第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その10


「りゅ、竜の背に乗って、と、と、と、飛ぶんだよなあ!?」


 ククリは涙目である。『コルン』と『クイン』は、やっぱり似ているトコロがあるようだ。メンタルが、意外と脆いようだな……。


「怖がる必要はない。オレとゼファーが君のことを絶対に落とさない」


「それに!自分もいるから大丈夫っす!!自分、皆を巻き込んで、『コウモリ』に化けて空を飛んだり出来るっすから!!」


「カミラ殿、空まで飛べるのか!?……スゴいっ!!いい呪いだっ!!」


「ソルジェさま、褒められちゃいました!!」


 第三夫人の『吸血鬼』さんが喜んでいるので、オレは彼女の頭を撫でてみる。


「よしよし。良かったな」


「はい!!自分、良かったっす!!」


「……さてと。ククリよ、これで、安心出来るな?オレ、ゼファー、カミラの三段構えだぞ?もしもはありえない」


「わ、わかった!!私も、『メルカ・コルン』のトップだ!!根性を見せる!!」


「その意気だ」


「ああ。め、目隠しをしてもいいかな!?」


 ……想定外の言葉を浴びると、ヒトは固まるものだ。虚を突く。戦術の基礎であり奥義でもあるが―――まさか、我々、三人の猟兵を相手に、その虚を突いてくるとはな。


 さすがは『メルカ・コルン』のトップ……そう感心すべきか?


 いいや。違うな。ただキョトンとしちまっただけのことだ。


「……目隠しって、言ったのか?」


「あ、ああ!!そうだ!!目隠しだ!!見えなければ、大丈夫だろう!?」


「そ、そうっすかね……?かえって、恐いような気がするっす」


「そ、そんなことはないと思うのだ!!だって、見えないんだ!!高いトコロかどうかも分からないだろ!?」


「君がそれでいいなら、オレは構わんが……」


「ああ。頼む、ソルジェ兄さん。この布を使ってくれ!!普段は髪を結っているリボンだが、目隠しに使えないこともないだろう」


 そう言いながら、オレの手は赤いリボンを受け取るよ。妹分が、くるりと回って、オレに背中を向けた。


「さあ!!兄さん、私を縛るんだ!!キツくな!!」


 彼女は何を言っているのだろうか?……いや、分かっているよ。このリボンを使って目隠ししろというのだろう?まあ、本人がそれでいいなら、まあ、いいか?


「分かった。じっとしてろ。キツく縛ってやるからな」


「あ、ああ。頼んだ」


 なんとも不思議な作業がスタートしたよ。黒髪の美少女『ホムンクルス』に、リボンで目隠し?このリボンの生地はそれなりに厚いから、目隠しにはなるが……。


「……完成したぞ?」


「ほ、ホントだ。見えない!!」


「だろうな。目隠しをしているわけだからな」


「……しかし。これだと、うむ……歩行もおぼつかないな」


 ククリはそう言いながら、フラフラと歩く。ちょっとした段差があればつまずいて、そのまま転けてしまいそうだ。


「それで、ゼファーちゃんの背に乗るんすか……?」


「あ、ああ。これならば完璧だ!見えないだけに、恐くない!!」


 見えないからこそ、かえって恐そうだと考えているオレたちに、彼女は前向きな予測で返答して来たよ。本当にそうだろうか?……オレたち三人の想像力は、別の答えにたどり着いているが、どうしたもんか。


『じゃあ。ぼくのせに、のって!』


「う、うん!!こ、ここかな!?」


『うん。そこだよ、くくり!』


 手探り状態だが、我が妹分でああるククリは、見事にゼファーの背によじ登っていた。だが、進行方向とは逆である。尻尾が生えた方向を向くように、ゼファーの首のつけ根あたりに座っていた。


「……ククリ、前後が逆だぞ?」


「そ、そうか!じゃあ、こんなカンジだよな!?」


 彼女はくるりと前後を反転させた。うむ。一般的な乗り方だ。そちらの方がいい。後ろ向きだと、後ろに転がり落ちるような力がかかる。それに、あれだと彼女の背後に座る予定のオレは抱きつかれる。


 ククリに抱きつかれることを嫌うわけではないが、もしも、パニックになった彼女が、オレに抱きついてしまうと、手足の動きが制限されてしまうからな。一緒に、ゼファーの背から落ちるという失態を晒す可能性も出てくる。


 それを防ぐためにも、彼女は前を向いて座るべきだ。うむ。そうだ、今の形でいいんだ。あとは目隠しを外して前を向くべきだと思うんだがな……。


 まあ、いいか……。


「よし。乗るぜ、カミラ、オットー!」


「了解っす!」


「ええ。了解」


 そして、ゼファーの背にオレたち四人は乗ったよ。前からククリ、オレ、カミラ、オットーの順番だ。


「ゼファー、飛んでくれ!!」


『うん!!じゃあ、いくよ、みんな!!』


「う、うひゃああ!?」


 ゼファーがゆっくりと身を起こした。脚を伸ばして、その漆黒の翼で空を支配するために、大きく左右に広げていった。午後の天空に、巨大な黒い翼が伸びる。


 山頂からの冷たい風を、その翼に受け止めながら―――ゼファーの脚が大地を疾走し始める。脚力任せのジャンプから羽ばたくのではなく、怯えるククリのために、ダッシュで加速をしてから、そのままゆっくりと空に昇るつもりなのさ。


