第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その9
『黒羊の旅団』の鎧に着替えた後で、オレたちはゼファーの背に乗った。闇の中をまずは南東に飛び、そこで一匹の『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』を野に放した。ヤツが帰巣本能に従うか、闘争本能に従うか……。
どちらにせよ、『黒羊の旅団』のキャンプ地と、『フラガの湿地』のあいだをうろつくだろう。理想的にコトが運べば、南下を開始した『黒羊の旅団』に遭遇してくれると有り難いんだがな。
ククリが懸念するほどに露骨で『罠』臭くもあるだろうが、ヤツらはそれを追跡するしかないだろう―――可能な限り、多くの兵士が南下してくれると好都合なのだが、どれほどの人員を割くかは、見守るほかない。
残り二匹のオークを宙づりにしたまま、ゼファーはあの小高い丘の上にある『黒羊の旅団』のキャンプ地にまでやって来る。
呪眼、『ディープ・シーカー』の力を発動させて、竜の背から偵察開始だ。
敵の動きは少ない……昼間の仕事で疲労しているのだろう。8週間もの山暮らしだ。体力も精神力も落ちてきているはずだからな。夜の闇に抱かれての睡眠は、深くて心地よいものだろう。
……見張りには、およそ30人立てている。十分な警戒態勢ではあるな。軍馬たちの多くは、野に放されているぞ。草原の草を食べさせるためと、馬自身に身を守らせるためだろう。
拘束されていない馬たちは、かなり強い動物だ。モンスターたちも、あの軍馬の群れに挑むには、それなりの覚悟がいる。武装したオークならともかく、『徘徊する肉食の小鬼』と呼ばれるゴブリンどもでは、よほどの群れで襲いかからない限り、馬殺しは難しい。
馬を守りたければ、馬の能力そのものに任せるというのも、それなりに良い考えなのさ。傭兵らしい、合理的な雑さだよ。
まあ、放牧の位置が、キャンプ地から北西部なのを思うに……北西をうろつく大型モンスターに対しての『生け贄』かもしれない。馬たちがモンスターに喰われているあいだに、傭兵たちは武装し、その襲撃に準備が出来るというわけだな。
『黒羊の旅団』。本当に、練度を感じさせる集団だよ。
だが。
この8週間は、さすがに長すぎたのだろうな。酔っ払い、だらけた傭兵たちの姿もチラホラと見える。娯楽のない場所だから、酒ぐらいしか気の紛れるものがない。そして、遠征の疲れが蓄積しすぎているのさ。
集中力を失った傭兵たちは、酒をあおり、酔っ払っている者も多い。酔っ払い方がヒドい男もいるな……ふむ。『引き上げ』の準備をしているのか。馬車で運び込んだ酒を、消費したいのだろうよ。
その方が、荷物が軽くなり、早く帰れるからだ。
……大半はもう引き上げるつもりか?……花畑の探索は、もうあきらめているのかもしれない。
では、『ベルカ』の『地下』に挑むのは、少数精鋭になっているのだろうか?モンスターとの戦いで負傷者多数となれば、とっくの昔に、少数精鋭にシフトしているかもしれないが。その精鋭たちは、『フラガの湿地』に派遣されるだろうか?
それとも、『ベルカ』の『地下』の探索を続けさせられるのか。敵の内部情報に詳しい人物がいるな。
『シンシア・アレンビー』とコンタクトが取れれば幸いだが、彼女がいなかったとしても……錬金術師を一人か二人、拉致して拷問でもして、情報を吐かせるのもいいかもしれんな。
情報を入手した後は、殺して死体を隠せば、敵にオレたち『パンジャール猟兵団』の介入は気づかれることがないのだから。まあ、ルクレツィアたちに渡すのも手だが、彼女たちも、どうせ殺すだろう。ジュナの仇だ。生かしてはおらんだろうな。
まあ、物騒な手段ってのは色々とあるもんだよ。オレは『青の派閥』のテントを探す。おそらくはテントの群れの内側だろうな。傭兵たちのテントは、外側だろうから。護衛対象ってのは、手厚く守られているはずだ。
……あの区画か?
傭兵とは思えない、身なりの良い中年の男が歩いている。武装はしていない。旅慣れた動作とは言えず、歩き方がおかしい―――足の裏に出来たマメがつぶれて痛いのか、足首の捻挫があるのか。
『黒羊の旅団』の構成員ではなさそうだ。戦士ではない。その男を追いかけていく。テントに入ったな。大きめのテントで……換気を考えられた特別な造りをしている。天井部に、独特の仕組みがこらされていて、そこからは大量の煙と湯気が上がっているな。
錬金術の設備があるのだろう。例の魔法の窯で、錬金術の素材となる薬品たちをブレンドして、ブクブクと煮込んでいるのかもしれないな……。
夜通しか?
