第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その6
「に、兄さん。どーぞ、こちらに!!」
「ああ。我が妹分ククルよ、ありがとう」
ククルも緊張しているようだが、ククリよりは素直であるようだ。ククルはオレのために食卓のイスを引いてくれたのさ。オレは、そこに座ったよ。
オレの横には左にリエル、その隣りにカミラ。右にはミア、その隣りにはオットーという配置で座らされていた。猟兵女子ズは、あのままゆっくりと眠れていたようだ。
マジメな森のエルフとしては、反省ポイントらしい。
「す、すまなかったな。まさか、寝てしまうとは……ッ。不覚だッ」
「いいや。アリューバから戦い続きだ。睡眠時間も削って、長距離移動。体が睡眠時間を求めているのさ」
「……それは、そうだが……」
「面目ないっす!ククリちゃんや、ククルちゃんの手伝いもロクにせずに、自分、ぐっすりと眠ってしまっていたっすッ!!」
家庭的な『吸血鬼』は、そこも気になっていたらしい。
「難解なお話しについて行けず、寝てしまうぐらいなら……学の無い自分は、料理のお手伝いに行くべきだったっすよ!!」
「……そ、そんな。大丈夫ですよ、料理は、ククリと私で十分でした。それに、お皿につぐのとか、皆さん手伝ってくれましたし」
「うう。ソルジェさま。ククルちゃんてば、本当に健気っす!!……ああ。もちろんククリちゃんも、とってもいい子っすよ!!料理の肉を、ペシペシ叩いて、軟らかくしてくれたのは、ククリちゃんですから!!」
「い、言わなくていいから!!」
「ウフフ。照れなくてもいいじゃない、ククリ?」
ルクレツィアが反対側のテーブルには座ったよ。その左右に、ククリとククルが座っている。『パンジャール猟兵団』と『アルテマの使徒』たちは、対面するように、その大きな木製のテーブルについたというわけだ。
いい配置だと思う。
お互いの顔を見ながら、食事が出来るしな。これは両者のあいだにある信頼や絆を、より深めるための行いでもあるからな。
「べ、別に、照れてはいないぞ、長老!!」
「はいはい。分かった分かった……」
まともに聞く気がないヒトの返事で、『クイン』は『コルン』の主張に対応していたよ。ククリは不満げに眉を寄せていたよ。
「……軽んじられている気がするぞ、長老っ!」
「ふう。長老って呼び名、そろそろ改めないかしら?」
「え?で、でも、長老は、長老だし……」
我が妹分は勇敢だな。あの年齢を気にしがちなルクレツィアに、堂々と『長老』という破壊力満点のワードを連発している。
オレが、もしも、その単語を口にしたら……?ものすごくにらまれるのは、火を見るよりも明らかだ。
烈火のような怒りと共に、どういう意味かと詰問して来るだろうな、ルクレツィア殿は……。
「ふう。悪気が無いから、許すけど。他の呼び方にしてほしいわ」
「ルクちゃん、村長とかは?」
ミアが『メルカ・クイン』殿に対して、気安くあだ名呼びをしていた。ミアは自分より戦闘能力や地位が下だと判断する女性を、ちゃん付けで呼ぶ癖がある。ミアは、ルクちゃんのことを、どこか馬鹿にしているのかもしれない。
たしかに、ちょっと残念なトコロを醸し出しているんだよな、あの世界一の錬金術師さんは。肝心なことを知らないトコロとか、年齢とか細かいコトを気にしすぎだとか。彼女のスゴさを台無しにするドヤ顔とか……。
でも。
ルクちゃんは喜んでいたよ。
「ルクちゃん!!いい呼び名ね、ミアちゃん!!」
自分の半分も生きていないミアに、ちゃん付けされて呼ばれたことを、たいそう喜んでおられるよ。まあ、本人がそれで満足なら別にいいんだがな……。
「でも、村長は……パスね!地味だから!」
「じゃあ、町長!」
「ちょっと偉くなった気もするけど……オジサン臭いし」
『長老』のババア臭さに比べると、とんでもなくマシだと思うのだが。
「じゃあ。族長!」
