第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その6


「よくあるおとぎ話の一種ですよ。カーリーン山には、万年雪に包まれた、滅びた都があるそうです。そこには美しい女たちばかりが住んでいて、男は一人もいない」


 なんとも素敵な土地だな。寒そうだが。


「そこに住んでいるのは『雪女』たちです。彼女たちは、ときおり近くの村を訪れて、男を誘惑する……そして、それに魅了された男は、山へと連れ去られ―――性行為を強いられるとか。数日後、氷漬けにされたまま、自分の村に倒れている」


「……ふむ。女だらけの土地だから、繁殖用に男がいるのか?……ああ、すまない。繁殖用では世間体が悪いな。妊娠用に」


 美女たちを抱きまくったあげく、氷漬けにされて殺される。楽しいことと悪いことが表裏一体で存在されているな……。


「そもそもだが」


「はい?」


「どうして、氷漬けにされて殺されるというのに、山でセックス三昧という情報が伝わっているのか……いや、おとぎ話のあげ足を取ってもしょうがないがな」


「一度も罪に穢れたことのない男だけが、『雪女』の都から戻れるそうですよ」


「……なるほど。生還者がいたか。しかし、『一度も罪に穢れたことのない男』?……こいつも抽象的だな。何より、善人が助かるという物語は……教育的すぎるな」


「そうですね。よくある雪山への恐怖心が、抽象化された怪物の物語とばかり考えていました。それに、雪山への敬意が合わさった教訓の化身でもある」


「村の規範を作りあげることに役立つ物語だな。善良な男であれば、美女たちとセックス三昧か。ふむ。それにつられて善良であろうという男が、果たして『一度も罪に穢れたことのない男』に相応しいかどうか……はなはだ疑問だな」


 ただのスケベ野郎の気がする。


 そんなヤツを『一度も罪に穢れたことのない男』と認定されると、どうにもこうにも返り血まみれの、罪深い男とすれば、納得がいかないね。オレは『雪女』を抱くと、氷漬けにされるタイプの人種だという自覚があるから、ひがみも入っているのか?


「……おとぎ話ではあるな。田舎者や子供たちを、教育するための作り話のようだ」


「はい。ですが、『アルテマの使徒』と呼ばれる、秘匿された存在がいることが分かった今となっては、100%のフィクションではないように思えます。原形として、『アルテマの使徒』たちがいたのかもしれません」


「たしかにな、『アルテマの使徒』たちが美女ばかりなのかは分からんが、女を戦士にするというメリットは少ない。基本的に、男のほうが戦士には向く」


「ええ。『青の派閥』や『黒羊の旅団』を襲っていたのは、錬金術師の記録によれば、女戦士たちばかりのようですしね。彼らは……誰もが強かった。ジュナは、仲間を撤退させるために、一人で残ったようです」


「勇敢な娘だ。酒を酌み交わしてみたかったよ」


 オレは毛布に包まれた彼女の遺体に視線をやり、赤ワインの入った杯を掲げた。彼女の属する文化が……禁酒文化でなければ良いがな。死霊としての彼女と、今のオレは語り合うことが出来ない。彼女は……彼女たちの天国へと行けたのだろうか?


 そうであるのなら、うれしいことだ。


「―――しかし。女戦士の目撃情報のみか」


「みたいですね。『雪女』のおとぎ話と、似ているところがあります」


「そうだな。戦士として向いている性別であるはずの、男がいない。『アルテマの使徒』とやらは、男の戦士がいてはならないという信条でも掲げているのか……あるいは、男がいないから、女が戦士をつとめているだけなのかもしれん」


「だとすれば、両者には、女性ばかりの集団。あるいは、女性が戦士職を貫く風習があるように思えます」


「そうだな、『雪女』のおとぎ話も『色っぽいハナシ』を抜けば、『男を拉致してぶっ殺す』という、血なまぐさい戦士の職務が残る……善良な男が助かったのは、戦士の敵ではないからかもな」


「……彼女たちは、生粋の戦士かもしれません。外敵を、許さない。性病や流行病を持ち込まれて滅びた少数部族たちもいます。『それ』を罪と見なせば、『アルテマの使徒』たちは、自分たちに近づく存在の全てを排除しようとする戦士であることが、何よりの自衛手段かもしれません」


