第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その13
「すまないが、姉さんを寝かせてくる」
「しばらく、ここで待っていて下さい」
「……了解だ。急ぐことはない。時間を十分にかけるといい」
「……わかった」
「ありがとうございます、ソルジェ・ストラウスさま」
そう言いながら、姉の遺体をお姫さま抱っこで持ち上げたククリと、彼女にピッタリと寄り添うククルは、その白い家の中へと消えたよ。
双子の家は、この石造りの町の奥にあった。白い『メルカ』の町は、たしかに初めて訪れる者たちには、迷いやすさがあるだろう。どこも、似ているからだ。
帝国領の町並みは、建築物を法律で縛りすぎている。その結果、どいつもこいつもそっくりで、味気なくつまらなさがあるが―――『メルカ』の建物は、そんな次元の同じさではない。
測ったように、同じような大きさだ。それに、これほど真っ直ぐに整えられた石畳の道路は、他に知らない。
整然。
あるいは……それを超えた『無機質』。
全てが白に沈むこの世界を、そんな風に表現することは妥当な気がしてしまうのだ。なんとも失礼なコトだがな……。
でも。これはこれで、うつくしさを宿す。几帳面な森のエルフさんとか、洗い立てのまっ白いシーツが大好きな『吸血鬼』さんは、綺麗な町だなあと、うっとりしている。
オットーは、感心していたよ。
「測量技術が優れていますね。きっと、高度な占星術のたまものでしょう」
「……占星術?」
「星占いっすか?」
ヨメさんたちがオットーに質問する。
オットーのマニアな魂に、火を点けたような気がするよ。
「占星術とは、ただの占いというわけではありません。非常に細かな法則を持つ、一種の科学ですね」
「占いが、科学だと?」
「どーいうことっすか?」
女子たちは占いとか好きだから、ガンガン地雷を踏んでいる気がする。ミアはオレと一緒にお日さまを浴びて、白く輝く『メルカ』の町並みを見つめていたよ。太陽を浴びると、たしかに白くて綺麗。遊び心は少ないがね。
「太陽や月が、ヒトの肉体や魔力に大きな影響を及ぼすのは知っておられますね?」
「う、うむ。とーぜん」
「は、はい。なんとなーく」
「占星術とは、空に瞬くあらゆる星たちも、太陽や月のように、我々の肉体と魔力に影響を及ぼしているのではないか……それどころ『世界そのもの』にも、影響を与えているのではないかという着想に根ざした、統計的な学問ですね」
「……うむ」
「……はい」
地雷を踏んだことに気づいたようだ。マニアの地雷を踏むと、その爆発は熱くて濃くて、長くなる。オレはミアと一緒に、遠い目をしながら、空を飛ぶ鳥を見つけていた。
「星空をより精確に観測することで、ヒトと世界に対して、星たちが与える影響を読み解こうとしたのです。それらは、ときに農耕のスケジュールを洗練させました。航海技術の洗練も……アリューバでも、使われていましたよね、『アストロラーベ』!」
「……ああ!」
「……ええ!」
多分だけど、二人には通じていない。
『アストロラーベ』というのは、占星術師らの使う道具。男心をくすぐる、工業品的なカッコ良さを持っているな。
その用途は色々。天体観測の星見表にもなるし、日にちを設定して、星の角度に合わせたら、夜間の時刻が正確に分かる。
時計代わりにもなるし、測量や数学の能力があるのなら、自分がどの方角にいて、どこに向かっているのかが分かるんだ。頭に地図が入っている船乗りや、オレたち竜騎士にとっては、そっちの使い方もするのさ。
ミア。お兄ちゃんは、星を見て竜を飛ばす、ロマンチックな竜騎士なんだ。時計と地図と星の角度で、自分が世界のどこにいるかを知れるって、素敵なことだろう?
