第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その13


 敵情視察としては、それなりに充実した瞬間だったよ。こういうとき、頼りになるのがオットー・ノーランだな。サージャーの三つの目は、オレの魔眼では見つけられない細かな魔力の流れを感知してくれていた。


 オットー曰く、あのキャンプにいるのは140人ほどらしい。半数近くは負傷者のようで、魔力が弱まっているそうだ。おそらく、マニー・ホークの治療を受けていた者たちだろう。


 残りの70人程度のうち、錬金術師の割合はどれぐらいか?


 予想は難しいな。フィールドワークに出かけている錬金術師もいるからだ。護衛が40人ほどと適当な見当をつける。あの広さのキャンプ地でも、それだけいれば十分にカバー出来るだろうな。


 『アルテマの使徒』たちに対する警戒が無いように見えるのは、彼女たちを攻撃し、そして襲撃もされたことで、大した戦力がいないと高をくくっているからだろうし―――おそらく、偵察兵をカーリーン山に向かわせているからだ。


 有能な偵察兵が、カーリーン山と、あのキャンプ地点のあいだに潜んでいるのさ。『アルテマの使徒』たちが山に引きこもったまま、動きを見せていないことから、そろそろ山に登ってくるかもしれない。


 有能な偵察兵なら、より多くを知りたがるはずだ。


 まあ、それでも構わん。近づけば、ミアが見逃すはずがない。あの山で生まれ育った『メルカ・コルン』たちもいる。彼女たちに任せておけば、その偵察兵どもは殲滅できるさ。


 さてと。


 偵察兵の位置を考えれば……もう一つ、見当がつけられるな。


 『キャンプ地』には荷物も多い。資料も食糧も、あらゆる物資が置かれていただろう。それに、ケガ人もいる。


 だが。あの拠点の防衛力は、現在は最低限度しかない……あまりに不用意であるように見えるが、偵察兵からの合図に即応し、十分な戦力を集結させられる距離に他の連中がいるのだと考えれば、不自然さは消えるな。


 ここから、そう遠く離れてはいない場所に、連中が潜っている『地下』のダンジョンがあるのかもしれない。


 偵察兵の知らせで、すぐにキャンプ地に戻れるまでの距離に、その魅力的なダンジョンがあるんじゃないかということだ。


 その予測をククリに聞かせると、彼女は、かなり信頼性がおけそうな答えを口にした。


「……『ベルカ』は、あのキャンプ地から15キロほど南東に行った場所にあった」


「……その跡地には、地下の迷宮があるのか?」


「掘り返せば、そういうものはあるよ。迷宮かどうかは、分からないけど。地下水道や、鉱脈を掘るための坑道なんかもあるはず……元々、滅びた王国の城跡に、『ベルカ・クイン』が、『コルン』たちを引き連れて入植したんだ」


 様々な小王国の攻防が繰り返された結果、大地には複雑な履歴を帯びた穴が残ったか。


「『メルカ』は、滅びた『ベルカ』を探索しなかったのですか?」


 オットー・ノーランは質問する。たしかにな、その場所は魅力的なものだろうに。


「もちろんした。だが、必要以上には、地下を掘り返しはしなかった」


「どうしですか?」


「危険だから。この土地の地下は、基本的にモンスターの巣だ。それに、『ベルカ』の罠も残存しているだろう……そんな土地に潜るのは、危ないだろ?」


「……それだけですか?」


 探検隊出身であるオットーは、ククリの言葉に疑問を覚えたようだ。


 たしかに危険な土地だからといって、探索をあきらめる理由にはならない。大きな遺産がそこに眠っているのだからな……。


「……長老は、『クイン』だから認めたがらないが」


「……ルクレツィアが……というか、代々の『メルカ・クイン』たちのことか?」


「うん。『メルカ・クイン』たちは、警戒しているんだと思う」


「警戒?」


「……『ベルカ・クイン』の『叡智』を回収してしまうことを」


「『クイン』同士は、『叡智』の取り合いが出来るというハナシだったな?」


「そうだよ。もしも、『ベルカ・クイン』の『叡智』を、回収してしまったら……12人に分けられて創られた『クイン』が『一つになる』……」


 『クイン』のことを、ルクレツィアは『劣化した分身』と表現していた。分身、それが『一つになる』。錬金術的な発想なのかは、判断しかねるが、その行いには大きな不安を覚える。


