第一話 『星の降る山』 その2
「勝利を祝して、杯を掲げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
オレの歌が酒場に響いて、小汚い格好をしたドワーフの一団が、ビールの入った木製のコップを天へと突き上げるように掲げていたよ。
筋肉質の豪腕どもが掲げたビールが、オレンジ色の灯りに輝いて、なんとも幻想的な温もりを感じさせる。酒が持つ、楽しげな魔力で、オレたち男どもの顔は一つになって笑うのさ!!
酒宴はスタートした。
ドワーフたちは解放感ゆえか、生来の生命力ゆえなのか……それともアリューバ・ビールの美味さに感動してのことなのか。ガンガン、その黄金の酒を呑んでいくよ。豪快な呑みっぷりだ!!
オレたちは、酒呑み選手権を開催する!!
ルールは簡単だ。各テーブルで最強の酒呑み野郎を決定する。次に、その代表者を集めて、決勝戦を執り行う!!
ドワーフも海賊たちも、大いに賛成してくれたよ。
そこらのテーブルで予選が始まる!!ルールは雑だ。オレたちはすでに酔っ払っていたからな!!とにかくビールをあおり、一番多く呑んだ男が、予選の突破者だ!!
皆が勇敢な男たちだからな!!
心のなかには、確かに色々と抱えている。
イドリーに置いて来た、仲間のドワーフたちとかな。
帝国との戦についても、思うことはある。
大陸のほとんどは、ファリス帝国の支配に置かれているままだ。
皆が不安を抱えている、乱世であり、我々は少数―――世界に満ちる、我々の敵と、我々に向けられる悪意……それは、大海よりも広く、深く、我々を包囲しようとしている。
だからこそ。
アリューバ半島での勝利と、そして、イドリー造船所の消滅は、オレたちへの福音なのさ。良いことがあれば、ヒトは祝い、酒を呑んで、騒ぐべきなのだ。それが、ヒトらしい生き方ではないか?
勝利を手にしただけでなく……新たな仲間までも、オレは連れ帰ることが出来たのだ。今夜は……今夜だけは、不安などアルコールの海に沈めてしまい、ただ、歓びに包まれながら、バカみたいに笑うべき夜なのだ!
さて。
オレたちはビールをガンガン呑んだよ。
……反省点を挙げれば、やはり、ルールの雑さかね?
今回の酒呑み王決定戦も、予選段階でほとんどの選手が酔いつぶれてしまっていた。ぶっちゃけ、もうお開きだぜ。オレは、焼かれたイカの足をかじりながら、ビールを静かに呑んでいる。
予選を突破するはずの猛者たちが、集まることはなかった。ちゃんとした知性のある人物に、ルールを制定して欲しくなる―――でも、ちゃんとした知性のある人は、バカなことが嫌いな場合もあるから、頼みにくいんだよね……?
さてと、オレのテーブルでは当然、オレが酒呑み王への挑戦権を獲得していた。
テーブルには敗北者どもが横たわっている。ジーンとドワーフたちが眠りについていたよ。船旅で疲れてもいるからね?
