第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その14


 戦士の家など殺風景なものである。彼女たちの家も、その例には漏れなかった。双子たちの家も家財道具は少なめで、壁には武器がかかっている。女子らしい要素は皆無だな。


 最も目を引いたのは、幾何学的な模様と、『花』の刺繍が施された飾り布だ。家のあちこちに大小いくつもの飾り布が壁にかけられていた。


 『花』か……なんだか最近、縁があるな。


 『ストレガ』の花畑を求めて、この土地に来たのだが。『アルテマの使徒』たちの飾り布に描かれた『花』は……。


「……ソルジェ。この『花』。『ストレガ』の花だ。花弁の形が特徴的な花でな、コイツはまさにそれだ」


 リエルがそう教えてくれた。女神イースが『星の魔女アルテマ』を仕留めた後に、魔女のために流した涙から生まれたのが『ストレガ』―――。


「……やはり、お前たちも、あの赤い花畑を探して来たのか」


 ククリの声には、どこかトゲがある。『ストレガ』を求めて来た『青の派閥』と『黒羊の旅団』が彼女たちにしたことを思えば、当然のことかもしれないな。


「―――お話しは、とりあえず、テーブルにつかれてから!花蜜がたっぷりなハーブティーを用意しましたよ、我が家の初めてのお客さま」


 ククルはそう言ってくれた。彼女はやさしく、ククリは強くあろうとしているのだろうか。良いことだ。支え合うために、彼女たち双子が選んだ生きざまか……。


 オレたちはテーブルにつく。ここは、食事をするところだろうな。広い部屋だし、大きなテーブル。オレたち全員が座れるな。


 ああ、隅のほうにはキッチンがある。ハーブの香りが強い。テーブルの上に置かれた、陶器製のコップの中に入った、紅いハーブティーからも香るのだが、キッチンには、多くのハーブが紐でくくられて吊されていた。


 ふむ、これほど香りの強いハーブを、どう料理に使うのだろうかな―――。


「さあ。竜の戦士と、その仲間たち。我が姉、ジュナを私たち姉妹のもとへと連れ帰ってくれて、感謝している。とりあえず、外で待たせすぎてしまった。冷えただろう?熱いお茶でも飲んでくれ」


 勧められるままに、オレたちはその紅いハーブティーを口にする。男の口には、甘すぎる。だが、ハーブの甘い香りと、花蜜がたっぷりと溶けたハーブティーの味は、最高に合う。


 彼女たちの料理は、風味を活かした食文化で構築されているのかもしれないな。


「ああ!!美味しいぞ!!たくさんのハーブが入っているな!!とても良い香りだ!!」


「ほんとっすね。甘いし、温かくて……体が温まるっすよ!!」


「甘くて美味しい!!ねえ、蜜をもっと入れて!!ククリ!!」


 甘え上手なミアが、ちょっと強気なククリを落としにかかる。


 ククリは、なんだか照れながら、ああ、と応えて、ミアのハーブティーにたくさんの花蜜を注いでいく。花片と蜜が混じった、その花蜜は温かいハーブティーのなかで踊るように広がる。


「わーい!!ありがとう、ククリちゃん!!」


「お、おう!!」


 世界一かわいいケットシーが、双子戦士の片割れのハートを撃ち抜いていたよ。


 オットーは、もちろんこの高温のハーブティーを好んでいた。それはそうだ、何故なら、そのハーブティーは高温なのだから―――。


「ああ。クッキーもあるんです。よければ、お茶うけにどうぞ」


「やったー!!甘い飲み物に合うのは、甘いモノだよね!!」


 ミアがニコニコしながら、ククルの持ってきたクッキーに指を伸ばす。甘そうなクッキーをミアは口に運んでいたよ。


 さっき、ちょっとだけ眠ったから、多分、お腹が減っているんだろうな。育ち盛りだもの。仕方がないさ。


 女子たちは甘いモノが好きなのは世界共通らしい。猟兵女子ズは喜んでいたし……双子の戦士たちも、糖質のくれる甘さに、悲しさに冷えた心を温めてもらっているようだった。


 ククリとククルには、あまりにも悲しい日だからな……。


 ひとときの甘味を帯びた休息の時間は過ぎ去り、双子の戦士たちは、オレを見つめて来る。ククリが口を開いたよ。彼女が、『筆頭戦士』だからな。ジュナを継ぐ気だな。


「―――竜の戦士よ。そろそろ、本題に入ろう」


「ああ。オレたちの目的から話させてもらおう。それに、オレたちがどんな存在なのか」


「……そうだな。場合によれば、お前たちを追い返さなくてはなるまい」


「……ちょ、ちょっと、ククリ!」


「いいのさ。この『メルカ』を守る戦士ならば、そう考えて然るべきだ」


「……そ、ソルジェ・ストラウスさま」


「オレたちは、ルードという国に雇われた傭兵だ。その名を、『パンジャール猟兵団』。ファリス帝国と……つまり、イース教徒たちと戦い続けている集団だ」


「どうして、イース教徒と……帝国という存在と戦っている?」


「ヤツらに祖国を奪われたからだ。そして……帝国が亜人種を迫害し、人間族だけの世界を造ろうとしているのが、どうにも気に喰わんからだな」


「……詳しく聞かせろ。私も、ククルも、『外』のことをあまりにも知らない」


「長くなるぞ。オレの旅は、もう9年にわたる」


「かまわない。『長老』にも、報告せねばならないのだ」


「わかった。そもそもオレは、ガルーナという国の―――」


 ―――本当に長いハナシになった。


 双子の戦士たちは、この『カーリーン山』と『レミーナス高原』までしか世界というものを知らなかったから。世界が本当はどれほど広くて、大きいものかを知らないのさ。


 いや、それは彼女たちが平和な暮らしを築いていたということの証か。


 乱世の破壊とは無縁のままに、『アルテマの使徒』たちは、この高原で穏やかに暮らしていた。とても平和な日々であっただろう……世界と隔絶することで、手に入れることの出来る平和もあるのさ。


