第一話 『星の降る山』 その14


「それで。その『樹霊』とやらは、一体どんなモンスターなんだ?」


 植物っぽさを感じる名前だが。モンスターは怪物。得体の知れない存在だよ。


「うごめくツタのバケモノ。そう表現されることが多いですね」


「そいつは、グロそうだな」


「はい。動く無数のツタや茎……そういうもので構成された、流動的な体をしています。食性は、肉食です」


「歯があるのか?」


「ありませんね。獲物を体に取り込むようにして、ツタから分泌する体液で消化し、その液体を吸収するようです」


「ふむ。なんとも悲惨な末路になりそうだ。それで、そいつは卵でも産むわけか?」


「いえ。『樹霊』の場合は、『株分け』らしいですよ」


「……『株分け』?」


「―――ヤツらの本体の一部でも残っていれば、それが他の植物に寄生してしまうことがある。そうなれば、『樹霊』は再生されるのだ」


 森のエルフがオレの背中で目を覚ましていた。


 リエルは植物や森には詳しい。森のエルフだし、薬草でエルフの秘薬を作れるからね。『樹霊』という、いかにも植物と縁が深そうなモンスターにも、詳しいらしいな―――。


「……ヤツらは、他の植物を己の一部として吸収する。自己を複製するのだ」


「不気味な連中だな」


「大して強くはない。だが、無音だし、沼なんぞに生息しておる陰気なヤツらだ。敵に対して、動くツタやら根で捕らえようとしてくるが……かなり遅い」


「『罠』として生活しているモンスターか。近づいてくる者を、静かに待ち続けるというだけのモンスターというわけだな」


「そうだ。さすがだな、ソルジェ。あの説明だけで、『樹霊』の生態をも掴むか」


「そうでもしないと、獲物を狩れないだろ、その鈍くさそうな『樹霊』さんは」


「ああ。見かけたら、森のエルフならば、徹底的に処分する。そうでなければ、豊かな森でヤツらは蔓延ってしまう……オットーよ、バシュー山脈には『樹霊』までいるのか?」


「ええ。いますよ」


「……面倒な敵ではある。だが―――」


「だが?」


「……高級な貴金属を、そのツタや根で絡め取り保持する癖があるのだぞ」


「じゃあ。なにか?そいつを倒せば……金目のモノが手に入るのか?」


 ちょっとワクワクするハナシだった。だが、リエルの言葉は夕焼けの空よりも冷たい。


「……そういうことだ。『それだけに、完全に焼却されることが少ない』のだ。とくに人間族がいる土地などではな」


 人間族の欲深さを、聡明なエルフさんに罵倒された気がするね。リエルは人間族に対して厳しいところがある。森を最も破壊する存在だからかな。でも、オレとリエルちゃんは仲良しさんだけどね。


「つまり、『動く財宝収集装置』として、『樹霊』を駆除しないこともあるわけだな。欲深くバカな連中が?」


「うむ。そんな習性もあるおかげで、下位のモンスターであるくせに退治されつくされることも少なく……結果として、増殖した『樹霊』どもが森を融かし、よどんだ沼地が生まれることさえある。豊かな森が消え、腐臭を放つ呪われた原野が広まるのだ」


 なんとも教訓に満ちたモンスターだな。欲をかいた愚か者たちのせいで、自然が崩壊するといわけか……。


 リエル・ハーヴェルが最も嫌いなモンスターの一体だろう。


「……そんな習性を持つモンスターもいるんだな。知らなかったぜ」


「知らぬ方がいい。忘れろ。魔物の腹から出て来た、融けかけの金貨など、我が夫の財布の中身とするには不釣り合いだ」


「融けかけ?」


 オレの問いに、今度は物知りオットーが答えてくれたよ。


「ええ。『樹霊』は、その成長や体を維持するために、金属を確保していると言われています。確保した金属を徐々に融かし、体の組成に利用するようですね」


「つまり、ヤツらの『栄養』なのか。なるほど、食っているわけだな、貴金属を」


「そうなりますね。錬金術の知識と技術があれば、金貨を喰らった『樹霊』を錬金釜で融かして、その身から金を回収することは技術的には難しくはありませんが……その作業には、大量の薬品と、数週間は要するようですね」


