序章 『嵐と共に来たりて……』 その6


 10時30分になる。オレたち『パンジャール猟兵団』とドワーフ・チームは植林地の前に合流していた。


「ソルジェ団長、ドワーフたちを解放したのだな!!」


 リエルが喜んでくれたよ。彼女の笑顔を見ると、たまらなく嬉しくなるね。


「ああ。ここに残ることを選択した者たちもいたが……」


「……うむ。それも、仕方あるまい」


「だが、多くの者たちが脱出することを選んだ。彼らも、この破壊工作に手を貸してくれる」


「うむ……その木ぎれをこの偽りの森に配置するのだな?」


「そうだ。ジーンたちが、燃料をつけてある」


「なるほど。どうりで、おかしなにおいがする」


「臭いは変かもしれないが……よく燃えるそうだ」


「そうか。そうだな、そういうものがあると、ありがたい……この大雨では、山火事を起こすのは難しそうだ―――40カ所に、30分は燃えつづける紋章地雷を仕掛けたが……」


 ふむ。リエルがやや自信がなさそうにつぶやいた。彼女にしては珍しいことだな。いや、マジメな彼女らしい懸念とも言える。


「安心しろ、この雨はもうすぐ止む……そして、大きな風が暴れる」


「……うむ。信じている。疑っているわけではない。ないのだが……」


「この雨では不安になって当然だ。だからこそ、仕事を継続しよう」


「ああ!そうだな!……少し休んで魔力が回復したら、追加で紋章地雷を仕掛けに行ってくるぞ!」


 働き者のリエルちゃんを、抱きしめてキスとかしてみたいが……ドワーフ・チームもいるし、今は、いちゃついている場合ではない。オレも、木こり仕事をせなばな―――。


「リングマスター、私はどうしましょうか?」


 『人魚』さんが、あの色っぽい唇に伸ばした指先を当てながら訊いてくる。踊り子の服も、あの長い銀髪も雨にすっかりと濡れて、肌にピッタリとくっついていた。セクシー過ぎるな……。


 でも、彼女のうつくしさを褒めている時間でもない。


「レイチェル、首尾はどうだ?」


「上々ですわ。敵は全員仕留めました。それに……たいまつ用の燃料を回収しています。この樽の中には、可燃物がたんまりですわ……」


 レイチェルはその樽をペシペシと平手で叩きながら、そう言ったよ。叩かれた樽からは重たげな音が響く。相当の重量があるらしい。


「重かったです」


 かなり疲れたようだな。サーカスのアーティストである彼女は、あの細くて長い腕と脚に、見た目以上の筋力を鍛錬で培ってはいるが……重たげな樽を二つも転がしてくるのは、辛い作業だったようだ。


 そうだな。このまま木こりの作業を続けさせるよりは、彼女向きの任務がある。そっちの方に回らせるべきかな。ドワーフ・チームがいるから、こっちの手は足りているしな。


「……レイチェル。造船所の入り口近くで、見張りをしていてくれるか?……この大雨に隠れているとはいえ、盛大な作業をしている。見られるとマズいんだ。敵だろうが船大工だろうが、近づけさせるな」


「……ウフフ。了解ですわ、リングマスター。そういう任務は、とても好きです」


「頼んだぞ」


「はい。必ずや、全うします」


「11時半にはここに戻れ」


 その言葉にうなずき、レイチェルは移動を開始する。森を焼くという地味な仕事に比べれば、彼女の憎悪する帝国人との戦いがあるかもしれない任務は、彼女に深い歓びを与えているようだな。


 これで、この作業を見られる可能性はずっと減る。


 さてと。


 ミアは……。


「オッケーだよ、設計図は回収。ちゃんと、革のケースに包んだから、雨でも濡れない」


「お利口さんだぜ、オレのミア」


 そう言いながら、オレは彼女の黒髪を撫でた。指はずぶ濡れの髪を感じる。まるで、泳ぎ終わったあとのようだ……。


「寒くはないか?」


「うん。この雨は、ちょっとだけ温かい。あと、動けば平気!」


「そうだな。ミア、リエルと共に森を走れ。『風』の魔術で、杉の枝を落とすんだ」


「枝を?」


「ああ。風通しをよくする。東からの風を、リエルの紋章地雷が受けやすいように、紋章地雷の真東に向かって、『風』の魔術で枝を落とすんだ」


「それだけでいいの?」


「十分な仕事だ。余裕があれば、落ちた枝を紋章地雷の近くにある、木の根元に並べるんだ」


「なるほど!燃え広がりやすくするんだね?」


「そういうことさ」


「分かった!リエル、そろそろ行こう!!」


「うむ!……それではな、ソルジェ団長。一時間後に戻る」


 正妻エルフさんと妹ケットシーも移動を開始だ。


 さーて。


 あとに残った男たちは、木こりの真似事と行こうかね。まだ、土砂降りは続いている。この雨音に隠れながら、森に仕掛けを施そう。


 ドワーフ・チームを見るぜ。彼らも元からの体力の低下に加えて、木材を運んだことで疲労が見え始めている……だが、その瞳には仕事を求める情熱が燃えているのさ。


「ドワーフたちよ!この森に、運んで来た板きれを並べてくれ!!燃料が雨で流されないように、燃料の付着した部分を下にしながら、木に立てかけろ!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


