第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その3


 ルクレツィア・クライスの『絶対当たる占星術』か。魔女の『叡智』を継承した彼女が非科学的と断じる『異能』……その力に彼女は怯えてもいるようだし、目当てのことを必ず占えるわけではないのか。


 完璧とは言いがたいものの凄まじい力だが、どうなっているのだろうかな。この『アストロラーベ』が可能としているのだろうか?


「……他の場所では、占えないのか?」


「うん。ここじゃないとダメみたいなのよね」


「そうか……」


 天体とリンクして動く、この巨大な錬金術装置が、彼女の感覚を上昇させるのだろうか?不思議なハナシだな。たしかに非科学的な力とするのが早いのかもしれん。


 しかし。


 非科学的で、絶対な力か。


 オレには……そういった存在と触れ合ったことが、何度かある。『ゼルアガ/侵略神』だな。あの異界から来たと呼ばれる、悪神どもの見せる、『権能』。ヤツらにだけ許された絶対的な能力……。


 ルクレツィアの『絶対に当たる占星術』というものにも、それに近しい力であるように思えてしまうぜ。


 アルテマが呑んだと言われる『星』……それはアルテマに大いなる力と知識を与えたという。異界から来たかもしれない存在。ひょっとしたら、『星』の形をした『ゼルアガ』だったかもしれない……。


 ならば、千年かけて『ゼルアガ』の力を『ホムンクルス・クイン』は獲得したというのだろうか?……荒唐無稽な発想だが、あながち否定できない。


 だが。『星』は知恵と力を与える権能だったとするのなら、『予知能力』というモノとは無縁のようにも思える。


 『星』とは、関係のない力なのかもしれない。


 ……世界には、ときどき不思議な力を持つ人々の伝説があるのも確かだ。『予知能力』を持つ『聖者』など、よく耳にするハナシだな。


 ルクレツィアも、そういった不思議な才能を持つだけのヒトなのかもしれない。ふむ。考えるほどに、どんどん非科学的になっていくような気がするな。


「……有能な力だ。有効活用して行こうぜ?」


「ええ。そうね。でも、不気味じゃない?」


「不思議だが、不気味ではないだろう。その力のおかげで、オレたちはムダな争いを回避出来たのかもしれないしな。素敵な力だよ」


「ソルジェ殿は、本当に私のハートに響く言葉を口にしてくれるわね。でも、そうね。前向きに考えることも、悪くないわ。たしかに、スゴい力なんだもの!」


 ルクレツィア・クライスは胸を張りながら、そう主張していた。本当に子供のような無邪気さを放つ女性だな。世界の果ての楽園みたいな花畑には、彼女の無垢な笑顔はよく似合う。


 ……でも。


 残念ではあるな。この美しい花畑を、オレたちはこれから破壊しなくてはならない。


「……ルクレツィア」


「そんな顔をしなくてもいいわよ。分かっている。この花畑を刈り取りましょう」


「すまないな。オレたちは、どうしても『ストレガ』の花畑の存在を放置することは出来ないのだ」


「いいえ。『メルカ』が敵の手に落ちることも考えられる。貴方たちは奮戦してくれると思うけれど……私は、あまりにも人的被害が大きいと考えられる戦に巻き込まれると判断したら……この空中都市を放棄して、みんなで逃げるわ」


「……そうだな。命に代わる価値をもつ町など、存在しない」


「ええ。私たちは歪な形で産まれた、魔女の『劣化した分身』ではある。でもね、だからといって、その真実がゆえに、己の価値を見失っているわけじゃない。死にたくないわ、だから千年も『アルテマの使徒』たちは、自分たちの命を継承してきた」


「ああ。君たちの故郷を守るために、オレたちも尽力はする。だが、君の言うとおり、この町よりも君たちの命のほうが尊い」


「うん」


「―――この花畑が敵の手に落ちてしまう可能性を否定することは難しい、だから、処分させてもらうぞ」


「……ええ。ちょっと離れていて?私が、この花たちを刈る」


 ルクレツィアは両手に『風』を発生させながら、そうつぶやいた。


「……そうだな。オレたちのような他人よりも、君がすべきかもしれない」


「そうですね。我々では、花へのダメージがムダに強くなるかもしれません」


「花で傷薬を作るんだったな」


 ムダに花を傷める不慣れな男の力よりは、彼女のほうが適しているな。それに、彼女の魔術を見てみたい。『メルカ・クイン』の力……猟兵としては、どうしたって興味がわくよ。


