第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その1


 ルクレツィアに先導されて、オレとオットーは彼女のアトリエの地下へと潜っていく。リザードマンの死体を運び込んだあの倉庫みたいな一階には、幾つかの扉があった。


 そのどれもが不可思議な空間につながっているのだろうか?……あるいは、薬品の臭いが漂っているところを考えると、薬品はもちろんのこと、それらの素材となる品々が保管されている部屋かもしれない。


 薬草医の倉庫で、嗅いだことのある臭いも確かにする。錬金術師の屋敷というのは、本当に何でもありそうだな……。


 謎の扉の一つをルクレツィアが開くと、その先には地下へとつづく階段がある。それは古びた石造りの階段だった。生暖かい風が、その暗がりからは吹いてくる。シャーロン・ドーチェにヒドラの住む洞穴に連れ込まれたときも、こんな風を浴びたんだ。


 よく言えば生命を感じさせるな。熱と湿度は。


「さあ。こっちよ。『メルカ・クイン』の自慢の温室を見せてあげるわ!」


 ヒドラの洞穴に入ったことのないルクレツィアは、そんなセリフを残して、軽やかな歩調でその地下への階段を降りていく。


「……あんまり急ぐと、転けちまうぞ」


「自慢の『庭』を見せれると思うとね……ワクワクしちゃうのよ」


「……『庭』?」


「もしかして、相当、広い温室なのですか?」


「代々の『メルカ・クイン』たちが、改築を続けたのよ?小さいわけがないじゃない。ここには『花畑』が、いくつもあるんだからね?」


 『花畑』がいくつもある地下空間?


 そいつは想像していなかったな。ルクレツィアを追いかけながら、オレとオットーはこの男にはやや狭い造りをした、螺旋にうねる石階段を降りていく。


 それなりの角度で曲がっているし、段の一つ一つが、かなり小さいな。おそらく、ルクレツィアたち『メルカ・クイン』のためだけに造られた特注品だからだろう。


「……君たち、『メルカ・クイン』は同じサイズなのか?」


「ええ。身長体重、ほとんど一緒。身長の誤差は、栄養環境の違いの結果でしょうね、3センチ以内には収まるように出来ている」


「スゴいもんだな。この階段も含めて、この建物の全てが、生まれる前から君のために存在していたわけだ」


「そうそう。私ってば、なかなかVIPな存在でしょ?」


「ああ。美人で聡明、大いなる古代の知識も、欠落しながらも継承している」


「全てを継承していないってことに対して、何か、文句あるの?」


「いいや。文句なんてないさ。君は十分に聡明だよ」


「どこか残念そうに言わないで欲しいわね?」


「残念がってなんかいないさ」


「そうだといいんだけどね?」


 男には狭いその地下への通路を、オレは左手を壁に這わせながら進むよ。頭を屈めているからな。すべって転んでしまっては、聡明な29才の美女殿を巻き込んでの転落事故を起こしそうだ。


 しかし、指に感じる石材は、非常に滑らかさがある。すばらしい加工技術だな。


「建築技術も継承したのか?」


「まあね。それは『基礎』の知識」


「『基礎』?つまり、12人の『ファースト・クイン』たちが、共通して持っていた知識ということか?」


「ええ。労働力として、アルテマに創造された存在だからね。力仕事は『コルン』たちが主体となったのだけれど、それを指揮する『クイン』たちにも建築の知識があった方がいいでしょ?」


「君らは理想的な中間管理職だったわけだな」


「そうよ。そういう使える人材を、千年前では見つけるのが難しかったのか、アルテマは自分の卵子を使って、捕虜の娘たちに『劣化した分身』である『ファースト・クイン』たちを産ませたのよ」


「人材確保には、大昔から苦労していたわけだ」


 ……労働者の歴史に記すべき価値がある事実かもしれない。千年前の錬金術師界では、魔女のお眼鏡にかなう有能かつ裏切らない人材が少なかったようだ。


「しかし、いい部下に恵まれなかったからと言って、自分自身を増やすとはな」


「効果的ではあったわ。まあ、最終的には裏切られて殺されたわけだけどね」


「自業自得すぎるぜ」


「ええ。自分自身につながる『始まりの物語』だけど、アルテマの『ホムンクルス』を製造する手段は、残酷すぎるもの」


「捕虜の娘に産ませるか……蛮族の男みたいな発想だ。さすがは魔女と罵られる存在なだけはあるよ」


「本当にね。同じ『女』として、アルテマの所業は許せない」


「……そういえば」


「なにかしら、ソルジェ殿?」


「今は、どうやって子作りしているんだ?」


 その質問には無言が返ってきた。昏くてじっとりとした狭い空間で、問うべきことじゃなかったのかもしれない。セクハラになっちまったかな?……ただの知的好奇心から来る無邪気な質問だったのだが。


 だって、気になるだろ?


