第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その7


 妹分たちの作ってくれた牛肉料理を堪能したあとで、オレたちはしばしの安らぎの時間にひたっていたよ。ああ、やはり牛肉はすばらしい存在だ。人類の胃袋に、これほどの喜びを与えてくれる肉は、他に無いかもしれない……。


 とくに、ボリュームを味わうときには最高にいいね。肉の線維が強くて、噛みごたえがある。自分が肉食獣だってことを実感出来るよ。


 肉を食べた充実感が、幸せを呼び込む。オレたちはしばらく、満腹になった胃袋を抱えたまま、イスの背もたれに体重を預け、食後の紅茶を楽しみながら時計の針が動いていく様子を見守っていたよ。


「いいお肉だったね、お兄ちゃん……っ」


「ああ。『メルカ牛』は最高に有能だな、ミア……っ」


 食文化を体感することで、旅人だけが楽しめる充実を得られる。こいつは旅人の特権だな。美味い料理を食べられるということは、人生において最大級の喜びの一つ。


 舌に慣れた味を生涯楽しみつづける幸福もあると思うが、旅先で様々な食文化に触れるというのも、見識を広めることに役立つし、独特の楽しさがあるね。個人的な見解だ。ヒトによってはそうじゃないことも知ってるよ。


 異文化の食事に文句を言う旅人は多いからね。いや、異文化そのものを嫌う者も多い。正直、世の中の過半数はそうだろうな。


 ヒトの群れとは、そういうものだ。『異物』に嫌悪感を催す者ばかりいる。でも、さすらうことが常であるオレたち『パンジャール猟兵団』は、ヨソサマの文化を楽しむことにしているよ。


 そっちの方が、日々にもたらされる幸福が多い気がするし、成長出来る気がするね。


 雑学も増えるしな……?人生を楽しむコツだろ、知識を増やして、目に見える世界の意味を探れるようになることも。


 メシを喰らうだけでも、色々と分かることもあるのさ。『メルカ牛』の肉質の良さを知ることで、オレたちはこの土地の牛たちが、ずいぶんと改良された種だということを知れているしな。


 あの味は野生の牛ではムリだ。ながい世代をかけて、より食文化に適した肉質になるよう『アルテマの使徒』たちが改良していったのさ。


「……そう思うんだが、間違いか?」


「いいえ。正解よ」


「君たち、『メルカ』が創った牛かい?」


「……元祖は、そうじゃないわ。北の小国たちが飼育していた角と足の短い牛たちが、原種ね」


 短足の牛は食肉になる部分が多い。なるほど、合理的な選択ではあるな。


「その国が滅びたあと、野生化した牛を……私たちの同胞である『ベルカ』が飼い始めたのが、さっき食べた牛の始祖になるわね」


「ふむ。想像以上に長い歴史をもつ牛のようだな」


「そうね」


 ……このバシュー山脈は、乱立する小国が、お互いを滅ぼし合って来た戦乱の歴史を持っている。標高が高く、取れる食糧は決まっている。住みにくい土地だ。


 それゆえに大きな国家は作れなかったが、それでも小さな国たちが、栄枯盛衰と弱肉強食の法則に従って争いを繰り広げてきたそうだ。豊かな鉱物資源を目当てに、外からも多くの移住者や、建国者たちがやって来たのだろうな。あるいは侵略者も。


 だが、『メルカ』と『ベルカ』は、それらの歴史に大きく関わることはしなかったようだ。


 それはそうかもしれん。『アルテマの呪い』のせいで120人しかいないのだからな、領土的野心を抱くこともなく、錬金術の研究ばかりを続けていたらしい。レミーナス高原は、『ホムンクルス』たちの楽園だったのさ。


 結論から言えば、『メルカ牛』の基礎となっているのは、『ベルカ』の研究だった。『ベルカ・クイン』の研究テーマは、『人体錬金術』―――『生命をより強くする』のがテーマだったようだ。だが、『ベルカ』の総人口も120人だけ。


 自分たちを実験台にしてしまえば、すぐに滅びる。外部から仕入れてくる『実験台』が必要となった。


 どうしたかというと、『ベルカ・クイン』はときおり『ベルカ・コルン』たちを使って、近隣の小国や村から男を誘い出していたらしい―――『雪女』伝説の謎が解けたな。


 『ベルカ・クイン』は、その男たちを実験材料にして、『人体錬金術』の研究を進めた。だが、バシュー山脈の小国たちは滅びの定めを帯びていた。元々、住みやすい土地ではない。戦で消滅することもあれば、流行病などでも簡単に全滅する。


