第一話 『星の降る山』 その18


 戦いが終われば、オレたちのすべきことは一つである。この砦の掃除とゼファーが担いでくれている物資のかずかすを置くこと。そして、『拠点』作りであった。


「……『かまくら』は―――」


「―――いらない。さっさと、わき水を確保してくるのだ、オットー」


 リエルがオットーに注意していた。オットーは、『氷魔石の指輪』を身につけて以来、『かまくら』の呪いにかけられているようだ。あの氷で出来た家の良さを、オレたちに宣伝してくれる。


 彼の情熱が帯びた熱量とは逆に、リエルとカミラは少しばかり引いている。オレは、ほどほど。ミアは好きらしいが……あきているかもしれない。


 オットー・ノーランほどの紳士レベルが高い人物であれば、女性に拒絶された行為はしばらく禁止するだろうさ。オットーは、砦の裏手にそびえる岩壁に、わき水を探し始める―――。


「―――見つけました。飲めそうです。温度から見て、山頂部の雪解けの水も途中で混じっているかもしれません」


「さすがに早いな。よし、オットー。カレーの準備をしようじゃないか」


「ええ。鍋に水を汲みますね」


 オットーとオレは、カレー・チームだ。オレはこの中庭にかまどを作っている。炎は鯨油と松ヤニと何らかの秘密のエッセンスを混ぜた、『魔法のたいまつ』の燃料だ。軍船を焼き払う火力を生むのだからね。もちろん、カレーぐらい煮込めるのさ。


 女子たちは、お掃除チームだな。


 リエルとミアが『風』で砦のなかを大ざっぱに掃除している。掃除とは、ゴミを捨てることだ。崖から捨てるよ、壊れた色々なものをな。ああ、『悪魔蜂』の死骸とかも捨てちまった。


 カミラは雑巾を使って床掃除だよ。本当に働き者のヨメだ。労働に汗を流す彼女を見ていると、愛しさに胸が締めつけられてしまうよ。メイドに手を出す金持ちの気持ちが、よく分かる。家庭的な女はそそるのだ―――。


 ……とりあえず、今夜は一階だけあればいいさ。カミラには床掃除は一階だけでいいと告げたよ。働き者のヨメは夜通し掃除してしまうかもしれない。快適な空間は、とりあえず一階のフロアがあれば十分だからな。


 風雨がしのげれば、体力の維持はしやすい。一階には暖炉もある。煙突掃除はミアの放った『風』で完了!つまっていた古い鳥の巣は、吹き飛んでいったよ。


 あとはリエルの『紋章地雷』で炎を仕掛けて、薪をくべれば暖も取れる。野良犬みたいな生活を強いられる戦場暮らしのなかでは、十二分な環境だよ。ベッドはないが、分厚い毛布にくるまって眠れば、それでいいさ―――。


 しかし……。


 石を並べてかまどを作りながら、砦へと視線を移していく。女子チームが一階に物資を運び込んでいる様子が見えたよ。彼女たち、物資の整理整頓とかするのとか、やたらと好きだから、こういうの助かる。


 魅力的な空間を作ってくれそうだな。ロウソクやランタンを置く場所にも、猟兵女子にはこだわりがあるらしい。


 色々とランタンの配置を変えているのか、窓の内側から漏れる橙色の光のなかに、オレが愛する女子たちの影法師が踊る。笑い声が聞こえるね。『家造り』の作業を楽しんでおられるようだ。


 三人が楽しんでくれて、何よりだ。


 オレも、男子の心がワクワクしている!


 だってよ、砦をゲットしたんだぜ!……三階建てしかなくて、内装なんてほとんど朽ち果てた、地味な砦だが。ホンモノの砦だぜ!!