「それが終われば、斧とノコギリを使い、木の幹の西側を切れ。燃え始めれば、西に向かって倒れるようにするのだ!!完全に倒す必要はない!!炎が燃え広がりやすくなるように、細工をしてくれれば十分だ!!」


「はい!!」


「よし!!皆、離れすぎるな!!後退し、船に乗るための時間は、オレが告げる!!……それでは、作業を開始するぞ!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


 ドワーフの男たちも作業を開始する。


 もちろん、オレもだよ。オレも斧を持って、植林の森へと入るのだ。森のなかは、さらに暗い。まるで夜のようだな。だが、雨が減る。生い茂った杉の枝たちが、天然の傘になっているようだ。


 オレは手近な木に取りつくと、斧を握る指に力を込めた。


 蛮族には、持って来いの作業だな。


 そんなことを考えながら、オレはその長い柄のついた斧を、木の表面に叩き込む!!コツは、やや斜め下に向かう軌道で斧を振り落とすことだな。


 木の繊維は縦に走る。


 肉と同じだな。


 そいつに沿うように切るための力を加えれば、斧も剣の刃も、よく繊維を切り裂けるのさ。叩かれた木が高く鳴り、馬鹿力を帯びた太い鋼は木の幹に深々と突き立てられていたよ。


 もちろん、西側に叩き込む。自分で言った方針を、違えるほどに愚かではないぞ。


 ドワーフたちも斧を叩き込み、あるいはノコギリで、そこらの木に細工を始めるよ。かなりうるさい音が出た。


 左眼のある魔法の目玉を指で押さえながら、ゼファーに連絡をいれる。


 ……ゼファーよ。森から作業の音は聞こえているか?


 ―――だいじょうぶだよ、あんまり、きこえない。


 竜の聴力なら聞こえて当然だな。そこらにドワーフか人間族の作業員がいるか?いたら、そいつに訊いてくれ。森から音が聞こえてくるかどうかを。


 ―――うん………………だいじょうぶ、えるふいがいには、きこえていないよ!


 そうか!助かったぞ、ゼファー!!


 心配する必要はなかったらしい。とんでもない土砂ぶりだからな。大地を穿つ雨音が、ドドドドと音を奏でているのだ……木こりの斧に襲われて木があげる『悲鳴』も、消え去ってしまうか。


 悪事を行うには、いい環境だな。


 あとは、蛮族らしく、豪腕を振るうことにしよう!


 オレとドワーフ・チームは、いつしか競うように、木に鋼を叩きつけていったよ。この土地の木を加工することに慣れているドワーフたちだ。なかなかの強敵さ。


 結果としては、甲乙つけがたいペースであったが、オレたちはまたたく間に、400本近くの木に細工をすることが出来たよ。


 競争させるということは、仕事のペースを上げるね。男ってのは、競い合うことが本質的に好きなのかも知れない―――女もかな?女性に生まれついていないもので、そこはオレには分からない。


 まあ、とにかく。


 そんなこんなで作業は完了していたよ。


「よし!!頃合いだ!!皆、作業を止めろ!!港に走れ!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


「……アリューバにたどり着け!!そこの新たな議長である、フレイヤ・マルデルは、まだ若いが、大人物の器を持つ者だ!!君たちのことを正当に扱うだろう!!不安を抱かずに、船に乗れ!!さあ、走れ!!仲間に置いて行かれるなよ!!」


 ドワーフたちを追い立てるように叫んだ。ドワーフたちが港へと向かって、あの短いが力強い脚で走っていく。


 オレは魔眼を使い、作業に夢中になって周囲が見えていないドワーフの二人組を見つけると、そいつらに怒鳴り、港へと向かわせたよ。


「……他には、いないな」


 魔眼で森を探索する。


 いないな。


 いるのは、リエルとミアの気配だけだ。その二人も、こちらに向かって移動を開始している……時刻は、11時11分。悪くないタイミングだ。


 オレは、二人と合流出来るような方向で走る。魔法の目玉があるってのは、便利なことだろ。愛する家族たちと一つになり、オレはそのまま、植林の森から抜け出したよ。


 雨は、まだ土砂ぶりであった。


 雨音による隠蔽は、まだオレたちの加護をしてくれている。


 港についたドワーフたちが、どんどんボートに乗り込み、あの新しく造られた軍船たちに乗り込んでいく……。


 海賊たちは、『ヒュッケバイン号』で持ち込んでいた、新品の帆を軍船に張ると、ゆっくりと航海を始めていた。エルフの海賊たちが魔術で『風』を呼んだのだ。


 『ヒュッケバイン号』の後を追うようにして、未完成の船たちはゆっくりと静かなイドリー湾を走り始める。


 フジツボのついていない、新たな船の底は、波の上を軽やかに走るようだ。抵抗が少なく済むだろうからな―――百戦錬磨の『アリューバ海賊騎士団』の海賊たちだ。オレが心配することなど、何もない。


 祈るぐらいだな。


 船に乗った男たちではなく……この土地に残ると決めた、ランドのじっさまたちや、故郷への過酷な旅路についた、勇敢なドワーフたちのことを。


 オレが祈りの言葉を心のなかでつぶやくと、『人魚』と竜がこの場にたどり着いていた。


 11時30分になったぞ。


 さて、イドリー造船所が炎に包まれる時間がやって来たな。

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