「……それだと、蛮族みたいだから。もっと、エレガントなの、ないかしら?私の知性と美貌が表現される、いいカンジの呼び名が……」
「うーん。じゃあ、『閣下』!!」
『閣下』。ミアの中ではカッコいいのかもしれない。たしかに、閣下とか呼ばれているヤツは、ちょっとカッコ良く見えるような気がするけれど……。
エレガントではないような気がするな。これもルクレツィアが気に入るとは―――。
「―――なにそれ、いいわね。グッと来たわ!!」
グッと来たらしいな。
「ねえ。ククリ、ククル!いい呼び名じゃない、『閣下』って!!」
「……『長老』。そろそろ食事にしましょう」
「そうだ、『長老』。せっかくの料理が冷めてしまうぞ」
……『コルン』たちにはウケが良くないらしい。ルクレツィアは、不機嫌そうにほほを膨らませる。
「……むー。気に入ったのに。まあ、いいわ。それじゃあ、皆さん。これはソルジェとジュナの結婚祝いであり、ジュナの死を悼む会でもあり、我々の新たな友情とか……とにかく、新たな絆を祝う食事よ!全員、コップを持って!!」
主催者殿の言葉に従い、オレは赤ワインの入ったコップを握るよ。オットーも赤ワインのようだ。猟兵女子ズは未成年だから、紅茶のようだな。
「じゃあ、我らの絆の誕生を祝い、乾杯!!」
『パンジャール猟兵団』と『アルテマの使徒』たちは、同時に杯を掲げたよ。乾杯という言葉を響かせながらね。
さて。
オレは妹分たちが作ってくれた料理を見つめるよ。
肉料理がメインだな!!我々の好みを聞いてくれた証か。テーブルには初めて見る肉料理が置かれている。
「ククリ。これは何ていう料理なんだ?」
「そ、それは、カルネアサダという料理だっ!!」
「ほう。カルネアサダか」
オレの耳は初めて聞く単語だったよ。
「お兄ちゃん、牛肉料理だね!!」
「ああ。そうみたいだな」
「初めて食べる料理!!楽しみ!!」
「ガッツリと食べてください、ミアちゃん!!」
「うん!!ククルちゃん!!それじゃあ、いただきまーす!!」
ミアがその赤身がいいカンジに残った牛肉料理の皿を、手元に引き寄せる。小さなステーキだな。サイコロ・ステーキとは違って、縦長に切っている。その中心は赤身が残っているよ。
「フォークで串刺しだーっ!!」
そんな宣言と共に、ミアの指が操る銀色のフォークが、ザクリとそのステーキに突き立てられる。うむ、やわらかさを感じられるな。
野生……というか、放牧されっぱなしの牛の肉でありながら、あのやわらかさは……。
「マリネされた肉か!」
「それっぽい!!食べる前から、分かるね、やわらかな牛肉だ!!」
そう言いながら、ミアは口のなかにその牛肉を運んだ。もぐもぐする。至福の顔だ!!
オレは食欲をガマンしながらも、ミアの反応を待つ。
「……どんなだ?」
「おいしいッ!!……肉本来のやわらかさと、うま味を失っていないカンジ!!」
「それ、一番美味い肉の食べ方だなッ!!」
「うん!!『メルカ』のみんなは、お肉のことを、愛しているんだね!!」
肉を愛する……いい響きだ。オレたちと親友になれそうだな。
「やわらかいのが特徴。火を通さなさすぎているのもいいけれど、ペシペシしっかり叩かれているのを、感じる!!」
「ククリの仕事だな!!」
「あ、ああ」
「ありがとう、ククリちゃん!!いい仕事だよ!!……それに、蜂蜜さんを感じる!!蜂蜜さんは肉に塗り込まれて、やわらかくしてくれている!!きっと、マリネの前段階の処置!!」
「す、すごいな。よく分かったな」
「分かるよ、肉を愛するククリちゃんのハート、伝わってるよ!!」
「そ、そうなのか?」
「うん。肉をやわらかく、それがテーマだものね!!マリネ液は、ちょっと辛いヤツ。チリペッパーと、ドレッシングと……クミン!!」
「なんで分かる!?」
「ミアを舐めてはいけない。オレたちが、どれだけ肉料理を愛していると思っている?」
肉への愛と探求の日々が、オレたちの舌を鍛え上げているのだ!!
