第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その12
オレはゼファーと心をつなぎ、仲間たちに安全が確保されたことを伝えたよ。やさしいカミラやオットーとは異なり、狩猟者の魂をもつリエルとミアは、己に向けられる敵意へのリアクションを抑制することに疲れていたのさ。
売られたケンカは絶対に買うタイプの二人は、双子が指笛を吹いたことで住民たちが警戒を解いたことで安心する。反撃をガマンするのにも、精神力は消費されてしまうものだから。二人はそういう愛すべき攻撃的な人々なんでね。
町は平穏を取り戻していた。隠れていた『アルテマの使徒』たちも、日常を回復させていく。ある者は洗濯をしていたり、ある者は武装したまま見回りをする。
弓を背負った者たちが、遠出の準備をして馬に乗り町から離れていく……細い脚の馬で、かなり身軽そうな馬だった。警戒の遠出か?あるいは狩りかもしれんな。
この高度でも、あれだけ跳ねることの出来る馬なら、『黒羊の旅団』の馬に追いつくことは出来ないだろう。老獪な罠にかけられなければだが。
「……そういえば、あの『煙』で、『敵』を誘っていたのか?」
……敵を誘導するための煙だと感じていた。だが、すでに一度、ここは傭兵たちに襲撃されたと彼女たちは語った。場所を知らせる意味は無いだろうな……。
では、あれは何のために?
「ああ。『長老』が『占星術』で、外から戦士が来ることを予見した」
「指示に従い、目印を。戦士は敵だと思っていましたが……ソルジェ・ストラウスさまのことだったようです」
「……『占星術』?……まさか、星の相を見て、オレを気取ったというのか?」
「……疑うだけ、ムダだ『長老』は全ては占えないが、占えたモノは全て当たる」
「はい。私たちにも不思議なことですが、『長老』の『星読み』は、外れたことがないのです」
ふむ。『予知能力』?……『星の魔女アルテマ』、その使徒には、なかなかにユニークな長老殿が存在しているようだ。
「ああ、非科学的だが……当たるんだ」
「ええ。非科学的ですが……外れないのです」
予知能力者を非科学的と断じたぞ?……こう言っては何だが、意外だな。こちらは彼女たちのことを、辺境の山に巣食った狂信的な宗教集団かと考えていたのだが。なんだか、やけに冷静な部分もあるようだな。
……あるいは、『長老殿』が、ほんとうに非科学的なユニークさをお持ちなのかもしれないな。
さてと。
この場に『アルテマの使徒』たちが何人か集まって来る。年齢は違えど、当然のようにこれまた全員が女性。さらに言わせてもらえば……似ている。
……皆が黒髪で、黒い瞳……身長も体型も、似ている。どの女性からも、似た印象を受けるため、この光景に若干の困惑を抱いてしまう。
ふむ。親族ばかりということか?
『アルテマの使徒』たちは、ここにいない者たちを含めても120人らしい。人員の制限があるのか?……口減らしの文化を連想して、何だか穏やかではない。
だが。そんなありきたりの風習なのだろうか。
そもそも子供をどうやって授かるんだ?……女しかいないように見えるが……。
……とにかく、少数団過ぎて、親族同士の婚姻が繰り返されて、その結果、全員が似ちまっているということなのだろうか……。
全員、親族。
だから……ここまで似るのか?……体型が同じなのは、過酷な栄養条件の結果なのかもしれないが―――でも、顔や身長などが、こうまで似るのか……?