 女しかいないわけだしな。


 だが、階段を降りるコツコツという足音だけが響く闇のなか、無言の気まずさったらないよ。オットーまでフォローしてくれないしね。オレの知的好奇心は、セクハラだったのかな……。


「……なんか、タイミングが悪かったかな―――」


「へっくしッッ!!」


 ルクレツィアの大きなくしゃみが、狭い闇のなかを走り抜けてきたよ。


「……ああ。ゴメンゴメン。なんだか、急に、くしゃみが出そうになって」


「あの沈黙は、それのせいか?」


「ええ。それで……ああ。私たちの子作りについてね?ソルジェ殿はスケベね。セックスに対して好奇心で一杯。私のなかに代々受け継がれていた『男』のイメージそのものだわ!」


「……スケベなのは認めるが、セックスのことしか考えていないのは、十代ぐらいまでのハナシだ。大人になると、少々、落ち着くのさ」


「複数の女を娶っている男のセリフとは思えないわね」


「ああ。分かった。オレは色狂いの野蛮人さ」


「なら、色狂いの野蛮人さんに教えてあげる。我々も、『ファースト・クイン』の製造法を再現しているのよ」


「……つまり、自分たちの卵子で、自分たちを妊娠させている?」


「そうよ。だから、私たちの生殖行為はつまんないでしょうね」


「興味深くはあるがな」


「……失礼かもしれませんが、それはいわゆる近親交配にあたるのでは?」


 オットー・ノーランがそう訊いてくれた。


 近親交配……貴族や王族たちでよく起きることだが、親族同士での婚姻が繰り返されていくと、呪いがたまることがあるようだ。血が壊れる、と医学者どもは指摘している。


 具体的には病気が起きやすくなり、虚弱な体質の者がよく産まれてくるようになる。近親婚が禁じられる理由の一つだな。


 オットー・ノーランもオレも、『アルテマの使徒』たちの健康状態が気になっているのさ。


 120人しかいない集団で、自分たち同士を妊娠させ続ける?……異常な行いのように思える。近親婚と、何も変わらないようにはね。


「―――我々の場合は、そういった病気は発生しないわね。混ざらないからじゃないかしら?」


「自分を、複製するだけだから?」


「そうじゃないかと考えている。もちろん、近親婚についての知識は知っているわ。でも、似た者が混ざるのと、同じものがそのまま。それは、似て否なるものでしょう?」


「君らの場合、病人が産まれない?」


「ええ。アルテマもそのあたりは考えていたはずよ。現在の貴族の婚姻模様は知らないけれど、結婚政策は昔から繰り返されているわ。アルテマの時代には、王が自分の娘や姪っ子、あるいは妹とも結婚することがあった」


「今もそう変わらんよ。規範そのものは存在しているがな。近親婚は病気のもとという認識はあるし、それを避けようとする社会通念はある。でも、貴族サマたちのあいだには、そこそこ聞く話だ」


「……それをすることで、魔力の『質』を安定させることも出来たらしいけどね」


「は?」


「知らないの?近親婚のメリットよ。魔術師の才能……『炎』、『風』、『雷』……ヒトが使える三大属性の魔術。先天的な『才能』を、近親婚で強化というか、方向性を決めることが出来るの」


「そんなことがあるのか?オットー、知っていたか?」


「……ハナシには聞いたことがあります。実際にしたというハナシは聞いたこともありませんが―――不名誉な行いとされているから、秘密裏に行われているだけかもしれませんね」


「『風』使い同士の子供でも、『風』の素養を持つ可能性は五割ほどだとは言うが……近親婚なら、その確率を上げられるとでも言うのか?」


「上げられるわ。事実、アルテマ自身も近親婚で産まれた、『三大属性保持者』よ。ソルジェ殿もそうではないの?」


「はあ!?」


「違うのかしら」


「ああ。違うよ。ストラウス家は、代々、魔力の高そうなヨメを誘拐して来ては、血に才能を継ぎ足して来たタイプの蛮族だ」


「なにそれ、サイテーね?」


「……異文化圏の人々には、よく言われるよ。でも、うちのお袋は幸せそうだったぞ?」


「それは良かった。お父さまは、素敵な顔をしていたのね」


 オレの顔はそこまで『アルテマの使徒』たちにウケが悪いのかね?……まあ、いいんだけど。


「お袋が産んだ四男二女のあいだで、『三大属性保持者』だったのは、オレと……あと、姉貴だけだ。他は二つか一つ。近親婚でなら、もっと確率は上がるんだろ?」


「上がるわね。そして……自分の卵子で他の女を孕ませたら、85%で、自分と同じ魔力の質を継承させられる。さらに言えば、自分の卵子で自分を妊娠させたら100%ね」


「なんていうか、トリッキーな妊娠だな」


「でも、理屈はそうなのよね。男女の因子や他人の因子が混ざると、魔力の質の変化が、確率で発生する。自分で自分を身ごもった場合は、魔力の質が一緒……血が呪病を帯びることもない」


