第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その11


 そのテントの中は薬品臭かった。火事になってはいけない。眠れるロビン・コナーズのそばにある錬金釜に近づくと、オレはそれを煮込む火を『風』を起こして消してやる。


 焦げ臭いにおいを放っていて、何やら不穏な気配がしていたからね。なんだか、このまま煮込み続けると、大爆発でも起こしていたんじゃないかと感じる。


 オレはロビン・コナーズが握りしめる『戦士の薬』の資料を取り上げると、無慈悲に『炎』で炙りながら、その燃えていく紙切れを湯立つ錬金釜のなかにある深緑色の液体へと捨てていったよ。


「悪党だなぁ、アンタ?それは、その善良な男が苦労して作ったもんだぜ?」


「善良?敵の努力を認めてやるほど、オレは善人じゃないさ。彼の『戦士の薬』とやらが完成すれば、オレたちに害を成すからね」


 不眠不休で戦える帝国兵士か。その反動で死んじまいそうだが……実現されると厄介この上ない。帝国の錬金術師たちには、軍事力にまつわることは何の研究もして欲しくないのさ。


「その言い方だと、アンタは噂の『蛮族連合』のメンバーかよ?」


「『蛮族連合』?……素敵な呼び名だな」


 ワイルド過ぎるその響きに、オレは心が惹かれているよ。だが、カミラはそうでもないようだ。『蛮族連合』になど、乙女として所属したくはないのだろうさ。


「『自由同盟』っすよ、ドワーフさん!」


「うお!?アンタ、女のくせにヒゲが生えている!?『蛮族連合』の戦士らしいが……どうなっているんだ!?」


「……ただの変装っすよ」


 そう言いながら、カミラはヒゲを下に引っ張る。耳にかかったゴムのおかげで、ヒゲはビヨーンと伸びて、本来の美しい顔が明らかになった。


「ああ、アンタ、そっちの方がずっと美人だよ。辺境民族の独自の文化を否定するつもりはないが、それは止めといた方がいい」


「別に趣味でしているわけじゃないっすから?」


「……侵入のための変装ってヤツだよ」


 オレはそう言いながら、暗がりに近づいていく。暗がりのなかには、ミスリル製の檻があり、その檻の中には、一人のドワーフが入っていた。両手両脚を魔銀の『枷』で拘束された、中年ドワーフだった。


 その肉体は、屈強そのもの。岩のような頑丈さを持つことが、一瞥することで理解してしまえるほどにな。


 鍛え上げられた戦士であることは明白だ。その太い腕には、グラーセス・ドワーフたちのように、入れ墨で家族の歴史か、あるいは自分の戦歴にまつわる物語が刻まれているようだった。


 だが、この口の悪いが、どこかひねくれた知性を感じさせもするドワーフの最も特徴的なところは、彼の両目についてだろうな。


 彼の両目は、包帯で覆われていたよ。


「……アンタ、両目が見えないのか?」


「5才までは見えていたように思えるぜ」


「……つまり、見えないのか」


「視覚障害者をバカにしてんのか?」


「そうじゃないさ。ただ、訊いているだけ。そもそも、オレも左眼は9年前に戦場で失ってはいる」


「その代わりの不思議な目玉が生えて来たってのか?」


「……あのヒト、しっかりと見えていません?」


「いや。完全に包帯におおわれている。見えちゃいない。ただ……失明した目玉で、『瞳術』を使っているんだ」


 今のオレの左眼は、いつもの変装魔術のおかげで青い瞳に見えるはずだった。それなのに、彼は真実を『見抜いた』。まともな視力に頼ってはいないのさ。


「ほう。同類か。『変な目玉友の会』でも立ち上げるべきだな、筋肉質な蛮族のお兄さん」


「オレの部下に一人、入れるメンバーがいるよ」


「そいつは、幸先がいい。大陸全体に名が轟くような大きな組織にしようぜ。オレが会長で、集めた会費で豪遊する係。アンタはそれに文句を言うヤツを、腕力で黙らせる係ってのはどうだ?」