「スパイシー。お肉に残る蜂蜜の甘さも、スパイシーさを引き立てているカンジっ!!塩加減もちょうどいいようっ!!あと、ライムもほんといい!!肉に爽やかさも与える!!うう!!お肉を、ここまで愛してくれて、ありがとう、『メルカ』のみんなッッ!!」
至福顔のミアは、そう言いながら、もぐもぐぱくぱく、牛肉さんを口に運ぶ。黒い髪のなかから生えた猫耳が、リズミカルに踊っている!!ああ、オレも腹減ってきた。食べよう!!
『パンジャール猟兵団』の猟兵たちは、その牛肉に食らいつく。うむ。やわらかい!!野良の牛とは思えんほどに、とってもやわらかい!!もぎゅもぎゅ噛めるし、噛む度に肉本来の旨味が広がっていく!!
スパイスが、肉の味を楽しませてくれるのさ!やわらかいから強く噛めるし、噛む度にあふれるスパイシーなマリネ液が、肉の輪郭を舌と歯に強く教えてくれるんだ!!
ああ。肉を叩いて、蜂蜜を塗って、スパイス入れたドレッシングでマリネして……そして、さっと火で軽く炒めてる!!それだけ重ねりゃ、ほんと軟らかくなって当然だ!!
「おいしいですか、に、兄さん!!」
「ああ、最高に美味い!!焼き加減が最高だな!!それに、いい切り方だ!!」
「あ、ありがとうございます!焼くのと、切ったのは、私なんです」
「そうか。いい仕事だぜ、ククリ」
「……はい!」
牛肉の旨味を堪能出来る料理だなあ……ミアの言う通り、牛肉への愛を感じるよ。うっすらと肉に残る蜂蜜の甘味は、スパイスの入ったマリネ液の辛さを引き立てる!!カレーもそうだけど、甘味って辛味の存在感を上げてくれるよなあ……っ。
「辛いのはへっちゃら?それなら、サルサをかけるのもありよ?」
「サルサ?」
「この赤いヤツ」
そう言いながら、ルクレツィアの長い腕が、オレたちの目の前にボウルを運ぶ。ふむ、カラフルな赤だ。トマトか……いかにも辛そうな色をしているが、その辛さが肉を愛するストラウスの本能をかき立てるのさ。
「どれぐらいかけるべき?」
「たっぷりとでもいいんじゃない?ミアちゃんがいるし、激烈な辛さにはしていないはずよ。『メルカ』の料理は、花蜜を愛しているし……ああ、それ、桃の果肉も混ぜてあるの」
「なにそれ、良さげ!!ソースに桃を入れるとか、グッジョブすぎる!!肉とフルーツの合体技の美味しさを知っているなんて、『メルカ』の食肉文化は最高だよッ!!」
ミアがやわらかな肉に、その赤いソースをかける。
そして。フォークが踊り、ミアの口のなかに赤い具だくさんのソースをまとった肉が運ばれていく。もぐもぐした後で、ミアが叫ぶ!
「辛いッ!!たしかに辛いけれど、肉を、その辛さが、引き立ててくれるよう!!お肉が、ここにいます!!そう主張する!!」
「ウフフ。よろこんでくれてるわね。そのソースのレシピは私のものよ?……先代たちからついだレシピに、地下の温室で育てた桃の果肉を混ぜだの」
「グッジョブ!!辛さを助ける、それが甘味!!さすが、肉好きのルクちゃんだよう!!肉大好き女子だあ!!」
「……ありがとう!私のオリジナルを褒められると、本当にうれしいわ」
オリジナル・レシピは、アイデンティティの証明みたいなもんさ。自分の舌が、良いと思う導きに従って、試行錯誤の末に創り上げていく。
『ホムンクルス』―――自分たちを『劣化した分身』とさえ言い捨てるルクレツィアにとって、他の誰でもない、自分だけのレシピは、オレが考える以上の価値を持っているのだろうな。
……まあ、美味いメシを食っているときに、あんまりしんみりしちまうのは、不作法なことだぜ。
「くくく!!オレも、そのソースかけて、肉を喰うぞおおおおおおおおッ!!」
「うん!!美味しいよ!!味わおう、お兄ちゃん!!やわらかさを極めんとする、カーリーン山の牛肉を、心底味わうんだ!!」
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