第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その5


 オレたちの『策』ってのは、じつにシンプルだ。探し物をしている敵サンに、探し物をプレゼントする。


「―――『醜い豚顔の悪鬼/オーク』の巣である『フラガの湿地』から、オークを捕まえる。殺してもしいし、死体でも構わん……そいつらを、『黒羊の旅団』のキャンプ地に放り込むか……死体なら道ばたにも置けばいい」


「そして、どうするの?」


「オークの荷物に、『ストレガ』の花を仕込んでおくのですよ」


 オットーがそう語った。その手には、『ストレガ』の赤い花が存在している。


 ルクレツィアの目が、キラキラと輝いていた。


「なるほど!!……沼地に住む、オークが『ストレガ』を栽培していることに、気づかせるのね?」


「そうだ。敵とオークをぶつけ合わせる。オレたちは、その隙に乗じて『ストレガ』の花畑を焼き払う……もしくは、オークと戦うことになるであろう、『黒の旅団』を仕留めてもいいな」


「護衛が壊滅すれば、『青の派閥』の行動能力は著しく制限されるはずですよ」


「そうだ。そうなれば、あとは煮るなり焼くなり、こちらの好きに出来るだろう」


 『青の派閥』の錬金術師どもを、皆殺しにするのもありだな……連中は、亜人種を捕らえて人体実験なんぞをしている、クソ野郎どもだ。生かしておく価値を、オレは思いつけないね。


 帝国軍に力を貸す組織であれば、軍人であろうがなかろうが排除するべきだ。


「……錬金術師の集団を虐殺することには、私たちも慣れてるわ」


「そうだったな。君らは、同胞同士でつぶし合った歴史を持つ」


「ええ。血塗られた歴史ね」


「どの国家の歴史もたいがいそんなものさ。ヒトは、自分たちじゃない存在に、排他的な行動を取るものだからな」


「悲しいけれど、自分たちと『ほぼ同じ存在』同士でも、そうなのよ」


「……罪深い動物だな」


「攻撃性が強すぎるのね。共存に向く性質と、向かない性質を有している」


「人類が罪深い動物であろうとも、オレたちは生き残るのみさ」


「分かりやすい理屈だわ。死にたくないなら、敵を排除しなくてはならない……出来ることならば、二度と敵が現れないようにしてもらえると嬉しいのだけれど」


「……オレもそうしたいものだがな」


 さて。現状の敵を殺し合わせる手段は見つけたが―――敵の興味をこのレミーナス高原に向けなくする手段については、かなり難しいな。


 ここには魅力が詰まっている。


 このアトリエの地下にある『超巨大占星術装置/メルカ・アストロラーベ』も、知的好奇心を刺激する。錬金術師や、そうでない学者どもなら、あの装置を舐めるように観察したいと考えるだろう。