「おいおい、会長さんよ。オレに何のメリットもなさそうじゃないか」


「んー?暴力を振るうのは、嫌いじゃないだろ?アンタの魔力は、ずいぶんと攻撃的に思えるよ。きっと……大勢を殺して来ただろう?それに……焦げた亡霊まで引き連れているのか?」


「……驚いたな、亡霊まで見えるのか?」


「たまにな。薄らとだが、いるのが分かる」


「アリューバ半島で、帝国人に焼かれた村に立ち寄った、そのとき、オレの影に宿り、帝国への復讐を手伝ってくれている人たちがいるのさ」


「そいつは因縁深い絆で結ばれた怨霊どもだな」


「まあね」


「怨霊ってのは、憎しみに宿るもんだ。アンタもあれか、帝国に恨みがあるヤツって認識でいいのかね?」


「そうだ。オレは帝国への復讐を果たすために生きている」


 そう断言すると、カミラが悲しそうな顔をしてくれたよ。だから、オレは彼女のために自分が生きるための理由を増やす。


「……あとは、愛する妻たちと、幸せになるためだな」


「……ソルジェさま!」


「ほう。ヒゲ女とデキているのか!?」


「だから、ヒゲ女じゃありませんってば!!」


 そう言いながら、うちの『吸血鬼』さんは金色のボリュームたっぷりの付けヒゲを、引き千切るようにして取り外してしまう。そして、そのまま雑嚢のなかにしまったよ。


 床に投げ捨てないところが、カミラらしいよね。


「ふー。べっぴんさんだ、そっちのがいいぞ、姉さん」


「そりゃそーですよ!」


「……面白いオッサンだが、そろそろ自己紹介でもしてくれるかね」


「ああ。それも一興だ。アンタからするかい?」


「いいや。オレは、帝国の連中に存在がバレては困る身だからな。そっちから素性を明かして欲しいね」


「フェアな取引にはなりそうにないな」


「当然だ。オレたちは怪しい侵入者だぞ?」


 そんな人物が、素性を明かしたいわけがなかろう。


 まあ、この檻に閉じ込められて、錬金術師どもから、大量におかしげな薬を打ち込まれているドワーフが、帝国に忠誠を誓っている男には見えないがね。


「……へへへ。何だか、アンタの名前や素性を知れば、殺されそうだな」


「殺されることはない。オレは『蛮族連合』こと、『自由同盟』の戦士でもある。亜人種であるアンタには、かなりやさしい人間族だよ」


「そうかいそうかい。確かに、それはオレにとって都合の良さそうな人間族で何よりってところだよ」


「それで。アンタは何者だ、不思議な目玉のお友達、『ガントリー』おじさんよ?」


「ん?オレたちは、古くからの友だったかい?」


「いいや、さっき、そこで眠っている男が、アンタをそう呼んでいたからな」


 そう言いながら、オレはロビン・コナーズの尻から、睡眠の矢毒が塗られている小さな矢を回収するよ。


「……そんな小さな矢に、大人の男を失神させるほどの毒か」


「……見えてません?」


「5才までは見えていたぞ」


「現役でも見えているっぽいんですけど?」


「ああ、オレらの『瞳術』ってのはそんなものだ。うちの部族は、暗闇に満ちた鉱山で、泥土にまみれながら岩を破壊する生業をしているんだが……目玉に特別な模様を入れ墨されることで、フツーの視力を失う代わりに、『何でも見える目玉』になる」


 独特な文化を持つドワーフたちだな。目玉に呪術を施すか。


「それでは、ガントリーよ。お前の部族は、皆、盲目なのか?」


「部族の男はみんなそうだよ。まあ、文字だって理解出来ちまうから、苦じゃないんだがね」


「それは、盲目と言えるんすかね?」


「さあな。オレにも、ちょっと自信が持てないところはある。たしかに目玉は機能してはいないが、見えるんだよなあ。ああ、でも色ってのは分からない。オレに分かるのは輪郭だけだ」