 夜空に浮かぶように見える、この灰色で武骨な建物を、好きに出来る権利を得たのさ。それって、男心に響くだろ?こんなに面白いオモチャはないよ。アリューバ沖で海賊行為で船をかっぱらったときも楽しかったが、今はそのとき以上に楽しめてる。


「なあ、オットー。いいよな、この砦!オレたちの砦!!……くくく。ガキの頃に作っていた、秘密基地みたいなイメージで楽しくなる!!」


「ええ。分かります、それ」


 ニンジンを切るのが上手な男、オットー・ノーランも同意見だ。


 そうだな。男は、この砦に惚れちまうんじゃないかな?この灰色の砦を好きにしていいんだぜ?……まあ、勝手に奪ったわけで、不法な占拠のようなものだが……文句を言ってくる国も滅びてしまっているだろうさ。


 それに、永遠に居座るわけじゃない。今夜も含めてあと4日のことだ。それまでに『ストレガ』の花畑を見つけて焼き払う。


 その任務のあいだだけ借りておくだけだ。『ガーゴイル』も許してくれるだろう……そうだ。オットーに、オレがさっき思いついたハナシをしてやるかな……。


 なにかって、『ガーゴイル』が『デモン・ワスプ』を許容していた理由。オレは『ガーゴイル』がこの砦を、『国が滅びた後でも守りつづけろ』という命令を受けていたのではないかと考えているのさ。


 その理由?


 この砦には、守るべき価値があったから。何らかの『お宝』が、この砦のどこかに隠されているんじゃないかって気がしている―――でも。探検隊出身で、考古学が大好きなオットーに聞かせると、夜通し砦を家捜ししてしまうかもしれん。


 それは……許されない行為だ。オレたちには二つの使命がある。今夜は、『ストレガ』の花畑を求めて、夜のレミーナス高原を飛び回ること。そして、そのための栄養となる最高のカレーをつくることだ。


 ……オットーの集中力を削いでしまってはつまらない。今は、オレたちが成すべき任務に集中しようじゃないか。ミアは、お腹を空かせているはずだ。もちろん、オレもお腹が空いているよ。


 さて。かまどは完成。『魔法のたいまつ』の燃料は、理想的な炎を生んだ。岩壁からのわき水は、鍋にたっぷりと入ってある。あとは料理用のマイ・ナイフを取り出して、準備は完了さ。


 水と火と、野菜と肉とカレー粉と、鍋があれば?


 美味しい料理は完成する。


 だが……それだけでは足りない。忘れてはならない。我々にはグラーセス王国で入手した、いい米を持っているのだからな!オレはオットーに指示を出すよ。カレー隊の隊長としてね!


「オットーよ。土鍋で、米を炊いてくれるか?」


「ええ。酒を少し、使っても良いですか」


「もちろんだ」


 オットーは猟兵たちの中で、最も土鍋で米を炊くのが上手い人物だ。なぜか?三つ目の力なのかな。それとも、よく分からんが土鍋と相性がいいのかもしれない。


 道具とは、ヒトを選ぶものだからな。ヒトが道具を選んでいるわけじゃない。道具に選ばれてこそ、ヒトは最高の仕事を行えるのさ。


 オットーの米を研ぐ仕草は、なんだか熟練を感じるよ。まるで、米を洗うために生まれて来たような風格を感じるんだよね。


「オットーの地元は稲作をしていたのか?」


「え?はい。そうでした。それなりの米所でしたよ。段になった水田が魅力的な土地でした……」


「段になった水田?」


「ええ。『棚田』というのですよ。山の高いところにあって、水源が貴重でしたからね。斜面に水田をつくり、水をムダにしないように密集させていました」


「ほう。収穫期には、うつくしい光景が見られただろうな」


「ええ。とてもうつくしい光景でした。黄色くたわわに実った稲が、風に揺れるんです」


「なるほどな。豊穣の朝陽に照らされる、秋の小麦畑のように、それはうつくしかっただろうな……」


「はい。とても綺麗でした」


「ああ」


 ……過去形の言葉遣いをせねばならぬ事実が、とてもさみしくはある。その『棚田』とやらも失われてしまったのだろう。水は抜かれ、枯れ果てているのだろうか。それとも雑草が生い茂り、荒れ果てているのか?


 水田を作っていたサージャー族は離散した。世界のあちこちに、人間族のフリをしながら隠れている……。


 帝国人は、南方の連中以外は、あまり米を食わないらしい。わざわざ、不慣れな稲作を山中ですることはないだろう。


 オレは暗い顔をしていたのか?


 オットーが、やけに明るい言葉を使って語りかけてくれたよ。


「そういえば、棚田のなかで、ドジョウとかアヒルとかを飼っていましたね」


「ドジョウか。あの細いナマズだな?ヤツは、美味いのか?」


「ええ」


「……そうか」


 オレは思い出していた。何を喰っても美味しいと笑顔で返事してくれる。それが、オットー・ノーランの味覚であるということをな……。


 ドジョウ。


 ふむ。食べたくないかも?……アヒルは美味いけどな!