 分割されたモノが、集合する。『分割される前の存在』に、近づいてしまいそうだな。つまり、『星の魔女アルテマ』に―――。


「……自分に、11人もの『自分以外の記憶』が宿ることを、喜べるかな?」


「……いいえ。それでは、自分が自分ではなくなりそうですね」


「そうさ。だから、『メルカ・クイン』は警戒しているんだ。自分が消えて、『星の魔女アルテマ』そのものみたいな、『何か』に化けるかもしれないって」


 性悪な魔女に化けるか。それは、避けたいことだな。それに、もしもアルテマが『ホムンクルス/12人に分けた分身』たちを、そうなるようにデザインしていたら?……自分に戻るだけで済むだろうか?


 それぞれが、それぞれの分野で、より『進化』した状態で、一つに戻ったら?12倍強いとは言わないが……それは、かつての『星の魔女アルテマ』と同等というレベルで済むのだろうか?


 錬金術のテーマは、『より強く』。ならば、アルテマも、千年かけてそれを成してしまう可能性があるんじゃないのかね……?


「―――アルテマの錬金術なら、それを仕組むことだって、きっと可能だ。だから、長老も『ベルカ』を探ろうとはしない……それを探れば……『アルテマの呪い』を解呪することも出来るかもしれないのに」


 『アルテマの呪い』。ジュナ・ストレガを死に追いやった、あの呪病……。


「……男に抱かれたら、身を刻まれる呪いが、解ける?」


「ああ。それがある限り、私たちはフツーのヒトには戻れない」


「フツーのヒト?」


「うん。愛する男の子供を産めば、その子は、きっと、『ホムンクルス』じゃないだろ?……『ヒトを産みたい』、『ヒトの母親になりたい』。私たちの、数少ない夢の一つが、それなんだ……っ」


 ……これは、おそらく当事者にしか分からぬ痛みだろうな。『ホムンクルス』であることは、『枷』なのだろう。ククリたちは……『メルカ・コルン』たちは、その『枷』から解放されたいという願望があるように思えた。


 ヒトへの憧れとでも言えばいいのか?


 『ホムンクルス』であることを自虐し、その出自が大きなコンプレックスとなっている『メルカ・コルン』たちは……ヒトになりたいようだ。


 気にするな。その言葉では、救えないことなのかもしれない。まったく、思春期の娘が背負うには、大きな悩みだな。否定したいほどに、己の存在を呪うか。


 ……ああ。


 そうだな。悩んでいるのは、『彼女』も同じか。背中にいるカミラ・ブリーズが、とんでもなく小さな声で、ごめんなさい、と謝っていた。


 カミラにも、背負わされてしまった『力』がある。


 第五属性、『闇』―――ヒトではない『吸血鬼』が使役する『力』。


 属性を選ばず魔力を喰らう、使いこなせれば最強の『力』だよ。


 そうさ、『呪術』が魔力で動く以上……カミラの『闇』ならば、あらゆる呪術を喰らって破壊出来るはずだ。


 だが、『闇』とて万能ではない。


 事実、ハイランド王国では、『呪い尾』にされ、醜いバケモノにされてしまった子供を、カミラの『闇』は救えなかった。300人分の生け贄の力に、歯が立たなかった。


 そして、今度は『ホムンクルス』たちにかけられた『アルテマの呪い』に出会ってしまった。この『呪い』も、カミラの『闇』では解くことが出来ないだろう。


 代々、千年も受け継がれた『呪い』は、生命の宿す魔力の構造そのものに絡みつくように沈着していしまっているのではないか?