 オレの『ディープ・シーカー』と同じような感覚なのだろうか?呪術が刻まれた、魔法の目玉のドワーフたちか……世界の広さを思い知る。


 そんな不思議な連中がいる場所があるのか……あるいは、あった、という表現になるのかもしれないな―――聞いたこともない存在ということは、かなりの少数部族だ。帝国に滅ぼされているかもしれん。


「オレは、ガントリー。ガントリー・ヴァントだ。ノーベイ・ドワーフのわずかな生き残りだよ」


「……故郷を滅ぼされたか」


「『統合戦争』とやらの大義名目によってな」


「帝国の諸民族に対する侵略戦争だな」


「そうだ。ヤツらは侵略戦争とは認めたがらん。ゆえに、そんな名前で誤魔化すのさ。悪人のくせに、正義でありたがる。人間族に多い性格をしているな」


「そうかもしれんな。それで、アンタはどうしてこんなところで閉じ込められている?」


「3年前に戦で負けてな。それから、帝国の捕虜となった。そして、何の因果か、マキア・シャムロックの『青の派閥』に買われちまってな」


「買われた?奴隷なのか?」


「……定義にもよるな。変な薬物を注射されるだけの日々を、奴隷だと呼べるのなら、オレは確かに奴隷だが―――薬物実験用の生け贄ってところが相場だ」


「ご苦労なさいましたね……」


 カミラが同情している。彼女も、レズビアンの『吸血鬼』に数年間、軟禁され支配を受けていたことがあるから、虜囚の苦しみは理解が出来るのだろうさ。


「おお、姉さん、分かってくれるかい?」


「ええ……ソルジェさま」


「分かっている。ガントリー・ヴァント。アンタをその檻から出してやる。その代わり、情報をくれないか?」


「……『青の派閥』についてのか?」


「そうだ。報酬も出すぞ。路銀をくれてやる。どこか好きなところまで運んでやってもいい。『蛮族連合』に参加したいのなら、歓迎するぞ」


「帝国軍とまた戦えるってのは、ノーベイ・ドワーフの残党とすれば、嬉しい限りだ」


「そうか」


「だが……オレも、ちょっとこの場から離れるのには、気がかりがあってね」


「気がかり?」


「そうだよ、『蛮族連合』のお兄さん」


「この複雑な結婚をしてしまった、ロビン・コナーズのことがか?」


 やけに親しそうで、家族のことまでガントリー・ヴァントは知っていたようだ。長い付き合いかまでは想像が及ばないが、お互いの身の上ぐらいは、完全に理解できていそうだ。


「……ロビンのヤツの壊れた家族は、もう直らん。あいつの悪党の元ヨメも、腐った肝臓を抱えて死んじまう。可愛い一人娘のアリスちゃんを、コイツは取り戻せる日も近い」


「ハッピーエンドか?」


「まあ、ロビンはそうは思わないかもな。アリスちゃんには、どんなダメな女でも、母親がいたほうがいいと信じている。ロビンって男は、自分に自信を持てていないのさ。それなりに、有能な錬金術師なのに、もったいないことだ」


「彼以外に、親しい錬金術師がいるのか?」


「ああ……オレにはね、薬物実験の実験台なんかに、恵みをくれる、やさしいお嬢さんの錬金術師が知り合いにいてね……あの危ういお嬢さんを、放っておくわけにもいかんのでな。ここから出られなくてもいい」


「……たしかに、危うそうな善意だ。アンタの『枷』……とっくの昔に呪術が枯れちまっているな……」


「……ああ。この『枷』どもは、呪文を使っても、微動だにせんよ」


「……その女の名前は、シンシア・アレンビーというのか?」


「よく知っているな。敵側のアンタにまで、彼女の善良さは伝わっているのかい?」

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