傷薬や、爆弾、ランプの燃料でも作っているのか?……それとも、研究者が寝る間を惜しんで錬金術の実験をしている場所かもしれないな。『ベルカ』の『地下』に潜っているとしたら、何の収穫もないはずがない。
怪しげな薬品の入った小瓶とか、たくさん手に入りそうだ。そいつを分析しているのかもしれないな。
それに『高地』の『薬草』は、低い土地の薬草に比べて、効能が強いものもあると聞いたことがあるんだ。寒い土地だからね、ゆっくりと成長が行われる分、葉っぱや茎に、薬効成分がたっぷりと蓄積するとか―――?
まあ、このレミーナス高原ってのは、錬金術師サンたちにとっては、なかなかに興味深い土地ではあるということさ。
とにかく、あの区画が錬金術師たちのいる場所か……用があるのは、あそこだな。傭兵どもの情報を探っても、大して意味がないし、こっちの身元がバレるかもしれない。不用意には近づけないさ。
無数にあるテントに、囲まれた十数個のテント。そこに錬金術師たちがいる。女錬金術師のテントはどこだろう?男のテントとは、別だとは思うんだがな。女錬金術師が、この場には一人もいない場合もあるが……。
しばらく観察を続けたが、女錬金術師の出歩く姿を目にすることは出来なかった。いないのかもしれないし、夜間、酔っ払った傭兵がうろつくような場所を、女性が歩きたがらないだけかもしれん。
……よし。プランは決まったぞ。
まずは、あの大きなテントに行ってみるか。錬金術師たちが『研究』をしていると、オレが勝手に期待しているテントだ。錬金術師どもがいるのなら、薬品で眠らせてもいいしな。
あのテントが錬金術師たちの仕事場なら、家捜しすれば、何か情報が手に入るかもしれない。怪しげな薬や、『ベルカ』の発掘品と思えるようなレトロなアイテムがあれば、盗んでこよう。
ククリに見せれば、鑑定してもらえるだろうからな。あとは連中の日誌……それか勤務表でもあれば、楽なんだがね。シンシア・アレンビーがこのキャンプにいるかどうか、分かりやすい。
さーて、作戦スタートだ。
「……カミラ、頼む」
「はい!……『闇の翼よ』ッ!!」
そして、カミラの影から『闇』があふれて、その夜空よりも深い黒を宿した『闇』にオレと彼女は包まれていく。
『コウモリ化』が始まるのさ。自分が分裂していく、あの独特な感覚だ。視野が増えて、体は空気のように軽くなる。オレとカミラは無数の『コウモリ』に化けていた。
「うわー。この『コウモリ』たちが、兄さんとカミラ殿なんだね?」
「ええ。そうですよ。会話は出来ませんが、お二人とも『コウモリ』の頭をうなずかせています」
オットーには、この細かな『同意』のサインが伝わっているようだ。さすがサージャーだな。
『行こうぜ、カミラ』
『はい。あの大きめのテントまで、飛びますね!』
「……いってらしゃーいっ」
妹分に見送られて、オレたちの化けた『コウモリ』の群れは、夜空をパタパタと飛んでいく。スピードはそれほどではないが、この侵入方法は絶対に気づかれない。
『コウモリ』の群れを見て、それが『吸血鬼』と竜騎士の化けたモノだと、だれが考えられるというのか。
どんな警備も、この力の前にはザルと化すよ。
なんだか、卑怯なまでに、圧倒的な隠蔽を帯びた飛翔だな。オレも、コレをやられたら気づけないかもしれない。今後は、オレも自分たちを見つめる『コウモリ』や『鳥』のことを、敵サンかもって、疑う癖をつけよう。
修行好きのオレは、自分磨きに快感を覚えられるタイプのお兄さんだ。
さて、『コウモリ』は敵地に侵入する。
『ゆっくりでいいぞ。会話している敵がいれば、滞空して、情報を仕入れよう』
『わかりました……あ。あの傭兵たちは、二人で話ながら歩いています!』
『……行ってみよう。情報は、少しでも多く欲しい』
『コウモリ』はその小さな羽根をばたつかせ、その背の低い傭兵と鼻の大きな傭兵のコンビに近づいていった。会話が聞こえてくる、アルコールの酔いを帯びた声音だった。
「―――へへへ。それでよう?オレ、ゴブリンにケツを噛まれちまったんだよ!」
「マジかよ……あれ、歯には毒があるんだろ?」
「バカ。デマだよ、あんな雑魚のモンスターに、そんな力ねえっての!」
「でも、『あそこ』のゴブリンは、なんか変だよなあ?」
