第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その68


 刀を折られることも、腹を斬られることも覚悟をしていたな。そして、『得意』のナイフで、オレの腹を裂きにかかるか。


 部下の命どころか……自分の命までも、作戦のためなら捨てるというわけか。大した戦術家さんだよ。


 腹を斬られた男は、呻きと血を吐きながら、その身をひねり、ゆっくりと腕の力で体を持ち上げた。ヤツは、そのまま体を這わせて船のふちにたどり着く。逃げるつもりは無いのだろう、それを乗り越えるためではなく、背もたれにしてこちらを見た。


 斬られた腹を、ヤツは右手で押さえる。失血のせいか、顔はすっかりと蒼白となっていた。それでも左手の指はナイフを握っていた。


「刀さえも『囮』。本命は、その大得意のナイフかよ」


「……私のナイフを……そうか……お前は……暗殺騎士どもの屋敷で……見ていたな」


「ああ。オレの嫌いなバルモア人を殺していたな。まさか、お前自身もバルモア人とは思わなかったが」


「……いいや、バルモア人ではない。父親はバルモア人であった、私の生まれもバルモア。父から、剣の手ほどきも受けた……だが、私たちヴァーニエの一族は……ファリスに移住した」


「……ほう。故郷を離れたか」


「ああ。バルモアを旅立ったその日から、本当に貧しかった我らを……受け入れてもらったあの日から……マールムートが、我が故郷……」


 ヒトには歴史があるものだ。ヴァーニエの一族は、貧しさのあげく、ファリスへと旅だったのだろうか?……バルモアは、彼には楽しい思い出があふれた土地ではなかったらしい。


「マールムートとは、ファリスにある山深い土地か。そのナイフの技巧は、狩猟のためのものだろう。お前の父親は、そこで猟師にでもなったか」


「……くくく。そうさ……その、とおり……賢しいなあ……私の邪魔を、してくれるだけはある……ッ」


「アンタほど悪知恵は回らないが、殺伐とした人生を送っているんでな。悪党の残虐な手段には、鼻が利くようになった」


「悪党?……私は、自分が『悪』などとは思えないが……もちろん、残虐なのは、認めよう……貴様は……本当に、多くの邪魔をしてくれたな……ストラウス卿よ……貴様は、なぜ……そこまで、私たちの邪魔をする……」


「おそらく、その理由を語っても、アンタには理解出来ないさ。オレとアンタは、決定的に違う思想で動いている」


「……亜人種どもと混ざり……人間族の偉大な『血』を……穢すつもりか……ッ」


「それを『穢れ』と呼ぶ時点で、アンタとオレは真逆の立場だ」


「……まさか、『混血』が、歴史と先祖たちへの冒涜ではなく……祝福だとでも?」


「違うな。何でもないことだ」


 その言葉にヤツは、しばらくの無言で応えた。


 呆気に取られていたのかもしれない。


 ほらな?


 やはり、思想が違い過ぎる。


「オレには、人間族が一番だとか。歴史だとか、先祖だとか。そんなものは全て下らなく聞こえる。どの人種も、それは色々と違いがあるが、気にするほどの差異はない。皆で生きればいいだけだ」


「…………たしかに、真逆だよ……貴様は……やは……り……殺すべき男だ……ッ」


 ジョルジュ・ヴァーニエの殺意が高まる。それほどまでに、オレの言葉が気に入らない。思想が違うというのは、決定的な『壁』だよ。それこそ、人種の壁とやらよりも根深く、克服しようがないものさ。


 好きと嫌い。


 愛情と憎悪。


 受容と拒絶。


 それらは、あまりにも遠く、共存することは不可能だろう。だからヒトは戦をして、己が道を通そうともがくのさ。認めよう、オレとヴァーニエは、どこか近しい部分がある。だが、背中合わせになるように、見ている方角は全く別物だ。


「ゴホゴフ、ゲハッ!!」


「あんまり動くと死ぬぞ?」


「……フン。魔王が……何を、ほざく……ッ」


 死んでくれても構わんが……この『国』の支配者はフレイヤ・マルデル。彼女の『掟』に従うのが、彼女に雇われた猟兵としての振る舞いだ。彼女は……敵でさえ、ムダに死ぬことを良しとはしない―――。