「素敵な薬にするわ。せっかく咲いた花を、ムダにはしない。貴方たちにもあげるわ。いい傷薬なんだからね」


「それは楽しみだ」


 そう言いながら、オレとオットーはこの紅い花が揺れる花畑から出ていくよ。ルクレツィア・クライスは、その黒い瞳でしばらく花畑を見つめていたが、やがて意を決した。


「……じゃあね。私のお気に入りの場所」


 ルクレツィアはそうつぶやきながら、『風』の魔術を解き放っていた。真空の刃が発生し、花畑の花たちを、根元近くで切り裂いていた。


 『風』の大鎌は、何度となく振るわれた。


 その伐採は、すぐに終わる。


 ルクレツィアの魔力と、魔術の制御は素晴らしい。地を這うように走る真空の刃は、もう少しだけ魔力を込めたなら、戦士の脚の骨まで達する威力を帯びるだろう。


 そんな魔術を連続で放てるのだ。敵の密集地帯でルクレツィアが暴れたならば、敵の群れはまたたく間に殲滅されるだろうな。


 やはり、彼女たちは猟兵に準ずる戦闘能力を発揮する。


 彼女たちと連携できるのならば、『黒羊の旅団』を仕留めるのも難しくはない。そもそもヤツら、400人の戦力で来たらしいが、すでに、その全数を維持出来てはいない。


 オレたちも昨夜の襲撃で、3人と馬車を破壊したしな。それに、『アルテマの使徒』たちとの戦い、それに行軍における病気や、『地下』の探索による負傷者を合わせれば、戦力として数えられるのは、せいぜい300人程度。


 こちらも戦力は100人だが、戦士の質は上だし、地の利も活かせるだろう。高地での戦闘は、スタミナを著しく消耗する。


 この高度になれている『アルテマの使徒』たちならば、オレたちと連動することで、300の敵を仕留めることは容易かろう……問題は、その後だな。傭兵である『黒羊の旅団』が仲間の復讐のために、この土地に残りの全軍で攻め入ることは無かろう。


 手堅いヤツらだ。損失を恐れて、二度と近づかないかもしれないな。


 だが、『青の派閥』はどう動くか……分からない。


 ヤツらの腹を探る必要はあるな……。


 ……だが。


 今、すべき作業は別にある。


「……ソルジェ殿!オットー・ノーラン氏!このお花さんたちを回収する手伝いをしてもらうわよ!」


「ああ」


「はい、お任せ下さい」


「良い返事だわ。はい。この6本爪のフォークで花をひとまとめにしてね!」


 農作業か。好きじゃないが、仕事だもん、文句は言わない。


 オットーは、それなりに好きそう。地元じゃ稲を育てていたらしいしね。


 まあ、なんでも前向きに楽しむのが仕事のコツではある。オレはこの『地下庭園』にある倉庫から、フォークを3本ほど肩に担いで戻って来た、身体能力の高い29才女子から、その下級な悪魔が好みそうな農具を手渡しされる。


 ……テンションが下がる。


 でも、いいところも見つけたよ。


「……この農具、やけに軽いな」


「ええ。その鋼も錬金術の品よ」


「なるほどな」


 オレはそのフォークの先端を指で確かめる。この細さにありながら、オレの指の力にもそれなりに耐える。並みの鋼なら、曲がるほどの力を加えても、歪み始めない。だが、独特の柔軟性も指に覚えた。


