第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その7
……高山での朝は寒いが、スズメの声は聞こえなかった。それなのに早起きな理由は、鼻が痛かったからだ。ミアの後頭部が、落下してきたからさ。無邪気な攻撃は、察することは出来ないな。
オレもまだまだ未熟である。悪意なき攻撃さえも防げるようになりたいものだ。
「……おにいちゃん」
ミアに呼ばれた。起きているのかと思ったが、寝言だった。オレ、ウルトラうれしくなる。シスコンだからね。ミアの夢のなかに出演させてもらったことが、かーなり嬉しいんだよ。
夢で、どんな役回りなんだろ、オレ?
「……ちーずが……たべたい……っ」
……夢のなかのオレ、料理しているっぽいよ。ああ。そうだね。昨夜はダブル・カレーだったから……朝ご飯は、別バリエーションもありだ。そう。チーズとカレーの残り物、そして米がある。
「カレードリアしかあるまい」
オレのささやきに黒髪の中から生えている猫耳さんが、反応するようにピョンと動いていた。起きているわけではない。本能が、カレードリアに投票したのさ。だから?お兄ちゃんはミアのグルメな猫舌を喜ばせないといけないって衝動に駆られてね。
ゆっくりと動く、ミアを起こさないようにね。夢のなかのオレが、最高のチーズ料理を作っているあいだに、オレは朝焼けに染まりながらカレードリアを作るつもりだ。
「……よっと」
ミアのあたまを床に寝かせる。ミアが猫みたいにくるりと体を丸めて、毛布をぎゅーっと抱きしめる仕草が可愛くてたまらないのは、きっとシスコンだからってだけじゃない。ミアは、単純に世界一可愛い美少女だからだ……。
さて。
ウルトラ可愛いミア・マルー・ストラウスのために、カレードリアを作らなければな。そう思いながら立ち上がる。ああ、ヨメさんズは……昨夜のダメージがすっかりと抜けているのだろうな、すこやかな寝息を立てているよ。
ミアの睡眠拳法による打撃を受けると、やけによく眠れる。オレたちは猟兵だ。寝ているあいだもどこか敵に備えて、体に緊張感を宿しているのだ。ゆえに、寝ているときも100%リラックス出来ていない。
しかし?
ミアの打撃をもらい、意識が少し飛ぶことで……その緊張という名の心構えも解除されるのではないだろうか。ゆえに、肉体は全力で休むことが出来る。おそらく、リエルもカミラも、すさまじく爽快な朝の目覚めを向かえることになると、オレは予測している。
暖炉に薪を追加しておく。よく燃えてるよ。石造りの建物ってのは、何百年も使えるからいいね。よーし、これで、暖炉の前にあつまる女子たちは寒くないな。
リエルもカミラも、寝相はそれほど悪くない。カミラは、オレの首もとに噛みついてくるけど、『吸血鬼』だから仕方ない。
毛布にくるまる二人は、暖炉の熱量が増えて幸せそうだ。足下が温まると、気持ちいいもんな。美少女たちのにこやかな表情を見守っていると、こちらの顔まで緩む。
……二人を見ていると、いやらしいことをしたくなるから、これ以上は見ないでおくか。だってオレとリエルとカミラとロロカ先生は夫婦。夫婦は、どんなエロいことをしてもいいんだからね……。
朝から夜這いしたって怒られることはないが、ミアが寝てる横でそれはマズいもんな。毛布の下で、やすらかな寝息を立てて、ゆっくりと動く美少女たちの体は、魅力的過ぎる。
「いかんぞ、オレ……子作りしている場合ではない、チーズのたっぷりとかかった、カレードリアを作らねばならん……」
オレは両手で頬をパチリと叩き、皆の胃袋に幸福をもたらすために、調理の場へと進むのであった。
砦の外は寒さが一段階は違ったな。
砦にはドアなんてないが、暖炉の熱がこもっているからね。かなり温かい。でも、外は崖下から吹き上がる冷たい風に、すっかりと冷やされていた。
朝焼けの熱量は、まだ世界を温めるには至っていない。
口から吐く息の白さが、寒さをオレに目で見せてくる。そんなオレに、更なる寒気を与えてくるのが……かまくらだった。
氷で作られた、オットーの『テント』みたいなものだが……。
オレはそこに近づいていく。ちょっと、不安になる。オットーが凍死していたらどうしようってね?……いや、経験では知っているよ?かまくら、以外と温かいってのは。でも、どうしたって見た目がなあ。氷だもんな?