 オレは、ヤツを右目で見張ったまま、左の魔眼をつかって戦況を確認する。オレが背後から襲われないように、カミラが陣取り、敵を『闇』で蹴散らしているのが分かった。


 ジーンとフレイヤに率いられた海賊たちが、敵兵を殲滅しつつあることも見える。


 あの呪われた鋼が……『諸刃の戦輪』が戦場を自在に飛び、片っ端から兵士を裂いていく光景も。


 ……想像通りだ。竜太刀で斬りまくった成果は、戦場に反映されている。帝国兵どもは、もう攻めるほどの余力は無い。今は、ただ生存することにしがみつくために、消極的な防御を選び、命を長らえているだけだった。


 ならば。


 フレイヤの『掟』に、オレも従おう。


「……助けが来ない時点で分かっていると思うが……この戦は、もう終わりだ」


「……魔王よ、まさか、降伏勧告でもするのか?」


「一応な。十分に帝国海軍は殲滅出来た。今ごろ、お前のご自慢の海兵どもは、『オー・キャビタル』から来る、『アリューバ海賊騎士団』の連中に八つ裂きにされているだろうよ」


「……ならず者どもめ」


「……あそこには、フレイヤはいない。皆殺しが相場だ。ヴァーニエ、オレはアンタのために、こんな言葉を使っているわけじゃない。アンタも部下を持つ身だ。負けが決まったのだ。この船の連中まで、犬死にさせたいのか?」


 ……ムダな言葉かもしれない。


 コイツは、オレとゼファーを殺すために、仲間が乗った船を爆撃してくる男だ。


 だが、完全な敗北が見えた今ならば、どうだ?


「……今、降伏すれば、ここの兵士たちだけでも、フレイヤは命を救うだろう。それは犬死にさせることに比べて、価値のある判断だと思うがな」


「彼らがここで命を落とすことを……犬死にとは思わん」


「ふん。部下を全滅させるか。オレは、それでも構わんぞ」


「ハハハハッ!!兵士は、戦場で死ぬべきだなッ!!……帝国に害成す者は、許してはおけない。最期まで、戦うべきだ。それが臣節を果たすべき海軍軍人として、正しい行いだ」


「……そうか。そこまで、亜人種が憎いのか」


「……何を、言っている?」


 ヴァーニエは青ざめた顔にある、その生気を失った唇から、オレへの殺意を告げるのだ。


「私が、今日、殺したいのは……亜人種どもなどではないッ!!……貴様だよ、ソルジェ・ストラウス。貴様だけを……殺してやりたい……ッ!!」


「殺意だけでヒトが殺せるのなら、オレは、とっくにお前たちファリス帝国を滅ぼしているだろうよ。腹を裂かれ、血どころか臓腑までを吐き散らしているお前ごときに、今さら何が出来るという?」


「……この私が、何も、用意していないとは、思ってはいまい……?貴様は、私の、残虐な行いが、読めるのだろう?……だから、近寄らない。私に……しゃべらせ、失血死するのを……ま、待っているな……?」


「……ご明察だ。お前は爆薬が好きらしい。近づいた途端に自爆でもされては、困るからな」


「……ハハハッ!!……たしかに、そうだ!!……真逆だが……わ、我々は……似ているところがあるのだろう……敵への、容赦のなさが……まるで、そっくりだ……」


 不愉快な気持ちになるが、たしかに、どこかオレたちには共通性がある。おそらくは、ヤツの言う通り、敵への殺意の強さだろうな。


「……お前だけは、殺さなければ……必ず、その悪意は……我が帝国に、大きな、お、大きな損害をもたらす……ッ」


「そうだよ。アンタたちの帝国を、オレは滅ぼしてやるんだ」


「……させんよ。お前だけは……ぜ、絶対に……ッ。こ、ころ……す……ッ」


 そう言いながら、ジョルジュ・ヴァーニエは立ち上がる。失血が、止まっているな。オレには、心当たりが一つだけある。あれだけの重傷を癒やす、帝国側の『力』……。


「……『肉縫い蟲』。アレが、お前の中にもいるのか?」


 ギー・ウェルガー。蟲使いの一族が、その身に飼っていた、『治療用の蟲』。あれならば、ジョルジュ・ヴァーニエの腹の傷ぐらい縫うだろう。傷口は深いが、まっすぐで綺麗なものだ。あの蟲なら、どうにかしてしまうさ。