 おそらく、殺すぐらい深く喰らわなければ、『呪い』は壊せないのではなかろうか―――それでは、無意味だ。


 ……その詳細について、オレの知識量などでは、とても理解できないが。


 『メルカ・クイン』であるルクレツィア・クライスは、カミラが『吸血鬼』であることを瞬時に悟った。そして、自分たちにかけられた『アルテマの呪い』をルクレツィアも好んではいなかった。


 もしも、『吸血鬼』の『闇』の『力』で、『ホムンクルス』たちから『アルテマの呪い』を取り除けることが可能ならば、ルクレツィアは、オレにカミラの『力』を貸してくれと申し出て来たさ。


 そうしなかったということは……そうしても無意味だということだ。


 カミラ自身も、自分の『力』が及ばないことを悟っているのかもしれない。だから、口惜しがっている。カミラは、オレを抱きしめていた。クマさん人形の代役をつとめられているのなら、うれしいよ。彼女のことを、ちょっとでも慰めてやりたいからな。


 ククリがいるんだ。カミラに『闇/呪術さえ喰らう力』のことを訊くことは出来ん。一瞬の希望のあとで、またより深い絶望の穴へと落ちていく……そんな少女の姿を見ることは、オレもカミラも望まないから。


 ……ああ、ちくしょう。『呪い』を解く方法があれば、いいんだがな。


 まさか、こんなことで悩むとは、なんだか意地悪なおとぎ話の主人公にでも、なってしまったような気持ちがするぜ。


「―――どうあれ、『青の派閥』が『ベルカ』の跡地に潜っていそうなことも分かった。現時点では、それだけは頭に入れておくぞ。敵の位置が分かれば、効果的に誘導することも可能だ」


「う、うん!」


「……はい!」


「了解です」


 ……どうにかしてやりたいものだな。『メルカ』の人々を、縛り付ける、その『呪い』。そいつを、噛み砕いてやりたいのは……君だけじゃないぜ、カミラ。


 オレは、スンという音とともに鼻をすすったククリの頭に、右手を置いた。やさしくな。セクハラと叫ばれることはなかった。


「……寒くないか?」


「うん。だいじょうぶ!……『プリモ・コルン』は、寒さに強いし!」


「そっか。そうだったな」


 『プリモ・コルン』。


 姉の称号を継いだ君は、その称号に誇りを捧げているようだな。そのことが、無力さに苦しむ今のオレには、何だか救いとなって感じられるんだ。


 錬金術師でもない、大賢者でもない、魔女でもない―――ただの蛮族でしかないが、我が妹分よ。君が、その『呪い』を耐えがたい苦痛だと思うのならば……。


 大地の底に潜り……『ベルカ・クイン』の残した資料を探すのも悪くない。


 錬金術には疎いがね。ヒトが持つ悪意ってものについては、少々、オレは鼻が利く。『ホムンクルス』たちは、似ているんだろう?


 『ベルカ』の『ホムンクルス』たちも、君たちと同じような存在。ならば、我が身を縛る嫌悪すべきその『呪い』について、解呪したいと願ったこともあるだろうさ。


 君たちが『ベルカ・クイン』との『一つになること』を恐れて、『墓』に近づくべきでないのなら、オレたちはどうだ?


 『ホムンクルス』でないオレたちなら、『一つになること』は起きないだろう?オレたちならば、猟犬のように、そこを嗅ぎ回れる。モンスターがいたところで、殺してしまえば問題は無い。


 そして、そのダンジョンで、何かしらの情報を見つけられたら……その『呪い』を解く手がかりにならないだろうか。


 ……まったく!不確定すぎて、約束もしてやれんとはな!!口惜しいぜ。だが……今は、成すべきことを成すぞ!!


『……かわが、ふえてきた。いけも、たくさん……ぬまちだ!』


 そうさ。悩ましいことは多い。だが、作戦地点にやって来た。頭を切り換えねばならん。『パンジャール猟兵団』として、『プリモ・コルン』として。我々は、最強の戦士として、『メルカ』を守る任務がある。


「……ククリ。教えてくれるか。『醜い豚顔の悪鬼/オーク』どもの巣は、どっちだ?」


「まかせて、ソルジェ兄さん。なあ、ゼファー、一番右にある小川を追いかけるんだ。そうしたら、すぐにヤツらの『町』が見えてくるぞ」

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