「オレたちは、彼女たちにとっては未知の呪病そのものか……」


「孤立した存在です。特定の病に対する知識しか持たない可能性もありますからね。外部の者のせいで苦しめられた経験があれば……攻撃的な存在になる」


「『アルテマの使徒』……かつて、ここを訪れたイース教徒の遠征隊は、彼女たちに良い感情を向けなかっただろうな。オットーさえも知らぬほどに情報が消されたことを思えば、消されたのは、彼女たちの命もだろう」


「『虐殺の歴史』が、彼女たちの攻撃性の根拠というわけですか?」


「戦バカのオレからすると、そんな発想をしちまう。変かな?」


「いえ。ありえます。情報が消された、あるいは隠蔽されたということは……イース教にとっては、存在そのものを許容しがたい人々だったという可能性を示します」


「アルテマというイースの物語では、『悪役』になる存在を崇拝している。イース教からすれば、十二分に『敵』だろ。敵ってのは、殺すもんだ」


 それが戦士の発想。


 宗教家さんはどうなのかね?


 ……たいして違わないだろう。神の名を掲げての戦など、よく聞くハナシ。実情は、利権や政治的な理由にもとづく、まったく聖なる戦ではないものばかりだが、宗教は戦に聖なる戦の称号を与えようとするものさ。


 血なまぐささはどの職業も同じ。坊主も戦士も、けっきょく殺し屋さ。敵と共存することは難しいからね。


「―――帝国からイース教徒が来た。『アルテマ』の名を継いでいるんだ、かつてイース教徒とのあいだに虐殺の歴史があったとすれば、その歴史の傷みも継いでいる。たかが数百年前の虐殺だ。語り継ぎ、人生哲学に取り入れていてもおかしくはない」


「そうですね。イースとアルテマが、敵同士である以上……その信徒たちは、お互い殺し合うことを正義とするかもしれません」


「……戦ってのは、そんなもんだろ」


「もし、そうなら……『アルテマの使徒』たちは、イース教徒たちが再びやって来たことで、攻撃性を高めています。近づくことそのものが、リスクですね……我々をイース教徒と思う可能性は高い」


「かもな」


「……それでも、行きますよね、団長なら?」


「当たり前だ。約束をした。死に行く女に、故郷へ君の死体を連れ戻ると……その約束を違えるような男ではいたくない。それを成すための翼が、オレにはいてくれるんだ」


 そう言いながら、寝息を立てるゼファーを撫でてやる。ゼファーは楽しい夢でも見ているのか、その口元をやさしげにゆるませていた。鋭くナイフのように尖った、白銀の牙が、『魔法のたいまつ』の燃料があげる炎に照らされて、黄金の光を見せる。


 鳥たちと共に飛ぶ夢を見たアーレスは、あんな顔を浮かべていた。ガキの頃のオレは、そんな老竜をからかうために、お昼寝中のアーレスの鼻の穴に石を詰めたりして、遊んだものだ。子供は、残酷なものさ。


「……竜騎士としての務めを果たす。接触することで、彼女たちに命を狙われることになったとしても……まあ、オレたちなら殺されることもなかろう」


「……ええ。団長に迫る矢は、全て叩き落としてみせましょう」


「助かるよ。オットー。さてと……ワインが尽きちまったな」


「そうですね。そろそろ寝ましょうか」


「オットーは、アレか?」


「ええ!かまくらです。高地で、かまくらなんて、最高にワクワクします」


「……そうか。そいつは良かった」


 共感してやれることは、オレには出来なかった。だが、極地での冒険や雲海を越えた高さの山で冒険の日々を過ごしてきた生粋の探険家だ。かまくらに抱かれて風邪を引くことはないのだろう。


 オレは立ち上がり、友に背を向けて、砦の一階に向かうのさ。


 リエルとカミラとミアがいる。


 ヨメが二人と妹が一人、オレを待っている素敵な空間に―――オットーは、オレたちに気を使ってくれているのか?


 いや、さすがに戦地でヨメを抱くとかは……ミアやゼファーの純粋な心をもつ天使たちがいる前で、セックス依存症と敵にまで罵られる始末のオレが、ヨメたちとあんなことやこんなことをするわけには―――。


 気遣い無用だぜ、オットー?