ミアは、オレの組んだ脚の間に座り、そのままお昼寝を始めた。うつらうつらと、首を縦に振っている。夜中の作戦に連れ出すことも多いからな。ちょこちょこ、お昼寝タイムを提供しよう。
お昼寝タイムぐらいでは、眠りが浅いのか、睡眠拳法も発動しないしね!お兄ちゃんはミアの愛らしい寝息とかを聞けて至福だよ。
「―――8世紀前の、ファリーバン王朝では、この占星学の発達と、体内魔術理論の融合により……高度な医療技術を完成させました。季節や時期により流行する病の原因を、自分自身の体内にあるものと、外的な要因などによるものとに分けていき、画期的な内科学の診断基準を作りましたよね」
「……ああ」
「……ええ」
猟兵女子たちウルトラ引いてる。
だが、まあ占星術も本当に役立つものだ。学問としての数学だけじゃなく、実用的な測量技術、航海技術、高精度なカレンダー作り……いろんな技術の基礎となって、たしかに世の中を支えているんだよ。
「―――バーニシーでは、占星学と共に発展した『アストロラーベ』を用いて、陸地の見えない沖合での航海を実現しました。中世における、長距離航海時代の幕開けというわけですね。この結果、大陸各地で栽培している農作物の交流が生まれ、現代のように数多くの農業生産物が作られるよになりました」
「……」
「……」
リエルもカミラも、眠たそうだ。興味のないハナシって、眠くなるよな。
オレは歴史も嫌いじゃないから、それなりにオットーのハナシは楽しいけど。あの二人はそうでもないらしい。
古代史における長距離航海時代。そのときに観測された星見の情報で、地図ってのは精度を増したのさ。測量技術の進歩は、距離と方角を精確に地図へ描き込むようになった。
そのおかげで、商人たちや軍隊は、自分たちがどんなルートを歩けば、効率よく、行きたい場所に辿り着けるかを、学術的に話し合えるようになったとさ。
それまでは冒険家たちの証言を聞いて、何となく街道を選んでいた。作りやすそうな土地に作ってしまったりな。
大昔の道路ってのは、つまり、職人たちが勘で作っていたわけだ。だから、ときおり、効率がとんでもなく悪い道も出来てしまったわけだよ。
でも、天体観測で培った測量技術が全てを変えた。これによる精確な地図作りと方角の把握によって、為政者たちや商人の想定する通りの道が造られるようになった。
『合理的な商業の道』が造られることで、商売は盛んとなっていく。
そうした道を多く有する国家が栄えたりもした。だが逆に、その合理的かつ効率的な道路を、敵の進軍コースにも利用されることで滅びたりもするときもあった。
技術というのは、国家の興亡にさえも、遠からず影響を及ぼしていて……面白いな。オットー・ノーラン教諭の歴史の授業なら、オレは楽しめそうだが……。
猟兵女子たちには、マニアック過ぎるらしいな。
「―――そうして、450年ほど前に、大陸の三分の一をネトベアの王が手中に収めました。それにより大陸規模での、文化交流の流れを生み出していったわけです。魔術師たちの国際的な同盟が幾つも創られ、彼らにより三大属性魔術は世に広められていく流れにつながります」
オットーは、歴史の教師に即日なれそうだなあ。
……でも、うちのヨメたち死んだ魚の瞳をしている。歴史の授業に対しての、ありがちな拒絶反応を催しているようだ。
「……昔のこととか、どうでもいい」
「……ホントっす、どうでもいいっす」
歴史学者が聞いたら、口元を押さえて涙を流しそうなほどの残酷を帯びた言葉だった。まあ、歴史学者は、そんな言葉を一万回は聞く人生だろう。彼らの心は、よく打たれた鋼のように固いのだろうさ。
……でも、『どうでもいい』ってのも、素直な言葉ではある。
歴史を楽しむためには、歴史がもつ意味を知るための予備知識だっているもんな。そういう知識を集めたりするのは面倒だし……多くのことが役に立たないものばかり。たしかに、どうでもいいことも多い。
オットー・ノーランは、ちょっとマニアック過ぎるのかもしれん。いつか、彼の知識とマニアックさを受け入れてくれる度量と知性を持った女性とかと、運良く出会えるといいよね……。
どんな料理が下手な女子でも、彼の舌なら問題ない。温度がそれなりに高ければ、オットーは美味しいと言うのだから。課題は、マニアックな知識に対処が可能で、喜んで対話してくれる知性にあふれた女性ってところかな。
「―――待たせたな!」
「姉さんを寝かせて来ました。どうぞ、こちらに」
双子戦士が戻ったぞ。リエルとカミラの表情は、救いの主の登場に、光あふれて輝いていた。
「あ、ああ!よし、行くぞ、オットー!」
「招かれましたので、すみやかにお家にゴーっす!」
「え?はい。そうですね。続きは、またその内に―――」
「いいから!行くぞ!!」
「そうです!行きましょう!!」
オットー・ノーラン教授は、女子たちに押されながら双子戦士たちの家へと消えて行っちまう。リエルもカミラも、歴史という学問が、あまり好きじゃないらしい。というよりも、オットーがマニアックすぎるだけかな。
さて。ミアを起こすのはかわいそうだが……ん。周囲の人物たちのドタバタした足音のおかげで、ミアは起きてしまったよ。妹から睡眠という名の快楽を奪う悪役さんにならなくて、本当に良かった。
……なんだか、オレのシスコン、今日は普段よりも寂しさを帯びている。ミアに檄甘モードになってるよ。セシルのことを思い出しちまったからかな……。
ミアは、ふわあ、と小さなあくびをする。そして、目をこすりながら言ったのさ。
「……あれえ?……私、寝てた?」
「ああ。ちょっとだけな。じゃあ、行こうぜ。ククリとククルに、色々とハナシを訊くチャンスだから」
「うん!りょーかい、お兄ちゃん!」
そう言いながら、お兄ちゃんのあぐらの上からミアが巣立っていくぜ。さて、オレも立ち上がろう。ストラウス兄妹も、双子の戦士の家へと入るのさ。
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