第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その8


 希望はあるのだ。『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』の『内臓』にされていた、『ベルカ・コルン』は、『賢者の石』に至るまで肉体を錬金術により加工されたのだろうが―――『アルテマの呪い』で死ななかった。


 『賢者の石』になる過程で、『魔女の分身/ホムンクルス』としては大きく逸脱した存在になっていたはずだが……呪いは彼女を見過ごした。


 あるはずだ。


 呪いの対策を、『ベルカ・クイン』は知っていたか……滅ぼされる直前に、思いついた可能性だってある。それまでは『コルン』で人体実験なんて、しなかったんだ。さらって来た別の町の住民や、モンスターを使っていた。


 『コルン』を人体実験の対象にしたことで、『ベルカ・クイン』は『アルテマの呪い』に抗う手段を、見つけた可能性はあるだろうさ。


「―――その資料を、研究日誌のようなものさえ手に入れば?」


「日誌と接触しても、『メルカ・クイン』である、ミス・ルクレツィアに『叡智』が移るということはありえるのですか?」


「ううん!きっと、大丈夫。だって、文字だし!……『クイン』の血とか死体に触れなければ、大丈夫なはず……あと、死んだ場所とかに行かなければ」


「……そんなことでも、『叡智』を受け継ぐことが出来るのですか?」


「うん。『クイン』同士の、そういう能力は、スゴいみたいだよ」


「ふむ。注意は必要そうだが……すべきことは見つかった。オレたちは、必ず『ベルカ』の『地下』で、『アルテマの呪い』を解く術を見つけるぞ」


「そうっすね!!ククリちゃん、『パンジャール猟兵団』に任せて下さいっす!!皆で協力したら、呪いなんて、へっちゃらっすよ!」


「……カミラ殿。うん、そだね!!」


 我が妹分が希望を知る者の貌で笑ってくれたよ。だから、オレはとても嬉しいし、このまま『ベルカ』の『地下』に突撃したい衝動にも駆られるが……大丈夫だ。オレもプロフェッショナル。


 感情に流されて、すべき仕事の優先レベルを見失うほど、愚かではないのさ。


「……さて。そろそろ夜が深くなってきたな。『黒羊の旅団』のキャンプ地に向かうぞ」


「そうですね。『黒羊の旅団』のキャンプ地には、『青の派閥』の錬金術師たちもいます。もしかしたら、協力あるいは脅迫できそうな『シンシア・アレンビー』も」


「ああ。善良な錬金術師のようだし、何とか接触できないものかね……」


 極右化した『青の派閥』が行った亜人種への人体実験。その被験者を彼女が逃した。ほとぼりが冷めるまで、彼女は『事件現場』から遠ざかろうとする可能性がある。


 この遠征に参加している可能性は、十分にあるというわけだよ。


「……とにかく。潜入してみるさ」


「メンバーはどうしますか?」


「オレとカミラでいこう」


「じ、自分っすか?」


 カミラは自分が選ばれたことが意外なようだ。自己評価が低いところがあるからな。


「潜入とか、そんな繊細なコト、自分に向いているのでありましょうか!?」


 向いているかどうかだって?……アリューバ半島で、ルード王国のベテラン・スパイ、マルコ・ロッサの背後を取ったことを忘れたのだろうか?


「十二分に向いているさ。君は、『コウモリ』に化けられるんだぞ?」


「な、なるほど。見つかりそうになれば、『コウモリ』に化けてやり過ごすんですね?」


「それもあるが……監視に見つかることなく、敵地に潜入することも可能じゃないか」


「たしかに!『コウモリ』の群れなら、怪しまれることは無いっすね!!」


「そういうことだ。それに……もしも、敵に発見された場合は、そいつを排除する必要もある」


「目撃者ごと『コウモリ』化して、連れ去る?」


「そうだ。可能な限りバレるつもりはないが……もしもバレたときは、そいつを連れて退却するぞ。今回の作戦は、オレたちの介入を敵に気取られるワケにはいかないからな」


 あくまでも、この土地の環境の厳しさに、『黒羊の旅団』が対応出来なかったように見せかけたいのだ。そうすれば、この土地での任務に雇われる傭兵たちの数も減るだろうし、傭兵たちは、より多くの対価を要求するようになる―――。


 オレたちの介入を感じさせない。そのことが、今後のレミーナス高原の平和につながるのさ。この土地の自然環境が、まるで難攻不落の存在であるかのように見せかけることでね。


「……オークに追加の薬を打って、『ストレガ』の花を持たせようぜ?ヤツらの道具袋から、花をはみ出させるんだ」


 『黒羊の旅団』の連中が、このレミーナス高原を走り回って探し続けたであろう、『ストレガ』の花畑。実在しないのではと疑わせるほどに、手がかり一つなかった花畑の露骨な情報をくれてやるのさ。


「……引っかかるのかな?」


 ククリが不安そうに訊いてくる。露骨過ぎるその『罠』を、怪しまれないかと彼女は考えているのだろう。


「引っかかるさ。怪しもうがね。ヤツらは時間がない。『ストレガ』が花蜜を流す新月まで、あと三日しかないんだ。必ず動く。傭兵には、成功報酬っていうボーナスがある。作戦を成功させたら、より多くの報酬をもらえるということさ」


「メリットのために、動く?」


「そうだ。そういう契約なら、傭兵のやる気を引き出すことも可能だよ。400人も雇ったんだ。そういう契約を結んでいないはずがない」


「なるほど!」


「失敗したとき、安く済むしな。あるいは、『黒羊の旅団』側も、花畑が存在しない場合に備えて、調査した範囲に応じて報酬を上げてもらえる契約とかな。そういったルールで、お互いの利益と投資を守ろうとはしているはずだ」


