第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その11
「……そんなものを仕込んで、戦場に行くのか、君たちは」
「辱めを受ければ、呪いで死ぬのだ!!肉が裂け、長く、苦しむッ!!『カシムの葉』は私たちにとって、救いに他ならない!!」
「……たしかに、そうかもしれんな」
やはり、女戦士ばかりの集団なのか。戦場で虜囚となることは、男でもリスクでしかない。だが、女戦士であれば、兵士どもの性欲の犠牲になるのは確実だ。戦場では、男は女に飢えている。家畜と『交尾す』る兵士どもさえ出る始末だ。
「……『カシムの葉』を、飲めば……すぐに、楽になれたのに!!どうしてだ、ジュナ姉さん……ッ!!」
「―――決まっているだろう」
そうさ。そんなことは決まっている。
誇り高き戦士ジュナが、あの最後の戦場で何を考えていたかなど、オレには分かる。オレにも妹がいたからな。セシル・ストラウス。7才で焼き殺された、最愛の妹がな……。
ジュナの妹たちが、オレを見る。
剣士ククリはオレを猟犬のような顔で睨みつけ、弓使いククルは戸惑うような瞳で見つめてくる。
「……貴様なんぞに、姉さんの心が、分かるわけ無かろうッ!!」
「ククリ、やめて」
「……ククル……っ」
「この方は、戦場から姉さんを連れて来てくれた。その事実には、敬意と礼節で応えるべきです」
「……ッ」
気に入らないのだな。それでも構わんさ。剣を構えているといい。そうすることで戦士の矜持に頼ることも出来る。悲しいときは、歯を食いしばるものだ。痛みに耐える力が、奥歯からはもらえる。
弓使いは、弓から矢を外していた。背中の矢筒にこちらの心臓を狙っていた矢を戻し、弓を持つ右手を下げていた。彼女は、剣士の方よりも、いくらか理性の強い少女であろうとしているらしい。
それでも、彼女もジュナの妹だ。腰裏に隠しているナイフを、いつでもオレに投げつけて来れるようにはしていたよ。それでいい。それぐらいが、ジュナの妹には相応しいだろうさ。
「……竜に乗る戦士よ、あなたには、姉さんの気持ちが分かるのですか?男どもの陵辱に耐えながらも、アルテマさまの呪いを身に受けながらも、姉さんが『カシムの葉』に頼らなかった理由が」
「……ああ。オレにも妹がいたからな」
「え?」
「……ジュナは、君たちを守ろうとした。その『カシムの葉』とやらで、楽になれるのは彼女だけだ。家族を守ろうとする戦士は、そんな逃げ道を進まない」
仲間を、妹たちを逃すために敵に捕らえられることを許容する戦士だ。そんな戦士は、逃げることはない。愛情とは、ヒトに忍耐をもたらす。
「ジュナを犯すのにも、兵士は複数人いるだろう。ジュナは相当に手強い戦士だ。『黒羊の旅団』の傭兵や、若い男の錬金術師どもでも、一対一では恐ろしくて近寄れもしないだろう。ジュナは、暴れ続けながらも、敵を引きつけた」
「わ、私たちを、逃すために……っ。て、敵に、襲われつづけたと!?」
「そうでなければ、屈辱にまみれた苦しみなど選べぬさ。ジュナほど戦いを考えて、体を鍛え上げて来た戦士ならば、理解出来ていたはずだ。どうすれば敵をより多く引きつけられるか」
その身を犠牲にして、戦士としての責務を果たそうとした。敵を引きつけ、妹たちの撤退が、少しでも安全に行えるように。
「……そんな姉さん……っ。ご、ごめんなさい……ッ」
「……くっ」
戦士の妹たちは苦痛に耐えるための顔をしていた。それは、そうだろうな。だが、その言葉は、相応しくはないのだ。
「―――弓使いよ、謝る必要などない」
「え……?」
「ジュナは戦士として戦い抜いた。君たちが口にすべき言葉は、ジュナへの謝罪などではなく、ただ感謝の言葉が相応しいだろう」
「……っ!」
「……そうだな、竜乗りよ。腹が立つが、お前の言う通りだ。姉さんは、私たちを守るために戦い抜いてくれた。痛みにも、屈辱にも……誰よりも耐えた。だから、感謝の言葉を捧げるときだ」
剣士が、オレへと向ける剣を下げる。
だから。
オレはジュナのそばから離れていくのさ。
姉妹の再会に、オレのような『よそ者』は邪魔だろう。
広場の隅に行き、空を見つめるよ。
背後で、若くて軽い足音が聞こえる。双子の少女戦士たちは、姉の遺体に駆け寄ったのだろうな。
自分たちの元へと帰還を果たしたジュナへと、さまざまなことを語りかけている。
ありがとう。
そんな言葉もあったし―――やはり、姉を戦場に置いて来たことへの罪悪感は拭い切れるものではなく、謝罪の言葉も口にしていたよ。
仕方ないさ。
世の中は複雑で、戦場はシビアだ。極限的な状況で、全てを思うがままにすることは難しい。戦場では、理想など叶わないのが当たり前のことだ……。
