第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その25


「―――ええ。アルテマの死体は、『星』ごと『地下』に埋葬したはずよ」


「……その情報も『ベルカ・クイン』ごと消えちまったか」


「そうよ。ガッカリさせてしまったかしらね?だから、アルテマの墓の場所は知らないわよ。アルテマの支配していた地域は、広大だもん……坑道も古いのは二千年前のものさえあるわ。そのどこかにあるはずよ。下手すれば、落盤で道は崩れているかもね」


「つまり、何も分からないと」


「……そ、そうだけど!?」


 『メルカ・クイン』のお姉さんが、明らかな動揺を見せている。彼女は自分の有能さにケチをつけられると動揺するようだな。『ホムンクルス』であることに、変なコンプレックスを持ちすぎている気もするし。彼女は案外、打たれ弱いのかもしれないな。


「ふむ。少しはガッカリしたが、君らにも伝わっていないのならば、敵にも伝わってはいないだろう。そういう意味では安心だ」


「ええ!!きっと!!私たちにさえ伝わっていないのよ?敵になんて、間違いなく、もっと伝わっていないはずよ!!」


 力強くそう言われたよ。彼女の必死さが、オレの口元をゆるませてくれる。


「ああ、そうだろうな」


 ……『青の派閥』が、『カール・メアー』あたりから提供された、三世紀前のイース教徒たちの記録を有していたとしてもね。そいつは、おそらく不完全なものさ。


 『ベルカ・クイン』が、『賢者の石』の詳細についてまで、わざわざイース教徒に話すとは考えにくい。そもそも、『星』についてまで教える義理は無いだろう。


 『ホムンクルス』たちにとっては、大した価値のない『ストレガ』の『花畑』についてなら教えたとしてもな。


 ……ふむ。たんに、『ベルカ・クイン』に渡された報酬としての『黄金』を求めている可能性さえもあるか……『黒羊の旅団』あたりは、そちらのハナシで誘った方が食いつきが良さそうだな―――。


「―――なあ、オットー。『青の派閥』は、これらの情報をどこまで知っていると思う?」


「……『地下』を探していそうなこと、そして錬金術師マニー・ホークが『アルテマの呪い』についての知識を有していたこと、さらに一度小規模な攻撃ながら『メルカ』を迷いもせず襲撃したことなどを考えると……ある程度の情報は有しているのでしょう」


「気にするべきか?」


「……8週間も、彼らはこの土地を探っています。『花畑』、『賢者の石』、そして、『星』について……何かを掴んでいる者がいても、おかしくはありませんよ。ですが、この『メルカ』を何度も攻めたわけではない……それが答えかもしれません」


「ああ、連中は『メルカ・クイン』であるルクレツィアの確保に、全力を注いではいない。オレたちほどには、事情を知らぬか……」


「なんだか重要人物になった気持ちね!!」


 自尊心を回復なされたのか、ルクレツィアさんは明るい笑顔を浮かべておられるよ。美人の笑顔は素敵なことだな。


「もちろん、重要人物さ。君は、この地に眠る、あらゆる『宝』について知っていそうだから。いや、知らないとしても、誰よりも深くそれらに関わっている」


「そうね。たしかに、その通り。ああ、そうそう!『ストレガ』の花畑については、教えてあげられるわよ?教えてあげる!!」


 有能女子っぷりを見せつけたいのか、あるいは自身が回復して来たのか、『メルカ・クイン』さんはドヤ顔を浮かべていたよ。


「幾つある?」


「現存するのは二つだけよ」


「少ないな。こっちとしては仕事が楽だが」


「あれは、『クイン』たちが錬金術で人工的に創った花なの。自然では淘汰されていく定めにある……破壊された『ベルカ』の土地にあった『最初の花畑』は、『ベルカ』の『ホムンクルス』たちの管理を離れて、自然に枯れ果てたわ」


「なるほどな。連中が見つけられないはずだ」


「伝承に伝わる花畑は、とっくの昔に枯れていたんですね……」


 だが。我が妻ジュナは『ストレガ』の花を好んでいたらしい。双子はたしかにそう言ったぞ?だからこそ、あの三人は『ストレガ』を家名に選んだ。


「……最初の花畑から、君たちは『ストレガ』を回収していたのか?」


「ええ。薬品を調合するには、便利だったのよ。あれは、痛み止めや傷薬にもなるの。まあ、本来の使い方は、複数の魔力を秘めた素材を、安定的に合成させるために創造されたものの、『失敗作』だけどね」


「新種の植物を創造した?……アルテマの『叡智』というのは、そんなことまでやれるのですね……」


 オットーが感心している。『ストレガ』の効能を、あの三つ目で分析したばかりの彼には、錬金術師アルテマの偉大な仕事ぶりがよく分かるのかもしれないな。


「そうよ。アルテマは性格はアレだけど、史上最高の錬金術師であることには、違いないもの」


 己の始祖を誇るような、嫌ってもいるような。なんとも不思議な表情だった。『クイン』として継承した記憶や感情が、アルテマに対して複雑な評価をルクレツィアにさせてしまうらしい。


