第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その8
情報は十分過ぎるほどに集まった。あとは、優先順位を決めるだけのことだ。
「オットー。『青の派閥』のキャンプ地への偵察、『ストレガ』の花畑の状況の確認、沼地のオークの拉致……そして、『ホロウフィード』への潜入。一体、どれからすべきだと思う?」
「まだ、日が明るいですからね……キャンプ地への偵察は、夜中がいいと思います。『ホロウフィード』への潜入は、ターゲットその2が逃げてしまう可能性もありますが……その2を特定出来る情報はありません」
その2を特定出来ていない状況では、時間のロスがあるか。片っ端から探せば、見つかりそうだが……効率を重視すれば、無意味な時間を消費するかもしれない選択は、すべきではないな。
「わかった。じゃあ、沼地行き決定ということでいいか?」
「ええ。オークの拉致も早いほうがいいでしょう。敵が『情報』を求めて、『メルカ』を全力で攻めることを選ぶよりも先に、花畑の情報をくれてやれば―――」
「―――敵軍の動きを、そっちに向けられるってことね!!つまり、『メルカ』は少し安全になる!!」
「そういうことだ。『ストレガ』の花畑の確保、連中がここに来た目的は、そもそもがそれのはずだからな」
他にも『地下』で何かをしているようだが、さすがに『ストレガ』の花畑の情報なら、食い付くだろうよ。
「……スケジュールは、このパターンが良いのではないかと思います。まず、『ストレガ』の花畑の有無を確認する。そして、オークを殺すか生け捕りにして、『ストレガ』の花を腰布にでも巻き付けたあげく、『黒羊の旅団』に発見させる」
「沼地のオークだと気づかせる方法はあるかい、ルクレツィア?」
「……んー。ククリ、何かある?」
皿洗いを終わらせたククリは、長老のかたわらに戻っていたよ。護衛をしているのかな。あるいはこのミーティングに参加したいのかもしれん。ジュナに代わり、彼女は『メルカ・コルン』たちの『筆頭戦士』。
この土地を守る責任が、ククリにはある。その責任を果たしたいのだろうよ。
「長老。『フラガの湿地』にいるオークの肌は、『暗褐色の個体』であるものが多いんだ。連中は、縄張りの巡回もよくしている。敵の兵士たちも、見たことがあると思う」
「フフフ!理想的な情報ね!ソルジェ殿、その『暗褐色の肌を持つオーク』なら、『メッセンジャー』として最適みたいよ」
『黒羊の旅団』は十分な実績に裏打ちされたベテランどもだ。オークの肌が特徴的な色をしているのなら……すぐに『フラガの湿地』を嗅ぎつけるか。
「上手く誘導出来そうだな。ありがとう、ククリ。助かった」
「そ、それは、良かったぞ、ソルジェ兄さん!」
「……作戦は固まったのか?」
リエルの声だった。彼女とカミラ、そしてククルが、そろってこの食卓に戻ってくる。
「ああ。これからゼファーで南にある『フラガの湿地』に行く。沼地だ」
「沼か……『樹霊』がいるかもしれないな」
「ああ。だが、そこに居住地を構えているのはオークのようだ」
「オーク?あの不細工さんなモンスターっすか?」
「ああ。そこに『ストレガ』の花畑があるのさ。この土地では、最後の『ストレガ』の花畑だ」
「うむ。そこを破壊するのだな?」
「そうだな……詳しい作戦は、ゼファーで移動しながら教える」
「―――団長。ちょっといいですか?」
今回の副官であるオットー・ノーランが、テーブルに地図を広げながら発言した。彼の言葉に耳を貸さない理由はないな。
「どうした、オットー?」
「『ストレガ』の花畑を処分するだけなら、少人数でも十二分に可能です。もちろん、オークの数が多すぎた場合は、一度撤退して作戦を練り直す必要もあるでしょうが」
「……ククリ。どれぐらいの数が棲息しているんだ?」
「およそ、300。この辺りにいる個体よりも、若干ながら強い。槍や斧を使う者もいれば……近くの古城から、掘り出してきた鎧を身につけている連中もいる」
なかなかの戦力だな。
「花畑の警備は、どんなだ?」
「時期による。花蜜があふれる夜は、熱心に守っているが……新月まで、三日ある。警備は、薄いははずだよ。守っていたとしても、十数匹ってところだろう」
「……花畑が無くなったら、ヤツらは沼地から消えるか?」
「消えないと思う。ヤツらは、沼地に牛や豚を沈めて、腐らせる。それを、喰ってる」
「とんでもない食文化だな」
「泥を食べると、胃腸のなかの寄生虫が死ぬのよ。あの土地の沼は、鉱物がたくさん融けているはず……ヤツらなりの、健康維持方法かも?ヒトでは、そんなものを食べたりした日には、死ぬけどね」
偉大な賢者、ルクレツィアがその事実を教えてくれたよ。寄生虫を殺すために、沼地の泥をすするかよ―――毒をもって毒を制すを地で行くということか。
まったく、どうかしているな。オークごときの雑魚に、みょうな恐怖心を覚えたのは初めての体験だ。美味しい料理を食べたあとでは、本当に不快な存在に思えてくる。
「……とにかく。『食料庫』であるのなら、花畑が消えたとしても、問題はなく、その土地にいるでしょう」
「ああ。オークの群れと『黒羊の旅団』を衝突させられそうだな」
「ええ。団長。人員を、分けるべきかと?」
「……この『メルカ』を守るためにか」
