第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その17


「カミラ殿!!スゴい、強い!!」


「ああ。『吸血鬼』であることを受け入れ、その力を我が物にしたのだ。人類の中でも、最強の存在に、彼女は至れる才能がある」


「『吸血鬼』を……『呪い』を、受け入れて……強くなった」


 その事実は、ククリに何を考えさせるのだろうか。


 繊細な思春期女子の心を読むのは、蛮族の戦士には難しい。だが、ククリも分かっているさ。今は、物思う瞬間ではない。


『おーくが、まだくる!!』


「……っ!」


「カミラもオットーも大丈夫だ、あの四倍の数のモンスターがいても、傷を負うことはない!!オレたちは、二人と……そして、『策』のために、豚どもを仕留めるぞ!!」


 言葉と共に矢を放ち、オークの腹に毒矢を撃ち込む。


 手斧を投げようと振りかぶっていたオークが、沼地の泥へと顔から突っ込むようにして倒れ込む。睡魔の矢毒は、ヤツの闘争心を超越した。激痛がありながらも眠れるのは幸せだ。そのうち、焼けるような腹の痛みで目を覚ますだろうがな―――。


「私も、負けてはいられない!!」


 ククリ・ストレガの決意を聞く。彼女の弓がしなり、神速の矢を放つ。その矢はオークの腹へと深く突き刺さっていた。


 オレの戦術を理解したようだな。そうだ、殺さない方がいいのだ。唇が、思わずニヤリと歪んでしまう。夕焼けが当たる貌は、獣のように狂暴さを増していたに違いない。


「……殺さず、無効化する。敵同士をぶつけ合わせるために!」


「そうだ。戦況を、常に頭に入れていろ。冷静さと視野の広さは、戦場で最も使える武器の一つだという事実を肝に銘じろ」


「了解!!」


 迷うことも多い。乱世で生きる身だ。戦に参加し、ヒトの悪意が織りなす不幸と災禍に遭遇すれば、誰しもが人生の苦しみを知り、命の儚さにも、自分の無力さにも悩む。


 だが、それでも忘れてはならないことがある。


 苦悩の海に溺れながらも、それでも抗おうとするのは、生きるためだ。守りたい仲間を守り、憎い敵を切り裂き不幸を与えるためだ。


 迷いながらでもいい。狂暴さと残酷さ、強さを忘れるな、我が妹分よ。戦場でヒトが選べる行いは少ない。迷いがあるときこそ、冷静に動け。戦場で振るうべき技巧も知識も、君はすでに継承している。


 『ホムンクルス』であることが、君の強さでもあるのだ。迷いに苦しむときは、ただひたすらに冷静に動け。選ぶだけでいい。反射するように最善を成せばいい。


「冷静であることに努めろ。ククリ・ストレガよ。お前の出自など、戦場では関係がない。その力が有能であるのならば、守るべき命と、奪うべき命のために、冷酷に使え」


「……うん!!」


 オレたちは毒矢を撃ち込み、敵の足止めをはかる。


 ククリの動きが、どんどん洗練されていくのが分かったよ。『ホムンクルス』であることへの劣等感は、そう容易く消えるものではないだろうが―――戦場で、『ホムンクルス』の能力は有用なのだ。


 『力』を忌避することはない、我が妹分よ。


「お前の力は優れている。『メルカ・コルン』たちが伝えた技巧を、継承しているからだ。その意味は、お前に苦悩以外ももたらすはずだ」


「……っ!」


「技巧に宿る物語を聞け。矢を外した先達の口惜しさと、それゆえの努力が、お前には宿っている。その力を解放しろ……ジュナは、お前の技巧にも宿っている」


「……ああ!!」


 『雷』を感じる。『雷』の魔力を、ククリ・ストレガは腕に帯びていた。『チャージ/筋力強化』だ。ふむ……アレを狙うのか。いいぜ、見せてくれ。


 ククリは集中と筋力を高めて、矢を放つ。


 『チャージ』で強化された矢は、通常よりもはるか遠くにまで飛来する。ククリが狙ったのは、長弓を持ち出してきたダーク・オークだ。沼の反対側に、その弓使いはこっそりと現れていた。


 身を低くして、狩猟者の経験を体現しながら、『豚顔の狙撃者/スナイパー・オーク』はオレたちを密かに狙おうとしていた。まあ、猟兵と、冷静になった『プリモ・コルン』の視界から隠れることは不可能だったがな―――。


 矢は夕闇を撃ち抜くように、戦場を雄々しく飛び抜けた。『雷』に祝福された一撃は空を走り、巨大な長弓を構えていたオークの腹部を深く穿った。即効性のある麻痺毒がヤツを冒し、その肉体の挙動を停止させる。