「ふれいや……」
……ジーンは寝言でフレイヤの名前を呼んでいたよ。寝言で呼ぶぐらい好きなら、さっさと告白してすることをして孕ませ―――いいや、愛を結実させればいいのにな。
だが、フレイヤは半島中央部の村を回っていて不在だ。復興の対策を練るための視察だろうな。いれば、港に来てくれたかもな……。
フレイヤの臨時のブレーンである、我が第二夫人ロロカ・シャーネルも一緒にね。
ああ、彼女の不在はさみしいよ?……愛する彼女を腕に抱き、あの豊かな胸を味わいたかったな……。
「……ソルジェよ、何をスケベな顔を浮かべておるのだ?」
リエルが戻って来た。眠ってしまったミアを、宿屋に預けてきたのさ。我が第二夫人、カミラ・ブリーズと一緒にね?長い金髪をポニーテールにまとめた、アメジスト色の瞳が魅惑的な乙女。
それが『吸血鬼』、カミラ・ブリーズの外見さ。大きな牙と、不思議な光を帯びた瞳以外では、まるっきり人間族にしか見えない。まあ、元々は人間族だが、『吸血鬼』の呪いを浴びてしまい、後天的に『吸血鬼』になっただけだもんな。
「……スケベな顔にもなるだろ?……オレの愛する妻が、同時に二人も目の前にいるんだからさ?」
「そ、そうかもしれんが……っ」
「な、なら!そ、その、そ、そろそろ、宿屋に、戻る……っす?」
カミラが顔を赤くしながらも、どこか期待するような表情でオレを見つめていたよ。オレ、ますますスケベな顔になっちまうな……。
「……ああ。ぶっちゃけ、皆、寝ちまってるしな?」
そうだよ、ほぼ全員が眠っていた。カウンター席で、一人ワインを味わっている大人女子レイチェルぐらいだな、意識がちゃんとありそうなのは……。
「だから、抜けちまっても怒られないだろ?……シャーロンはルードに帰国、オットーはピエトロとイーライと……?」
「国境線に向かったすよ。海賊騎士団の行軍のスピードを上げるための特訓みたいっす。2000人、で走り抜けているっすよ」
「なるほど。マジメな人々だなあ……シアンはジーロウ・カーン連れて『山ごもり』だっけ……?」
「うむ。そうらしいぞ、腕の立つ者たちを集めて、山のなかで特訓するそうだ」
「教官候補を作ると言っていたからな……上等な教官が生まれれば、海戦以外では、やや貧弱なアリューバの陸上戦力も強くなるだろうさ」
『須弥山』の特訓法を教え込まれるか……くくく!教官候補たちも、なかなかシビアな目に遭っているだろうな……。
しかし、シアンも弟子を育てるという行為を、どこか気に入っているようだな……随分と熱心だ。彼女も、少しずつ変わっているのだろう。いい変化だと思う。
「……今夜は、この酒場で待っていても、顔を出しそうなのはいないかな……」
……カレー・マニアの中年スパイ、マルコ・ロッサと、オットーの兄貴の三つ目族、トーマ・ノーランも……この都にいるのなら、もう来ているだろう。まだ来ていないというのなら、いないか、いても忙しいんだろうな。
だから。
オレ、そろそろ、この酒場から宿屋に戻ってもいいかもね?
「す、すけべな顔で笑うなと言うに?」
「スケベなことを考えているから、仕方ないさ?……今夜は、抱かれたくないのか?」
「そ、そーとは、言っておらぬし?」
「そうか、そいつは嬉しいよ、リエル」
「わ、私から、さ、誘ったわけじゃないんだからな……っ」
「ああ。オレがエロいだけさ」
そう言いながら、酔っ払いのオレは立ち上がるよ。ふらつくこともなかったぜ。
一人で酒を呑んでいるレイチェルを見る。
「レイチェル。あんまり遅くなるなよ?」
「ええ。リングマスター、自制できますので、大丈夫ですわ」
大人女子は言うことが違うね。
本能のまま、酔いつぶれるまで呑んでしまう、バカな男どもを見回すと、オレ、彼女へのリスペクトが高まって仕方がなかった。
「わかった。それじゃあ、明日な。お休み、レイチェル」
「お休みなさい、リングマスターと、その妻たち……ああ、まだ眠らないのですわね?」
「か、からかうと、怒るからな!?」
リエルちゃんは一杯一杯だ。夫に抱かれるなんて、フツーのことのはずだが、年若い正妻エルフさんには、まだ恥ずかしいことなのかも?三人でするからからかな?まあ、いいや。照れてるリエルも好きだし……積極的なカミラも好きだもんね。
人それぞれ、魅力は違うもんだからな……。
「じゃ、じゃあ。お休みっす、レイチェル!」
「ええ。がんばってね!」
「は、はい!が、がんばります!?」
『パンジャール猟兵団』の団員たちは、どうにもレイチェルにからかわれやすいな。別にいいんだけどね。
オレたち夫婦三人は、酒場の外に出る……ふむ。やはり、夜風は冷えるな。だが、酔いが回った体には、心地よいものだったよ。
レイチェルにからかわれたせいか、リエルもカミラも何だか無口だったな。
オレたちは、そのままさっさと宿屋に戻ったよ……。
スケベ野郎のオレ、気づいたら鼻歌を歌っていた。だが、しょうがない。美少女のヨメ二人とすることするわけだもんね?