 情熱的な零細企業であるウチなんかと違って、『黒羊の旅団』はクールな大手サマだからな。合理的な契約を結ぶよ、きっとね。うん、オレも、その点は見習うべきところじゃあるんだろうな、経営者としては……。


「それに、『フラガの湿地』に花畑があったのは事実だ。旅人や冒険家が、あの沼地で花畑を目撃した記録があるかもしれん」


 オレたちで、その花畑も消滅させたがな。『ナパジーニア』に打たれていた『強化薬』を大量生産することは、現時点で不可能となっている。この土地から、『ストレガ』の花畑は消滅したのだからな。


 他の土地で密かに、『ストレガ』の赤い花たちの栽培が続けられている可能性はあるかもしれないが、そこまでは、オレたちも気にしなくていいはずだ。


「……他の土地はこの8週間で探し尽くしてはいるでしょう。この情報に飛び付くしか、『黒羊の旅団』にはありませんよ」


「……そっか」


「もしも、動かないときは……『ストレガ』の花畑という有益な植物よりも、『優先すべきターゲット』を『黒羊の旅団』や、その雇い主である『青の派閥』が見つけていることを予測させもします」


 ……『ベルカ』の『地下』で、何か素晴らしい錬金術師たちにとっての『宝』を発見してしまった場合だな。不吉な徴候だ。『コルン』を『賢者の石/人体錬金術の至宝』に作り変えられるなんて情報がバレていたら……。


 残念だが、オレは『メルカ』からの撤退を、ルクレツィアに進言するしかなさそうだ。どこか他の山に隠れ住む。そうでもしなければ、彼女たち『ホムンクルス』の安全は約束出来ないだろう。


「……とにかく、敵の情報を掴まなければならないし、敵の仕事の妨害もする必要があるんだ。キャンプ地に潜入する。それが一番、手っ取り早い」


「……うん。私もついて行っちゃ、ダメ?」


「敵の歩哨もいる。それに、オークも抱えているんだぜ?オットーとゼファーだけでは、不測の事態に対応できない。モンスターの多い土地だ、いきなり大型のモンスターに襲撃されるかもしれない。戦力は割けない」


「……うん。分かった」


「オレたちに任せてくれ。いいな、ククリ?」


「うん!了解だよ、ソルジェ兄さん!」


「いい子だ」


 そう言いながら頭を撫でてしまっていた。セクハラと言われるだろうか?……どうやら今回もセクハラ認定はされなかったようだ。


 兄貴分としての、性的じゃない愛情だもんな。


「お前たちの仕事も、かなり重要なんだ。オークどもを、敵のキャンプ地に放す。オットーの指示に従って、慎重に動いてくれ。これをしくじると、『黒羊の旅団』を『フラガの湿地』に誘導できない」


「う、うん!」


「理想は、オレたちの合図に従って、あの豚顔どもを放すことだが……戦況というのは、どう転がるか分からん。柔軟に対応してくれると助かる」


「柔軟に……つまり、兄さんたちの指示より先に、こちらが見つかりそうになった場合とかだね?」


「ああ。敵の見張りに見つかったら、殺せ」


「殺しても、いいの?」


「『黒羊の旅団』の傭兵どもが、オークに斬られたり、オークの矢で射殺されたように見せかけるのは有効だよ。むしろ……そういった『演出』があれば、より効果的かもしれない」


「……なるほど。敵兵を殺した方が、『オークに襲撃された雰囲気』が出るわけだね」


「そうだ。敵の戦力を削ることも、有効になる。敵サンは、人手不足だからな。もちろん、敵に見つかり、他の敵に連絡が行くのは論外だがな。オットー、頼むぞ?」


「了解です、団長!」


「……オットーはベテランの猟兵だ。オットーから学べることは多い。彼の指示に従いながら、その意味も考えて行動するように。決して、オットーの指示には逆らうな」


「うん!……よろしく頼む、オットー殿!」


「はい。がんばりましょうね」


「ああ!見事に、任務を達成してみせるぞ!」


 やる気になってくれて良かったよ。正直、『メルカ・コルン』であるククリを、あの敵のキャンプ地に連れて行くことは、絶対に避けたいことだった。


 なぜか?


 あの場所で、ククリの姉である、ジュナが傭兵どもに輪姦されたからだ。


 『ホムンクルス』同士には、言葉以外にも情報を伝達する手段がある。血だとか、残存する魔力か?……『クイン』同士は、それでも情報を伝達できるようだ。ククリたち『コルン』はどうなんだろうな。


 似たような力があるとすれば、ジュナが傭兵どもにどんな目に遭わされたのかを、ククリとククルに知らせることになる。そんなことは、避けたいからな。戦場で、自暴自棄になられては困るし……姉が輪姦される状況を、詳しく知るなんてことをさせたくない。


「……よし。行動を開始するぞ。オレとカミラは、昨夜、敵兵から回収した装備で、『黒羊の旅団』の傭兵に化ける。鎧と兜を身につけて……カミラは、付けひげで『仮装』だな」


「ま、また、『仮装』するんすね?……しかも、ひげっすか……っ」


「効果的だからな。闇に紛れているんだ、ちょっとの変装でも、有効だよ」


 せっかく、敵から武装を回収していたわけだし……使いこなすべきだな。少なくとも、普段の服装で乗り込むよりは、敵にバレにくくなるだろうさ。軽装騎兵用の、皮製の鎧。サイズを簡単に調整できる、使い勝手のいい鎧だ。金属製じゃないから、ガチャガチャとして音も鳴らないしな。


 さて、敵サンに仮装して敵のキャンプ地に潜入するとしますか。

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