第一話 『星の降る山』 その1


 船旅は順調だったよ。鯨肉は最高の食糧となって、海賊たちの活力を産んだ。もちろんドワーフの奴隷たちにも好評だった。彼らは肉など食べるのは久しぶりだったようだしな。


 体力を回復したドワーフ・チームは各船で、よく働いてくれたそうだ。元々、ドワーフ族は頑強だからな。体力が回復すれば、彼らは最高の労働力だった。何より、我々への恩を返そうとしてくれていたからな。


 彼らは、この航海の最中でも『造船作業』をつづけたのさ。


 そうだ、軍船の内装を作りつづけた。


 すでに船のなかへ運び込まれていた木材も、少なからずあったからね。それを加工し、組み立てていくのさ。初めての海に出た者も多くいたが……船酔いで吐きながらも、彼らは不屈の闘志を見せて、作業を続けたよ。


 船を完成させて、『アリューバ海賊騎士団』に捧げること。


 それが奴隷の身分から解放されたことへの恩返しだと、彼らは考えてくれていたのだ。たしかに、それはありがたい。多くの海賊船を失った海賊騎士団からすれば、一隻でも多くの戦闘用の船が欲しいからな。


 ……彼らの労働意欲に刺激を受けたというワケでもないだろうが、レイチェル・ミルラも実によく働いてくれたよ。


 彼女は『人魚』に化けて、海へと飛び降りた。


 何をするか?


 『人魚』の『導きの魔法』を使ってくれるのさ。『人魚』族のみに使える能力なのだろう。彼女は海を操れるのさ。彼女が泳ぐ後では、船のスピードが上がる。何でも波の流れが変わるらしい。


 船団の先頭を行き、波を切り裂くことで後続の船を引っ張っていく『ヒュッケバイン号』。その黒烏の船のさらに先を、『人魚』は導くように泳いだ。


 ジーンは操舵輪を握りしめたまま、うなっていた。


 どういうわけか、海流が『人魚』に向かって流れを変える。そんな感覚を持ったようだな。ジーンにも全く理屈の分からない能力らしい。


 さすがは、伝説の希少種族、『人魚』さんだよな。


 海の専門家であるジーン・ウォーカーが『分からない』と断言する力か、オレは深く考えないようにしたよ。魔眼で見ても、海の流れの不思議は解けないもんね。


 ……あえて、考察するとしたらだが。


 『風』の魔術の応用なのだろうな。


 水中で『風』の魔術が使えるのか?


 答えとしては、使える。


 リエル・ハーヴェルが好例を示していた。『氷の船作戦』についてだ。『霜の巨人』に見せかけた『氷のカタマリ』で、帝国軍船を襲わせた作戦だな。


 リエルは『風』でそれを動かしたと語った。


 たんに風を起こして、それで流氷を操ったのかと思っていたが……ロロカ先生が戦の後で教えてくれたが、リエルの『風』が操ったのは海中の圧力らしい。


 そもそも大気中の風を操ることの出来る『風の魔術』だが、風が操れる理由も、大気中の圧力を操ることで起きている。『風』の魔術とは、空間内の圧力を調整する魔術らしい。


 ガルーナの野蛮人の脳みそでは、それより先の難しい説明は理解出来なかった。まあ、海のなかにも『風』を起こせるってことさ。海中の圧力を変動させれば、『流れ』を生むことが出来る……。


 リエルが『氷の船』という、船の十数倍はあるであろう超重量物を操れてのは、大気中の風を操り、それで押したワケじゃなく、海中の圧力を操作することで海の『流れ』をコントロールしたというのが真実らしい。


 ……そんな高度な学術的な知識を、オレと同じアホ族に属するリエル・ハーヴェルが知る由もない。ロロカ先生の完全な入れ知恵らしいな。


 まあ、理屈を教えてもらったところで、海中の圧力を操作することは、オレには出来ないよ。


 どうにもイメージが掴みにくいし、大気と違って、ずいぶんと重量があるからな。森のエルフの王族のように、膨大な魔力を誇るリエルだからこその大技ってことさ……。


 その事実を考慮すると。


 『人魚の導き』についても、『風』の魔力に根ざす技巧だとは思うのだが……不思議なことに魔力の流れを感じない。


 レイチェルの魔力は弱くはないが、エルフの王族なみにあるわけでもないのだ。そして海から戻ったときも、ケロリとしている。魔力の消耗を見せない。


 だから、『風』の魔術を使い続けて、船団さえも牽引する『流れ』を生んでいるわけでも無さそうなのだ……。


 オットー・ノーランの魔力を詳細に読み切れる『三つ目』があれば、より高度な分析が出来るのかもしれないが、オレにはムリだ。目玉の能力も、そして、何より頭もついていかない。


 だから、オレは考えないようにしたのさ。


 いいじゃないか?