「はい。『黒羊の旅団』の精鋭の偵察兵が、この町を偵察しに来る可能性もあります」
「偵察兵か。帰すワケにはいかんな……情報は、敵に可能な限り与えたくない」
「なら!!お兄ちゃん!!ミアが、残る!!『黒羊の旅団』が隠れそうな場所は、全部、ミアなら分かるもん!!」
ふむ。たしかにそうだな。ミアなら、偵察兵の居所を見破れるだろう。
「そういう場所を教えて下さるのなら、私たち『メルカ・コルン』が一掃します!」
弓使いのククルが自信満々だ。ふむ、ミアが敵の潜伏場所を嗅ぎつけて、『メルカ・コルン』たちが取り囲むか。いい連携になりそうだな。
ククルはマジメそうだ。そういう人物は、攻撃に向く。作戦通りの攻撃で、敵を殲滅する……先手必勝の性格さ。
「ふーむ……防衛力の強化か。ソルジェ団長、私も残ろう」
「リエル?」
意外な提案だった。敵を攻撃することを好む、エルフの弓姫にしては珍しいな。だが、たしかに『防衛力の強化』を考えれば、彼女がここに残るべき理由もあった。
「―――『エンチャント/属性付与』か」
「うむ。『メルカ』の戦士たちの、矢に、『炎』の『エンチャント』を刻みたい。あるいは刀でも槍でもいいが……武器の威力を上げることで、敵の襲撃に備えさせたいぞ」
「まあ。エルフちゃん、そんなことが可能なのね?」
「ああ。ルクレツィア殿よ。私に任せておけ。『炎』でなくとも、『風』の『エンチャント』で、射程を伸ばす矢も作れる。少数精鋭の部隊ならば、使いこなせてくれるだろ?」
うむ。さすがは森のエルフの王族である、うちの弓姫だな。頼りになるぜ。サポート能力が、アリューバの旅で上昇しているな。フレイヤ・マルデルと共に、『エンチャント』を使い続けた結果か。
「……よし。リエル、ミア。『メルカ』の守りは任せたぞ?」
「うむ。任せろ、ソルジェ団長」
「うん!大丈夫だよ、お兄ちゃん!敵がいたら、必ず仕留めるよ」
「……深追いはするな。あくまでも守るべきは命。誰も死なないのが理想だ」
その言葉にリエルとミアはうなずいてくれる。それに、ルクレツィアもな。オレは指揮官である彼女にこそ、さっきの言葉を伝えたいんだよ。
「ええ。分かっているわ。旗色が悪くなれば、上手に撤退させるわよ。崖を降りるルートがあるの。人命と都市、どちらが大事なのかぐらい、分かっているわ」
「……ゼファーで、周囲に敵の大軍がいるかどうかを確認しながら、『フラガの湿地』に向かう。大軍はいないとは思うが、念には念を押すべきだ」
「分かったわ……あ。そうだ」
「何か思いついたのか?」
「『メルカ』側も、戦力を派遣すべきかなと」
その提案に、副官オットーが食い付いていた。
「……たしかに。レミーナス高原に詳しい人物の案内があれば、作戦の進捗がはかどりますね」
「でしょ?私直々に行ってあげたいところだけど……あの『トカゲ』の解剖が残っているしね?」
そうだった。ジュナの腹に仕込まれていた、『リザードマン』。ヤツを解剖することで、偉大な錬金術師ではあるルクレツィアならば、何かを察知するかもしれない。
「……錬金術には、どうしたって癖が出てくるものよ。同じような効能にいたる薬品が二つあれば、性格がそのチョイスを支配する」
「……性格診断もいけるのかい、占星術の使い手殿?」
「いけるわ。敵の道具を分析し、敵の哲学を紐解くわ。どんな錬金術師なのか、多分、私には分かるわよ」
『星の魔女』の『叡智』と、『メルカ・クイン』たちの千年の知識を持つルクレツィア・クライスならば、その難解な作業をこなしてくれそうだな。
「ソルジェ殿が戻ってくるまでに、敵の人物像を分析しておいてあげるわ。楽しみにね」
「ああ。君の有能なトコロを、見せつけてくれよ」
「ええ。感心して、褒め称えてくれると、お姉さんは嬉しいわよ。さーて。と、いうことで―――うちから派遣するのは、ククリに決定よ?」
「え?わ、私は、警備の責任者だぞ!?」
「長老の決定だから、従いなさい」
「で、でも!?」
「……竜と魂で契約しちゃっている、竜騎士殿には分かると思うんだけど。魔力構造を特殊な契約で接続することで、時間と空間を超えた意思疎通が可能となるわ」
「ああ。オレの魔眼と、ゼファーの心は、つながっている」
「ククリとククルのあいだにある絆も、通常の『アルテマの使徒/ホムンクルス』よりも強いのよ。貴方と竜ちゃんの機能に、類似した効果が期待できるわ」
「……遠距離でも、『心をつなげられる』?……ディアロスと『ユニコーン』や、オレとゼファーのようにか?」
「ええ。そうよね、二人とも?」
「はい」
「……な、なんとなく、ふわっと伝わるんだ。あまりに距離が離れると、薄らいでしまうが……レミーナス高原のあいだぐらいなら、聞こえると思う」
「いい能力だ。これで、もしも『メルカ』が敵に襲われても、全力で戻って来ることが可能になる」
「そうよ。だから、行きなさい、ククリ。『フラガの湿地』にも、貴方は詳しいんだからね。戦略的に、ベターだと思うけれど?」
「……わかった。ククル。『メルカ』を頼むぞ!!あと、長老のこともな!!」
「ええ。任せて。どっちも守る。ククリは、兄さんたちを手伝ってあげてね」
「……わかった。では、ソルジェ兄さん!よ、よろしく、頼むぞ!!」
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