第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その15


「敵影を数えるぞ!オットー、右を頼む!!」


「了解です、団長!」


 そうなれば、当然、左はオレの担当ってわけだよ。チームワークの基本、役割分担だ。眼帯をずらして魔眼の力を解放する。呪眼の力……『ディープ・シーカー』。


 視界から色彩が失われていく。夕焼けの赤を帯びる世界から、その赤い色さえも消え去った。あるのは、白と黒の明暗。コントラストが強調された、白黒の世界。それゆえに闇も光も、この観測の邪魔をしない。


 時間の流れが遅くなる。この呪眼の能力だ。腐臭のただよう空を飛んでいたカラスも、邪教の祈りで空を揺らす豚顔どもも、あらゆる物体が宿す『動き』が、ゆっくりと粘るように遅くなる―――。


 色彩を失う代償なのか、この『ディープ・シーカー』が展開されている瞬間は、視界に映る全てが遅くなる。理屈は不明だが、そういう法則を持った呪術だよ。


 魔力の消耗は激しいが……敵地を一瞬で細かく観測出来る、戦士にとっては最高にありがたい能力だ。


 この邪教の祈祷場には、7匹の『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』どもがいた。腐肉の固まりを天に掲げる巨大な不細工どもだ。それから左に向けて視線を這わすと、沼地にある廃屋に、ヤツらが住んでいることが分かった。


 モンスターの生活を目の当たりにしても、楽しいことはないな。


 イノシシみたいに泥土を愛するらしい、ダーク・オークどもは地べたに寝るらしい。信仰のタイミングに協調性は無いようだが、ヒドラの祈祷場に近づくほどに、大きな体格かつ、複数の武具を持つダーク・オークどもが配置されている。


 ヒドラの死骸の膝元になるほど、『一等地』ということかもしれないな。ヤツらの体につく脂身の量は、戦闘能力にモノを言わせて、より多くを貪食してきた証。強さと富の象徴が、やつらの腹とノド周りにぶら下がっている脂身だ。


 クソ!なんとなく、分析できることに、ショックを受けているぜ。


 蛮族だからだろうか?


 いいや、おそらく、このダーク・オークどもが、ルクレツィア・クライス似の『ベルカ・クイン』のヤツに創造されたからだ!!ヒトの習性が、連中にも伝染しやがったのさ。


 ダーク・オークどもは、骨が好きらしいな。太い大腿骨を、その不愉快な牙が生えそろった大きな口に含んでいる。噛み砕いて、なかの骨髄をすするのかもしれない。牛骨のダシを愛する者とハナシが合うかもしれん。


 あとは頭蓋骨も愛しているようだ、それをマクラ代わりにして眠っているヤツもいた。牛の頭骨は、それなりに大きいから、ヤツらの低い知性の割りには大きな頭を支えることに成功しているようだったな。


 知りたくもない連中の骨を愛する文化を網膜に映しながら、その数を数えていく。祈祷場の周りの廃墟に、3、2、5……そして、沼地から腐った牛の死骸を引き上げているヤツが2匹だ。


 他は……かなり遠くにいるな。足場は沼地だ、祈祷場とその周辺にいる豚どもを殺して、一輪も残さず『ストレガ』の花畑を焼き払う時間は、十分に稼げるだろうな。


 これ以上は不快な風景を知る必要もなかろう。


 『ディープ・シーカー』を停止させる。赤く焼ける夕日の色に、世界が再び色づけされて、時間の流れも通常に戻った。


「教会に7、周囲に12!!」


「右は、13です!!」


 計、32匹か。ククリのハナシでは、この最低な沼地に巣食うヤツらの数は、およそ300というハナシだった。つまり、連中の一割を仕留めることになるわけだな。


 本来ならばヤツらなど1匹でも多く処分することが、全ての人類のためではある。だが、『黒羊の旅団』と対決させるために、豚顔どもの戦力を温存しておきたいという本音も出てくる。