「ど、どうなってるんだ?は、走ってるみたいな音がする!!」


「走っているんだ。加速している。スピードを帯びて、空へと飛ぶ気だ」


「そ、そうなんだっ」


『あんしんしてね、くくり。あまり、ゆれないように、とぶからね』


「……ゼファー……す、すまない。気を使わせてしまって……っ」


「構わないさ。ゼファーは紳士であることを学ばなければならない。竜騎士の竜は、騎士道を体現する責務があるからな」


「……そうか。えらい子だな、ゼファー……それに比べて、私は、ビビり過ぎている」


「なら。どうする?」


「……う。目隠しを取ってくれるか、兄さん。目は、つぶっているけど……なんだか、そこまで逃げるのは、違う気がする……」


「ああ。待ってろ、外す」


 そう言いながら、オレの指は、さっき彼女の頭に巻き付けたばかりのリボンを、外していたよ。ゆるめて、上にずらして。左手の指に絡めるようにして握った。


 もうゼファーはかなり加速しているし、飛ぶために最適な風が、山頂にある青い氷河から、こちらへ向けて降り注いでいた。


「ゼファー、いい風だ!!乗れ!!」


『うん!!わかったよ、『どーじぇ』!!とぶよ、くくり!!』


「う、うん!!」


 ククリはそう言いながら、指と脚で、ゼファーの首を締め上げる。オレは、彼女のバランスが崩れても、すぐに支えられるように右腕をフリーにしたまま、ゼファーの飛翔を待ち受ける―――。


 風が背後から吹いて、ゼファーの翼をそれを掴む!!


 脚の先から生えた、太い爪が『メルカ』の白い石畳を削るように圧して、その巨体を空へと浮かばせる。


 風はその瞬間に我々が予定していた通りに強くなり、広げられた翼が、風を浴びて、ゼファーの体を点に誘った―――。


 飛翔が始まる。ククリの緊張感が移ったのもあるだろう。最近のゼファーにしては、やや固い動きだ。100%ではない。ゼファーもまだ未熟な幼き竜。乗り手のことを考え過ぎると……技巧が崩れてしまうのさ。


「……80点だ。十分な出来だぞ、ゼファー」


『う、うん。つぎは……ひゃくてんまんてんを、めざすよ!!』


 乗り手を守る。乗り手のために、技巧を歪める。すばらしい発想だが、それでも完璧ではない。気負いすぎると、技巧は崩れる。


 相手に合わせすぎて、失敗することがある。とくに、緊張感の強い者の存在は、飛翔という動作の枷になるのだ。ゼファーは、考えている。反省しているのさ。庇おうとし過ぎて、体が硬くなり、自分の出せるはずの力が、出せなかったことを。


 天空に遊ぶ冷たい風に打たれながら、ゼファーは平常心という心理の奥深さを知ったようだ。いい教訓になった。


 失敗する。


 それは戦士をより上に導くための情報を得るための、最高の手段の一つだ。


 ゼファーは乗り手に自分をどこまで合わすべきなのか。その作用と、副作用はどういったモノなのかを学べた。いい試みになったよ……っと?


 風に煽られたククリが、オレの胸元に後頭部をぶつけてきた。鎧を脱いでいて良かったよ。後頭部にたんこぶ作らせちまうところだったな。


「うわあ?……風が強いし、なんか……フワフワしてるけど、もう、飛んでる!?」


「ああ。いい景色だぞ。青く、どこまでも広がる景色のなかに……雲海が見える」


「……に、兄さん!」


「なんだ?」


「私、目を開けてみるから!!だから……ぱ、パニックになって、暴れて、落ちてしまわないように……抱きしめていてもらえると、ありがたい」


「ああ。お前の腹に腕を回すぞ」


「お、おお…………」


 沈黙する。ククリは眼をあけるタイミングを探しているのだろう。オレの腕は、もうククリを捕まえている。準備は万端なんだがな……。


 勇気がいることなのだろう。だから、オレは焦らない。黙ったまま、ククリ・ストレガの勇気を待つのさ。ククリの指が、彼女の腹に回った腕に食い込むような力を入れてくる。


 痛いかだと?


 いいや、シスコン舐めるな。妹分の攻撃に、痛みを感じるほど、オレはぬるいシスコンではないのだ。


 『ホムンクルス・コルン』の全力の握力を前腕の筋力で受け止めながら、ただ彼女が空を識ろうとする瞬間を待つ―――。


「……あ」


 言葉が口からこぼれ、不安が指に込める力を強くする。だから。オレは空を識ろうとしている少女に、告げるんだよ。


「怖がらなくていい。空にようこそ」


 体の震えが消える。空を飛ぶことの歓喜が、自虐的な『ホムンクルス』の体を駆け巡っていく。ククリは、強い風の下を流れる、巨大な白い雲海を見つめ、あるいは、心を奪うほどに青い、蒼穹を見上げた。


 心拍が躍動するのを感じたよ。瞳は、あらゆるものを見るために、移り気を帯びた視線を激しく動かせる。空の全てを把握するための、欲深な要求のままに、ククリは空で笑うのさ!!


「……青い空と、一つに融けているみたいだ……っ!!私、飛んでるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 空を識った乙女は、歓喜に揺れる歌声を蒼穹に捧げていたよ。見果てぬ青が世界の果てまで続く、この圧倒的な自由な場所。この青に、また新たな魂が魅了されていくのを、オレは悪者みたいにニヤけた唇で祝福する。


「歌ええ!!ゼファーああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜の歌が蒼穹に響き―――その翼は、より空を乙女に教えてやるために、力強く風を叩いたのさ。ゼファーは加速し、天空の支配者であることを示すため、風よりも速く飛翔した。


 ククリの悲鳴と歓声が混じった歌が、蒼穹を飾ったよ。空の青は、心を奪いに来る。魔性の色さ。そいつは、恐くて、嬉しくて、楽しくて……とんでもなく美しい。


 そして、叫びたくなるほどに、自由の広大さを体感させるんだよ。


 オレたちは、圧倒的な自由のなかで踊る竜の背に乗ったまま、大きな声で笑うんだ!!

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