「―――親戚筋ばかりで婚姻していると、血の質が偏るのよ。その集団丸ごと、『同じ弱点』を抱えるようになる……『苦手な病気が一緒になる』。その苦手な病が流行れば、すぐに全滅するの」


「……ほーう。その理屈だと心配になるな」


「何が?」


「君たちは、大丈夫だったのかということさ。『アルテマの使徒』は、そっくりなんだろう、血の質が?」


 ……まあ、大丈だったから今でも生きているわけだがな。答えを知りながら問いかけているのは、酔っ払いだからじゃない。答えの『内容』を知りたいからだよ。


「ええ!私たちは、医学にも優れている。病が見つかる度に、研究をして……それらの病に効く治療法を確立してきたのよ」


「錬金術を応用しての医療知識か」


「そうね。かつて、バシュー山脈の小国たちは、私たちの医術を頼りにしていた。だからこそ、攻撃されなかったし……『ベルカ』がこっそりと住民を誘拐することにも目をつぶってくれていたのね。『ベルカ・クイン』は、見返りに流行病への治療法を提供したから」


「ふむ。『雪女』にさらわれていた連中は、実験台という生け贄だったのか」


「『代金』は支払っていたの。医術という代償を、『ベルカ』は国々に与えたわ。おかげで、病による滅びの危機を、何度も回避できた」


 やれやれ。ファンタジーさのかけらのない、実に殺伐とした『雪女伝説』だったな。人体実験用の誘拐が元になったハナシだったとはね。


「ちなみに、その誘拐には、私たち『メルカ』の民はしていないからね?」


「ああ。信じてる。君たちは、『人体錬金術』が研究テーマではなかったんだろう」


「ええ。我ながら地味だけど、占星術と薬草医術が専門ね。でも、『ベルカ』の医学に関しては、私たちも薬草医術を提供することで、手に入れることが出来ていたの」


「……なるほど。ライバルでもあるが、協力関係でもあったのか」


「山に追い詰められたことは恨んでいたけど、お互いの滅びまでは望んではいなかったからね。それぐらいの仲の悪さよ」


「国家間には、よくあるレベルの憎悪だよ」


「……まあ、三世紀前には、本格的に裏切っちゃったけどね」


「生きるための戦略ならば、仕方のないことだ」


「どうかしら?恨んでるでしょうね、『ベルカ・クイン』は」


「それはそうだろう。その裏切りの事実に罪悪感を抱けるのならば、せいぜい背負うことだな」


 罪から逃れて、過去を忘れて生きる……『メルカ・クイン』である君には、そんな行為は出来ないだろう。君は、その血肉に融ける歴史を、背負わされているからな。


「……ええ。同胞の命を売ってまで守った『メルカ』よ。『メルカ・クイン』として守ってみせるわ!」


「その意気だ」


「―――それで、ルクちゃん」


「なあに、ミアちゃん?」


「牛さんの改良は、どうなったの?」


「ああ。それはね―――」


 ルクレツィアのハナシは、とても長くて、時々、専門的な用語が飛び出した。その解説を彼女自身やオットーがしてくれたが、難解な説明ではあったよ。


 でも、ミアは自分の大好きな『牛肉』のハナシにならついていける。がんばって、寝ずに聞いていた。


 リエルとカミラは、それほどまでに『牛肉愛』が無いのか、ククリとククルたちの後片付けを手伝っていたな。オレは……ルクレツィアのハナシに熱心に耳を傾ける。


 肉を愛しているから?


 それもあるが、この土地を守るための『悪だくみ』に使える情報を探ってもいる。有能な肉牛や、畜産の知識……金にも化けるが、オレの頭のなかにある『悪だくみ』にも有効そうだ。