「お兄ちゃーん、お待たせ!!」
この町の人々をジロジロと不躾に観察しているオレに、ミアが飛びついて来た。オレを心配してくれていたのかもしれないな。オレの胴体に抱きついたまま、夏のセミさんみたいに取りついた。
「……なんだ、オレは心配かけていたのか?」
「うん。この町の皆、なかなかに強いもん。でも、戦いになれば、一番に駆けつけてたー」
「……そうだな。でも、そんな状況にならずに良かったよ」
オレはミアに抱きつかれたまま、双子の戦士たちへ視線を移す。双子の戦士たちは、仲間が持ってきてくれた荷車に、姉の遺体を乗せていたよ。
「彼女を、君らの家まで運ぶのか」
「ああ。客人たちよ、ついて来い」
「ええ、私たちの家に、おいで下さい。ソルジェ・ストラウスさまたちには、聞きたいことがあります。おそらく、あなた方も、私たちに聞きたいことがあるのでは?我々は、お互いをもっと知りたいはずです」
「……その通りだ。ああ、オレの仲間を紹介しておくよ。この黒髪のケットシーがミア。オレの妹だ。そして、銀髪のエルフが、リエル・ハーヴェル。オレの妻だ。そして、その隣りの金髪の女性がカミラ・ブリーズ。オレの妻だ。そして、あの知的な顔の男は、オットー・ノーラン。オレの同僚」
「……む?なにか、違和感を覚えるな……」
「外の世界では、そうなのですか?」
「……なにがだ?」
「いや。『オレの妻』という娘が、二人いなかったか?」
「ええ。そのエルフさまと、そのお隣の不思議な魔力をお持ちの方が……」
ククルは魔力を読む力に長けている。『闇』の気配をも嗅ぎ取ったか。有能な魔術師なのかもしれないな。
「ガルーナの竜騎士は、一夫多妻制なんだよ。リエルもカミラも、オレの愛する妻だ」
あともう一人、ロロカ・シャーネルもオレの愛する妻だ。でも、この場で語ると、ややこしくなるから伏せておこう。
「うむ。正妻のリエルだ、よろしく」
「はい。三番目の妻のカミラです、よろしくお願いいたします」
「三番目だと!?」
「他にも妻がいるのですか!?」
バレちまった。そして、双子の戦士たちは、より深く驚いていたな。
「森のエルフはそういう制度だ。問題はない」
「ガルーナの竜騎士も、そういう制度っす。問題ないっす」
ヨメさんたちが双子の戦士にそう語った。双子の戦士は、異文化にそれなりの衝撃を受けたのだろう、ポカンとした呆気に取られたような表情になっていたよ。この土地では、一夫多妻制は適用されていないようだな。
じゃあ、オレは、この双子たちに、大変なドスケベ野郎とでも認定されるのだろうか?それどころか、この町の女性たち全てに?……別にいいけどさ。
「……わ、私は、ククリ!『アルテマの使徒』の……『筆頭戦士』になる。姉さんたちが、亡くなってしまったからな……」
『筆頭戦士』。組織で最強の戦士ということだろうか。たしかに、彼女の体格は姉であるジュナによく似ている。
十分に熟練した戦士だろうな。そうだ。技巧は申し分ないだろう。あの体は強くしなやかに、獣のように躍動し、戦場で強さを見せるはずだ―――。
問題は、個人としての強さではなく、戦闘指揮官としての才覚か。オレが言うのもなんだが、彼女はかなり直情的な人物のようだ。攻めるのには向くが、この守るための戦には向いていないかもしれない。
『黒羊の旅団』の強さは、組織戦術だからな。ジュナを欠く今、ククリの指揮で『アルテマの使徒』たちは戦場のベテランぞろいである『黒羊の旅団』の攻撃から、身を守れるのだろうか……。
「私はククルです。ククリの双子の妹で、未熟な彼女のサポート役です」
「未熟とか言うな」
「……そういう言葉が出てくるうちは、未熟者。姉さんの言葉です」
「ぬ、ぬう……っ」
ククリがやり込められる。たしかに、この冷静なククルがサポートについているのなら、バランスは取れるかもしれない。良い姉妹だな。若く美しく、武術も極めている。だが、彼女も当然ながら幼い。
どちらも、未熟な戦士たちだ。
……どうにも、猟兵としての悪い癖かね。彼女たちに雇われてみたくなる。不利な戦をしている美しい女性か。守ってやりたくなるのが騎士道ってもんだろ……。
