おい、このオークをよく照らせ」


「は、はい!」


 ビクトー・ローランジュの検死が始まるのか?うちのダーク・オークちゃんの死体を観察か。いい趣味とは言えないが、まあ、当然の行為か。たいまつに照らされた『醜い豚顔の大悪鬼』の死骸に、ローランジュは傷の入ったアゴを近づけていく……。


「ぬう!臭いな……ドブのような、ヒドい臭いだッ!」


「え、ええ。でも……コイツ。普通のオークじゃねえっすよ」


「……うむ。どうにも、大きな体をしている……オークは太い腹を揺らした走る豚野郎だが、コイツの体格はやけに大きい……」


「……『地下』の……あのダンジョンの個体っすかね?あそこのモンスターも、やけに大きかったり、行動が突飛だ」


 いかんな。


 『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』から這い出て来たモンスターと間違われているのか?……だが、『アルテマのカタコンベ』のモンスターも、大型化している?なるほど、ダーク・オークが、ますます『アルテマに改造された種』だという確信を得られる。


 でも、そうじゃないんだ。間違うな、それは『フラガの湿地』から来た個体だよ!!


「……いいや。あそこのダンジョンでは、コイツらを見たことはない。それに、私の記憶が正しければ、他の場所で、コイツらを見た気がするのだが……特徴的ではないか?この、浅黒い肌と、巨体が……」


「そ、そうですね!!オレも、コイツら……見覚えがある……」


「あ!!あれじゃないですか!?南の沼地で、コイツらを見かけた。というか、オレ……コイツらの仲間を射殺した記憶がある!!」


 傭兵の一人が主張する。いい子だ。頭をナデナデしてやりたい気持ちにはならんが、オレたちにとって都合の良い人物だった。


「本当か?」


「お、オレ……モンスターの研究者と、組んでるんですよ。各地で、モンスターを殺して大きさとか、特徴を書き留めておくんです。それを、研究者に送ると、そいつを通して地図会社から報酬が貰えるんですよ」


 いい副業だな。


 たしかに、地図会社からすれば、モンスターの棲息地や生態にまつわる情報は欲しいところだな。モンスターの危険性が正確に記された地図?……旅行者や旅商人たちに、高値で売れることは間違いない。


 学者殿も、乏しいモンスター学の発展に貢献できる。ふむ。なんだか、オレも参加したい仕事だな。モンスター狩りをして、金になるなんて、おいしい副業になりそうだ。


「だから!オレ、分かりますよ、ローランジュ隊長!!コイツは、間違いなく、『フラガの湿地』あたりに棲息する、オークの大型種です!!」


 有能な部下だな。ちょっとした枚数の金貨で雇えるのなら、欲しい人材だぞ。


「うむ!!いい情報を提供してくれた!!……お前の名前は?」


「グレイ・バナーズであります!!」


 若い傭兵は敬礼で応える。ローランジュは、気さくな微笑みを浮かべていた。


「そうかしこまるな。我々は、傭兵。軍人ではないのだ」


「す、すみません。元、兵士なので……」


「帝国軍だったのか、グレイ・バナーズ」


「はい……属州の、兵士でしたが……徴兵されているあいだに、モンスターの群れがオレの村を襲って……帰るところを無くし、ここに流れついたんです」


「……そうか。グレイ・バナーズ、お前の名前と貢献は覚えておく。その情報で『ストレガ』の花畑が見つかったら、お前には大きな褒美が出るだろう」


「は、はい!ありがとうございます!」


「それに、今夜の夜警に当たっていた連中全員にも、褒美が出る!!……死者の名前を覚えておけ!!遺族や、遺産を受け取るべき者に、報酬を配分するぞ!!」


 グレイ・バナーズがいじめられないように、ビクトー・ローランジュはそう付け加えたよ。彼は有能なグレイ・バナーズを守りたいようだな。いい人材を発見してしまったと、心の底から喜んでいそうだ。


 ……まったく、有能な若者は、あちこちに転がっているものだなあ。


 グレイ・バナーズ。覚えておく価値はあるかもしれん―――いつか、イヤな敵に成長してくれそうで……くくく!どうにも、ストラウス家の悪い血が騒ぐよ。


 ああ、強敵に育ったあとで……オレと殺し合いをしてもらいたいところだ。モンスター・マニアなら、ゼファーと遭遇したいところだろうしな?


 いつかモンスター・ハンターとして成長したら、オレとゼファーの元に来い。技巧と戦略を使い切りながら、全力で殺し合いを楽しもう。


 ……せいぜい、腕を磨いておけよ、グレイ・バナーズ。


 モンスターに詳しく、故郷を滅ぼされた記憶を持つお前は、モンスターに油断も容赦もしないだろうさ。ああ、お前は、あの沼地では死なない……壮絶な戦闘を経験値として喰らうことになる。よく育て。


「……とにかく!私は、この花を……あのムカつく、マキア・シャムロックに見せてくるぞ!!ヤツを叩き起こし、情報を伝える!!……お前たちは、周辺を警戒しろ!!モンスター二体に、この被害はおかしい!!他にも、敵がいるはずだ!!」


「……オークが、まだうろついている?」


「そ、そういえば……巡回に出ている、カントたちが帰って来ねえ!?」


「……このサイズのオークに、闇のなかで奇襲されたらマズいな」


「うむ。しっかりと見張らせろ。錬金術師どもに被害を出しては、マズいからな……あの『陰湿蛇野郎』に、何を言われるか分からん!このキャンプ地に紛れ込んでいる可能性も考慮しろ!!」


「はい、ローランジュ隊長!!」


「警戒にあたりやすぜ!!」


 ……ビクトー・ローランジュ。なかなか優秀な傭兵のようだ。殺し合う機会に恵まれたいものだが……どうだろうか?君は、あの『フラガの湿地』に行き、より多くの死傷者を出して、何も得られぬ失意のなか……東へと下山して行くのか?


 それとも。


 『青の派閥』のもう一つの目的……『アルテマのカタコンベ』の探索に、付き合わされることになるのかね?……『ストレガ』の花畑の情報を出し惜しみして来たのが、マキア・シャムロックだ―――。


 『陰湿蛇野郎』の野心の矛先は、とっくの昔に魔女の死体と、『星』にこそ向いているのではないか……?まあ、もうすぐ、このテントの近くにやって来るだろう。情報をより深く探れそうで、何よりだよ。

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