 仮に毒矢でなくても、重心に叩き込まれた一撃だ、ヤツの射撃の精度は著しく落ちていた。この遠距離の射撃を当てることは不可能だろう。


「……見事だ。この距離でよく狙った場所に当てたな」


「……うん。『チャージ』を用いての遠距離射撃は、ジュナ姉さんの得意技だった」


「そうか。見事に継いでいるな」


「……『ホムンクルス』は……『メルカ・コルン』は、皆、共通の技を宿して産まれてくるんだ……そうだな、そのおかげで、姉さんの技に、いつでも私は会えるんだ」


「自分を呪いすぎるな、ククリ。過ぎた劣等感は、お前の血肉に流れる偉大な戦士の質を曇らせる」


「……ああ、分かった。ていうか、まだ、よくは分かんないけど……今は、戦う!!姉さんの技で、作戦を成功させるんだ!!」


 今度は、『風』か。ククリが『風』の術を放つ。威力のある突風の鉄槌だ。ただただ力任せで、呪文もいらない魔術。風圧で敵を殴打する術……その一撃で、オークを吹き飛ばす。


 致命傷を与える鋭さはない。だが、それで十分な結果が生まれていた。


 沼に吹き飛ばされたオークが、その巨体をぬかるみにとられたからさ。ヤツの体は、腰まで沈んでしまう。もがいても、脱出にはしばらく時間を費やす。無力化には十分だ。


「ふむ。『足場』のない場所を、見抜いたか?」


 そうだ。オークどもは、この沼に呑まれて沈む町の『固い場所』を走っているのさ。かつて敷かれた石畳だ。それは沈みながらも、まだわずかながらに機能している。


 その道が、オークどもの体重を支える『足場』になっているんだよ。まあ、石畳以外にも、沈みかけている家屋の壁やら天井やら……さまざまなモノを足場にして、ヤツらはこの土地を思い通りに走り回っているわけだ。


 これに気づけるのは、魔眼の力だけじゃない。戦士としての経験値だ。オークの重量と、沼地という悪条件。それなのに、ヤツらがこの場所を走り回れる理由。それを考えれば、ある程度は予測できることだな。


 だが、ククリ・ストレガの経験値で、それを悟ることは難しい。


「なんとなく……道が、見える!」


「視力ではなかろう?」


「うん。そうだよ、見えるというか、分かるんだ。これ、『仲間』たちの……いつかここを偵察に訪れた、『メルカ・コルン』が残してくれた『知識』だ!」


「……冷静になると、多くが理解出来るようになるってことさ」


「みたいだ!ありがとう、兄さん!!」


「ああ。その腕前と『知識』、有効に使って見せてくれ」


「任せろ!!私は、『メルカ』の『プリモ・コルン/筆頭戦士』だッ!!」


 妹分が再び、『雷』をまとった遠距離狙撃で、再び戦場に姿を現していてスナイパー・オークの腹に麻痺の毒矢を撃ち込んだ。いいぜ。リエル並みとは言わないが、かなりの腕前だ。


 オレも負けていられんが……指揮官の辛いところ。目の前の敵だけに集中するわけにはいかない。オレたちは時間稼ぎをしているんだからな……それに、スナイパーの増加は、敵の増援がこちらに向かっていることを教えてくる。


 この近くに、大きな長弓を背負っていたオークはいなかった。連中は、組織的な防衛を行えるようだ。時間をかけすぎると、取り囲まれてしまうぞ。


 『ターゲッティング』と『ファイヤー・ボール』の合わせ技で、一匹のオークを焼きながら、魔眼でチラリとよそ見をする。ここのオークは焼け死ぬ前に沼へでも飛び込むだろう、『ベルカ・クイン』のせいで、それぐらいの知性はあるさ。


 カミラとオットーは、祈祷場のダーク・オークたちを制圧出来ただろうか?……すぐにカミラを見つける。彼女は、ハルバートを振り回すオークと交戦中だった。


 『闇』を全身にまとわせているおかげで、カミラは風のように速く、その力は雷神のごとしだ。ハルバートの大振りを、常識を超えた高速バックステップで躱していたよ。


『ぶぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!』


 ……それでも、カミラを追いかけてくるとはな。沼地の泥を蹴り上げながら、巨体が走っていた。


 あの豚顔はなかなかの戦闘意欲の持ち主だ。もしかして、『聖なる場所』を守ろうと意識が作用しているのか?『信仰心』が、ヤツを強化しているのかもしれないな……。


 だが、カミラ・ブリーズの動きは速すぎる。


 単純なヒット&アウェイが、非常識なまでの機動となる。この足場の悪さで、あそこまで自在に動き回れるのは、彼女の『吸血鬼』としての『力』ゆえのことだ。『闇』は、彼女の体重さえも軽減しているフシがある。