 それは、民に平和を与えることが役目である戦士という職業からすれば、最高の仕事を果たしていたとも言える。


 おそらく、ジュナは……彼女の小さな故郷に近づく敵を、全て排除していたのだろう。誰にも知られぬことで、秘密のヴェールにこの場所を隠させた。それが、『アルテマの使徒』の戦士たちの役目だったのかもしれない。


 オレの長い物語はしばらくつづき―――ようやく、現在の状況に追いついていた。


「つまり……帝国の兵士を『ストレガ』の花蜜で強化されては、オレたちの仲間が大勢、殺されることになる。それを防ぐために、『ストレガ』の花畑を、焼き尽くしに来たんだ」


「……そういうことか」


「『ストレガ』に、そんな効能が隠されていたなんて……」


「……君たちにとって、あの『花』は貴重な存在か?」


 だったら、素直に燃やすと口にしたのはマズかったかもしれないが―――仕方ない。上手に嘘をつけるほど、賢くもなければ卑劣な男でもないんでな。ガルーナの蛮族に、多くを期待してもらっては困るぜ。


「……いいや。イース教徒がどう考えているのかは知らないが、アレは始祖アルテマが想像した『作品』の一つだと、我々には伝えられている」


「『作品』?」


 ……不思議な言い方だな。まあ、神聖な存在としているモノに対して、使うような言葉ではなかろう―――。


「その花畑を燃やしても、君たちは怒らないのか?」


「はい。痛み止めや、薬湯をつくる時には重宝しますが……神聖視はしていません。我が家の飾り布に刺繍をしたのは……ジュナ姉さんが、たんにあの花を好きだったからです」


「……外の世界はどうなのかは知らない。だが、我々は、それぞれの家族で、好きな花を見つけて、それを家族の象徴や、名前とするんだ」


 家族の名前?


 ふむ、つまり『名字』ということだろうか。


「……君たちの正式な名前は、『ククリ・ストレガ』と、『ククル・ストレガ』ということか?」


「まあ、そうだな」


「……ええ。でも、より正確には、『ククリ・アルテマ・ストレガ・コルン』と、『ククリ・アルテマ・ストレガ・コルン』となります」


「『コルン』というのは、どういう意味だ?」


「……一種の、『戦士』としての立場とか役目を表す言葉、ですね」


 つまり戦士階級を『コルン』と呼ぶのかもしれないな。


 まあ、この120人しかいないという集団において、身分というものが、どれだけオレたちが使う意味と同じような概念を宿しているかは不明だが。


「……まあ、こっちの事情は話した通りだ。それで、そっちは?どうして、『青の派閥』と交戦している?」


「……知りたいのは、むしろ、こちらの方だ。連中は、唐突に仕掛けて来た。そして、我らの数名を殺し……戦となった。けっきょくこちらは現状20人が殺され、我々は、連中を40人は殺した。そんな状況だ」


「戦っただけではないはずだ。連中は、『ストレガ』の花畑について、訊いただろ?」


「……ああ。そうだったな」


「ですが、私たちは知らないと答えた。イース教徒は、我々にとって積年の敵です。三世紀前の屈辱を、私たちは、忘れない。だから……質問には答えませんでしたが」


 それが、『青の派閥』を怒らせたのか?


 そして、『青の派閥』は雇った『黒羊の旅団』たちに、彼女らに対する攻撃を開始させた?……ふむ。何か動機として弱い気がするな……。


「……ククリ、ククル。君たちや、この場所が、敵に狙われる『特別な価値』があるのだろうか?……『青の派閥』は錬金術師だ。ヤツらの知的好奇心を満たす、そんな『特別な価値』が……」


「……私たちに『特別な価値』か?……あるかな、ククル?」


「自分たちとしては、お互いに大切な存在ですが……私たちは、ただの『コルン』ですしね」


「……ん?ただの『コルン』ではない者もいる?」


「『長老』だけは、『コルン』ではないですね。私たちとは異なり、『叡智』を継いでいますが……」


 『叡智』か……抽象的だが、錬金術師である『青の派閥』は惹かれそうな単語だ。


「その『長老』とも話せるかな?」


「しばらくすれば、来ると思います。昨夜の『占星術』で疲れたようで、今も寝ていると思います」


「そのうち、来るさ。あの年増は、我々のような『コルン』じゃない。だから、知恵が働く。竜の戦士の質問にも答えてくれるだろ」


「なるほど。ならば、その『長老』殿をここで待たせてもらっても―――」


 ―――その気配は悪臭を伴って、ハーブの香りに充ちたこの部屋へと流れて来ていた。戦場でよく鼻が嗅いでしまう、この悪臭……腐敗した人肉が放つ悪臭だ。戦場跡ではよく嗅ぐそれが、今、唐突に鼻が嗅ぎつける。


 猟兵と双子の戦士が、腐臭に混じった悪意を悟る。そうだ、残念なことに。オレたちは見逃していたのだ。あんな近くに、モンスターはいたというのにな―――。

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