第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その10



 ぽひゅん!というマヌケな音と共に、オレとカミラは『コウモリ』から元の姿に戻ったよ。変装用のヒゲをつけた『吸血鬼』さんは、そのヒゲを、下に引っ張って口元を晒すと、新鮮な空気で深呼吸を行う。


「はあ……ちょっと、つかれました」


「スマンな。君の消耗も考えずに」


「い、いいえ。ソルジェさまのお役に立てたのなら、光栄っす!」


「そう言ってもらえると助かる」


 有益な情報を手に出来た気がしている。あのおしゃべりな傭兵どもからね。『女錬金術師』の存在、そして、彼女の師匠であり性格の悪そうな『シャムロック卿』。そして、そいつに腹を立てている『ローランジュ隊長』か―――。


「―――なかなか人間関係も込みの、いい情報だよ」


「女錬金術師さんは、シンシア・アレンビーさんですかね?」


「そいつは分からんが、可能性はある」


 人体実験の被験者を逃したことを、師匠であるシャムロック卿に庇ってもらうために、この遠征隊に参加したのかね。


 だが、シャムロック卿ってのは、タカ派丸出しみたいなイメージで、傭兵どもに語られていた。オレがシンシア・アレンビーにアドバイスを求められたら、その師匠の側には行かないようにと勧めるがね……。


 人体実験の被験者を助けるような、心の優しく勇敢な女性だ。もしかしたら、ヒトを疑うという目が養われていない、お嬢さまタイプの女性なのかも。善良な者ほど、乱世という環境は生きにくいものだな。


 彼女は危険な人物のもとに、自ら飛び込んでしまったのかもしれない。


「……シャムロックと、ローランジュという『黒羊の旅団』の隊長が良好じゃない関係というのも、オレたちに都合の良さそうな情報だったな」


「お金さえもらえればニコニコの傭兵さんが、金払いのいい依頼者とモメちゃう?……なんだか、シャムロックってヒトは、そうとう悪人かもしれないっすね!」


「少なくとも、『メルカ』を襲わせたのは、そいつらしい。ククリを連れて来なくて良かった。暴走のもとだ」


「……そうっすね。あ。ソルジェさま、だから、ククリちゃんを連れて来なかったんですか?」


「ああ。それもあるよ」


「えへへ。さすが、お兄さんですね」


「まあな……ほら。カミラ?」


「え?」


 オレは革の手袋を歯で噛んで、その左手の指を空気にさらす。そして、カミラの頬を撫でた後で、中指を彼女の唇のなかに突っ込んだ。


「吸っとけ」


「はひ!」


 カミラがどこか淫猥さを感じる貌になりながら、『吸血鬼』の牙で、中指の皮膚を軽く切り裂いていた。わずかな痛みを指先に覚えるが、その程度では猟兵の団長は微動だにしないものさ。


 カミラのやわらかな舌が、中指の傷から出て来た赤いしずくを舐め取っていく。その舌の動きは丁寧にだが、激しくもあった。


 まるで伝説的な美酒をすするかのように、慎重で丁寧で厳かさのあるリスペクトを感じさせる舌の動きだったよ。カミラは恍惚の表情で、オレの血液を舐め取っていく―――『吸血鬼』って、セクシーな種族だよな。そんな言葉はセクハラになるから、オレは口にしない!


「はふー……とっても、情熱的な味でしたぁ……っ」


 情熱的な味?なんか、カッコいい血が流れてるようだな。野性味がありそうで、ガルーナの蛮族ストラウスさん家の血には、相応しい味かもしれん。


「ちょっとは魔力の補給になったか?」


「はい。ばっちりです!」


 そう言いながら、カミラ・ブリーズは再びおヒゲを装備した。金色のヒゲを持ち、薄い鉄で作られた兜をかかっぶった、『豪快なヒゲの割りには全体的に細身な傭兵』へと化けた。