「……手間暇がかかる財テクだな」


「ヤツらの腹でも融けない、特別な霊鉄で作られた『神具』ならば、我々にだって、すぐに回収も可能だぞ。まあ、そんなものが、沼地になど、ありはしないだろうがな」


「ええ。ですが、かつてそんな事例が一つでもあったり、事実でなくともウワサ話が流れたなら?」


「欲深い連中が引っかかるか」


「それに、現実的なケースで言えば、沼地で輸送隊が消えることも、ありえなくはありませんからね」


 沼地。不吉なことが起こる場所だな。ぬかるむ土地だ。それに荷馬車は重たい。輸送隊の速度が下がる場所だから、盗賊あたりが襲撃するには悪くない立地だということさ。


 盗賊と輸送隊、どちらか一方の圧倒的な勝利に終われば、沼地に金目のものは残らない。だが、共倒れする日もある。


 どちらにせよ、重傷を負いながらの勝者になれば、過酷な仕事が待っているぞ。モンスターの住む不衛生な沼地で、重たい物資を運ぶことになるのだから。


 深い傷口に沼地の泥でも入っていれば、疲れ果てた体を横たえたが最後。傷口から熱病の呪いが入る。高熱が出て、そのまま泥に沈むように死ぬ。そして?物資は行方不明になるのだ。


 傭兵には、そういう行方不明になった物資なんかの回収を依頼される日もあるよ。横取りしないという信頼関係が構築されている場合に限るがな―――まあ、そんな沼地で消えた物資を、『樹霊』は略奪している可能性は十分にある。


「……場合によれば、欲深いアホどもが必死になって沼地を這いずり回り、不気味な『樹霊』を探す日もあるか……その腹にある軍の物資を求めて」


 だが。そいつら自身が、その作業中に喰われてしまいそうだな。彼らが剣や鎧を装備していれば、『樹霊』は喜んで捕食して来そうでもある。


 沼地を探し続ける作業は体力を奪うだろう。体力を奪われ、集中力に欠いた者は、這い寄る『樹霊』のツタに気づけないのかもしれないぞ。リスクの大きな作業だな。


「うむ。そこらにいる『樹霊』の腹から回収できるのは、まず間違いなく、融けかけのコインぐらいだろうがな」


「それよりは、殺した『樹霊』を錬金術師に融かしてもらうほうが、より多くの価値を持つ貴金属を回収出来る可能性もありますが……問題がありますね」


「ああ、実にコストがかかりそうなハナシだ」


 モンスターを見つけて、殺して、沼から運んで、高給取りの錬金術師に依頼料を払い、数週間かけて、ようやく金属をゲットか……そのあとは、それを売るための努力をすることになるね。


 100%、赤字だな。


 だから、傭兵たちのあいだに『樹霊』の財テクが広まらないのか。


「世の中、そう美味しいハナシは転がっていないわけだな」


「……ええ。ですが、『樹霊』などという弱いモンスターの生態にさえ、なかなか興味深いところがあるわけですよ」


「……たしかに、面白い。金属を集めて、あまつさえ喰らうとはな?世の中は不思議なことが多いんだな」


 そして、それを研究している連中もいるってことか。学者さんたちの楽しみが、ちょっとだけ分かった気もするよ。研究してつまらないことなんて、無いのかもしれないね。


 それからもモンスター談義はしばらく続き、オレたちの長話は時間を消費してくれたよ。気づけば、足下を走る山並みが高くなっている。夕焼けは深まり、太陽が沈もうとしていた。


 夜が始まる。


 猟兵たちの狩りの時間がな……。


 大地を走るバシュー山脈に属する山々は、高さを増していきながら西と東に枝分かれしている。この『双子の山脈』に囲まれた場所こそが……『レミーナス高原』。その最北端の場所に、オレたちはたどり着いたのさ。


「……リエル、カミラを起こしてやれ」


「うむ。そうだな、カミラよ、起きろ」


「……ふにゃ?リエルちゃん……?朝、ですか?」


「朝ではないが、目的地に着いたぞ」


「え!?ほ、ホントです!?……そ、ソルジェさま!?ね、寝過ごしちゃったっすか、自分!?」


「いや。到着したばかりだ」


「そ、そうっすか。良かった!!そ、それでは……『花畑』を探すっす!!」


 働き者のカミラは、じーっと地上を見つめる。うむ。『吸血鬼』の力で、闇は彼女のしもべさ。夜間の視力では、リエルやミアをも上回るだろう。


 オットーやオレの目玉による探索も開始だ。そして、翼の制御をオレに任せて半分眠っていたゼファーも、今では、すっかりと起きている。竜の眼を使い、暗む地上を睨んでいる。