 ならば、ちょっと小細工をしておくべきだな。


「……ククリ。弓は使えるか?」


「え?ああ、もちろん!『メルカ・コルン』は、弓と剣、槍をマスターしているぞ。あと私は『炎』と『風』の攻撃術と、『雷』の補助術を使える!」


「『三大属性保持者』か」


「うん!『ホムンクルス』は、みんなそうだよ!」


 ストラウス家が代々、有能な魔術師女を誘拐して来ては、何世代もかけて創り上げた『三大属性保持者』が、この山脈には120人いたというわけか。なんだか、自分の価値が下がったような気がする。


 だが、めげない。


 有能な妹分が誕生したということは、下らぬプライドに入った傷よりも、よっぽど大きな価値を持つ喜びに他ならないからだ。


「カミラ、ゼファーの腰の『荷物入れ/パック』から、毒矢を出してくれるか?」


「了解っす!麻痺の矢と、睡魔の矢……どちらがいいっすか?」


 さすがはカミラ。旦那さまと以心伝心だぜ。


 そうだ、あの豚顔どもを殺したいわけじゃない。『黒羊の旅団』とぶつけたいだけだ。敵を無効化すれば、それでいいのさ。


「どっちもくれ。連中、ルクレツィアの親戚のババアみたいなヤツが創った可能性があるんだ。何かしらの毒物に耐性があるかもしれんからな」


「そうですね。人造モンスターには、そういった耐性が施されていることが多い。戦闘用ですからね」


「オットー。お前の三つ目で、どちらの毒矢が有効そうか観察していくれ。そっちを採用したい」


「了解!いい案ですね!」


「戦場での悪知恵には定評があってね」


 さてと。カミラから毒矢セットをもらうぞ。気配り上手の『吸血鬼』さんは、オレのための弓と、リエルの予備の弓も続けざまに渡してくれる。


 こういう口にしていないオーダーを実現されると、カミラへの評価が上がるよな。不言実行。その美学は、新鮮な感動を与えてくるんだよ。


「ククリ。この弓と矢を使え」


「うん!了解だ、ソルジェ兄さん!」


「麻痺の矢だ。狙うべき場所は分かるか?」


「血管の近く?」


「そうだ。この毒はエルフ族の秘伝の品。相当に強力な毒だ。血管の近くに突き刺されば恐ろしいまでの即効性を発揮するだろう」


「なるほど。さすがは、リエル殿。ソルジェ兄さんは、恐ろしいヨメをもらったな!」


 その言い方は、ダメなヤツだ。


「有能なヨメだ」


「そ、そうだった。失言だな、恐ろしいとかは、失礼になる」


「いや。いいんだ……さて。血管は関節周りに浮かんでいる」


「肉が薄いからだな。骨と腱と神経と血管敷かない。脂肪も肉も少ない」


「そうだ。だからと言って頸動脈を狙うのはマズい」


「うん。即死だな、それだと」


「殺すのが目的ではない。それを忘れるなよ」


「ああ。大丈夫だ」


「……よし。狙うのは、ヤツらの鼠径部だ。つまり、脚のつけ根」


「そこの血管に、毒矢を叩き込むんだな」


「それもある。もう一つも理由がある。分かるか?」


「え?」


 応用的な問いは、脳みその柔軟性を上げると信じているんだ。教育に際しては、こういう意地悪な問いかけも有効だろう。


 単一の集団で暮らしすぎている。


 己の組織の哲学を貫徹する行為も、尊いし有益なものだが。より多くの戦術を使いこなせた方がいいはずだ。戦術とは、その意味と目的、そして、その後につながる展開を把握しておくべきだ。


 想像力がものを言う。


 それを鍛えるためには、常に戦場でどんなことが起きるのかを考え続けておくべきだ。戦士とはそういう存在である。さて、ククリよ、分かるだろ?脚のつけ根を攻撃したら、そいつはどうなるんだ?


