序章 『嵐と共に来たりて……』 その5


 オレたちは四つの納屋から、ドワーフたちを解放し終えていた。オレと共に来ると誓ってくれたドワーフたちは、84名だった。残る者は70名、9名の勇敢な男たちが、自力で故郷へ戻るという過酷な道を選択していた。


「……危険な道になる。注意をし過ぎることはない。帝国兵の詰め所に行け。そこには兵士どもの死体がある。そこで武器と食糧を略奪して、故郷へと向かえ。健闘を祈る!」


「はい、サー・ストラウス!ご助言をありがとうございます!」


「このご恩は忘れません。子孫にまで、語り継ぐことを誓います」


「うむ。オレも君たちの故郷を愛する心と、その勇敢さを忘れることはない。では、行くといい。嵐に紛れて、可能な限り遠くまで走ってみせろ。必ずや、故郷まで戻れ!」


「はい!」


「それでは、ご武運を、サー・ストラウス!!」


 そう言い残して、ドワーフの勇者たちは豪雨の果てへと消えて行った。いつか再会し、酒を酌み交わしたい男たちだった。忘れぬよ、この出会い。彼らが信じる神よ、彼らのことを守り、彼らの命がけの願いを叶えてやれ。


 ……豪雨を浴びながら、見知らぬ神に祈りを捧げたよ。


 そのあとで、オレは懐中時計を確認する。9時59分……。


 嵐のなか、納屋の前に整列するドワーフたちに、オレは訊く。


「敵船の情報が欲しい。設計図が保管されている場所に、心当たりがある男はいないか?施設の長がいつもいる部屋や、設計技師たちが詰めている部署……そんな場所が好ましいかもしれない」


「お、オレ!多分、案内出来るっすよ、サー・ストラウス!!」


 ひとりのドワーフが、挙手しながらそう宣言してくれた。


「よし。ミア、彼と共に行ってくれるか。どうせ鍵ぐらいかかっているだろう。集合地点には、三十分後に戻れ!」


「オッケー、お兄ちゃん!さあ、ドワーフさん、行こう!!」


「は、はい!!」


 ミアとドワーフの青年は、足早にその場所を目指して進んでいく。


 しかし……土砂ぶりが強くなっているな。


 オレは渦巻く曇天の灰色を見上げる。いや、もはや、空は黒いほどだ。雨がより強まり、土を穿つほどの勢いで空から落ちてきている。大粒の雨であり、その密度も濃厚だ。


 天然の遮蔽物だな。


 わずか百メートルほど先の建物さえ、輪郭がぼやけてしまうほどだ。


 ……その反面で、風が和らいでいる……ふむ。このタイミングを狙っていたのだろう。これならば理想的な着岸が出来るというわけだな。


 オレはイドリー造船所の岸辺を見つめる。たった四百メートル先のそれが、まったく見えやしなかった。生来の右目にある青い瞳では、とても『ヒュッケバイン号』の姿を見つけることは出来ない。


 だが……左眼の、魔法の目玉はそうでもない。雨を透過して、その視界はクリアであった。アーレスから受け取った、金色に輝く魔眼を用いて、オレは入港してくる『ヒュッケバイン号』と、そこから、わらわらと飛び降りてくる海賊たちの姿を見る。


 だから?


 ゼファーに頼むのさ。竜と竜騎士の秘密の力を使う。お互いの心をつなぎ合わせることで、オレたちはどんなに遠く離れていても会話が出来るのさ。


 なあ、ゼファー、ジーンのところに降りてくれ!


 ―――うん、おり……た!!


 ゼファーの視界がオレの網膜に転送されてくるよ。ジーンが、うおおおっ!?という叫びを上げて、跳び退いていた。いいリアクションだな。


 そのヘタレに、オレがドワーフを解放したことと、植林地を焼き払う計画を教えてくれ。


 ―――りょうかい!!


 そのあとは、ジーンの指示に従ってくれ。より効率的に船と設備を壊すためには、どうすればいいか……ヤツは、長いこと、ここを襲撃する計画を練っていたはずだ。お前の力を貸してやれ。そうすれば、より徹底的にこの施設を破壊できるぞ。


 ―――わかったよ、『どーじぇ』!!


 素直ないい仔だ、うちのゼファーは。


 さて。


「……オレたちは、食糧を確保するぞ!」


「しょ、食糧っすか?」


「ああ。君らの食事だよ。君らは普段、どこで食事を提供されている?」


「……朝だけ。作業場の近くに、大きな食堂があるんです。そこで、メシが出ました」


「イモは出たか?」


「は、はい。古いイモが……」


「ならば、ストックがあるだろう。そいつを奪いに行くぞ!案内しろ!」


「い、イエス・サー・ストラウス!!こ、こちらです!!」


 ドワーフ・チームが豪雨の中を走っていくよ。


 まったく、すごい雨だ。


 それだけに、身を隠すことを考えずにいられる。


 くくく。よくもまあ、こんな計画を思いついたものだな、ジーン・ウォーカーよ。細かな計画を立てられる男には、感心しちまうよ。


 直感だが、お前は去年も一昨年も、このタイミングで帝国領に侵入していたんじゃないか?……どうにも、手慣れているというか、完璧すぎる。『リバイアサン』として、帝国軍船ではなく、商船ばかりを狙う小悪党だった頃も、帝国攻略の計画は立てていたんだな。