「……よくよく、顔の広い、男だな……『ゴルゴホ』たちの、蟲まで知るか……」


「それを身に宿す男に会ったことがある。そして、殺したこともある」


「……そうか……お前は……やはり……死ぬべきだ!!」


 ジョルジュ・ヴァーニエが死にかけの体で、オレに飛びかかって来た。


 あのナイフでな。『ナパジーニア』と同じ薬物のせいで、痛みも感じないのか。そして、筋肉も強化されているらしい。


 だが、すでに老境に差し掛かり、衰えの見えた肉体だ。オレに敵うはずもない。それを理解して、攻撃してくる?……意味があるのか?……なにか、裏がある行為なのか?……時間を稼ぐ?何のために?


 まさか、まだ爆薬があるのか……。


 ……だが、どこにあるという。


 『ヒュッケバイン号』の与えた一撃で、おおよその火薬は、炸裂したのではないのか。どこに、隠している?……オレを殺すための『罠』を、アンタは、どこに隠しているんだ。


 反応しろ。目玉を動かせ。


 そうすれば、その視線を追いかけて、魔眼で探索してやるよ。してやるのに……ヴァーニエは、あの昆虫みたいに視線を、オレの動きにだけ集中させていた。情報を渡すつもりはないのだろうな。


 コイツは、そんなヘマをするような男ではないか―――。


「ハハハッ!!どうした、若造!?何を、気にしている!?とっとと、私を、殺せばいいだろう?足さばきで避けるなどとは……死にかけの、私を相手に……『魔王』とやらが、すべき、ことか!!」


「……ふん」


 ……『罠』を気にしすぎているのかね、オレは。まあ、殺されかけたばかりだから、そうなるのも仕方がない。このムダにデカい船に、何かを仕掛けていたとしても、まったく不思議なことではないしな。


 だが、コイツは死ぬまで冷静でいるようだ。駆け引きは、通じない。


 ……ならば。


 コレしかあるまい。


 ……コイツを殺して、この場から離れる。可能な限り、早く。


 それが、ベストか。降伏しないというのであれば、全員を排除すればいい―――。


「ハハッ!!その眼、いいぞ、本気になったか!?さあ、殺してみせろ、私を、殺してみやがれッ!!ソルジェ・ストラウス――――」


 斬撃で一閃する。ヤツの左手を斬り捨てていた。


 ヤツは、それでも痛みを感じないのだろう。嗤いながら……『空』を見た。何を見たのか分からない。失血死寸前の男の目玉が、不審な挙動をしただけか……あるいは、どこかへ反射的に視線を向けることを防ぐためか……分からない。だが、どうでもいいさ。


 すべきことを選んだ。


 実行するだけだ!!


 コイツを、ぶっ殺す!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 竜太刀を横に振り抜き、オレは、ジョルジュ・ヴァーニエの首を刎ねていたよ。


 ヤツの頭が宙に舞い、それでも嗤い続けるのを、オレは見ていた。ヤツの頭は、そのまま海へと落ちていく……邪悪な思想に、策略の数々。それらが生まれた邪悪な頭が、ようやく海の底へと沈む。


 ……これで。終わりだ。


 終わりのはずだ。


 安心する。ヴァーニエの策を、オレは警戒し過ぎているのかもしれない。仲間たちと敵を見る。この何が起きるか分からない船から……すぐにでも皆を撤退させ―――ッ!?


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!


 爆音が響き、灼熱と振動が、オレたちを襲った。船が、また大きく傾く!!なんだ、これは……船の内部からの爆発などではない。『外』から、爆撃されたのかッ!?


 唐突の衝撃に、仲間も敵も、大勢が甲板の上に倒されていた。敵に逆転されることはない。敵も大きなダメージを受けているからな。オレは睨んだ……北の海を探し、西へと視線を動かした。


 そして、見つけたよ。


 ジョルジュ・ヴァーニエの『最後の策』―――そいつは、『ナパジーニア』のボートだった。奇襲的な上陸を行うための、手漕ぎのボートだ。しかも、改良型というべきか。船室を小さくして、小型の『カタパルト』を載せている。


 アレで、自分の旗艦ごと、オレを殺すつもりだったのかよ、ジョルジュ・ヴァーニエ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る