「だから……『ホムンクルス』同士で子供を作っているんですか?」


「……アルテマがそうなるように創ったのね。それ以外では、私たちは滅びるもの。生命の本能じみた衝動なのかしら……滅びたくはない」


 『アルテマの使徒』たちは、全員がアルテマの分身。分身同士で交配しつづけることで、自分を『保存』したというのだろうか?


 魔力の質も、肉体の形状も、継承する知識も記憶も同じ―――アルテマは、錬金術の至上命題の一つだという、『永遠の命』を、実現しているのかもしれないな。自分で自分を生み続けることで。


 そのために、男と交わると死ぬという呪いまで仕掛けた?……男の因子が入ると、魔力や肉体の形状が変わってしまうから……。


 アルテマという女は、『星』を呑み、狂ったのか?……それとも、たんにどこまでも錬金術師であろうとしたのか―――しかし。『より強くなる』……それも、錬金術のテーマだと、ルクレツィアは語ったな。


「……ルクレツィア。君たちは世代を重ねることで、強度を増したのか?」


「……いいえ。おそらく同等のままね。なんで、そんなことを訊くの?」


「自分を『保存』して永遠に生きるだけでは、つまらんかなと思ってな。より強く、そういう概念は、アルテマには無かったのか?」


「あったはずね……そうね。うん……ククリとククルがいるでしょう?」


「ああ。オレの新しい義理の妹たちだな」


「私たちには双子は産まれなかった。でも、この五十年ぐらい前からは、まれに産まれるようになったわね」


「それが……不思議なことなのか?」


「ええ。数が少ないから、断言することは難しいけれど……そういった『コルン』たちには性格の違いが起きやすい。誰よりも似ているはずの私たちのなかで、より似ていそうな存在なのにね?」


「……それが、『より強くなった』ことだと言うのか?」


「変化する力を感じるわ。よく言えば、『進化』しているのかもしれない……アルテマの『設計/デザイン』を超えて、『アルテマの使徒』たちは、次の高みに至ったのかも?あるいは……」


 そしてルクレツィアは再び沈黙する。今度は、くしゃみではない。頭のなかにある言葉を口にすることを、ためらってのことであった。それでも、『メルカ・クイン』は、しばらくの沈黙の後に、オレたちに懸念を伝えてくれたよ。


「―――それも含めて、私たちはアルテマの手のひらで踊らされているのかも?」


「……アルテマの計画通りに、君たちは交配を続けたから?」


「自己の『保存』だけではなかったのかもしれないわね。千年かけて、より強い『自分』を構築するために、何十もの世代を消費させられたのかもしれない。そう考えるのは、私たちが『ホムンクルス』だからなのかしら?」


 その問いに答えるのは難しい。千年間、生殖を操られて来た『ホムンクルス』たちには、アルテマの支配から脱却している実感はないのだろうさ。


「……フツーのヒトは、そう考えないで済むのだから、うらやましいわ」


「君たちの悩みは、蛮族のオレには難解すぎる。だが……君たちを支配しようというアルテマは死んだ。君たち自身の手で、千年も前に殺したのだろう?」


「ええ」


「ならば、自由なはずだ」


「……そうね。死者に囚われ過ぎているのかもしれないわ……記憶のせいかもしれないわね。なんだか、ずっと、アルテマが生きているような気がしてるの。夜、暗闇を見つめると……運命を操る、ヤツの白い手が闇に浮かぶわ……」


「……もしも、ヤツが生きているのなら。オレたち『パンジャール猟兵団』に依頼しろ。必ず、アルテマを殺してやる。オレたちは、君の仲間だということを忘れるな」


 そんな約束ぐらいしか、オレにはしてやれない。高度な錬金術的知識を持っていないからね。彼女の悩みに、理性的な考えで対応することは難しい。


 だが、仲間は守る。それがストラウスの剣鬼の生きざまだ。


「……ええ。頼りにしているわ、ソルジェ殿!……さて。到着よ、『メルカ・クイン』の『庭』に、ようこそ、『パンジャール猟兵団』の戦士たち!!この扉の向こうには、素敵な世界が広がっているわよ!!」

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