 口には出さず、心でヒントを投げかける。きっと通じないだろう。でも、応援はしている。


「……あ」


「わかったか?」


「脚のつけ根を矢で射られたら、ロクに動けないじゃないか?」


「そうだ。しかも死ぬことはない。この土地に『黒羊の旅団』がやって来るまでに、数十時間はある。ヤツらは見るからにタフだ。この不衛生な環境でも健康を保てる。それだけあれば、矢傷から復帰して、十分な戦力を発揮する」


「『黒羊の旅団』のクソ傭兵どもと、戦ってくれるわけだな?」


「ああ。時間制限があるからな。それまでに、『ストレガ』の花畑を確保しなければ、ヤツらの作戦は失敗。報酬も増えることはなかろう……」


 そうだ、『黒羊の旅団』は帝国軍ではない。ファリス帝国に対して、義理立てはしていない、ただの傭兵集団。金のために戦場を這いずり回る、拝金主義者どもだ。


 新月の日までに、『ストレガ』の花畑を見つけられなければ、報酬の減額もありえるだろう。あるいは……金払いのいい『金持ち集団/錬金術師組合』という美味しい顧客との間に亀裂が入る。


 それは絶対にイヤだろう。暗殺の片棒を担いでいる、『スペシャル・ユニット』も派遣しているぐらいだからな―――さて、それはともかく、作戦だ。


「……鼠径部を射抜くぞ」


「うん!」


「同時に射抜く。すぐ左の廃墟に、2匹いる……分かるな?」


「ああ、あの仰向けになって骨をかじっている不細工だな」


「お前はそいつを狙え。狙いやすいはずだ」


「わかった。兄さんは、となりのヤツだな……瓦礫に座って、刀を磨いている不細工」


「そうだ。ゼファー、ちょっとだけ、あいつらに近づけ。『風隠れ/インビジブル』で羽ばたきの音を消したままな」


『らじゃーっ』


「……それに、敵どもの頭上に影は落とすな……夕日に紛れてはいるが、いきなり暗闇に呑まれれば、あの豚顔どもも異変に気がつく」


『うんっ。きをつける……っ』


 ゼファーは小声でそうつぶやき、『風隠れ/インビジブル』の性能をあげながら、無音の飛行で、ヤツらに近づいていく……。


「狙えるか?」


「……狙いはつけた。いつでもいける」


「そうか―――こっちもだ」


 一定のリズムで上下に揺れるゼファーの背の上で、オレとククリは弓を引き、狙いを定める。狙うは、ダーク・オークの鼠径部……オレの獲物は、かなり狙いにくいが、どうにか狙いをつけれている。


「カミラ、カウントダウン、3から頼む。ククリ、0に合わせて、撃つぞ」


「了解っす……っ」


「わかった……っ」


「では、3……2……1……0っ!」


 カミラの言葉に合わせて、毒をまとった矢が放たれる。それらは高速で飛び抜き、それぞれの獲物を射抜いていた。


 見事に、二人とも成功だ。ククリの獲物の鼠径部には、矢が深々と突き刺さり、麻痺の毒が回っていく。オレの獲物は、鼠径部を射抜かれている……眠りの矢だ。激痛でも、眠ってしまえる、強力な睡眠薬……。


 さて。オークどもに効くのか?


 効かないなら、即死させねばならんがな。オレは、保険をかけてもいる。『ターゲッティング』の呪術を、連中の首根っこに仕掛けていたよ。連中が毒に耐性があるのなら、『風』を放ち、ヤツらの頸動脈を切り裂くつもりだ。


 だが。連中は、騒がない……オレの獲物が、ゆっくりと前のめりに倒れていた。ククリの獲物は、ピクリとも動かない。


「オットー?どうだ?」


「……ええ。両者ともに、『麻痺』、『睡眠』の毒が回っています。有効ですよ、この作戦は」

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