でも。
露骨な下品さを発揮すると、なんだか紳士の道を踏み外してしまいそうだから、7階にある部屋へと登るまでのあいだ……理性を保つために日常的な会話をしておこう。このままだと部屋に入った瞬間、獣のように二人へと迫りそうだし?
オレ、宿命のライバル的な敵に、『お前はセックス依存症だ!!』と罵られたことがあるようなスケベだから―――。
「―――カミラ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
やけに緊張してるな。まあ、いいか?
「オレたちが出かけている間、何か変わったことはあったか?」
「そ、そーですね。とくに、大きなコトはなかったです」
「平和ならば良かった」
「はい。でも……オットーさんとシャーロンさんが……その」
「連中が何かしたのか?シャーロンはともかく、オットーは常識人だぜ?」
「……お二人とも、職務を全うしただけですが……あの、な、『ナパジーニア』の兵士の遺体を……」
「……ああ。解剖して調べていたんだったな」
ふむ。死体の解剖。著しく性欲が減退する言葉だが……仕事に関わる情報を、性欲のためにムシするほど、オレは本格的なスケベ野郎じゃないはずだ。それを証明するために、開いてしまったドアの奥につつく情報を訊くんだよ。
「……何か分かったのか?」
「は、はい。その……なんでも、彼らの体には、大量に薬物が使われていたそうですが、その中に、極めて特殊な薬草が含まれていたことが分かったそうっす」
カミラの言葉に、解剖トークを聞かないようにするために、エルフ耳を押さえていた少女が反応したよ。エルフ耳はよく聞こえる。
「……薬草?どんなものだ?」
リエルは秘薬作りの名人だ。薬草の知識を駆使して、高度な薬品を作り上げる。
「その。どこかの高原にしか生えていない薬草らしいです。詳しくは、教えてもらっていないっす」
「……オットーは、いつ戻るんだ?」
「明日の夕方には。ソルジェさまたちが戻られるのが、あんまり早かったので」
「スケジュールがズレちまったな」
「だが。良い報告が聞けそうだな……『ナパジーニア』は、なかなかの手練れだったという。顔面に矢を受けても、怯まないとか?」
「ああ。悲惨なダメージを浴びても、動き続けるようになる……筋力も増強していたな」
「そんな帝国兵を増やされたら、たまったものではない。我々はともかく、一般的な兵士では歯が立たなくなる。だが、その材料となる薬草が、どこで採れるものなのかが分かれば……乱暴ではあるが、その場所を焼き払うことも可能だ」
焼き払うことに自信を深めたエルフさんが、好戦的な貌になりながらそう発言したよ。
「……あるいは、そこへと至る道を、破壊してしまうとかな。場所が特定出来るほどに希少な植物であるのなら……その場所を攻撃するだけでも、あの危ない薬の流通を止められるかもしれんな……」
「そうっすね!あの薬は、危険っすよ……自爆攻撃まで、させるようになるっすもん」
アレは……薬物の影響だったのだろうか?
……ありえることだし、そうじゃないかもしれない。
ヒトは……とくに人間族は、社会性が強すぎるところがある。社会の正義や道徳として自爆攻撃を『正しい行い』と認めたら?……彼らは、正義の意志に基づいて、その行為さえも許容してしまうかもしれん―――。
「―――どうあれ。あの厄介な薬物が、大量生産されるとマズい。ゾンビのようにタフな帝国兵が大量に生まれるとなると、この上無く危険で―――」
オレの足が止まる。つづいて、リエルとカミラの足の動きも止まった。
気配を感じたからだ。
この七階の廊下に……誰かがいるな。
「……スゲ。やっぱりバレるんだな。ミアちゃんにもバレた。やっぱ、オレ、もう引退すべきかも」
聞き覚えのある声がした。そして、廊下の奥にある喫煙所で、煙管をふかしていたケットシーが廊下へと現れる。
「酒場に顔を出さないと思ったら、こっちに来ていたのか……マルコ・ロッサ?」
そうだ。マルコ・ロッサ。ルード王国軍のベテラン・スパイだよ。彼がそこにいた。つまり、オレたちに用があるらしいな。そこそこ急用らしいし、酒場に現れなかったところをみると、秘密にしたい情報か……。
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