 大男のオレと隣りだと、彼女の細身が強調されるな……まあ、戦場では見かけるセットではある。パワータイプとスピードタイプのコンビってのは、なかなかに強い。お互いの得意分野をこなすだけで、最高の連携が出来る。


 大男が壁で、小男は壁が受け止めた敵を切り裂く、あるいは壁が開けた敵の群れに突撃する係。


 オレたちもそういうコンセプトに化けているつもりさ。まあ、夜間という加護もある。完璧な変装でなくても、十分に、カミラの男装も通じるだろうさ。


 さてと。


 移動する前に、情報収集だな。


 オレはその場にしゃがみ、ナイフでテントの布をV字に切り裂いた。覗き穴を作るためだよ。


「……カミラ。誰か来たら教えてくれ」


「了解っす」


 そう言いながら、カミラはオレの壁になるために、オレの背後に回り込んだ。カミラはサーベルを抜いて、そのサーベルの手入れを始めた。ふむ。あまりいい演技でもないが、目は周囲をしっかりと警戒している。


 暗闇を見通せる『吸血鬼』の視力だ、敵の接近には、すぐさま気づいてくれるだろう。


 オレは安心して彼女に背中を預けると、その覗き穴に魔法の目玉を近づける。


 ふむ……灯りがついている。作業中といったトコロか。中にいるのは気配と魔力から『二人』だ。一人は、男の錬金術師……さっき見かけた、右足を痛めている中年だな。


 彼が、錬金術師御用達の窯の前で、何かを煮込んでいる。煮込みながら、その錬金釜を見下ろして、何かを必死に書き留めているな……。


 やはり、作業というよりも、何かの研究をしているのかもしれない。錬金術師としての経験が無いから、予想するしか出来ないが、アレはどうにも職人的な動作じゃないよね。


 さてと。


 もう一人は……どこだ?


 こいつの魔力が……ちょっとおかしい。いや、かなり変なんだよな。人間族の魔力なのか?……『青の派閥』のテントにいるのは、どうにも場違いな気配なんだよな。


 この『雷』属性を強く帯びた、特徴のある魔力。どうにも身に覚えがある。これは、ドワーフ族の魔力だな。


「……ああ!!ダメだ!!また、反応が弱くなっている……っ!!」


 中年の錬金術師は、頭を抱えながら悲痛な声をこぼしていた。『実験』は上手くいかなかったようだな。その様子を見て、もう一人の人物が、悪人みたいな声で笑った。


「ハハハ!!ざまあないなあ、『ロビン・コナーズ』!!あきらめて寝ちまえって!!」


「う、うるさい!!『被験者』のくせに!!」


「フン!!変な薬を毎度打ちやがって!!おかげさまで、もう5日も寝ていないってのによ、やけに頭が冴えてる!!」


「……そういう薬を打たれてる。戦士が、戦場で寝ずに戦い続けられるように」


「はあ?オレが頑丈だから、生きているだけだろ?……ほかの連中は、皆、死んじまったぞ。失敗している薬なんだ。さっさと、そんなモノ捨てちまえよ?」


「……そうかもしれない。でも、それを完成するのが、僕の仕事だ」


「はあ、幼い娘がいるパパの仕事にしては、悪趣味だと思わんか?」


「……む、娘のことは、関係ないだろ?……これは、僕の仕事だ。『人体錬金術』を研究するための、資金が欲しい……どうしても、いるんだ!アリスを、母親のいない子供にしたくない!」


「別れた女房のことを、まだ引きずっているのか?……お前の一族の財を食いつぶし、浮気にも明け暮れたようなクソ女だ。オレなら、即日ぶっ殺して、娘を取り戻す。そんなアバズレに、慈悲などいらん」