 ……カミラ本人にさえ把握し切れてはいないが、人類が使えないはずの第五属性『闇』は、とんでもなく高性能の魔力だ。それは使いこなせば、ほとんど無敵と言える。


 今も彼女は、その『圧倒的な才能』の片鱗を発揮しているよ。カミラの飛ぶよう身軽さと、素人然としたステップは、鋭さが全くないくせに、尋常ないほどの速さで戦場を移動させる。


 あまりにも不可思議。予測不能な動きだよ。


 あの聖戦士気取りの豚顔は、戦士としての質が高いがゆえに、カミラの動きに翻弄されてしまう。技巧の駆け引きが、無視されてしまうからな。


 素人に近い動作だからこそ、駆け引きで読めない部分もあるのさ。


 振り回されるハルバートは、空振りを続ける。かすりもしない。それでも、強すぎる攻撃性のまま、ダーク・オークはカミラに向かって行くことを止めない。


 勇敢さを褒める者も多い。だが、何事にもデメリットは存在する。空振りする猛攻は、もちろんダーク・オークの呼吸を乱し、スタミナを著しく消耗させる。


 たしかにカミラは、武術の達人ではない。それでも、オレの教えをしっかりと守ってはいるのだ。とにかく大げさでもいいから、敵の攻撃は大きく避けろ。動きで翻弄して、弱らせちまえ。


 そんなものは、戦術と言えるほどの教えではない。だが、その単純な動作でさえも、カミラ・ブリーズがすれば想像を絶する脅威となる。想像を超える動きに、追いつける者などいない。


 翻弄されたオークは、呼吸を乱し、その動きを破綻させる。ついにカミラを追いかけるための脚が止まった。まったく疲れていないカミラは、指に握力を宿らせながら、大地を踏みつけ、構えを作った。


「行きますッ!!」


『ぐるるッ!?』


 カミラはその素人然とした構えから、『正拳突き』を放つ気だよ。


 その構え自体は、なんとも分かりやすい動作ではある。武術をたしなむ者ならば、誰しもがその動きを予測出来るだろうし、『ベルカ・クイン』の邪悪な錬金術で強化されたダーク・オークも予測はしていた。


 技巧という面に関しては、カミラ・ブリーズは稚拙である。


 ……ただし、それを補って余りあるほどの『強さ』を、彼女は持っているのだ。『吸血鬼』ってのは、『速くて強い』のさ。


 カミラが動いた。


 7メートル先から十分の一秒以内に懐に侵入してくるという、ほとんど瞬間移動のような動きだ。そんなものに対応できる者は少ない。常識のはるか外から、彼女は襲いかかれる。とんでもないアドバンテージだ。


 まるで矢のような速さだ。間合いも駆け引きも、あの動きの前には意味を成せない。体術の達人でも、初見でその動きに反応出来るかどうかは微妙なところだな―――。


 そもそもだが、仮に反応出来たとしよう。


 目の前に一瞬で現れたカミラに対して、とっさに『守り』の姿勢を作れたとする。だからといって、どうなるというものでもない。


 『吸血鬼』の『闇』を帯びた体術は……その腕力だけでも桁違いなのだからな。アメジスト色の瞳が妖しい光を放っていた。カミラはその華奢にも見える体から、あふれんばかりの魔力を解き放っている。


 本能だろう。『吸血鬼』として魂に刻みつけられた、狩猟者の本能が、彼女に笑顔を選ばせる。あの艶やかな唇からは、純白の若い牙がのぞき、右の拳がまとった揺れる『闇』は、渦巻きながら暴れていたよ。


 矢のように速く、鉄球のように重たいその一撃が、ダーク・オークへ放たれる!!ダーク・オークのハルバートが、柄の部分で瞬時に粉砕された。やはり、防御は、意味がなかったようだ。


 驚愕し引きつる豚顔の悪鬼の腹に、魔獣の革のグローブをつけただけの拳がブチ込まれる。『闇』をまとった桁外れの衝撃が、モンスターの体を宙に浮かせてしまう。


 ドゴオオオオオオオオッッッ!!!


 爆発でもしたかのような音を上げながら、ダーク・オークの巨体が吹き飛んじまったよ。もしも、カミラが習熟した使い手になれば、人類で彼女に勝てる戦士は十人にも満たないだろう。


 ……ああ。ホント、カミラの『先代』である『吸血鬼』には、ガルフと組んでいたというのに、殺されかけちまったもんな。


 あのクソ女の首を、噛み千切ることで、どうにか倒せたが、本当にギリギリだった―――思い出を楽しんでいる状況じゃないな。


 最強の『吸血鬼』に殴られたオークは、その強打の威力に即死したようだ。カミラは手加減など出来ないからな。それは構わない。


 手加減の上手な男、オットー・ノーランが他のオークと戦ってくれているのだから。チームというのは、補い合うものさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る