第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その1


 戦士とは単純なものだ。我々の心は、いつのまにやら軽さを取り戻している。心と体に絡みついて来る罪悪感を薄める方法など、ただの一つだけだ。痛みを喰らう覚悟をすることのみさ。


 純粋無垢なる善人のフリなど止めて、悪と殺しの罪を背負う、真の戦士であることを認めることが肝要だな。


 そして、戦士とは勝利のために動き、もがくものだ。あの『ベルカ・コルン』のようにな。


 オレたちは作戦を遂行する。痛みを覚悟してククリ・ストレガは、さっきまでの彼女よりも、一段階上の戦士へと至った。彼女は強くなった。強敵を倒し、その敵が宿していた見事なまでに勢いを失わなかった戦士としての鋭さを、魂で感じ取れたから。


 戦士は、模倣することで強くなれる。


 戦場で積むことの出来る、最良の経験の一つを、ククリ・ストレガは手に入れることが出来たのさ―――。


「……兄さん!!あいつがいい!!巨大だし、ムチャクチャ激怒してるもんっ!!」


「ああ!!敵の陣地に放り込むには、いいカンジの獲物だなあッ!!」


『いっくよー!!』


 ゼファーが翼を操り、沼地のなかで、夜空に向かい激昂の叫びを歌っている『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』へと向かう。


 そうだ、神が死んだと嘆く、いいカンジのオークちゃんだぜ。まず、ムダにデカい。筋肉が豊富だな。全身に古い傷痕が走っているのも気に入った。傷を負うことで怯まない、攻撃的な動く壁。ぜひとも、『黒羊の旅団』のキャンプ地に投げ込みたい戦士だ。


 ヤツは、あの醜い豚顔にある巨大な鼻をヒクヒクさせて、この腐敗臭のただよう不潔な沼に膝元まで浸かったまま、オレたちの方へ視線を変えた。


 神を殺した悪党に気づいたようだな。


 あの黄色く光る目玉が殺意と憎悪によって、その光をより強くした。


『ぶぎゃがごごごごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 ダーク・オークの憎しみの一切を浴びながらも、オレとククリとゼファーの連携は途切れることがない。


 ククリの麻痺毒を宿した矢が、あの沼を蹴り上げながら走ってくるオークの筋肉質の腹に突き刺さる。深く、それは突き刺さり、激怒と悲しみに拍動を強めた心臓が必要以上の大量さで巡らせる血の中に、エルフの秘薬を注ぐのさ。


『がぎゅう!?』


 矢毒を撃たれた時は、筋肉を締める行為もありだな。毒がその矢の周辺に回らないようにする。そうしながら、猟兵ならば医療パックに入ったリエルが作ってくれたエルフの毒消しを口に入れる。


 実際には、なかなかやれることじゃないが……そうすることを、オレたちは推奨しているのさ。


 まあ、深手を負った場合、暴れないってのがセオリーだが、怒りと恨みに爆発しているオークさんには不可能なことだ。素敵な午後の礼拝と、神に喰われて殉教する至上の喜びを奪ったことはすまないと考えているんだぜ?


 ホント、我ながら悪党だと思うよ。


 でもな、君らの信仰は歪で、邪悪だ。どうかしている。もっと違う宗教の神に仕えるといい。


 さて。暴れる豚顔は手斧を落とす。麻痺毒が、ヤツの指の動きから自由を奪ったから。呼吸までは止まらないが、声までは出ない。あきらめどきだ。こちらの腕は、超がつくほど一流だぞ?


「はあッ!!」


 ゼファーの背から夜空に乗り出していたオレは、かけ声と共に投げ縄を放つ。その荒縄は見事に、泥沼にハマり込んだあげくに、麻痺の呪毒にかかったダーク・オークに命中していたよ。


 ヤツの頭と持ち上げられたまま固まる両腕を、輪投げ遊びの要領で、荒縄の輪っかが入って行く。さて。後は力勝負さ。オレは両脚に力を込めて、衝撃に備える。200キロばかしの重みがかかる。


 馬鹿力が売りの、ストラウスの剣鬼さんだってね、『雷』の魔術と愛妻のサポートに頼るのさ!!


 両腕に『雷』を宿す。『筋力強化/チャージ』の魔術だよ。そして、背後にいる我が第三夫人カミラ・ブリーズに頼む。


「カミラ!!支えてくれ!!」


「了解っす!!」


 『吸血鬼』の『力』……『闇』は戦場では彼女の全身を巡り、彼女に超常的なまでの力と速さ、そして身軽さを与えてくれる。その強化された筋力を、支えにして。オレはオークの体重を受け止め切る。


 かなりの衝撃が腕と全身にかかるが、ビクともしない。『雷』の魔術と、カミラの献身のおかげでな。


 投げ縄が衝撃と共に、獲物を強く締め上げる。沼地を引きずりながら、ダーク・オークの肋骨を砕くほどに強く荒縄の輪は閉じられるんだよ。


 これから後は簡単だ。このロープはあらかじめ、ゼファーの胴体に巻いてあるんだからな。


 オレとカミラが衝撃を受け止める必要は無かった?そうじゃない。飛翔は繊細な行為だ。ゼファーにいきなり200キロの、しかも沼地にハマったモンスターの重量がかかる。それは、とんでもない重量だよ。


 ゼファーにそんな重さを与えたら、落ちることは無いだろうが、その体が衝撃で強く揺れてしまう。そうなれば?ゼファーの背にいるオレたちが、空へと吹っ飛ばされるかもしれない。


 とくに、竜の背に不慣れなククリは?


 あの臭くて不潔な沼地に落ちてしまうかもしれないじゃないか。ソルジェ兄さんと呼ばれる兄貴分としては、そんなことは許せない。それに、長距離飛行を続けっぱなしのゼファーの翼にも、必要以上の負担をかけたくないのだ。


 さて。


 オレたちは、こういった行動を三度も続けたよ。麻痺の毒矢をつかって、ダーク・オークを三匹ほど、『フラガの湿地』から拉致したのさ。ゼファーの胴体から、垂れるロープに、三体の豚顔どもは吊されている。


 コイツらには用があるんだ。


 ルクレツィア・クライスのアトリエ。あの地下の温室から回収した、『ストレガ』の花。そいつを、この不細工なモンスターどもに持たせるのさ。そして?


 二体を『黒羊の旅団』のキャンプ地に放り込むつもりだ。一体は、それから南東の方角に捨てておく……『黒羊の旅団』ほどの能力があれば、この浅黒い肌のオークが、『フラガの湿地』に蔓延るオーク野郎だと気がつくだろう。


 そのオークが『ストレガ』の花を持っていることにだって、連中は気づくよ。道具袋から、これ見よがしにはみ出せて持たせるつもりだ。


 『黒羊の旅団』の連中は、その花を探すことが、大きな任務の一つなのだ。標的の姿ぐらい、頭に入れているはずだ。まあ、他にも、重要な仕事があって、『ベルカ』の地下にあるダンジョンに潜って、何かを探しているようだが―――。


 とりあえずは、連中の注意を『フラガの湿地』に向けさせるつもりだ。『メルカ』への攻撃の意志を削ぐことにもなるし、『黒羊の旅団』が分散してくれれば……『ベルカ』の『地下』で『青の派閥』が何を求めているのかも調べやすくなるさ。


 『ストレガ』の花蜜があふれる新月の夜まで、あと三日しかない。移動距離を考えると、ギリギリの時間になる。


 『フラガの湿地』のオークどもが『ストレガ』の花を持っていることに気づいたら、ヤツらはすぐさまに、オークのあふれるこの沼へとやって来るだろう。全兵力?……その可能性はある。


 ヤツらは、『オレたち』の介入に気がついていないしな……それに、有能な偵察兵をカーリーン山に放っていたら、全員、ミアたちに狩られているはずだ。『メルカ』の戦力予測を、上方修正するだろうよ。


 とはいえ、それは、あくまで猟兵としての勘から来る、予想のハナシだ。現実は、予想を裏切ることだってある。確かめてみるべきだな。


「……ククリ。ククルと連絡が取れるんだったよな?」


「え?うん。よく分かんないけど、『コルン』の双子って、離れていても、少しぐらいは意志の疎通が出来るんだよね……よく分かんないけど」


「ルクレツィアの占星術だって、そんなものだ」


「アレよりは、魔力の脳内構造が双子だとより近いからとか……もっと、納得できる説明があると思うんだ」


 よく分からんがルクレツィアの占星術は、非科学的で『変な力』として『メルカ・コルン』たちから認識されているようだ。『ホムンクルス』同士が近くにいるだけで、生死の境界さえも超えた『知識』や『感情』のやり取りが出来るのに……?


 『絶対当たる占星術』を非科学的だと罵るのも、何だか不思議な気がする。でも、『同一の存在』だから、お互いの頭脳が情報をやり取り出来るってのは……科学的らしいし?


 理屈があれば、何でも科学的と解釈できるのかは、蛮族のオレにはよく分からない。


 しかし、そんなことよりも、肝心なことは、ククリとククルがこの遠く離れた距離でも会話が可能ということだ。


「ククルに連絡をしてくれ。偵察兵を仕留めたかどうかを確かめたい」


「……うん。兄さん、『交信』に意識を集中するので、そのあいだは不安定になるんだ。だから、支えておいてくれ」


「ああ。両腕でガッチリと」


「だ、抱きしめるのはセクハラだからな!?」


「思春期の妹分の申し出は聞くよ。やさしく抱いてやる」


「い、言い方がセクハラっぽいが、とにかく、頼む」


「ああ、オレに身を委ねろ」


「それもセクハラっぽい……っ。兄さん、私を、からかっているのか?」


「いいや、そんなことはないさ」


 少し、面白くなってはいた。すまんな、うん、からかっていた。


「……あと」


「ん?」


「……こ、『交信』しているあいだは、バカっぽくなるんだ」


「バカっぽくなる?」


「ああ。自分で言うのもアレだけど、バカっぽくなる」


「ふむ」


 変な症状だな。オレはゼファーと心をつなげている時でも、きっとバカっぽくはなっていないはずだが―――怖いから誰にも訊かないでおこう。


「と、とにかく!バカっぽくなっても、笑うのダメだからな!」


「……ああ。笑わないさ」


「頼むからね?……ほんと、あんまり人前でアレをするのは、恥ずかしいんだ」


 思春期の妹分は扱いが難しい。乙女の心理描写を研究しているはずの、小説家志望でスパイで女装が得意な、我が友、シャーロン・ドーチェに助言をあおぎたいところだ……。


 ヤツも妹を失った身。流行り病でな。妹にまつわる相談ならば、冗談ゼロで乗ってくれるから、頼りになる……。


 さて、まあ、爆笑とかしなければいいだろ。その、バカっぽくなっても?


「……じゃあ、行くから?」


「分かった。腕で支えておくよ」


「うん……おっぱいとか、触るのナシね?」


「お前は、オレをどんなスケベ野郎だと思っているんだ?」


「……妻がたくさんいる時点で、スケベ野郎だとは思うんだ」


 痛いところを突かれたよ。ククリは幼いが、『魔女の叡智』を継ぐ存在の一人でもある。魔女は、セクハラとか男のスケベさについても詳しいのかね?魔女殿は、男運がなくて、誤解をしておられたのかもしれんな。


「だ、だいじょうぶっす!ソルジェさまがエッチなことをしないように、自分、ちゃんと見はってますから!」


「うん!お願いだぞ、カミラ殿!」


 なんだか、カミラ殿にもスケベ認定されてるのかな?……まあ、オレがどんなスケベ野郎なのかを、世界で一番知っている女子たちの一人だもん。あれ?じゃあ、オレはやっぱりスケベ野郎なのかね。


 別にいいさ。性欲の弱い男だって言われる方が、蛮族としては恥だしな。


「セクハラ対策も十分だ。ククルと『交信』とやらを頼めるか?」


「ああ!……いざ、『交信』だ!!」


 そう言いながら、ククリは自分の両の『こめかみ』に、伸ばした人さし指を当てる。ふむ、のっけからアホっぽいポーズだ。彼女の背後に位置取っていて良かったよ。正面から見ていたら、もう笑っていたかもしれない。


「うにゃー……」


 うにゃあ?


 どうした、ククリ?……そう声をかけそうになったが、ガマンした。コレが、『バカっぽく』なる現象のスタートかもしれないし。


「うにゃー、うにゅー、うにゃー!」


「はふう!!……ね、猫さんみたいで、ウルトラ愛おしいっす!」


 セクハラ監察官・カミラ殿が、ツボっているみたいだな。たしかに、ククリの猫マネ?は中々に可愛らしい。シスコン野郎のハートにもグッと来てる。


「うにゅー!うにゃー!うにゅー!うにゃあ!…………っ!!」


 『交信』は終わったらしい。


 猫マネ?は終わった。無言のまま、ククリの指が、ゆっくりと下ろされていく。


「……お、終わったから、もう、離してくれても、大丈夫だから」


「あ、ああ」


 そう言われたので、オレはククリの腰周りから手を離すよ。ククリは、肩をふるわせている。


「わ、笑えた?」


「……いいや?」


「可愛かったっすよ!!」


「う、うう……ッ!!は、恥だああ……ッ。だから、あんまり人前でしたくないのに……っ」


 頭を抱えて悶えて照れるククリが、なんとも可愛らしいので、魔王と『吸血鬼』の夫婦は、ニンマリ顔で、彼女のことを見守っていたよ。


 紳士レベルの優れた男、オットー・ノーランが、このコントにトドメを刺してくれる。


「それで、ククリさん。ククルさんは、何と?……『黒羊の旅団』の偵察兵は、『メルカに接近して来ていたのですか?」

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