 今夜は、オレはそういった行為をするつもりはない……やはり、君も一階に……。


 そう考えながら、友のいる場所を振り返った。


 そして。


 オレは何とも楽しそうに、『氷魔石の指輪』で氷のブロックを製造する男を見つけていたよ。あの顔は……心底、趣味を満喫しているときの男の顔だ。ウルトラ幸せそうだ。


 性行為や飲酒みたいな、どこか狂暴さを宿す刹那的な幸福感とは別に、趣味を満たしているときの男の顔は、終わりの来ない快楽への努力の汗に輝いているもんさ。健全な笑みだよね。欲望由来だけど、無邪気さが弾けてるのさ―――。


 ああ。オットー・ノーランは、今まさにそんな顔をしながら、かまくらを作ろうと必死であった。


 完全な趣味の時間である。


 オレのセックス依存症に対する気遣いとかでも何でもなく、ただただ、かまくらを愛しているのだ。


 たしかに、人類から失われて久しいはずの、第四属性、『氷』を行使しながらの遊びだ。なんて豪華さなのだろうね?


 世界で、おそらくオットー・ノーランだけが出来る遊びかもしれない。サージャーでなければ、把握も出来ない『氷』の魔力を、感覚的に操ることなど……不可能だろう。


 シャナン王よ。


 面白いアイテムを作ってくれたものだな……。


 竜太刀に融けていた魔石だから、オットーも見慣れていて、使いやすいのかもしれないね。


「……オットー。早く寝ろよ?」


「はい。お休みなさい、団長」


「ああ。お休み、オットー。風邪、引くんじゃないぞ」


「ええ。これよりもはるかに寒い土地でも寝れましたから、大丈夫ですよ」


 体調管理。


 それもオットーの能力の一つだ。いつも健康でタフな彼は、我々の守備の要である。『パンジャール猟兵団』に、彼は粘る強さを与えてくれるのさ。彼に背中を守られたときの安心感は、他に類を見ない。


 そんな彼に今夜も背中を向けながら、オレは砦の中に入ったよ。


 ああ……セックス依存症のせいか。女子のはなつ甘い香りを、オレの鼻は嗅ぎ取る。性欲は人一倍ある蛮族の大男なもんでね……ヨメさんたちが起きていたら、正直、抱いていたかも。


 さっきと考えていることが違う?


 仕方が無いだろ。オレのヨメさんたちはとびっきりの美少女で、オレたち新婚だし。あと、オレはセックス依存症の衝動と日夜戦っている、スケベ野郎なんだぞ……。


 理性でその衝動を抑えられているのは、オレの精神力がやたらと強いからだ。機会を提供されれば、そんなもんはすぐに崩れる―――。


 ―――だが。


 今夜は、そういうワケにもいかなさそうだ。


 なぜかって?


 ヨメさんたちはよく寝ている……というか、気絶しているからだ。


 ミアの睡眠拳法が炸裂したようだ。あの恐ろしいまでの寝相の悪さは、リエルとカミラを打撃し、彼女たちをノックアウトしたようだな。オレは、暖炉のそばにいる愛する少女たちのもとに行くよ。


 ミアは、毛布を投げ捨てていた。リエルとカミラは、ミアの左右で、蹴りやパンチを入れられたのだろう……すっかり、伸びていた。オレ、ヨメさんズを抱きかかえて、並べて寝かせて。毛布をかけてやる。


 暖炉の薪は、まだしばらく持つし、この火力ならば、それだけで部屋は十分に温かい。オレはミアに毛布をかけ直し、彼女の側に横になった。ミアとヨメさんズのあいだに肉の壁として立ちはだかるようにして寝転んだのさ。


 ミアの睡眠拳法のかかとが飛んで来ても、ヨメさんズを守るためだよ。旦那さまの自己犠牲的精神を見せつけてやるぜ……そんなことを考えていた矢先、オレのアゴ先には毛布の下から飛鳥のようなスピードで放たれた、ミアのかかとが放つ風が、皮膚にやさしく触れたよ。


 反射的に躱していたが、危ないところだ。殺気のない攻撃だから、猟兵でも避けられないときもがるんだよな……。


 寝ていたら?絶対に当たったな。でも、いいんだ。オレ、シスコンだもん。妹の打撃を浴びたところで、お兄ちゃんは、壊れないように出来ているのさ―――そんなことを考えながら、オレはまぶたを閉じて……すぐに睡魔の虜となったよ。

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