 軍隊に『アルテマの使徒/ホムンクルス』たちを虐殺させてでも、その知的欲求を満たそうとするだろうな……。


「……オットー、手段はあるか?」


「ずっと考えていますが……」


 その言葉の詰まり方を見ると、いい案は浮かんでいなさそうだな。


「……この『メルカ』は素晴らしい町です。放棄するには、あまりにも惜しい。ここを『青の派閥』にも『黒羊の旅団』にも蹂躙させたくはありませんね、未来永劫」


「そうだな。現在の戦力を排除するのは難しくなさそうだが……『青の派閥』から、この土地の興味を奪うか―――」


 その手段を見つけることは、まだ出来てはいない。だが……『戦略の要素』になりそうな『悪意』は、見つけているよ。


 砕けばいい。


 『青の派閥』という学術組織は、一枚岩ではないのだ。分裂させることは可能かもしれないな。


「―――マニー・ホーク」


「うちのジュナを虐めていたクソ外道ね?」


「ああ。クソ外道で、竜に頭から喰われて死んだ男だ」


「そいつが、どうかしたの?」


「ヤツは、『紅き心血の派閥』とやらに勧誘されていた」


「ええ。医学を研究対象にした、錬金術師たちの派閥ですね」


「裏切り者は、外にもいるのね?」


 創造主を裏切り、同胞を裏切り、どうにかこうにか生き抜いてきた『メルカ・クイン』の当代サマは自虐の笑みを浮かべる。肩をすくめながらね。


「……それで、団長。彼をどう使うんですか?」


「使うって?故人でしょ?」


「ああ。ゼファーの腹で消化済みだよ。でも、ヤツに『ヒットマン』が仕込まれていたことを考えると……死体が消えたことは幸いではあるな」


「『ヒットマン』?……ああ、ジュナの腹に仕込まれていた『トカゲ』ね?」


「そうだ。あの『トカゲ』がいたということは、マニー・ホークの裏切りに気がついていた『青の派閥』の幹部がいる」


「でしょうね?……マニー・ホークを殺したかったヤツが、向こうのお偉いさんにもいるってことね」


「ああ。もっと言えば、マニー・ホークが向かっていた『ホロウフィード』にある、ジュナの遺体の解剖に対応出来る施設……そこごと破壊したかった」


「……暗殺にしては、手が込みすぎているわね」


「そう。複雑なことは失敗が起きやすい。今回みたいに、たまたま馬車を見つけた竜騎士さんに襲われて、暗殺は失敗した。まあ、オレたちが殺したから、ターゲットその一、マニー・ホークは死んだけどな」


「……ターゲットその一という言い方ってことは、その二がいるかもってことね?」


「そうだ。ヤツは移動中だった。『トカゲ』の卵が孵化するのは、『ホロウフィード』に着いてから。ヤツだけ殺したいなら、もっとシンプルな暗殺で成功率を高めたんじゃないかね」


「貴方ならそうするのね?」


「ああ。罠は使わずに直接ぶっ殺す。だが……『ホロウフィード』での暗殺にこだわったようだ。ヤツのスケジュールを読み、『トカゲ』を仕込んだ」


「つまり、ターゲットその二ごと、『ホロウフィード』で『トカゲ』のエサにしたかったのね?」


「だと思う。オットー、事件現場の予想は?」


「『ホロウフィード』の病院か、学術施設の講堂……まれに、宗教施設などで、解剖が行われるはずですね」


「それ以外の、設備の整った地下施設とか、アトリエとか、無いのかしら?」


「……それらもありえますが、一般的に、この辺境には、解剖に対する理解と設備が兼ねそろえた場所は希有なのです」


「そうなの。解剖学は、錬金術師の基礎的な学問だったのだけど」


「外の世界はアホが多いのさ」


 解剖室、地下の天体観測装置、地下の薬草畑……こんな、とんでもない設備がそろった一軒家に住んでいるルクレツィア・クライスからすれば、外の科学水準は、原始人並みに低いように思えることだろうさ。


「……そうみたいね。でも、そのおかげで、敵のターゲットその二がいる場所が限定できそうってことね?」


「そうさ。そいつは、おそらくマニー・ホークと共に、『ホロウフィード』でジュナの遺体を解剖しようとしていた錬金術師……あるいは、医者、もしくは解剖学者。それとも、薬草医……そうでなくてもパトロンかもしれん」


「容疑者は多いわね?」


「実際のところ辺境の地での人探しなど、たやすいものだ。現場で探せば、ターゲットは数名に絞られるさ」


「なるほど。それでオットー・ノーラン氏。他の容疑者は?」


「『親族』の可能性もあります。錬金術の教育は金がかかりますからね。家族で錬金術師になる場合は、かなり多いです。あるいは……そう、あの手紙の主、『ハロルド・ドーン』」


「そいつは、何者?」


「『紅き心血の派閥』に属し、マニー・ホークを勧誘していた人物さ」


「いるの?『ホロウフィード』とやらに?」


「断言できないが、いてもおかしくはない。彼も、医学の貢献に対して、熱心な男のようだからな……」


「医学ね。解剖したがっていたの、そいつも?」


「……手紙の文面では、興味があるようではあったな。ホークは、『アルテマの使徒』たちが『ホムンクルス』だとは考えていなかった様子だったが、『呪病』である『アルテマの呪い』にも、死後間もない遺体の解剖にも興味津々だった」


「そう……うちのジュナの遺体を、医学に貢献させる予定だったのね。まあ、錬金術師ならば、『コルン』の遺体から何かを見つけ出せるかもしれないわ。私たちは99%以上はフツーの人間と同じだけど、ここだけは違うのよね」


 そう言いながら、ルクレツィアは己の頭を右手の人さし指で、コツコツと叩いていた。


「……脳の構造が、フツーの人間族と異なる?」


「ええ。後天的に特殊な共感性を手にした貴方と違い、我々は先天的に……つまり、産まれたときから、脳内にある神経のつながり方に、人間とは異なる特徴がある。詳細な解剖を行えば……その構造だけは発見されるんじゃないかしらね」


