第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その16


「よし。敵にバレちまう前に、どんどん毒矢で敵を仕留めて回るぞ」


「うん!」


「団長、次は右隣の廃墟がいいと思います。角度的に、狙いをつけやすいです」


「わかった」


 即答するよ。オットー・ノーランの戦略を立てる頭脳も、彼の三つ目の鋭さも、オレは微塵の疑いもなく信じているからな。


 沼地に沈んだその建物。腐って泡立つ汚泥に呑まれたそのレンガの上に、三匹の豚顔たちが座っていやがる。連中は、沈みゆく太陽を見て、不気味な歌をそのノドで奏でている。


 恋人たちかな。


 どれがメスなのかは分からんよ。


 え?3匹いる?……一夫多妻制なんだろ。蛮族なんて、どこもそんなものさ。


「兄さん。鼠径部が狙えない……」


「ならば、左腕のつけ根と行こう」


「心臓に近いところだな」


「そうだ。連中も右利きが多いらしいからな。武器を振るための腕の健康は残そう」


「ハンパない洞察力だな、兄さん……っ」


「薬剤の有効さと、ヤツらの鈍さは証明された。あれだけ大声で歌っていれば、痛みで悲鳴が混ざっても、周りに気づかれないかもしれない」


 ……さすがに、『醜い豚顔の大悪鬼』を馬鹿にしすぎているかな?


 まあ、うちの正妻エルフさんの手作り猛毒を用いれば、ヤツらを即座に戦闘不能に追い込むことも可能なのは確かだ、どうにかなるだろう。


「わかった。では、私は右のオークを狙う、兄さんはその隣りを……あれ、射手が足りない。あっちは三匹いる」


「そこはオレが補う。呪術と魔術の合わせ技だ。『風』の弾で頭をぶっ叩く。首の骨を折ってしまうかもしれないが……運が良ければ、殺さずに失神させられる」


「器用だなッ」


「まあな。狙うぞ……カミラ、カウントダウン。5から頼む」


「了解っす。では、5……4……3……2……1……0っ!」


 再び、毒矢の狙撃は実行される。夕闇のなかを、悪意と毒を帯びた矢が走り、『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』の左腕のつけ根に突き刺さる。命中を確認しながら、右手の指を振る、『風』の弾丸を放ったのさ。


 『ターゲッティング』に導かれて、三匹目の豚顔の脂肪のついた後頭部に、『風』のつぶては炸裂していた。前のめりになりながら、そいつもその場所で動きを止めた。殺してしまったか?加減が難しい。


「三匹とも、完全に沈黙」


「死なせたか?」


「いえ……生きていますね。手足も痙攣していますし、大丈夫そうです」


「……そうか」


 複雑な気持ちだ。まさか、モンスターを仕留め損なっておきながら、それを喜ぶような日が来てしまうとはな。冒険の日々は、初めての体験に満ちているぜ。


「次は、その奥がおすすめです。沼地を歩いている個体と、沼の泥水を飲んでいる個体がいます」


「オレは歩いている方をやる」


「私は泥水すすっているヤツだな」


「カミラ、頼む」


「了解っす」


 オレたちは毒矢狙撃をつづけたよ、そいつらを含めて、計十七匹を沈黙させた。順調すぎるが……さすがに、このまま好調でいつづけられるはずがなかったのさ。


『ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 豚の遠鳴きが、『フラガの湿地』を走り抜ける。


 腐臭のただよう空に、ヤツらの警戒音が放たれたようだ。


 それを気に、敵が一斉に空を見上げて、こちらに気がついた。


 さて、実力行使の時間となるな。


「カミラ!オットーともに『コウモリ』で地上に降りろ!!ヒドラの周りを蹴散らしてくれ、オレたちとゼファーで、近づいてくる敵を射撃で牽制する!!」


「了解っす!!いくっすよ、オットーさん!!」


「ええ、お願いします、カミラさん!!」


「『闇の翼よ』ッ!!」


 カミラとオットーが、夕闇よりも暗い『闇』に呑まれて、無数の『コウモリ』へと姿を変える。


 初めて『闇』属性の魔術を見たククリは、おお!と感嘆の声を放つ。


「すごい!『コウモリ』に変身できるんだな、カミラ殿!」


「『吸血鬼』だからな!それよりも、仕事に集中しろ!!毒矢を撃ちまくるぞ!!」


「あ、ああ!!」


 『醜い豚顔の大悪鬼』は、投げ槍や、投石でこちらを攻撃してくる。それらは激しい動きではあるが、ゼファーの翼がもたらす機動に、それほど当たるものじゃない。


 それに作戦もあるんだぜ、ゼファーは沈み行く太陽を背にして、豚顔どもの視界を夕日で眩ませてもいるのさ。いい考えだろ?夕日に融けながら、ジグザクな機動で矢を外すんだ。


 それに?


