第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その69


 ヤツが太陽を見た理由が、分かった。


 時間を見ていた。太陽の傾きで、ヤツはこの『罠』が完成するタイミングを待っていた。だから、嗤いやがった。『罠』にかけたことを、確信したからだ……。


 甲板の上で炎が暴れる。血が焦げる臭いがする。大型艦の側壁に、叩きつけられた『火薬樽』は船体にまた一つ大穴を開けた。


 風通しが良くなってしまったからだよ、船のなかで暴れていた炎が、空気を喰って一気に大きくなったようだ。


 甲板が、地獄みたいに熱くなる。衝撃と灼熱に、甲板にいる者たちは呻いていた。戦闘を継続しているような状況ではないが……それでも、起き上がった兵士は、海賊たちを襲う。


 数が減っているから脅威にはならないが、混乱している海賊たちは防戦一方になっていた。


 舌打ちしながら、北西の海にいる『ナパジーニア』の襲撃艇を睨む。塗装は、灰色だった。海に融けるように隠れるための色かよ。芸が細かいぜ。


 ……あのときに仕掛けていたのか。『ケストレル』を犠牲にしながら、『火薬樽』の群れを突破したとき。連中が、大量のボートを船から降ろしたときだ。


 あのときに、あの『ナパジーニア』の襲撃艇も下ろしていた。ジーンの船団を襲うためではなく、その後の戦略に使うために、仲間のボートの群れに隠して、北上させていたか。


 だからこそ、オレたちは気づけなかった。


 ただでさえ見えにくいボートが、こちらを襲撃するわけじゃなく、逃げるように離れて行く……一瞬見えたとしても、優先的に、それを攻撃することはない。下手すれば、臆病者の船と判断していたかもしれん。


 だからヴァーニエは、ここへ向かった。あのボートがいるこの場所に『ヒュッケバイン号』を誘っていたのか。ここは波が少ない場所。『カタパルト』に狙われやすい。


 ヤツは、自分たちが不利な状況ならば、旗艦であろうとも攻撃しろとでも命じていたらしいな。目的のためなら、仲間の命も、自分の命も、旗艦さえも捨てるか……。


 徹底した戦術家であることは、認めよう。死んだ後でも、オレたちを追い詰めやがるとはな。


 ……腹が立つが、戦士として認めてやるよ。お前は最強の戦術家だ。


 ヒトとしては、クズ野郎だったかもしれないが―――狡猾で、容赦がなく、何重にも罠を仕掛けている……海戦で、お前に勝つことは最後まで出来なかった。


 強襲艇の『カタパルト』が動く。


 オレは目玉を痛ませながら、呪眼をつかう。『ヒュッケバイン号』の突撃に魔力を使ったせいで、魔力はほぼゼロだが、しないわけにはいかない!!『ターゲッティング』で獲物を狙い……舌打ちした。


 『カタパルト』は『火薬樽』以外でも打ち上げられる。今度は、十数発の『石』の散弾だった。『ターゲッティング』をかけた『石』に、同時に用意していた火球を放ちながら、叫んだ!


「石が来るぞ!!頭を、守れえええええええッッ!!」


 仲間たちはそれに反応し、頭を守る。幸い、甲板に降り注いだのは四つだけだった。誰にも当たらなかった。敵にもな。だが、十発以上の『石』が、炎で焼かれる船の側面を射抜いていた。


 風穴が増えて、炎がさらに猛る!!……クソが、焼き殺すつもりか!!


 脱出すべきだが……敵兵たちは、命がけの妨害をつづけていた。ヤツらも、死ぬ覚悟はしているのだろう。オレたちと一緒に死ぬつもりさ。


「リングマスター、私が、あの船を仕留めて来ます!!」


 レイチェル・ミルラがそう叫ぶ。だが、彼女も先ほどの爆撃で、体を痛めている。帆柱から落ちた。どうにか受け身を取ったのか、致命傷は避けたようだが、体を強く打ったのは確かだ。


「……普段通りには泳げないだろう」


「……三分の一、それでも、ゼファーが向かうよりも、速いはずですわ。3分あれば、あそこまでたどり着く……」


 3分、『ナパジーニア』は精鋭中の精鋭。『火薬樽』で、海中の敵を攻撃する手段を思いついている可能性はあるのか?


 ……あったとすれば、レイチェルでもゼファーでも、仕留めることは出来ないかもしれない。傷を負ったレイチェルと、疲れ果てたゼファーだ……最悪、殺されてしまうな。


 他の策を選ぶべきだ。


 一瞬で、あの離れた敵を排除する方法は……。


「あの船は……排除する必要がある―――だが、接近戦ではない。目には目をだ!!」


 そうだ。オレは見つけていたぞ、この甲板には、まだ『カタパルト』が残っている。前方の甲板に、大型の『カタパルト』がな……!!


 帝国兵どもは、『ヒュッケバイン号』の突撃を警戒して、『カタパルト』から『火薬樽』を外していたらしいな!!


「フレイヤ!!ジーン!!あの『カタパルト』で、敵を仕留めるぞ!!」


 その言葉に二人の海賊船長は反応してくれた。甲板に倒れていた彼女を支えるようにして立たせていたジーンが、返事をした。


「わかった!!オレも、彼女も、帝国船の『カタパルト』は見ている!!使えるぞ!!」


「よし!!海賊たちよ!!敵兵を止めておけ!!」


「おうよお!!」


「た、たのみますぜ、フレイヤさま!!」


「ジーン!!海戦では、へたれてるんじゃねえぞ!!」


 海賊たちが戦闘へ集中する。圧倒し始める。敵兵の半数ぐらいには、迷いがあるようだな。それはそうか。死を受け入れられるほどの戦士は、そんな異常なヤツは、そこまで世界にありふれてはいない。


 オレはカミラとレイチェルを連れて、ジーンとフレイヤを追いかけて、その『カタパルト』に向かう。向かいながら、敵兵どもに叫ぶ。


「死にたくないのなら!!抗うな!!フレイヤ・マルデルの『掟』は、生きることを望む者までは、殺さない!!」


 効果があるかはしらない。でも、オレはそう叫ぶことぐらいしか出来ない。


 『カタパルト』に取りつくぜ。


「腕力仕事は、任せやがれ!!指示をくれ!!」


「サー・ストラウス!!それを、後方に引っ張るんだ!!」


 発射装置か。ちょっと複雑な構造をしているので、ガルーナの野蛮人には分からない。だが、ジーンが『それ』と言ってくれたんでな。


 魔獣のアキレス腱と、鋼が混ざったデカい弦。それがくっついている『板』みたいなモノを指し示す、簡単な言葉だぜ!!


「カミラ、手伝ってくれ!!」


「はい、ソルジェ団長!!」


「レイチェル、君は、『火薬樽』を、戦輪で迎撃してくれ!!」


「ウフフ!!分かりましたわ、リングマスター!!」


「ストラウスさま、早く!!」


「ああ!!これを、引っ張るんだなああああああああああッッ!!!」


「えええええええいいいッッ!!!」


 カミラと一緒に、そのえらく固い板を後方に引っ張っていく。ギチギチと鋼の板と魔獣の腱が、重苦しい音を立てていた。なんて固さ、いや、重さか!!数名がかりで引っ張るもんだろうな!!


 それに、オレは見えたぞ。鉄の輪っかが、ハンドルがある。アレを回して、知恵を使う手法もあるんだろう……だが、それだと遅いわけだな!?そうじゃなければ、怒るぞジーン!!


「さすがだ、『これ』を、そんな風に引けるなんてな!!早くて助かる!!」


 ……やっぱりそうかい。まあ、いい!!早く済むなら、それでいい!!


「これだけ引けば、十分だ!!今、固定するぞ……よし、二人とも、手を離しても大丈夫だ!!」


 そう言われたので、オレとカミラはおそるおそる指を板から離していた。うむ。動かない。ジーンが装置をいじって、固定したようだ。


「サー・ストラウス、この『火薬樽』を、そこに載せてくれ!!」


「『そこ』にだな!!専門用語じゃなくて、助かるぜ!!」


 オレはジーンが甲板の隅っこから回収してきていた『火薬樽』を持ち上げ、『そこ』に載せた。『火薬樽』を載せるためなのだろう、丸みを帯びたくぼみがある。


 それに『火薬樽』をやさしく載せたよ。


「いいカンジだぜ!!フレイヤ、照準は合わせられそうかい?」


「照準、いけます!!もう少し、船が安定してくれたら、一発で仕留められます!!」


 フレイヤが、敵と風を見切ったようだ。


 そうか。


 聞いていたな、ゼファー!!


 ―――うん!!このふねを、よこからささえてみるよ!!


 船に、わずかな揺れが走る。だが、次の瞬間にはぐらつきが、少なくなる。海中にもぐったゼファーが、その胴体を船に押し当てた。大量の空気を吸い込んで、自らを浮き袋にしたのさ。


 そのアイデアが、船を支えている。


「フレイヤ、これで、どうだ?ゼファーが、支えているんだが!!」


「はい!!いい仕事です――――ッ!!皆さん、『火薬樽』が来ますッッ!!」


「さすが本家、あっちも手慣れていやがるな!!」


 襲撃船は、再び『火薬樽』を放っていた。魔眼は、もう限界だ。魔力は底をついている。それに、筋力を酷使したせいで集中力もあやふやになっている。魔術の精度は期待出来ん。


 だから、君に任せたぞ、レイチェル・ミルラ!!


「レイチェル!!あれを切り裂いちまえ!!」


「イエス・リングマスター!!」


 レイチェルが痛めている体を踊らせた。甲板の上で、その長い手足と背骨を、優雅なほどにしならせて、大きな回転を生み出しながら、『諸刃の戦輪』を空を目掛けてブン投げていた。


 呪われた鋼が、ギチギチと鳴きながら、空飛ぶ殺戮兵器に目掛けて楽しげに飛んだ。火薬樽が、鋼の飛翔に切り裂かれる。二つの戦輪に刻まれて、そいつは三つに分かれながら、直後、空で猛火の花を咲かせていたよ。


「くくく!!撃墜成功だッ!!」


「さすが、レイチェルっす!!」


 サーカスから来た踊り子は、オレたちにぺこりと上半身を倒して挨拶をしてみせる。爆風にあおられて、呪われた鋼たちは、普段からは想像がつかないほど、ゆっくりと落下してきた。


 甲板にザクリと突き刺さった『そいつら』を、レイチェルの指がねぎらうように掴まえていた。呪われた鋼は、主の手に戻ると、呪いが解かれたかのように鎮まった。


 あとは、海賊騎士たちの出番だった。


 フレイヤは『カタパルト』に身を寄せながら、角度を微調整した。繊細な作業らしいが、一撃で頼むぜ。


 『諸刃の戦輪』は、石の散弾までは防げはしないんだからな。それに、無事に残っている『火薬樽』を探すのも、難しいんだ。甲板のあちこち燃えちまっているしな。無事なものが、どれほど残っているのか……。


 祈るような気持ちで、オレとカミラは見守った。レイチェルは微笑みと共に、敵をにらんでいたな。短いはずの数秒は、このときばかりは、やたらと長く感じたよ。


 だが。


 時はちゃんと過ぎてくれた。


「―――照準良しです!!」


 フレイヤが、叫んだぜ。そして、その身を『カタパルト』から離していく。彼女は、その長い黒髪を躍動的に揺らしながら、ジーンへと顔を向けて、ただ一言、命じたよ。


「ジーン!!撃って下さい!!」


「わかったよ、フレイヤ!!撃つぞおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ジーン・ウォーカーはそう叫びながら、装置を固定していた器具を引き抜いていた。『カタパルト』がバシュウンンッッ!!という狂暴な音を立てて、青い空を目掛けて『火薬樽』を撃ち放つ。


 放物軌道を描きながら、それは最後の『ナパジーニア』どもが乗っている襲撃船へ向かって飛んだ。


「ちょ、ちょっと飛びすぎてませんか!?」


 カミラが不安げに叫ぶ。そうだ。飛びすぎている、このままでは、わずかに襲撃船を跳び越えてしまう。だが、竜騎士にも分かっているさ。北からの風が、今から強まるということがね。


 一瞬の強い北風が、アリューバの海を駆け抜ける。


「……北風が!」


「ああ。これで、命中だ」


 『火薬樽』が風を受けて、その速度をわずかに奪われる。故郷の海に吹く風は、フレイヤ・マルデルに忠実だった。


 祈りに導かれるように、そのまま『火薬樽』は敵目掛けて落ちていき、この海に残る最後の敵船へと降り注いだ。


 爆裂が生まれ、あちらさんの『カタパルト』に装填されつつあった『火薬樽』を炎が巻き込み、誘爆させていた。


 この波の少ない紺碧の海の上に、強烈な熱量を帯びた赤が走り―――敵は、砕けて、散っていったのさ。


 アリューバの海が、侵略者どもから開放された瞬間。


 フレイヤ・マルデルは、ジーン・ウォーカーに、抱きついた。炎よりも赤くなる我が友ジーンがいたよ。ヘタレ野郎は……今日も告白できなかったが。心は、たぶん通じているのだから、いいのさ。


 流れた血さえも無慈悲に焼く戦場を、オレは歩いた。


 最後の『策』を崩されたことで、敵の戦意も失われていた。好戦的な男たちと、あるいは、臣節とやらを尽くそうとした自殺志願者どもは、すでに殺されていたからな。


 竜太刀を抜き、海賊どもに囲まれた敵兵たちに向ける。


 正直、ファリスの豚どもを皆殺しにしてやりたい衝動はあるが……ここは、アリューバ。アリューバ半島人の心が、あらゆる『掟』を司る土地だ。


「……帝国人よ。これ以上の戦いはムダだ。犬死にすることを、フレイヤ・マルデルは良しとはしない。アリューバの『掟』に従い、降伏する者には『未来』を残そう。選べ、犬死にか、『未来』に生きるか。死にたければ、我が竜太刀が、冥府へと送り届けよう」


 残っていた14名の敵兵は……アリューバの『掟』に従った。


 生きることを選んだ。


 ある者は、それを恥じながら泣いていた。


 ある者は、武器を捨てながらでも、オレを恨みにあふれた瞳で睨む。


 それでも、構わん。


 オレは……アリューバの『掟』が、オレの憎悪よりも尊いものということぐらいは知っている。オレには、生涯、選べないだろう。だが、ここはアリューバだ。アリューバ人が全てを決める。


 アリューバがそう願うから、オレは……竜太刀を鞘に収める。


 気高きアーレスは……そのとき、どこか、いつになく静かに鞘へと収まったよ。焼かれて焦げた魂たちよ……オレのセシルよ、オレと共に、これからも進む、悲しい魂たちよ。


 今このときだけは、殺意ではない、感情で。


 アリューバの海に、竜の歌を響かせてもいいだろう……?


「ゼファー!!勝利を、歌ええええええええええええええええええええええッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHッッッ!!!』

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