「……さて。ルクレツィア、その花畑の位置を教えてくれるか?」


「いいわよ、ソルジェ殿は、私を知り尽くす親友だものね?あと、一応は、ジュナの旦那さまだし」


「ああ、オレは、君の親戚の甥っ子みたいなもんさ」


「甥っ子?」


 ルクレツィアさんの黒い瞳が、オレを冷たく睨んでくるよ。ああ、年上扱いはタブーなんだよな?……どうして、オレは彼女の地雷を踏みがちなんだろう。


「……すまない、言い間違えたよ。義理の『弟』みたいなもんさ」


「それならば、許すわ。貴方みたいな甥っ子が、いてたまるもんですかッ!?」


「世間では、年の近い甥っ子もいなくはないんだがなァ……」


「何か?」


「いいや、なんでもないよ。義理の姉みたいな大親友の、若くて美しく聡明なルクレツィア殿」


「軽口を叩くのも親友の証なのよね?」


「そうさ。外の世界では、このあとで酒を呑めば完璧―――だが、今は酒よりも情報を喰らいたいねえ。オレは、その花畑を潰すために雇われた」


 ……敵も探しあぐねていることは分かってはいる。だが、この世から消さない限り、オレの心は安心できない。


「あの『花』の蜜は、オレたちの敵を強くするのさ……そうなれば、オレの仲間たちが戦場で、より多く死ぬ。帝国の錬金術師どもには、渡すことは出来ないぞ」


「……いいわ。教えてあげる。一つはね、この『メルカ』にあるわ」


「……標高2000メートル以上には、生えない植物なんじゃないのか?」


「団長、それは自生する場合のことです。ヒトを複製するような錬金術師たちがいるのであれば、特別な『温室』を造ることも難しくはないはずですよ」


 温室。温度を管理した、植物たちの小屋のことか……?貴族たちの屋敷の中庭あたりで見かけるが、ここにもあるのか。


「さすがね、三つ目族の眼力からは隠せないわ。まあ、目玉の力よりも、知性による予測かしら。いい部下を持っているのね、ソルジェ殿」


「ああ。頼りになる部下たちばかりだよ」


 そう言いながら、オレは寝息を立てている猟兵女子ズを見ていた。ミアはもちろんのこと、リエルもカミラも、この部屋を温める、薪ストーブが放つ暖かな風に負けていた。


 テーブルに倒れ込み、すやすやモードだった。花蜜たっぷりの紅茶も効いたようだな……ゼファーによる長旅に、夜間の戦闘、午前中の高高度を飛行したことによる、冷え。体力を失っていて当然だな。


「みんな、疲れているのね。しっかりと寝ちゃっているわ……」


「ああ。寝かせてやるべきだ。とても疲れているのさ。君たちの紅茶の甘味も、彼女たちの心を癒やしてくれたようだね」


「……長話が過ぎたのよ。でも、根性がありあまっているというか……フツー、『ホムンクルス』とか、『魔女の劣化した分身』が近くにいたら、怯えるもんじゃないかしら?」


「くくく。そんなことを気にしていて、猟兵などやれるものかよ。オレたちが牙を剥くのは、敵だけさ」


「仲間として認識してくれているってことでいいの?」


「そうだ。敵の敵で、今ではオレを介して親族にもなった。君にとって、彼女たちはすでに義妹みたいなもんさ」


「義妹か……そうね。かわいい妹たちだわ」


「それで。教えてくれるか?……その温室と。もう一つの花畑の場所を?」


「ええ。こっちに来て。温室は近いわよ。この建物の、地下にあるの」


 オレとオットーは、思わずお互いの顔を見てしまっていたな。探していたお花畑が、足下より深くに存在しているとはね。滅多と体験できない感情がわくよ。とんだマヌケを演じているようだ。


「こっちに来て。妹ちゃんたちは、寝かせておいてあげましょうか」


「ああ。花畑を焼き払う作業など、乙女には似合わんからな」


「……いい?家の地下では焼かないでね?……引き千切るだけでも十分でしょ?」


「そうだな。地下室に火を放つと……愚かなことになりそうだしね」


 炎は上へと走るものだ。この素敵で不思議なアトリエが、丸焼けになってしまうかもしれない。それは、年増扱いするよりもはるかに、29才女子を激怒させてしまいそうだもん。


「……何をにやついているのかしら?」


「悪い癖だよ、悪党みたいな顔でニヤニヤしちゃう病気なのさ」


「素敵なお薬を処方できるけれど?顔の筋肉が固まるの」


「笑えなくなるような薬は御免こうむる」


「残念」


「……とりあえず、『温室』とやらに連れて行ってくれるか?この部屋は暖かいから、三人を寝かせてやれ。風邪は引かないさ」


「そうね。じゃあ、こちらへどうぞ……ククリとククルの料理が出来るまでには、ここに戻って来ましょう」


 ククリとククル。オレの新しい義理の妹さんたちは、オレたちのために昼食を作ってくれている。このアトリエの4階がキッチンだそうだ。天井から、わずかに足音が聞こえる。


 軽い足音が右往左往しているよ、盛大な料理を作ってくれているらしい。


「楽しみにしていなさい。蜂蜜でやわらかくした牛肉がたっぷりよ!」


「ああ、野生化した牛の群れがいたな」


「野生化とは心外ね。壮大な『放牧』のようなものよ……ちゃんと、『病気除け』も打っているのよ?」


「なるほど。それならば、放牧とも言えるな……」


 ゼファーに食わせちまったけど、黙っておこう。


「じゃあ、こっちに来なさい。『メルカ・クイン』が代々、引き継いで来た温室を見学させてあげる―――ああ、見学じゃなくて、『ストレガ』の花をむしるのね?」


「そうさ。残酷なお仕事を実行するのも猟兵の仕事だよ。なあ、オットー?」


「ええ。あまり素敵な作業ではありませんが、『薬物強化兵』が生まれる可能性を、排除しておきたいですからね」


「……分かったわ。こっちよ?昼食よりも先に、『収穫』してしまいましょう」


「収穫?」


「ええ。傷薬にするぐらい、いいわよね?敵には渡さないし?」


「もちろんだ。資源は有効活用すべきだからな」

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