 避けるだけじゃないからな!


 竜騎士の弓術を見せてやる!!それに、『プリモ・コルン』の技巧もな!!


 揺れる竜の背中でも、重心とリズムが分かれば、射撃の邪魔をしない。だいたい、ヤツらはデカすぎるし、鈍重で、沼地を走るそのスピードも軽快さに欠くからな。当てやすい的だってことだ。


 毒矢の狙撃は、次々に成功する。オレはヤツらに気を使い、急所じゃなく脂肪に揺れる腹へ毒矢を撃ち込んでいる。興奮状態で走り回っているんだ、血流は上がる、血管の近くじゃなかったとしても……すぐに毒は回るさ。


 睡魔の毒が、ヤツらの太い腹から、全身に周る。激痛を上回る猛毒が、豚顔の悪鬼どもを沼地の夢の泥へと落とす。


「む!外したが、まだまだ!!」


 ククリの矢は少々、精度に劣るが、それでも若くしなやかな動作は、矢を射るペースを高めていた。手数で勝負というわけか。いいことだ。失敗するのも、いいことなのさ。


 その屈辱をバネに、戦士は一瞬の深い思考と共に、技巧を洗練するためのモチベーションを体に宿し、技巧を実行するのだから。復讐の矢は放たれて、その精度が向上していることを世に示す。


 ダーク・オークの右胸に、ククリの矢が刺さるのを見た。


 いい腕だ。戦士は名誉を挽回して見せたよ―――オレは矢を弓に番えながら、『ターゲッティング』を施す。


 二人組で矢を構える、豚顔の狩人どもに、矢と『風』の弾丸の攻撃を与えて、両者を沈黙させた。戦闘状態だ、オレも気が昂ぶっているようだな……魔力のコントロールを失敗し、オークの頭が、とんでもない威力で弾かれて、その首が折れる音を感じた。


 反省は……できない。


 モンスターという人類の敵を排除することは、やはり喜びをオレに与える。ヤツらが怯えた旅人を、引き裂き、泥沼につけて腐らせたあとで喰らっているようなヤツだってことは知っているんだ。


 転がっているのは牛の骨だけじゃない。


 ヒトの頭蓋骨を並べている『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』どももいたぞ。そんな目に遭った者のことを思えば、こいつらを殺すことに悲しみを抱くことは出来ないってわけさ。


「兄さん、隊伍を組んで、走ってくるヤツらがいるよ!!」


「ああ。ゼファー!!歌ええええええええええええええええええええええええッッ!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッ!!」


 竜の歌と共に、沼地を焼き払う劫火が解き放たれる!!


 邪悪な豚顔の悪鬼どもは、その脂のよくついた巨体を炎の津波で炙られていく。炎に焼き尽くされ、その骨格からは、燃えて崩れる肉が落ちていった。


「スゴい!!ゼファー、強いぞ!!」


『うん!!ぼく、つよいッ!!『どーじぇ』いがいに、まけたことないもんッ!!』


「兄さん、ゼファーに勝ったことあるのか!?」


「ああ、竜騎士だからな」


 オレもドヤ顔を浮かべていたかな?まあ、誰にも見られなかっただろうさ。


 さて……ダーク・オークどもの援軍は、排除出来た。ヒドラの祈祷場は、どうなっているかな?


 視線をあの花畑と巨獣が飾る場所を見たよ。


 ダーク・オークと猟兵たちが戦っている。


 カミラはその圧倒的な身体能力を爆発させていた。


「でやああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 闘志を歌で放ちながら、『闇』をまとった『吸血鬼』は戦場の破壊神となる。オークどもの攻撃を、桁違いのスピードで躱しながら、『闇』を帯びた蹴りで、ダーク・オークの銅を撃ち抜いた。


 雑味が残る動きだが……技巧の少なさを補って余るほどのスピードとパワーがある。オークの肋骨が粉砕されながら、その200キロはあるはずの巨体が、軽々と宙に舞い、教会のレンガの壁に叩きつけられた。


 打撃だけでも十分致死性があるだろうが、『闇』は、ヤツの巨体のなかで暴れて、その全身を内側から食い破るように炸裂していたよ。裂けた体から血の赤を夕闇に放ち……邪悪なモンスターが『吸血鬼』の優位性を称えるために死んだのさ。

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