 これは固くて、柔軟。


 最も曲がりにくい鋼の質を帯びているのさ。


「ふむ、いい鋼だな。これなら、安い鋼の鎧ならば、一突きで貫けそうだ」


 猟兵の癖だろうかね。オレはそのフォークで敵を突き殺すイメージを頭に浮かべ、体をそのイメージの通りに動かしていた。


 軽い鋼は反動が少なく、初めてそのフォークを振り回したというのに、理想が描いた通りの動作を実現していたよ。これなら、武器にさえなるな……。


「いい動きだけど。さっさと農作業を開始してくれる?」


 農具で空想の敵を突き刺して遊んでいると、叱られちまったよ。なんだか低脳なガキが母親に冷たくたしなめられるようだ。


 でも、母親って言葉は禁句だな。


 こっちもね、学習能力がゼロの脳みそをしているわけじゃないよ。29才になったことを気にしているルクレツィアさんに、そんな言葉をこの口が吐けば?……最悪、この下級亜悪魔の武器が、オレのことを突き刺そうと飛んで来るかもしれない。


「……了解だ」


「いい心がけよ。農作業は黙々とこなすのがコツだもんね」


「……ああ。そうだね。端から集めていくよ」


 オレはそのフォークで、切り倒された『ストレガ』の花をすくうようにして集めていく。野良仕事はガキの頃以来だが、体はそれなりに動いたよ。オットーは、完璧な動作だったな。ルクレツィアも、もちろん農作業なれしている―――。


 小さな花畑だからね、大人が全力を出して集めれば、すぐに『ストレガ』の花は集まっていた。花弁から甘い香りが放たれている。


「この花蜜が、ヤバイ薬の原材料とはな」


「……新月の時は、もっと豊かな甘い香りを放つわよ。最高の瞬間。本当に楽しみだったけど、ソルジェ殿の頼みを優先したわ」


「その友情に感謝するよ。必ず、君たちの抱えている問題を排除しよう。敵を殺すことは得意なのだ」


「頼りにしているわ。さて、それじゃあ、この袋に詰めていくわよ!」


 ルクレツィアはいつの間にやら大きな麻袋を用意していた。それに、『ストレガ』の花を詰めていこうというのか。


 ああ……土にまみれることを嫌わないオットーが、その全身を使って、花を持ち上げていく。


 部下がそれをするのだから、上司であるオレもそれをしないわけにはいかないね。我ながら善良な上司だと思うよ。


 ガルフ・コルテス曰く、働かない上司は、やがて部下に背後から刺されてしまう。オットーは刺したりしないだろうけど。紳士のオットーに嫌われるのはイヤだ。


 オレも土と花蜜にまみれることを選び、長くて大きな腕をつかい、その希少な植物をガッツリと抱えていたよ。


「長くていい腕よ、猟兵さんたち。はい。この袋にガンガン入れてね!」


「ああ」


「了解です」


 女錬金術師殿に言われるがまま、猟兵たちはその作業を実行したよ。すぐに終わる。難しい作業じゃないからね。体に花の甘い香りが絡みついていた。


 男の鼻からすると、やや甘すぎる。


 リエルとカミラを抱きしめたら、ウケがいいかな?……微妙に土にまみれているから、嫌がられるのが先かもしれんな。ミアは、甘くて美味しそう!って言ってくれそう。オレはミアに噛まれたら、笑顔になれる。


 ルクレツィアさんは……土にはまみれていない。その作業をしなかったからね。うん、ちゃっかりしている。さすが為政者だよ。


 彼女は鼻歌を奏でながら、花をたっぷりと詰めた麻袋の口を閉じていった。その巨大な麻袋は計五つ出来上がったよ。


「じゃあ。運びましょう?二階に運んでね。大釜で煮詰めて、薬液に変えるのよ」


「了解だ」


「……じゃあ、私が三つ抱えましょうか?」


「いいえ。貴方たちは二つずつ。私が一つ持つわ」


「あの階段をこれを持って上がれるのか?」


「ええ。『クイン』は腕力も強いわ」


「そうだったな」


 この地下庭園の入り口の扉。あの重たい木の扉を軽々と片手で動かしていた彼女の姿が頭に浮かんでいたよ。


「じゃあ。お仕事お仕事!そろそろ、ククリとククルがゴハンを作り終えている頃よ!」


「昼食か。実に楽しみだね」


 義理の妹たちの手作り料理か。シスコンのオレはワクワクしちまうよ。


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