おそるおそる、かまくらを覗いてみる……オットーは、いなかったな。まあ、覗く前から魔力がなさ過ぎて、不在なのには気づいていたんだがね。死ねば、魔力の動きも止まるから、一応な……。
しかし。
オットーはどこに行ったのだろう?
ゼファーもまだ眠っているな。まあ、飛びっぱなしで疲れているはずだから、一秒だって多く寝かせてやりたい。腹は減ってないだろう。ヒトを四人も喰らった。武具の鋼ごとな。しっかりと休ませて、胃袋で鋼も消化して欲しいところだよ。
そう、ゼファーは寝ているから、ゼファーに乗って、この崖を降りたワケではないのだ。ふむ。どこに行ったのか……中庭を見回しても、あるのは毛布にくるまれたジュナの遺体だけ……!
「……オットーか」
オットーがいたわけじゃない。オットーの紳士的な行いを見つけたのさ。彼女の毛布に、花がそえられていた。どこにあったのだろうか?……この崖の上や、背後にある岩壁を登り、取ってきたのかな……。
名前も知らない、薄ピンク色の花が、数本、ジュナに備えられていた。
そういう心配りも出来る、やさしい男なのさ。早朝早くか、それともオレが寝たあとなのか。頭が下がるな。
さて、その下がった頭を見せたい男は、どこだ?
中庭の全てを見回すために、その場で、ゆっくり、くるりと回る。
怪しいところは二つだけ。崖の下へとつづく道。途中で壊れているが、オットーの好奇心は途絶えた道に、彼の足を運ばせることだってありえる。
もう一つの可能性は、この崖の上にある砦の背後にある岩壁だ。それを切り開いて、この砦を造るための石材を確保したと考察できる場所だな。その岩壁には倉庫代わりと考えられる『穴』があいている。
その『穴』が、なんだかとっても怪しい。
オットー・ノーランが、目の前にある大きめの穴に入らないことなんて、ありえるのだろうか……?オレは、そんなことはありえないと思う。だから、オレはそこに向かうのさ。
岩壁をガッツリと彫られることで、その入り口は広い。しかし、少し入ると狭くなっていた……。
深さは十メートルほどだった。短い冒険は、すぐに行き止まりへとたどり着く。オットーはこの十メートルのあいだには、もちろんいなかったよ。
だから、オレはこの暗い穴から戻るべき?……もう一つの可能性である、崩れかけの道にオットーを探すべき?……あるいは、カレードリアという命題に取りかかるべきか。
いいや。
オレは覚えているぞ。『ガーゴイル』との戦いのなかで、考えていたことを。あの『ガーゴイル』は、『悪魔蜂』の幼虫が砦にいることを許した。なぜか?『悪魔蜂』を兵士代わりにして、この砦を守るためではないか。
それがオレの考察。
もしも、それが正しい発想だったとすれば?
この砦には、まだ『価値』が残っているのではないかと考えるのさ。
守る価値が無ければ、守ろうとはしないはずだ。あの『ガーゴイル』というよりも……あの『ガーゴイル』を製造した人物にとって、この砦には、放棄する直算にも価値を有していた。
オレは左眼の眼帯をずらす。
魔法の目玉の出番だよ。
暗さをモノともしない、この魔法の視力で、オレはこの『穴』の壁を調べていくのさ。オットーの三つ目ほど小さく細かな魔力の流れまでを把握する能力はないが……竜の魔眼もかなりのものさ。
より大ざっぱな、構造を『透視』することぐらいは出来る。魔力の流れも見えるよ。サージャーの目よりは大ざっぱではあるようだがね。そして、魔力の流れがほぼない、石みたいな構造物は『透視』も可能。
だから?
この穴の壁の裏に、隠し通路が存在することだって、すぐに見破れたのさ。そして、それを動かすためのスイッチがあることにもな……。
床の一部にそれはある。古びたミスリルの歯車に連動している、踏み板のスイッチ。これを押せば、隠し扉が動きそうなんだがな……。
「……あれ?」
動きやしないな……。
ああ……よく見れば、壁のなかにあるミスリルの歯車が、途中で壊れちまっていやがるな。仕方がない。
腕力に頼るとするかね?