 まあ、本命は『医学知識』なんだがな。


 ルクレツィアの、現代の水準をはるかに超えた『医学知識』ならば……『連中』との取引も可能だとオレは考える。『青の派閥』と対立しているのなら、なおさら有効だろうさ。


 あとは、仲介出来る協力者がいれば楽なのだが……。


 『シンシア・アレンビー』。『青の派閥』の人体実験に反対している、派閥の錬金術師。マルコ・ロッサによれば、このレミーナス高原にいる可能性も少なくないという。


 情報が集まるにつれ、本気で探してみる価値が出て来ているな……やはり、一度は偵察に出向くべきだな―――。


「―――小規模国家たちは、『ベルカ・クイン』の医術を使っても、段々と滅びていったのね。だから、やがては『雪女作戦』も出来なくなった」


「さらってくる男そのものが、いなくなったんだね!」


「そのとおり!国が滅びてしまったから、『人体錬金術』の実験材料に困ったのね。そこで『ベルカ・クイン』は『家畜』を、『人体錬金術』の代役に選んだ」


「どゆこと?」


「『人体錬金術』とは、人体における要素を、自在にコントロールすること。筋力を上げるとか、筋肉量を増やすとか……病気にかかりにくくするとかね」


「……つまり、農業みたいなもんだね?肉をたくさん増やして、病気を予防する!!」


「そう!!いいセンスしているわ!!……人体実験が出来なくなった『ベルカ・クイン』は、筋肉がつきやすくて、病気にかからない牛の研究を始めたのでした!!『人体錬金術』の応用ね!!」


 その結果、『ベルカ牛』が完成し、『ベルカ』が滅びたあとは、『メルカ』がそれらの改良をつづけ、肉質の優れた『メルカ牛』を完成させたそうな―――。


「……ふむ。人体実験から、農業へか……不思議な転換だな」


「筋肉量うんぬんについては、似ている部分は多いしね」


「筋肉の多い人物の方が、たしかに戦士には向くな」


「ええ。仮に、『メルカ牛』で得た『人体錬金術』の知識を応用すると、筋肉量が多い割りに、力は低くて、性格はおだやか、そして脂肪がつきやすい方向性に、ヒトを作り変えることも出来ちゃうはずよ?」


「……そんな無能っぽいヒトを作ってどうするんだ?」


「たしかに戦士には向かないでしょうね。でも、ヒトの『質』を変えられるのよ、とんでもない錬金術だと思わないかしら?」


「そこは認めざるを得ない」


「それに、家畜で実験していた『ベルカ』にも、恐いところだってあるわよ?」


 恐い話を期待していたわけじゃないのだが。ルクレツィア殿は、オレに恐怖の物語を教えてみたいようだよ。


「……どんなだ?」


「家畜から、モンスターが産まれるのはご存じよね?」


「当然な」


 ……なんだか、本当にきな臭いことを言い出したな。


「家畜から産まれるモンスターを、『ベルカ・クイン』は強化していたわ。元々、食肉よりも、『モンスターを産ませやすい家畜』を創っていたようなフシがあるの」


「……そいつは、いきなり楽しい畜産の話題がかき消えちまうな」


 モンスターを増産でもするつもりだっただろうか?……『ベルカ・クイン』は、ルクレツィアに比べて、より『星の魔女アルテマ』へ近づいていたのかもしれないな。


「『人体錬金術』を志す錬金術師か。家畜から、モンスターを産ませるだけでは、すまなさそうだな」


「当たり前よ!いい『実験材料』だもんね!」


 モンスターをそう呼べるあたり、ルクレツィアも根っからの錬金術師サンだよね。探究心の前では、危険なモンスターを創造することさえ許容してしまえるようだ。


「色々と『ベルカ・クイン』はモンスターを創ったし、強化もしたわ!ああ、知能や頑強さを強めた。『醜い豚顔の悪鬼/オーク』もそうよ!!」


「ん?知能を強めた?……まさか、『フラガの湿地』にいるオークたちが、ヒドラの死体なんて『崇拝』しているのも、『ベルカ・クイン』の研究の影響か?」


「外のオークたちに、そういった行動が少ないのだとするのなら……湿地にいるのは、『ベルカ』の創った『強化型オーク/ダーク・オーク』の子孫かもしれないわね」


「……外のオークでも、発生から世代を重ねたオークたちには、一種の文化が確認されています。ですが、ヒドラの死体を『崇拝』するという行いは、聞いたことはありません。基本的に、自分たちの『先祖』を崇拝するのが、オークの信仰のようですし……」


「オークの村では一番デカいオークの骨を、連中が飾っていたというハナシを、酔っ払った冒険者から聞いたことがあるが……それも、戯言かもしれん。とにかく、ヒドラの死体を祀るオークを、オレたちは知らない」


「それなら、『ダーク・オーク』の子孫かもしれないわ。『私たち/メルカ・クイン』が創ったわけじゃないから、私にも、よく分からないわね!」


「そうかい」


「そうでしょ?『醜い豚顔の悪鬼』よ?……そんな不気味な連中の見分けなんて、上品な私にはつかないのよ!」


「……まあ。構わんさ。腕がいいオークであるのなら、それなりに狩る楽しみも増えるだけのことだ」

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