「米を研いでいると……故郷を思い出せます」


「良かったな」


「はい」


 穏やかな言葉で、故郷を帝国に奪われた男同士、そんなやり取りを交わしたよ。


 オットーは、米と水を土鍋に入れて、少しだけ蒸留酒を垂らす。ミアがいるのに、酒はマズいって?……いいや、大丈夫だよ。炊けていく過程で、アルコールは蒸発しちまうのさ。それに入れると言っても、ほんのちょっと。


 酒ってのは臭みを消して、甘みを残す。きっと、米が美味しくなるのも、そんな効果だろうな。ドワーフが作る米は細長く、カレーにも炒飯にも合う。水は少なめにするのがコツだ。


 土鍋のフタを、ニコニコ顔のオットーが閉じたよ。


 さて。オレも牛肉さんをマイ・ナイフで一口大に切り終えているよ。刃には慣れっこだ。ほとんど無意識のうちに、ナイフを自在に操れるのさ。ストラウスの剣鬼は、料理も上手。ナイフさばきを鍛えて、少しでも鋼の歌に耳をすませるために、お袋に仕込まれた。


 ……ホントは、お袋がオレたちに料理の手伝いをさせたかっただけなのかもしれないが、剣の修行にも、美味しい料理を作ることにも役立っているよ。お袋は、さすが親父が誘拐して口説いてヨメにした女だな。お袋の教えは、今でもオレの人生を支えている。


 過激な女性だが、ストラウスのヨメってのはそんなものさ。


 オレのだって、そうだもん。


 三人いるけど、みんなウルトラ強いしな……。


 さて。フライパンで肉と野菜を炒めるぜ。その後は、鍋にブチ込んじまうのさ。あとはカレーに取り憑かれたマルコ・ロッサの仕事だ。彼からもらったカレー粉を、鍋のなかに投入するよ。


 くくく!煮込まれる前から、すでにいい香りを放っている。スパイスと、そして彼のカレーの特徴である、フルーツ系の酸味と甘味さ!


 甘いからミアも喜ぶ。女子受けもいい。オレも好き。フルーツが生きている気がする、マルコ・ロッサのカレーは最高なんだ。


 鍋がグツグツと鳴りながら、カレーの海に具が沈む。スパイスの香りが、空腹にたまらないな……そのうち、ミアが、このカレーの香りに引かれて、砦から飛び出して来そうだ。


 いいや。


 そう思っていたら、もうミアが出て来たよ。カレーは煮込むほど美味く、一晩寝かしたヤツも最高だが……空腹の前に、この最高に美味いことが保証されているカレーをお預けされるのは非人道的な行いだ。


 騎士道に反することは、オレは出来ないね。最低限の煮込みとあく取りをした後で、オレはミアに、味見をさせるのさ。グルメな猫舌は、お椀にすくった、その一口分のカレーを食べて、うおおおおおおおおおおおおおおお!!と夜空に叫んでいた。


「お兄ちゃん!!これは、フェスティバルだよ!!」


 祭りと来たか。


「牛肉さんが、フルーツの甘さと酸味に惹かれながら、まるで赤ワインで煮込まれたほどの上品さに包まれてる!!ちょっと、軟らかくなっているの!!きっと、グラーセスのお肉を軟らかくするフルーツ粉末も入ってる!!」


 ふむ。オレが語った情報を、すでに最新バージョンに取り入れていたのか。さすがだな、マルコ・ロッサよ!


「よく組み合わされたスパイスによる辛さも、しっかりとしている。でも、甘さと酸味とコーヒーのコクにも導かれて……これは、もう!!フェスティバル!!食材が、踊って、歌って、笑っているんだああああああああああッッッ!!!」


 ミアの情熱的な分析が終わる頃、オレたちは全員、カレーが食いたくてしょうがない病にかかっちまっていたよ。空腹にこの香り、そしてミアの歓喜に満ちた歌声が、オレたちの食欲を増大させていた。


 オットーが炊いた米に、それをかけて……オレたちの晩飯は始まるのさ!!モンスターから奪った、秘密基地みたいな砦、仲間と一緒に最高のカレーを食べる。猟兵冥利に尽きるディナーだぜ!!

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