「……それが見つかると、どうにかなるのか?」


「いいえ。アルテマ並みの力と知恵を有した錬金術師ならば、『人間の改造』……『人体錬金術』という高度な概念も、可能になるんだなって、夢を与えてくれるんじゃないかしら?凡俗な錬金術師どもにね」


「……現代の錬金術と、ルクレツィアの錬金術は、大きなレベルの差があるようだな」


「そうだと思いますよ。彼女は、おそらく現代の錬金術師たちの中でも、まちがいなく頂点クラスの知識を有していると思います」


「ですって!!」


 自分が褒められることが大好きな女、ルクレツィア殿は、なんとも嬉しそうな顔をしていたよ……。


 ドヤ顔が、ちょっとムカつく。でも。そうか……いい『取引材料』ではあるな。『ルクレツィア・アルテマ・クライス・クイン』の持つ、アルテマから継承した『叡智』。


「……どうしたの、ソルジェ殿。悪党みたいな顔で笑って?」


「……いや。ちょっと、愉快な『策』を思いついただけだ」


「独り占めはズルい!」


「まだ煮詰まってはいない。情報を集める必要がありそうだ。全てがそろったら、もちろん君にも伝えるよ。君は、オレたちの依頼主でもあるのだからな」


「依頼主……そうね。ソルジェ殿たちに、依頼しているようなものね。この『メルカ』を守ってと」


「そう。無償でも守る。なぜなら―――」


「―――ここが、一瞬でも貴方の奥さんであったジュナ・ストレガの故郷だからね?」


「そうだ。それに、君たちに友情を感じているしな。『パンジャール猟兵団』は、君たちの剣だ。頼み事があれば、してくれ。ただ働きでもいいさ」


「……うれしいわね。でも、仕事をさせるのだから、報酬は用意するからね!『私の錬金術』!……僻地暮らしの世間知らずだけど、錬金術の知識なら、外の連中には負けることはないわよ」


 そうなのだろうな。オレたちからの言葉だけで、敵の作った薬物の効果を言い当てるような天才さまだ。彼女と組めるのは、今後の帝国との戦いにも、大いなる価値があるだろう……。


「……いい取引が出来そうだよ」


「そうね!」


「……情報が集まれば、君にも話す。だから、今は―――」


 すべきことがある。


 コンコン!


 錬金術の現場に、そのノックの音が響いていたよ。


「長老!そして、そ、その……に、兄さん!?……め、メシが出来たぞ!!」


 兄さん。


 ミアの『お兄ちゃん』に慣れ親しんだ耳に、新しいタイプの衝撃が走ったな。にやけながら、ドアを開けたよ。そこには、照れているのか、顔を反らしている義理の妹がいたな。


「ああ!!兄さんだぞ!!ククリ!!」


「……そ、そうだが。その……あまり、主張するなよ!?な、慣れてないんだ!!」


「……まあ、そうだろうな。だが、妻の妹は、オレの妹だ」


「うう。そ、その……慣れなくてさ」


「だろうな!オレも、どういう対応すべきか、ちょっと分からん!」


「だからさ、いきなり妹というのは早すぎる!……なので、『妹分』ぐらいから、スタートして欲しいんだよな!?」


「わかった!!今日から、ククリとククルは、我が妹分だ!!」


「お、おう!そうだぜ、兄貴分……っ」


 さて。


 なんだか照れている『妹分』を、兄貴分はじーっと観察するよ。強気な妹分さんは、なんだかもじもじしてやがるぜ。ふむ、新鮮な気持ちだ。


「じ、ジロジロ見るなよ!?……は、はやく、こっちに来い!!昼飯を作ってやったんだからな!!料理が冷めてしまうだろう!!」


 妹分が急かすから、オレはニヤリと笑って移動を開始だ。妹分の手料理か。ふむ、人生というの予期していないことが飛び込んでくるものだ。


 だが、こういうサプライズは悪くないね。戦場での出会いは殺伐としているモノが多いな。ジュナ・ストレガよ。オレたちの出会いも血なまぐさかった。だが、君があのときまで死なずに耐え抜いてくれたおかげで、多くが動き出している。


 ……助けてやれずに、すまなかったな。


 罪滅ぼしでもある。オレは、君の家族と同胞を、守るぜ。オレたち全員が組めば、なんとかなりそうな気がしているんだよ。君の墓前に、いい報告が出来るように、君の夫として戦い抜くよ、我が四番目の妻、ジュナ・ストレガよ―――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る