第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その70


 ゼファーは『ヒュッケバイン号』を、敵船の腹から引き抜いてくれたよ。ゼファーはオレたちが『コウモリ』になり、敵船に乗り移った後、その作業を続けていてくれたらしい。


 フレイヤの大切な『ヒュッケバイン号』を、助けてやりたかったのだろうな。


 そう言えば、『ケストレル』が沈むとき、ゼファーの気持ちも悲しみの海に沈んでいたな。日に二度も、あんな気持ちになるのは避けたいさ。それを回避するための力を持っていたとすれば、なおさらな。


 ああ。


 うちの仔はやさしい。


 その心に触れたとき、オレまで、やさしい気持ちになる。あとで、なで回してやりたいね。


 ……海賊たちは、例の『板』の橋を作りあげて、燃えていく船から脱出をはかる。


 もちろん、彼らはフレイヤ・マルデルを最優先に逃した。


 オレたち猟兵は身軽なもんだから、船のあいだを跳んで渡ったよ。山猿みたいに、俊敏なのさ。ジーンも、オレたちのマネをして跳んでみた。


 着地した瞬間、想像以上に足の裏が痛かったのだろう、引きつったスマイルをイケメンくんは浮かべていたよ。彼も、どうにか山猿ごっこに成功していたよ。大した身体能力だ。そうでなくては、今後もこの海を守り続けられないな。


「いいジャンプだった」


 竜の背から飛んだ時ほどではないが、たくましさを感じたよ。褒めるために、オレは男の背中を、ちょっと強めの力を込めて手で叩いた。


「……アハハ。サー・ストラウスに褒めてもらえるとはね、うれしいよ」


「……そうかい。お前は、よく戦った。ほら、フレイヤのところに行け。彼女のそばにいることが、お前の望むことだろう」


「ああ。ちょっと、行ってくる!!今夜は、酒を呑むぞ!!」


「くくく。もちろんだ」


 戦勝の酒盛りを約束し、ジーンはフレイヤのところへと走っていった。ヘタレ野郎も、そのうち彼女をモノに出来るだろう。今夜は、酒で酔いつぶれるんだろうがな。


 まあ、時間はあるさ。あの二人のペースで関係を築けばいい。


 さて。全員が乗り込んだ。『ヒュッケバイン号』にね。もちろん、わずかな数の捕虜たちもだがな。彼らは腕を縛れて、船倉に詰め込まれる。


 ゼファーが『ヒュッケバイン号』を押して、焼け落ちていく敵船から距離を取っているあいだに、海賊たちは壊れた帆柱に応急処置を施して、焼けてしまった帆を、予備の帆に張り替えていた。


 まったく、大した早業だったよ。


 疲れているし、ケガだらけだというのにな。オレたちは猿並みに俊敏なつもりだが、帆柱のあいだを走る彼らは、まさに猿だった。


 野蛮人としては、猿レベルで劣ってしまったことに、ちょっとした敗北感を覚えるが……仕方ない。彼らはこの海の海賊なのだから。


「作業、完了しました、フレイヤさま!!」


「いつでも、行けますよ!!」


「ええ!!ゼファーちゃん、ありがとう!もう、『ヒュッケバイン』は自力で海を走れるわ!!」


『うん。わかった』


 ゼファーの頭が、船体から離れて行った。あとで、あの頭をなで回してやらなくてはな!『ドージェ』の義務であり、特権だ!!


「さあ!!『ヒュッケバイン号』、発進です!!」


 フレイヤの言葉に、風は呼ばれたらしい。


 北風が、一瞬、強く吹いていた。


 新たな帆がアリューバの海の風を受けて、最速の海賊船『ヒュッケバイン号』を進ませていく……。


 ―――まず、目指したというか、回収したのは、オレたちの大切な仲間だよ。


 自爆兵がたんまりと乗っていた『右』の船……あの焼け落ちる船から、猟兵たちは無事に脱出していた。シャーロンも、オットーもいる。二人とも無事だ。


 どうやら、あの船が燃えて沈む前に、敵のボートを奪ったようだな。オールを漕ぎながら、こちらに向かってきていたよ。まあ、オールを漕いでいるのはオットーだ。オールが一組しかないのか……?


 絵面としてはおかしくないのだがな。赤毛のツインテールの『美少女』よりも、三十路男のほうがオールを漕ぐのは紳士の道に適うが、美少女に見えるアレも男である。


「おーい!!みんなー!!」


 シャーロン・ドーチェの明るい声が、空に響く。炎に焼かれかけての危険な作業だったようだな、異端審問官の服があちこち焦げて、裂けて……白い肌があちこちから露出していた。


 そこに、海賊たちが反応していた。


「え、えろい!!えろい姿だぜ!!」


「えろいぜ、色々と見えちまいそうだ!!」


「いいぞー!!『美少女の兄ちゃん』ッッ!!」


 くくく。


 男ってのは、本当にバカだぜ。ヤツの『正体』を知っているのに、見た目が美少女だからって、あのあられもない姿に興奮するなんてな。


 シャーロンのバカが、海賊どもをからかうために、そこらの女にも出来ないような、セクシーなポーズをする。ボートの上で女豹の構えだ。媚びるような上目遣いが、男心を鷲づかみにするかもな。


 まあ、男だけに男心は誰よりも分かっている。


「……シャーロンさん、何をしているんすか?」


「あら。セクシーで、いいポーズですわよ」


 うちの第三夫人と、踊り子さんは目線が違うようだ。


 『ヒュッケバイン号』が、あの二人を乗せたボートに近づく。シャーロンは『ヒュッケバイン号』の側面に来ると、オレに腕を伸ばせと催促した。


 オレは船から身を乗り出すようにして、腕を空中に突き出すと、シャーロンはイルカみたいに高くジャンプして、オレの手を掴んだ。そのままま、オレはヤツを引きずり上げていたよ。


「……えへへ!ありがとう、騎士さまあ!!」


「……頬を赤らめながら言うんじゃない。芸が細かすぎて、ちょっと引いちまうぜ」


「そう?……研究すべきトコロだね?露骨な媚びに引くスケベもいる。いい研究材料だよ!」


 このまま海に突き落としてやりたいが、実際にやると殺人行為だからやらない。オレは大人。トゲの生えたジョークぐらいで、一々、ブチ切れたりはしない。


「……研究って、何のっすか?」


「え?もちろん、より良い恋愛小説を書くために決まっているじゃないか?」


「……アレ、恋愛小説とかじゃないっすよ……っ」


 たしかに、官能小説の一種に違いない。


「オットー、私が手を貸してあげましょうか?」


 そう言いながら、レイチェルは『諸刃の戦輪』を海上に突き出す……ジョークなのか本気なのか。アレを構成する呪われた鋼は、機嫌が悪そうにギチギチ鳴いている。


 オットーの三つ目と身体能力なら、それに指を切られることなく握ることは容易いとは思うが―――なんか、不吉だから止めておいた方がいいかもしれない。


「いいえ。大丈夫です。ロープを貸して下さい。これも立派な物資になります。曳航して行きましょう……シャーロンくんと一緒になって、炎の中に飛び込んで―――」


「―――あら?まさか、危機を共有したことで、そのボートに愛がわいたのかしら?」


「非生命体への愛情だね!!恋愛小説のネタになりそうだよ、オットー!!」


 レイチェルとシャーロンは、『アーティスト』と『変人』という少々やっかいな性格な人々だ。オットーのようなマジメな人物をからかうことに、暗黙のコンビネーションを発揮することもある。


 だが、オットー・ノーランのマジメさは、そう易々とからかわれてばかりいるわけじゃない。彼もまたインテリだってことを忘れてはならないぜ。


「そうじゃありません。敵の資料も採取して来たんですよ」


「資料?……どんなものだ?」


「そうそう、オットー、どんなものー?」


「……シャーロンくんは、僕以上に詳しいはずですよね?ボートのなかで見ていたじゃないですか……ああ。ありがとう、カミラ」


 働き者のオレのカミラは、海賊から借りて来たロープをオットーに投げ渡していた。オットーはそのロープを素早くボートに結びつけた。そのまま、『ヒュッケバイン号』で港まで引いていくつもりなのさ。


「ふう……これで良し……っと、ああ、すみません、団長。ハナシが途中でしたね」


「ああ。それで、何の資料だ?」


「実は―――」


「実は!!『ナパジーニア』が使っていたらしい薬だよ!!はい、コレ!!」


 そう言いながら、シャーロン・ドーチェは胸元から透明な薬液の入った小瓶を取り出して、オレに差し出してくる。


「なんで、そんなところに隠しているんすか……?」


 猟兵女子のカミラは、少し引いているようだ。女装男子に対して、若干の嫌悪感があるのか。それとも、たんにシャーロンが嫌いなのか。


「重要な資料だからね!割れたりしないように、やわらかいトコロで保管してたのさ!」


「な、なるほど!……って、シャーロンさん、胸とか無いじゃないっすか!!」


「ヒドい!気にしているのに!!」


「え、ご、ごめんなさい……って、絶対、違うっすよ!!そんなこと思ってるはずないっすもん!!女装した男性じゃないっすか、シャーロンさんは!?」


 カミラもマジメな人物。シャーロンにからかわれやすい対象ではあるな。さて、冗談はほどほどに、オレはその薬瓶を見る。太陽に透かしてみたが……無色の液体であることしか分からない。


 だが、傾けてみると粘度がある……水ではないな。


「オットー、成分は分かるか?」


「さすがに、そこまでは分かりません。ですが……極小の世界で、複雑に魔力が絡み合っています。『炎』、『風』、『雷』……それぞれがある。『複合魔術』のような効果を、使用者にもたらすでしょう」


「ふむ……オレの『竜の焔演/複合強化魔術』のようなモノか」


「あそこまでの威力は、出せないと思いますが……広義の意味では、そう言ったものでしょうね」


「そうそう。『ナパジーニア』の死体も一つ回収しているんだよ」


 たしかに、あのボートには布に顔を隠された死体が一つ乗っているな……。


「まあ。死体なんて、どうなさるの?」


「解剖するんだよ。お医者さんと共に解剖して、オットーが見つけた『蟲』が、どこに巣くって、具体的に何をしているかを解明したい」


「ど、どこにいるんすか、ムシが……っ」


「頭と、腕と胸と、脚……色々なところにいるんだよー。詳細に知りたいの、カミラ?」


「しょ、詳細には、いいっすよう!!」


 カミラがそう言いながら、ちょっと涙目になってオレの腕に抱きついて来た。ヒトの解剖か。医学的な発見には満ちているのだが、一般的にはグロい行いという扱いでもある。


 オレはガルフと、その『集い』には参加したことがあるな。解剖学教室さ。大きめの街では、医学者と錬金術師が、よくやっている。医学研究の一環だ。


 なんで、猟兵がそんなところに行くか?


 一つは医学者たちから、『解剖学』のテキストを買うため。『解剖学』という学問は、解剖の仕方を研究しているわけではない。解剖した『結果』を研究する学問だ。


 つまり、『人体の構造』を細かく記した文章と、それらを想像しやすくするための大量のイラストで構成されている。オレとガルフが欲したのは、どちらかと言えばイラストの方だ。


 どこを血管が走るのか、どこの骨がどんな形で関節を構成しているのか。その事実を知ることで、より的確に相手の急所を破壊出来るからだ。


 武術は、完璧な殺人術ではない。経験則と、各流派の哲学に、真理を曲げられている部分は少なからずある。『解剖学』ってのは、それに比べて、かなり精確に事実を追求している。


 武術に伝わる、必殺の技巧たちが、何故に必殺性を帯びるのか。


 それを『解剖学』を使えば、より明確に理解出来るということだ。ミアの暗殺技巧が冴えているのも、彼女が人体の構造を熟知しているからさ。


 それぞれの武術を構成する『哲学』を重んじることも大切だが、『戦場の武術/猟兵武術』とでも言うべき技巧は、より精確で在るべきだと、白獅子ガルフ・コルテスは長く生きたあげくに考えたようだ。


 酔っ払いの発想は柔軟だな。


 まあ、色々と便利な知識さ。殺すためだけではなく、もちろん、救命にも使えるしな、『解剖学』の知識は―――。


「えー?……カミラぁ、ガルフの遺言だよ?……『敵を知ることで、百度の戦でも楽勝、楽勝』。敵の肉体の構造を把握するのも、立派な猟兵になるための一歩だよ?」


 そんな『遺言』はないが、まあ、シャーロンの言葉に間違いはない。


「そ、それは、そうかもですけど……っ」


「後学のために、僕らが『彼』を解剖するのに立ち会うかい?」


「……い、イラストを読むだけでも、覚悟がいるのに……『生』の解剖とか見るのは、自分のハートじゃ、ムリっすよう……っ!!」


 想像するだけでイヤだったのだろう、オレの吸血鬼なヨメが、オレの背中に取りついて、オレを動かした。対シャーロン障壁、ソルジェ・ストラウスさんの完成だったよ。


「そっか。まあ、若奥様には、旦那さまで人体の構造を学んでもらうことにしようかな」


「せ、セクハラ発言っす!!」


 新婚夫婦が浴びる、ありがちなセクハラではあるかね?だが、こういった発言の一つ一つが、シャーロンに対する猟兵女子ズのイマイチな信頼を作り上げていくのだろうな。


「……敵兵の解剖や情報の分析は、港に戻ってからだ。オットー、そんなボートに一人じゃつまらんだろう。上がって来い。戦勝を祝うときに、孤独ではいけない」


「ええ。了解です」


 そう言って、オットーは素晴らしい跳躍力を見せた。身軽な男は高く跳び、船のふちに指をかけると、それが容易いことであるかのように、よどみの無い動きで登ってしまう。


 あんなことをするには、指一本ずつで自分の体重を支えるぐらいの握力がいるんだが、探険家、オットー・ノーランはそれをこなせるほどの身体能力があるのさ。


 戦に勝利したあげく、おかしな敵の情報も収集出来そうだ。さすがは、うちの猟兵たちだよ。火傷を負いながらも、敵の情報をあつめる。


 優秀で、とてつもなく頼りになる男たちだ。


 オレは、自分の猟兵たちが有能さを発揮すると、とっても嬉しくなるのさ!

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