双子たちの言葉と、すすり泣きの歌は、しばらく続いたよ。
立ち去るタイミングでもあったと思うが。オレにも任務がある。『ストレガ』の花畑を焼き払うという、当初の目的を達成するためにも―――そして、『青の派閥』と『アルテマの使徒』たちが争っている理由も気になる。
『青の派閥』が、『ストレガ』の花蜜以上に狙うモノが、この土地の『地下』に存在しているというのなら―――それが、どんな不利益を『自由同盟』に与えるのかを知りたいところだ。
情報源として、『アルテマの使徒』たちを利用したい。
だから、オレは少女たちの流す、泣き声を静かに聞きながら……彼女たちが、自分の姉への別れをひとまず済ませるタイミングを見計らっていたよ。
三十分も経過した頃か。
剣士のほうが……ククリがオレに話しかけてきた。
「……竜の戦士よ」
「……なんだ」
振り返ったとき、彼女は剣を鞘に収めていた。目は赤くなっている。かなり泣いたらしいな。
「……お前が、ジュナ姉さんを連れて戻ってくれたことには、感謝している」
「……私も、感謝しています。竜の戦士、ソルジェ・ストラウスさま」
「礼など別に構わない。帝国は、オレの敵だ。敵の敵は、味方だということだ。オレは君らについて何も知らなかった。この昨夜、初めて『アルテマの使徒』という存在を知ったのだ」
「……我々は数が少ないからな」
「……総勢で120人。それよりも、多くも少なくもんならないですから」
「……多くも少なくもならない?」
不思議な風習や掟が支配しているようだな。
「ええ。我々は、アルテマさまに仕える身。120の女戦士。それが、我々、使徒なのです」
「君たちの宗教は、オレには少し難しいようだ」
「すみません。外の方には、不慣れで……上手に説明することが出来ません」
「この土地に訪れる外客はいないのか?」
「いません。子供の頃から、客と呼べるような方は見たことがありません……遭難者を救助することもありましたが、ほんの数回です」
「……帝国の錬金術師たち、『青の派閥』は……君たちのことを少し知っているようだったぞ?」
「……二ヶ月ほど前から、ヤツらは突然現れたんだ」
剣士ククリが語り始める。
「どうやって、この隠された『天空都市』のことを知ったのかは、分からない。ただの偶然なのかもしれないが……斥候もなく、まっすぐにこの場所を狙うように向かってきた」
「……何世紀か前にも、この土地をイース教徒たちは訪れて、調べ尽くしたようだ。そのときに、この場所に関する記述を、密かに残したのかもしれない」
「……イース教徒め。やはり、永遠の敵だな」
「……君らにとっては、そうなのだろうな」
イース教の聖典では、『星の魔女アルテマ』は悪人とされている。その『使徒』を名乗る彼女らの言い分は、そうではないのであろう。
対立している宗教同士だ、お互いの崇拝物を悪く罵り合うという行為に及んだとしても、特別におかしなことではいだろうさ―――。
「……『青の派閥』が雇った傭兵ども。つまり、『黒羊の旅団』という組織が君らを襲っている実行犯だ」
「……ああ。名前は、捕まえた捕虜から吐かせたぞ」
「なるほどな。いい腕をしている。連中は、それなりの手練れだ。君たちは優秀らしい」
「あ、ああ。当たり前だ!」
「……ククリ。こんなところで立ち話は失礼でしょう」
「そ、そうだな。おい、竜の戦士」
「なんだ」
「その……なんというか……ジュナ姉さんを、連れて戻ってくれた礼に、我が家へ招いてやる!」
ポカリ!
「いたっ!?」
「そんな招き方がありますか」
「……仕方がないだろ。外の連中を、家に呼ぶなんてこと、したことがないんだ」
「そうですが……はあ。いいです、私がソルジェ・ストラウスさまをお誘いします」
双子の姉妹は、弓使いの方が社交性が高いらしい。
弓使いククルがオレの前にやって来る。
そして。
……無言のまま、反転して背中を見せた。剣士ククリのいる場所に、彼女は小走りで移動したよ。
「……ククリ。どうするんですかね?」
「……お前も、やっぱり、よく分からないんじゃないか」
「そりゃ、そうですけど?」
姉妹そろって、社交性は低いようだ。まあ、こんな人口密度どころか空気まで薄いような土地で生まれ育ってはな―――。
「……仲間たちも呼んでいいか?君たちと同じ若い女性が三人、賢く知的な男が一人いるんだ」
「あ、ああ!」
「は、はい!」
……どうにか、血なまぐさいことにはならずに済みそうだ。『雪女』たちは、独特な文化を有していそうだが―――協力関係を築くことも出来そうだな。
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