オレは蛮族らしく、その隠し扉と岩壁のあいだにあるわずかな隙間に指を引っかけて、ゆっくりと左にそれを動かしていった。かなりの重さだが……どうにか、動かすことは出来た。
岩壁に偽装した扉の奥には……奥深くへとつながる通路があった。通路の奥には、灯りが揺れている。オットーがいるらしいな。
しかし。壊れている扉のくせに……閉めるための装置だけは無事なのか。開け放った扉が、ゆっくりと動いている。閉ざすような方向にな。
魔眼の透視で、扉から走る、ミスリルの鎖がゆっくりと動いている。鎖の先には、重し代わりになる岩でも吊り下げているらしい。
「入るにはいいが、出にくいか……ここまで来ると、ほぼほぼ罠だな」
……古のからくりを壊すことを、オレは推奨するわけじゃない。文化的な遺産として大切だと思うからね。でも。これはあまりにも不便だし、もう半分壊れているのだから、壊してしまおう。
この通路の天井を走っている鎖を見つめるよ。蛇のように這う、そのミスリルの鎖に、オレは『ターゲッティング』の呪いを仕掛けた。その直後、『風』の刃を召喚する。ミスリルの鎖の一部が、強化された真空の刃による一撃で、断ち切られていた。
鎖が弾けるように暴れて、古きからくりは壊れちまっていたよ。
ゆっくりと動いていて石の扉が、完全に停止するのさ。オレは、そいつにトドメを刺すために、腕力任せに、一杯まで開いてやったよ!
これで、この道は開きっぱなしだ。
蛮族らしい腕力仕事を成し遂げて、上機嫌に鼻を鳴らしていたよ。そのまま、この通路をしばらく歩いて、その隠し部屋へとたどり着いていた。
そこは……小さな部屋だった。岩をくり抜いてつくられた部屋だな。固く頑丈で、悠久の時の流れにさらされても、ほとんど変わることのない空間……そこには、これ見よがしの宝箱があり―――そんなものは、とっくの昔にオットーに開けられていた。
「ああ。団長、おはようございます」
オットーはたいまつの下で、何かとてつもなく古びた書物を読んでいた。
「おはよう、オットー……そいつが、ここのお宝か?」
「え?ああ、はい……お宝ですね。この砦を造った錬金術師の、遺作です」
「……遺作?」
「……ええ。『ガーゴイル/動く石像』の製造方法ですよ。高度な錬金工学技術をもつ人物に渡すことが出来れば、現代の『ガーゴイル』よりも、耐久性に富む個体をクリエイト出来るかもしません」
「画期的な発明が書かれているのか?」
「はい。ミスリル製の『骨格』を、『ガーゴイル』に埋め込む手法ですね。この錬金術師によると、戦の末期に、ほとんど完成していたようですが……その完成品を戦線に投入する前に、彼の王国は滅ぼされたそうです」
「なるほど、武運に見放された国か。まあ、これだけ隠蔽された砦を造る連中だ。相手は強い蛮族だったようだな」
「敗戦後も、錬金術師はここにいたそうです。ここで密かに実験を続けていたようですね。何年もかけて、理論を磨いていった」
「……その本は、日記つきか」
「ええ。彼の苦労が記されています。晩年に理論は完成しましたが、製造する物資はなく、ここに理論だけを残した……」
「……悲しいハナシだな。技巧を磨き、知識を集めても……運に見放されれば、大成することはない」
……なんだか、自分に言い聞かせているようで悲しくもなる。つい最近まで、文無し同然で、自給自足の生活をしていた『パンジャール猟兵団』。機会が与えられなければ、最高の技巧を試すことも出来やしない。
そして。機会の多くは、すでに富を築き、油断と怠惰に溺れた連中にばかり回るようになっているのが世の常だ。天才と謳われた者たちの多くは、凡才と同じ腕しか持たないよ。周りの協力で造られているだけの、ニセモノの天才は多い。
オレがクラリス陛下を尊敬しているのは、オレたちに十分な金と仕事を渡してくれるからでもある。もちろん、人種の共存という、オレの理想を体現している国家の女王サマだからこそだが……雇い主であることも尊敬する大きな理由だ。
陛下は、オレに帝国への復讐の機会をくれた。猟兵たちを養える金と食糧と、『情報』という大きなサポートをつけてな。
「……誰か、才能のありそうな人物に、そいつを託そうぜ?失敗と挫折を重ね、それでも執念で道を貫いた錬金術師が、どこまでの高みに至ったのか、見てみたい」
「……ええ。そうですね」
「さて。そろそろ、このカビ臭い『書庫』を出ようぜ?メシをつくる。チーズたっぷりのカレードリアだ!!」
「美味しそうですね」
……ああ。もちろん君の舌には、そう感じられるだろうさ……。
オットー・ノーランは、いつかグルメという趣味を覚える日が来るのだろうか。まあ、いいさ。オレは全力で、チーズたっぷりのカレードリアを作るまでのことだ。
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