「……マリーナのためじゃない。アリスのためさ。あの子には、マリーナみたいなダメな女でも、母親が要る」


 複雑な結婚をしてしまったようだな、錬金術師ロビン・コナーズは。癖毛の強い茶色い髪をかきむしりながら、彼は錬金釜に、カラフルな薬品たちを投入していく。


 ドワーフの声は続いた。


「……フン。クソ女に子育てなど出来んさ。さっさとアリスちゃんを引き取って、薬草医の仕事でもしてろよ?アンタにゃ、才能が足りない。一流とかいう錬金術師たちはな、どいつも人間性が無い。残念だが、アンタは一流にはなれん。やさしさが残っている」


「……なってやるさ。自分なりの方法で。鈍くさくてもいい。他の連中が寝ているあいだも研究を続ける。そうすれば、きっと……」


「努力ごときで願いが叶う?それは間違いだ。世の中ってのは悪人が支配しているんだぜえ?マトモなことしていたら、二流止まりさ。一流になりたければ、悪いことをしろ。どの世界でもつきものだ。二流以下の実力でしかない、悪意に支えられた超一流とやらだけが輝いている。お前はそれを目指せ。嘘をついて、その薬が安全だと騙せばいい!」


 なんだか殺伐として人生哲学をお持ちのドワーフだ。『被験者』、ロビン・コナーズにそう言われていたことを考えると、このドワーフも件の人体実験の犠牲者か?


 だとすれば、荒れた人生哲学に染まったとしても、同情の余地はあるな。だが、ひねくれ者は嫌いじゃないよ。


「……『戦士の薬』を作るんだ。不眠不休で戦える、そんな錬金術の薬を」


「やめとけよ。そんな罪深い薬の犠牲者は、オレだけで終わらせろ。そんな麻薬みたいな薬を作って、無理やりヒトを戦わせる?……罪に穢れすぎている。やめるべきだぞ、アリスの父ちゃん」


「……やめないさ。これが完成したら、シャムロックは、僕に投資してくれるって。そうしたら、『人体錬金術』の研究に没頭できる……壊れて、失った臓器も、復活させる方法があるはずだ……」


「お前の元ヨメは助からねえよ!肝臓が酒で腐っちまっているんだ。どうにもならん。豚の肝臓とでも取り替えるか?」


「……それ、いい考えかもしれない。『人体錬金術』で、強化された体なら、異種生物の臓器も受け止められるかも?」


「……おいジョークに対して、本気っぽいトーンで答えるのは、止めろって」


 ロビン・コナーズは病んでいるようだな。肝臓の病で死を迎えそうな、背徳的な生活をして来た元妻を、どうにか助けてやろうとしているようだ。元妻ではなく、娘のために。


 善良な男だろうが……『戦士の薬』ね。帝国軍の兵士に供給されると、オレはスゴく困る薬だよ。


 だから、ロビン・コナーズには悪いが、彼の夜通しの努力を邪魔してやろうと思う。懐から、吹き矢セットを取り出すよ。細い筒と……小鳥の羽根が飾られた、毒矢さ。あの娘のためにがんばる男を毒殺はしない。


 睡眠の矢毒だよ。強い薬じゃないが、あの見るからに寝不足で精神が疲弊している男には、十分な毒だ。オレは、ロビン・コナーズの太い尻に向かい、吹き矢を放つ。


「痛っ!?」


「ん?」


「……『ガントリー』、また、釘でも抜いて、投げつけたのか―――――」


 そう言いながら、ロビン・コナーズはぶっ倒れた。すぐに豚っぽい豪快な寝息を立て始めるよ。


「……やれやれ。乱暴な睡眠導入の儀式だ。テントの外の兄ちゃん、入って来いよ?会話に邪魔そうだった善良な小市民は、アンタの毒のせいで倒れちまったよ」


 ……気づかれていたか。なんとなく、そんな気はしていたんだがな。この魔力は……オレやオットーが『瞳術』を使っている時の気配に似ているんだよね。ドワーフには無いはずの力だが……まあ、会ってみれば色々と分かるだろう。


「……カミラ。このテントに入るぞ」


「え?」


「お招きを受けた。『情報源』にするには良さそうだ。なんだか、『青の派閥』の錬金術師どもの事情に詳しそうな男がいる」

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