 美人がミステリアスだなんてさ?


 だいたい『人魚』さまなんだぜ?


 海流の一つぐらい、支配したって、おかしなことはないだろう。


 アホ族がムリして知恵を捻ったところで、滑稽なオチにしかならないのは、経験則で思い知らされているからな。『人魚』の神秘になど、オレはこれ以上、考えないようにしたよ。


 大事なのは、レイチェル・ミルラが船の前を泳げば、その船はやたらと速く進めるということさ。とくに、それが『ヒュッケバイン号』のようにエルフの秘術が満載されたあげく、腕利きの海賊たちが操る船ならばな……。


 ジーンは、風が強い日に『人魚の導き』を得ることが出来たら……『飛べる』と語ったよ。誇張された表現ではあると思うが、ただでさえ軽快に海を走る『ヒュッケバイン号』のことだ、波の上で跳ねたら、30メートルぐらい先には飛べるかもしれない。


 船体にかかるダメージを考えると、止めておいた方がいいと思うがな。なにより、船よりも先に乗組員は、その衝撃で甲板から空高くに向かって飛ばされるだろうしね―――でも、ジーンの目に好奇心が浮かんでいたのを感じるよ。


 その『曲芸』を使う場所が、ヤツの脳みその中にストックされた戦術にはあるのだろうかね?……ヤツは、脳みその中で建設中の策については、多くを語らないタイプの戦術家だ。


 訊いたところで、はぐらかされるだろう。


 だから、訊かない。


 とにかく!『人魚』に導かれた『ヒュッケバイン号』船団は、恐ろしいまでの順調さを帯びて、アリューバ半島への旅路を、たったの一日半ですませていた。


 嵐のあとで、素直な海だった。だから『行き』よりは早く戻れるとジーンは語っていたよ。だが、まさか行きの半分の時間で戻れるとは想像もしていなかっただろうな……。


 オレたちはイドリー造船所を焼いたあの日の翌々日の夜には、アリューバ半島の北端部にある都……『オー・キャビタル』へと帰還を果たしたのさ。


 夜の闇のなかを、大きく海に突き出たその都には、明々とした無数の灯りが見える。戦が終わり、酒場も多いその魅力的な街並みが復活している。


「……もう。戻って来れたよ」


「……いいことだろう?」


「まあ、そうだけど。『人魚』パワーを思い知らされちまって、ちょっと引いてる」


「引くよりも、尊敬と崇拝の念をもって、美しいレイチェルさまを称えればいいじゃないか」


「……オレまで、そうなってはいけない」


 ジーンはそう言ったよ。


 うむ。


 『ヒュッケバイン号』の海賊どもの半分近くが、レイチェル・ミルラを生き神のように奉っていることを、オレも知っている……。


 レイチェルを見ると、レイチェルさまだ!!と最敬礼をする。ある者は、土下座を使い服従と『信仰心』を示していた。悪ノリも大好きな愉快な大人女子、レイチェルさんは『信者たち』をコキ使っている。


 海賊どもにマッサージをさせて、海賊たちに熱くもないだろうに、団扇で体をあおがせていた……。


「……『人魚』が与えたカルチャー・ショックだろう。君たち海に生きる男たちには、彼女の力がどれだけ異端なことなのか、よく理解出来るからか」


「うん。そんなカンジ」


「色々と神がかった能力を発揮しているからな」


「……アンタのとこ、どんな人材募集かけたの?」


「なんだ、レイチェルが部下として欲しくなったか?」


「そりゃね。彼女がいれば、海戦では無敵だと思う。最強の海の守護神だよ」


「だろうなあ。だが、彼女を長くレンタルは出来ないぞ」


「だよね。アンタのモノだもの」


「そうじゃない。彼女は死んだ夫と……何より、故郷に残している一人息子のユーリくんのものさ」


「そうか……ヒトには、色々とあるもんだ」


「……彼女とユーリのためにも、オレはさっさと帝国を潰して、あの母子がいつでも一緒に暮らせるようにしてやりたいよ。あと……可能であれば、彼女はいつかサーカスに帰って欲しい」