「そうそう。やけにしつこいっていうか、死守するってカンジ?逃げねえのな!」
「あんなガッツあふれるゴブリンも、見たことねえよ。おいら、あそこに行くのイヤだ」
「へへへ。お前はヘタレだなあ。『地下』のダンジョンぐらいで、ビビるなって」
……『地下』ね。
オレたちが欲しい情報かもしれない。オレたちは、その酔っ払いどもの周囲を飛び回りながら、会話を盗み聞きしていく。
「でもよう。あそこは……モンスターだらけじゃないか?しかも、どれも、やけに狂暴だし」
「……まあ、それは認めるよ。なんだか、このレミーナス高原にいる連中は、どいつもこいつも狂暴だなあ……」
「あの女の仲間も、狂暴らしい。ロッキーたちが、ついに戻らなかった」
「ケットンの森の戦で、勲章をもらった身軽な男も、呪われ女どもの山で死ぬか……」
偵察兵たちのか。ミアとククルたちによって仕留められたのは、ロッキーとその仲間たちか。それなりに名があるヤツだったらしいが、ミアから隠れることは不可能だ。
「あのロッキーがだよ?偵察の専門家なのに」
「戦場では、よくあることさ!……不運だったんだろ。ウサギの足のお守りを、買わないからさ」
「アレは、胡散臭い」
「オレの故郷に伝わる、ラッキー・アイテムだぜ?アレのおかげで、オレはゴブリンに噛まれた傷に、女錬金術師さまの高貴な指で、軟膏を塗ってもらえたんだぞ!」
……女錬金術師がいるのか。誰だろう、シンシア・アレンビーならいいんだが……。
「ああ、彼女はやさしいもんなあ。狙っているヤツ、けっこういる。でも、みんな断られちまった」
「……美人はお堅いものさ。それに……彼女は『シャムロック卿』の愛弟子だろ?」
「……それを聞くと、おっかなくなるよねえ」
『シャムロック卿』。『黒羊の旅団』が傭兵どもが恐れる『青の派閥』の錬金術師。美人の女錬金術師の弟子がいて、そこそこの地位の人物か。楽しそうな立場のヤツだな。
「シャムロックの旦那は、かなりタカ派らしいぞ」
「なんか、わかる!」
「そう。自分にも厳しく、他人にも厳しくて、独善的で潔癖な愛国主義者!……ああ、よく、帝国軍ともめたことがあるオレたちを雇ってくれたもんだぜ」
「ホントだよね。あのヒト、改革派ってもんのリーダー格らしいよ」
「だああ、改革派ねえ……きな臭い響きだ!」
まったくだな。極右化しつつある『青の派閥』のリーダー格?……もしかして、シャムロックとやらが、『裏切り者』のマニー・ホークを暗殺しようとしたのかね?
「どうあれ、もうすぐ撤退さ。あの『地下洞窟』に付き合う気は、『ローランジュ隊長』にも無いよね?」
「……多分なあ。隊長も、シャムロックの旦那にはキレかけてるもん。旦那は、金払いはいいんだが、高圧的だし、傭兵をバカにしてるし……そもそも、『地下』で何を探しているのかも教えちゃくれねえ」
「魔女の呪いなのかなあ。地味に死人が出始めている。山の上の女呪術師たちにも、手を焼いているし」
「……女呪術師の村を襲う理由も、いまいち教えてくれなかったな。旦那って、イース教の魔女狩り委員もやってるのかあ?」
「さあ。とにかく、インテリのくせに、狂暴なヒトだよね……ああ、おいら、なんかお前のウサギのお守り、欲しくなったかも?ああいう野心家の周りって、ヒトがよく死ぬから気をつけろって、団長が言ってたよ」
「欲しいなら、250シエルでいいぜ?」
「高いよ。いいさ、この辺りにもウサギぐらいいるだろ?」
「5メートルぐらいあって、人肉に飢えてるヤツがいるかもなあ!」
「……いないさ、たぶん!」
ふむ。おしゃべりな傭兵どもの会話を盗み聞きするのも興味深いが……カミラが疲れて来ているな。沼地でも『コウモリ化』を使わせてしまった。これ以上の盗み聞きは、魔力の消耗が激しすぎる―――。
『……カミラ。もういい。あのテントの裏に向かおう』
『は、はい』
『コウモリ』がバタバタの羽音を鳴らしながら、錬金術の煙を吐くテントの裏側へと向かう。
『青の派閥』の『シャムロック卿』に、『黒羊の旅団』の『ローランジュ隊長』ね。興味深い情報を手に出来たな。とくに、シャムロック。コイツからは悪党の気配が流れて来てるよ。傭兵に嫌われるようなヤツに、善人がいた試しはなくてな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます