第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その2


「……ソルジェ兄さん。ククルからの報告をするね」


「ああ。頼む」


「夕方が迫る頃、ミアちゃんが敵の偵察兵を見つけた」


「やっぱり、『黒羊の旅団』は偵察兵を出していたっすね……っ」


 ふむ、予想は当たった。


 あとは詳細が知りたいところだな。


「そして、ククルたち『メルカ・コルン』のチームを率いて、その偵察兵どもを取り囲んだ。降伏勧告は無視されて、抵抗をして来た。だから、もちろん殲滅したそうだ」


「……殲滅か」


 まあ、連中も生きて帰れるとは思ってはいなかっただろうさ。『メルカ』の数は少ない。捕虜を取り、交渉に出られるような戦力とは考えてはいない。『メルカ』の生き残り戦略は、より多くの敵を殺す、そして、追い詰められたら全力で逃げる。この二つだけだ。


 『黒羊の旅団』は、ベテランの傭兵団だ。


 そんなことぐらい分かっているはずさ。だから、自分たちが生き残るために最も可能性のある手段―――敵の囲みを突破することを選んだ。悪くない判断だ。


「かなりのやり手だったみたいだけど」


「……そうだろうな」


 少数精鋭、『黒羊の旅団』の中でも、上等な戦士を選んでいたはずだ。だが、問題はない。ミア・マルー・ストラウスがいるのだから。


「ミアちゃんが、半分以上殺した。こちらの被害は、死人どころか、負傷者もゼロ!」


「さすがは、ミアだ」


「うん。鬼のように強かったって!!」


「だろうな」


 重武装の鎧をまとった戦士ならば苦戦するかもしれないが、偵察兵は基本的に軽装のはずだ。ミアのスピードと攻撃力の前には、ただただ一方的に殺されるだけになっただろう。


 連携の上手そうな『メルカ・コルン』たちのサポートがあれば、なおさらのことな。


「……それで、敵の数は?」


「12人だったって。ベテランが5、若手が7……ミアちゃんの報告」


「頼りになるベテラン偵察兵を5人仕留めたか……」


「敵の戦力不足は深刻になりますね。彼らは、『メルカ』への警戒、『ベルカ』の『地下』の探索、そしてレミーナス高原全域で『ストレガ』の花畑を探しています」


「抱えた仕事がたくさんっすね!」


「ああ。それだけに、12人も失うのは、相当に辛いはずだ……これに、『急ぎの任務』である『フラガの湿地』でのオーク狩りも入る」


 どうにも人手不足。仲間を呼ぼうにも、このレミーナス高原にヒトが来るのは、時間がかかる。4つに増えたターゲットの内、どれかを削るしかない……。


 ……常識的に判断すれば、まずは『レミーナス高原全域での花畑探し』は中止だな。この8週間で見つからなかったものが、今さら見つかることはない。そして、『ベルカ』の『地下』の探索も中断するべきだ。


 ダーク・オークとの戦いは相当数の戦力を必要とする、疲弊しきった『黒羊の旅団』では、人数が足りない。


 『メルカ』への警戒は解けないぞ。『メルカ』の『アルテマの使徒』たちが襲撃して来る可能性を、無視することは出来ないからな。


 ある程度は、『メルカ』への警戒にも戦力を割かなければならないってわけさ。


 ……より安全を思えば、キャンプ地点そのものを移設したいだろうな。


 『黒羊の旅団』の指揮官は、それなりにベテランの傭兵のはず。そいつなら、ケガ人を抱えてでも、全員で『フラガの湿地』に移動することを望むんじゃないかね?もちろん、護衛対象である『青の派閥』の錬金術師どもと一緒にな。


 ……フツーはそうなるはずだ。『黒羊の旅団』の連中は、北部でマニー・ホークご一行さまを食い散らかした『大型モンスター/ゼファー』の出現にも、警戒してもいるだろうしな。


 これ以上、キャンプ地を固定し続けることは、かなりのリスクとなる。12人の偵察チームが殺されたことに気づけば、傭兵たちの士気も大きく下がってしまうだろう。敵は意外と強く、そして仕事はあふれている。


 キャンプ地ごと南下すべきだな。


 オレがそんな状況下に置かれたら、絶対にそうする。おそらく、『黒羊の旅団』の指揮官もそうしたくなるだろうが……彼らの『クライアント/雇い主』はどんな返事をするのだろうか?


 戦闘のプロの言葉を聞くのかね?……『青の派閥』の錬金術師殿たちは?


 なにせ、『ベルカ』の『地下』に転がっていそうな『宝』は、錬金術師にとっては、あきらめるには惜しいモノばかりだ。自分たちが高い金で雇った『黒羊の旅団』の指揮官の言葉に対して、素直に耳を貸すのだろうかな。


 『青の派閥』は極右化し、帝国軍との協力を望んでいるという情報もある。『人体錬金術』。兵士を『強化』するための錬金術を、新たな研究テーマに掲げているらしい。身内が逃げたがるほどに毛色が変わった。


 組織の哲学を変えるほどの、『カリスマ』がいるってことかもしれん。


 そして、もしかしたら『カリスマ』と同一人物かもしれないが……逃げる身内を殺すほどに、性格が悪そうな『幹部』も、この遠征には参加しているようだしな。


 『紅き心血の派閥』に『移籍』しようとしていたマニー・ホークと、その周辺にいる人物……もしかしたら、彼にたくさんの手紙を寄越してくれていた『ハロルド・ドーン』を、ジュナの腹に仕込んだ『リザードマン』で暗殺しようとした人物がいる。


 コレはただの勘に過ぎないのだが、そんな狂暴な人物は、より多くの『力』をコレクションしたがるんじゃないかね?


 組織の在りようについていけなくなったというだけで、部下か同僚を『裏切り者』扱いし、その『裏切り者』を暗殺しようとするようなヤツだ。


 『力』に溺れている軍人のような発想だな。地位が許す『暴力』を行使し、独善的な『正義』を叶えるために、反逆者を殺すって行動は……。


 しかも、徹底的にやろうとしていた。まるで反乱の根を絶やしたいかのように、ホークの周辺にいる連中も殺そうとしていた。


 これは、暴力の行使に、快感を覚えていそうな人種の発想だと、オレは思うんだよね。経験上、この手の勘は外れたことがない。どういうわけか、『悪人』に対しては、やたらと鼻が利くんだよ。


 『青の派閥』を極右化させた『カリスマ/指導者』、あるいは、それに対して、殉教オーク並みの忠誠心で惚れ込んでいる錬金術師。そんなヤツが、ホーク暗殺……未遂の、『犯人』だろうよ。


 そんな人物に、『人体錬金術』を研究していたという『ベルカ』の『地下』は、あきらめられる場所なのか―――。


「―――よし。とにかく、敵の巣を突っつきに行くぞ。敵の妨害と、そして、より詳細な偵察も兼ねたい」


「え?……侵入するのか?」


「ああ。探したいモノがあってな」


「何だ?」


「……『協力者』だよ。シンシア・アレンビー、23才。帝国の錬金術師……オレの仲間の予想では、この遠征に参加している可能性もあるそうだ」


「……信用できるのか?イース教徒だろ?」


「彼女は、『青の派閥』に捕まって、人体実験されそうになっていた亜人種を助けてくれた。善良な人物だし……その事実を、『青の派閥』に密告すれば、彼女は殺されちまう。脅すための材料も、オレは持っているのさ」


「……おお。兄さん、悪人みたいだ」


「オレの作戦じゃない、マルコ・ロッサというヤツからの入れ知恵だ。とにかく、情報源が多いほど、こちらには有利になる。力尽くで連中を殲滅することも、正直、不可能じゃない。奇襲とゼファーと、『メルカ・コルン』で襲撃すれば、敵を潰せる」


「……でも、それでは、敵がまた来るんだよな?」


「ああ。下手をすれば、帝国軍を呼ばれる。お前たち『アルテマの使徒』が、400人規模の傭兵団を排除する力があるとすれば、軍事的な脅威だからな。そうなれば、桁違いの数で『メルカ』を焼き払いに来る。数千人の兵士が来るかもしれない」


「……う、うん。つまり、敵には、私たち以外の理由で、この『遠征』が失敗したように見せかけるべきなんだな?」


「そうだ。モンスターにやられたのなら、帝国軍もこの土地を攻める気は起きない。モンスターというのは、土地の問題。いくらでも際限なくわいてくる。そんな土地を、帝国人は欲することはない」


「なるほど。モンスターが蔓延る、とんでもない辺境だと思わせれば、勝ちなんだな!」


 まあ、すでにモンスターが蔓延る、とんでもない辺境だとは思われているんだがな。


「そうだ。連中の遠征を『効果的に失敗させる』ためにも、敵の事情に詳しい『協力者』が欲しいところだ」


 言い方が悪いが、とにかくこの土地の『魅力』や『価値』を無くしてしまうんだ。そして、この土地に来るというリスクを高める。そうすれば?帝国人は来なくなる。。


 あとは……錬金術師どもへのダメージだな。


 『青の派閥』へのダメージを与える方法は無いものかね。マニー・ホークを暗殺しようとするぐらいだ、あまり仲良しこよしの集団ではないはずだ。


 帝国軍と協力しようという連中だ、どうにか、この集団にも攻撃を加えておきたいものなのだが……どうあれ、いてくれると助かるんだがな、シンシア・アレンビーさんが―――。


『―――『どーじぇ』!……『こくようのりょだん』の、きゃんぷちだよ!』


 ゼファーの声で、視線を起こす。


 夜の闇に暗むレミーナス高原にある、緩やかな丘の上。そこに、たいまつと焚き火の炎が明々と輝いている……。


 『黒羊の旅団』のキャンプ地。新たな作戦の場所だった。潜入任務だ。まだ、時刻が早いな。


「……オークどもに細工を施さなければならないし、偵察ももう一度、じっくりと行いたい。キャンプ地から、2キロほど離れた場所に着陸し、そこを拠点にしたい。ククリ、いいところはないか?」


「まかせて!ここから、南に2キロ半。崖の上に、『鷲獅子』が使っていた巣がある」


「『鷲獅子』……『グリフォン』か」


『なにそれ?』


「上半身が大鷲で、下半身が獅子。そういうモンスターだよ。夏になると、どこからか飛んで来て、レミーナス高原で放牧している牛を狙うんだ。上空から飛来して、ガッシリと爪で牛を殺して、連れ去るモンスターだ」


『……たたかいたい!』


 空を飛ぶモンスターには、ライバル心が強くゼファーが、『グリフォン』との戦いを望んでいる……しかし、季節は、まだ春の終わり。


「残念だけど、まだ来ていないよ、『グリフォン』は」


『……そっか。ざんねん。たおしたかった』


「……また次の機会に仕留めようぜ。ククリ、その巣は広いのか?」


「うん。巣と言っても、昔の砦の跡だよ……かなり壊れているけどね。遮蔽物も多いから、注意すれば火を焚いたって、敵に気づかれないと思う」


「理想的な『拠点』だな。案内してくれ!」

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