『おはなは、あかいんだよね、『まーじぇ』?』


「うむ!『ストレガ』の花は、血のように赤かったという……あくまで伝承だがな」


「赤いお花畑と聞けば、かわいらしいっすけど。血のように赤いと聞かされると、魅力が大きくダウンしちゃうっすね……」


 たしかに、ロマンチックさは減る。ホラーな雰囲気だ。女子が引きそう。


「……しかし、あくまで伝承に頼った情報なのだぞ。本当にそんな色をしているとも限らない。数百年前の資料が元だ」


「……数百年前。むー。色とか、変わっていたりするもんっすか?」


「そうですね。同じ花でも、さまざまな色を持つ花があるじゃないですか?」


 物知りのオットーがカミラの質問に答える。


「ああ、パンジーとか、たくさん色があるっすよね!」


「『ストレガ』も、複数の色を持つ種類の花だったら?」


「え?」


「数百年前の気候では、赤い花をつける『ストレガ』が90%を占めていた。ですが環境の変化や、さまざまな淘汰圧を受けて、他の色の花を咲かせる『ストレガ』が、赤の花よりも多く咲くようになっていく可能性もあります」


「な、なるほど…………っ」


 ふむ。カミラが沈黙する。きっと、よく分からなかったのだ。『とうたあつ』。インテリの言葉は難しい。インテリのちょっとした言葉が、思索の迷宮にオレたちアホ族を閉じ込めてしまう日もある。


 そんなときの対策は?


 深くは気にしないことがベストだよ。


「カミラ。花だって何百年もあれば、色ぐらい変わることもあるかもってハナシだ!」


「た、たしかに!!それだけ時間があれば、色ぐらい変わってもいいっすよね!?」


「そうだ。だから、とにかく花畑を探そう。このさい、色は問わん」


「了解っす!!」


 これで、結果として問題はないはずだ。たしかに、『ストレガ』がどんな色合いになっているのかなど、誰にも保証できるものではないからな。


「それと、お花畑って、どんな大きさなんすかね?」


「……規模は不明だ。集中して探すポイントは、街道と山道から離れた場所。あとは崖の上や下、あるいは谷底なんかのヒトが立ち入ることが少ない場所になるな……」


 『ストレガ』の群生地は、長い間、誰にも見つけられていない。それを考えると、山道の脇に生えていたりはしないだろう。


「オットー、『カール・メアー』の総本山についての知識はあるか?」


「ええ。かなり大きな山ですよ。標高は2000メートルはあるはずです」


「……そこにも『ストレガ』が生えているということは、2000メートルよりは低い土地に生えているという認識でいいだろうか?」


「ええ。あまり標高の高い場所は探さなくていいはずです―――イース教の伝承によれば女神イースは山の頂で『星の魔女アルテマ』と戦い、魔女の腹に槍を刺したそうです。そのまま魔女は、頂きから転がり落ちた……その場所に『ストレガ』の花畑は咲いたとか」


「くくく、伝承を信じてのお花畑探しか。なかなか、非科学的な気持ちになるが、大丈夫か?」


「他に材料がありませんからね。かつて、イース教の『奇跡調査』では、その花畑が確認されたそうですよ。複数の宗派に文献が残っているようです。イース教の聖典の記述に関する現地調査は、信用していい精度のものが多いんです」


「……そうか。それで、その調査は、どれぐらい昔の話だ?」


「250年ほど昔です。古いものですが、そのときの調査結果が、『ストレガ』を薬草事典に載せました。その知識あるおかげで、錬金術師たちは『ナパジーニア』の薬に、その花の成分を見つけたんです」


「……そうか。かつての探検隊を信じるべきだな。皆、地上の観察を始めよう。何でもいい。見つけ次第、情報を共有するぞ」


 ―――オレたちはそれから小一時間、地上に花畑を探し続けながら南下を続けたが。『ストレガ』関係についての収穫は無かったよ。しかし、オットーはそれを見つけていた。


「……団長。1時の方向、ここから3キロ先。崖の上に見張り台があります。地上から到達するための石造りの階段は、かなり昔の崖崩れで破損したようです」


「ふむ。敵と鉢合わせする可能性は低そうだな」


「ええ。敵からは見えませんし、モンスターの気配もわずか……それらを掃討すれば、いい『拠点』になりますよ」

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