 ……昔々、とある入り江で、才能が無いことを悔やみ泣いているサーカスの芸人がいたという。その男を哀れに想いながら、その男の泣き顔に何故だか惚れてしまった『人魚』がいたんだと。


 『人魚』はその男を慰めてやろうと、月の浮かぶ空に大きく踊りながら跳ねた。


 その跳躍が見せて、あまりの美しさに惚れた男は……『人魚』をサーカス団に勧誘したそうな。そして、『人魚』はサーカスのアーティストとなり、男はその『リングマスター/団長』となり……結婚して、息子が生まれて―――サーカス団は帝国人に襲われた。


「―――悲しい物語さ。彼女がリングマスターと呼ぶべきは、きっと血なまぐさい傭兵なんかじゃない」


「リングマスター……アンタが『座長』扱いされてるのは、彼女がサーカスのヒトだからか」


「その名残さ」


「そうか。うん。そうだな。戦いのなかでも、彼女は曲芸をこなしているもんな。戦いじゃない舞台で踊ると、オレ、畏怖以外の感情で、拍手が出来るかもね」


「そっちの方が、真実のレイチェル・ミルラだよ。彼女を怖がったりするな」


「そうだね。いつかオレも、サーカスの天幕の下で笑う、レイチェルさんを見たいよ」


「いい心がけだ。お前は、フレイヤに告白できないことを除けば、本当に有能な男だ」


「うぐ!?……いつか、そのうち、出来るって!?」


「……くくく!そうなる日が来ることを祈ってやるよ」


「魔王は、何に祈るんだ?」


「黒い翼の可愛らしい竜に決まっているだろう?」


 オレは上空を見上げる。


 この船団が敵ではないことを知らせるために、ゼファーとリエルは『オー・キャビタル』に先行していたのさ。あまりにも帰還が早すぎるからな。敵の襲撃と勘違いされて、『火薬樽』を撃ち込まれては大変だ。


 その二人が帰って来たよ。


 オレは手を振る、月の浮かぶ星空に、リエルが手を振り返してくれる。


「ラブラブでいいよね?」


「ああ。本能に忠実に、愛に素直に。それが、ガルーナの竜騎士の文化さ」


「素敵な言葉だよ……それで、奥さんが三人もいなければ、素直に感心できるのになあ……」


 アリューバ半島人の文化では、『一夫多妻』という素晴らしい文化を、どこか蔑視するような側面があるように感じているよ。


 いいではないか?


 オレたち四人夫婦は仲良しだ。そのうち、四人で寝る日も来るだろう。最高に楽しみ!


「くくく!たくさんの子供に恵まれそうで、ガルーナの復興が早まるってものさ」


「『狭間/ハーフ』の力は、有能ってのが相場だもんな。アンタと、アンタの奥さんたちの子供かよ……末恐ろしいな、ガルーナ王国軍」


「くくく。その恐ろしいガキの一人が、フレイヤの生む子供の一人と許嫁になっているんだぞ?」


「はあ!?……ま、マジかよ!?いつのまに……」


「お前がフレイヤに告白出来て、もしも彼女を孕ませることが出来たら、我々は親戚になる日も近いな、友よ」


「……フレイヤと結婚できたら、恐ろしい親戚が増えちまうんだね」


「オレの親戚は、並みの男ではつとまらん。さっさと告白して、彼女にお前の子供を孕ませることだな」


「わかったよ。でも、孕ませるって言い方、なんか下品だからやめてくれない?フレイヤは、オレのなかでは、そんな言葉が似合わない清純な女子なんだから?」


「へいへい。ガルーナ人は野蛮でアホだから、油断すると、ついつい下品になっちまっていかんなあ……」


「なんだよ、それ?絶対、反省してないヤツの口調だ!」


 そう言いながら、我が友は笑う。ユーモアを理解してくれる、いい友だ。


「さてと、船長殿よ。そろそろドワーフたちにも船を下りる準備をさせないとな」


「ああ!!今夜は、祝杯と行こうぜ!!戦で疲弊した経済を、復興させるお手伝いをしなくちゃね!!」


「ほう……経済復興か」


 モノは言いようとはこのコトだな。酒に溺れるための、いい口実が手に入ってしまったよ。


 まあ、奴隷から解放されたばかりのドワーフたちとの酒宴に関しては、リエルも文句を言うことはないだろう。さてと、ドワーフの戦士たちに、アリューバのビールの味を教えてやらねばな!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る