「……おい。竜の戦士。移動を開始するぞ。我々について来い」
「この『メルカ』はあちこちが白くて、特徴が少ないです。迷わず、ついて来て下さいね、ソルジェ・ストラウスさま」
「……ああ。みんな、彼女たちの家にお邪魔しよう」
「オッケー。じゃあ、合体終了」
ミアがオレの胴体からピョンと離れる。お兄ちゃん成分は、堪能してもらえただろうか?オレもミアに抱きつかれて、妹成分を補給出来た気持ちだよ。
兄妹でいちゃつく様を見て、ククリとククルが、どこかさみしげに笑った気がする。姉であるジュナに抱きついていた日も、あったのだろうな。
「……さあ。こっちだ」
「……ええ。こっちです」
双子の戦士たちに導かれ、オレたちは歩き始める。双子の戦士たちは、オレたちを案内する以外にも、それぞれの役割があるようだ。
ククリは姉の遺体が眠る荷車を引いていき、ククルは荷車を導くように先を歩いて、仲間たちから受け取ったカゴから、花を撒いていた。花びらが風に舞い……死者の行く道を美しく飾っていたよ。
『メルカ』の町にいる戦士たちは、この花片の舞う葬列を見ると、ジュナの名前を呼ぶと共に、祈りの姿勢を選ぶ。顔を下に傾け、胸に左手を当てている。戦士ジュナへの敬意と別れを示す儀礼なのだろう……。
短い時間だが、その祈りはとても深い。
ジュナがどれほど『アルテマの使徒』に貢献したのかを、彼女たちの全てが理解しているようだったな。
……しかし。この場にいる女戦士たちは、誰もが本当によく似ている。やはり、近しい親族同士で構成されているから?
どうかな。そんな理屈では、説明が出来ないほどに、誰もがジュナに似ていた。
だが、今は気にしないようにしよう。おそらく葬儀の瞬間なのだ。踊るように歩くククリが投げる花片の、甘くてさみしい香りを嗅ぎながら……仲間と家族のために戦い抜いた女戦士ジュナに、オレも祈ろう。
ジュナよ。
オレは君について、ほんの一部分しか知らない。
君たち『アルテマの使徒』が、どういう存在なのか、全く分かっていない。
だが、それでも理解していることがある。君は、仲間と家族を守るために命を捧げたということだ……。
かつてのオレには……出来なかったよ。オレはガルーナで、妹のセシルを守ってやれなかった。守るべきセシルを、オレよりも早く死なせてしまったんだ。同じ、妹を持つ身として、君のことを尊敬するよ。
……そして、オレは見てのとおり、かなりのシスコン野郎でね。
君との約束は、すでに果たしたのだが……。
勝手な約束をしてやろう。
君の妹たちのことを、オレは守る。おそらく、ただ自分自身のためにな。ここの戦士たちは君と同じように屈強なのであろうが……戦とは、駒の質だけで行うものじゃない。
多くの戦場を知る『黒羊の旅団』は、この山で鍛えていただけの君たちの手には余る強敵のはず。
連中がどれだけ、ここを本気で襲撃したがっているのかは知らないが、もしも本気で襲撃するつもりであれば―――次に連中がここを襲ったとき、君たちは敗北し、全員が殺されるか……。
それよりも悲惨な目に遭うだろう。奥歯に仕込んでいるという、カシムの葉を噛むことになるかもな。あるいは強姦され、『アルテマの呪い』に切り裂かれていく様子を、錬金術師どもは詳細に記録するのかもしれない。
そいつはね……オレには、とても見過ごせない。
もう一度言うがな、ジュナ。これはオレの個人的な願望なのだろう。セシルを失ったことのあるオレだからこそ、妹たちを救った君の物語が―――せめて、オレの望む形で結末して欲しいのだ。
君のことを見習い、カシムの葉を使わず、苦しみ抜いて死ぬ双子の戦士を、オレは絶対に見たくはないんだよ。報われぬことのない苦しみを味わい、仲間を皆殺しにされる彼女たちを、どうにも見たくなくてね……ッ。
花片の漂う冷たい風を浴びながら、猟兵たちに告げるのさ。
「―――オレたちは、彼女たちの『剣』になるぞ」
その言葉にも、誰の反論が無かったことを、オレは誇りに思うのさ。
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