 お前の新たな側面を知れた気持ちになるよ。


 執念深さ。


 あるいは、お前の親父や、『リバイアサン』の先代の首領、老アルバート船長の仇討ちを忘れたことは無かったんだろう。


 ありがたいことだ。


 そのおかげで、オレたちは、このドワーフたちを奴隷の身分から解放してやれたのだ。


 10時10分、ドワーフの略奪チームは食堂に到着した。


 倉庫をぶっ壊して、そこにある食糧を片っ端から盗み出す。一部は、納屋に残ると決めた、じっさまたちへの差し入れとして運ぶ。そして、その他の全てを、港へと運ぶのさ。


 ジャガイモの入った袋を担いで、土砂ぶりのなかを急いだよ。


 時間は限られている。効率的に動かなければな。


 港についたドワーフ・チームを、黒髪のイケメン海賊くんは即座に見つけてくれたよ。


「サー・ストラウス!!」


「よう、ジーン。仕事は順調か?」


「ああ。アンタのところの竜が、作りかけの船の土手っ腹を噛み砕いてくれている」


「さすがは、オレのゼファーだな」


「うちの連中もがんばっているぜ?……船の竜骨を、ノコギリで三つに切っている」


「竜骨……船の、まん中の、芯みたいなアレか?」


「そうさ。船の『背骨』みたいなもんだよ。アレを切るだけでも、船は台無し。そのあとで、鯨油と松ヤニと……色んな薬品を混ぜた、長く燃える『特性燃料』を、ぶっかけまくっている。これは、雨の日でも消えない、魔法のたいまつの燃料だ」


「ほう。アリューバ独自の錬金術の品か」


「そんなところだよ。それを、造船所の設備と、作りかけの船に塗りたくっている。クレーンとかの根元には、ノコギリで切り込みを入れた。火を点けて、風が吹くのを待てばいい。えーと、この雨が止む……ってのは、アンタも分かっているんだっけ?」


「ああ。竜騎士だからな」


「……その言葉って、便利。不思議な目玉とか、船乗りでも無いのに、空とか風に詳しすぎても、なんか納得できちまうんだから」


「竜騎士はそういう尊い存在ってことだ―――っと、オレたちはおしゃべりが過ぎるな、友よ」


「うん。そうだね。仕事に戻ろう。この雨が止むと、かなり強い風が吹く。東の風だ。オレたちはその東の風を拾って、沖合まで出て、加速する……あとはアリューバに向かう海流に乗れば……敵がここの襲撃を知り、追いかけて来ても絶対に追いつけない」


「いい案だな。さてと、彼らは、自前の食糧をかっぱらって来たぞ?どこに運んだらいいか、指示をくれ」


「なるほど、助かる。ゲストの食糧に関しては、ちょっと不安だったんだ……じゃあ、えーと、40人でいい。それだけで、食糧を運び込もう!君らが乗るのは、君らが造ったばかりの船だ。操船は、うちの海賊たちがやるから、任せろ。もちろん、指示にはしたがってくれ!」


「ということだ!このジーン・ウォーカーの言葉に従って、半分は動け!!」


「わかりましたよ、サー・ストラウス!!」


「この若いのに、従いますぜ、サー・ストラウス!!」


 ドワーフたちの厚い信頼を感じて、オレは目頭が熱くなるよ。


 そして、なぜかいきなり軽く見られているカンジになってしまったジーンのことを思うと、腹を抱えて笑いたくなる!!


「……なんだよ、オレ、扱いが悪くない!?」


「くくく!!気にすんな、彼らはオレのファンなだけだ」


「……いいけどね。さて、仕事をしよう!アンタも、自前の策を作ってくれたんだろ?」


「ああ。君らへのプレゼントにしたい。『パンジャール猟兵団』から、『アリューバ海賊騎士団』への、ささやかなプレゼントだ」


「……いい案だ。燃えそうなモノが足りなさそうなら……船の板用の材木がある……そいつを、薪代わりに運びこんでくれないか?……あれにも、『特性燃料』が塗り込んである。山火事を起こすための助けにはなるはずだぜ」


 さすがに頭の回転が速い男だな。


 オレたちのサポートと、自分の仕事を同時にこなせるようにしていたか。手持ちぶさたになったドワーフたちに、いい仕事が出来たな。


「……『薪』を植林地まで運ぶぞ。少々、重たいが、慣れっこだろう?ああ、三人ほど、斧とノコギリを出来るだけかき集めて来い!!」


「イエス・サー・ストラウスッ!!」


「ただちに、行動に移りますッ!!」


「いい声だ!!さすがは、ドワーフの戦士だぞ!!」


 ドワーフ・チームが再始動だ。


 『薪』と工具をかき集めて、植林地目掛けてまっしぐらさ。


「サー・ストラウス……アンタって、指揮官向きだよね?」


「そういう才能があるんだろう」


「ああ。きっとね!……じゃあ、11時半には、出航する。10分前まで。それまでに、ドワーフたちをここに全員集めてくれよ」


「分かった。街の方は、襲撃するか?」


「……海賊としてはしておきたいところだ。アンタの望む、『メッセージ』にもなるだろうけど……さすがに、これ以上の仕事を持つと、しくじりそうだから、今度はパスだよ」


「イドリー造船所を破壊出来ただけでも、十分だ。有能なドワーフの仲間たちも手に入れたぞ。彼らは、造船の技能を持っている……海賊船たちの復活にも、手を貸してくれることだろう」


「……素晴らしいゲストだね。やっぱり、アンタは指揮官向き。『部下』のことを褒めるとき、それだけ嬉しそうに出来るってのが、きっと、それの秘訣なんだろうね―――っと、ダメだ。長話になってる!……これから先は、おしゃべり禁止!」


「……ああ。作戦が終了するまで、お互いに別行動だ。オレに用事があれば、ゼファーに話しかけろ。オレにも通じる」


「ほんと、便利!!……よし、それじゃあ、ビジネス・タイムだ!!」


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