第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 67


 さすがは敵の旗艦だけはある。『ヒュッケバイン号』の突撃に衝き上げられて、海に落ちた連中も大勢いるだろうに……それでも、なおウジャウジャと敵がいやがるぜ。


 しかし、カミラの『コウモリ』による奇襲など、ヤツらには読める理由もない。『コウモリ』からヒトに戻ったオレたちは、凶暴性を全開にするぞ。混乱し、まだ戦闘準備もままならない敵へと、鋼を振り上げて襲いかかる!!


「うおらあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 竜太刀が、甲板から身を起こそうとしていた敵の首を刎ねた。首の骨を断つ感触を指に覚える。怨敵に死を与えたことに、魂が歓喜の熱を放ち、体に流れるガルーナの血が、もっと殺せとオレに叫ぶ。


 怯えた眼でこちらを見る敵に、容赦をしてやることはない。オレは、貴様らの裏切りのせいで、守れたはずの家族を守れなかったんだからな。


 炎に焦げる敵船の臭いが、焼けたヒトの臭いが、オレの心に……故郷の末路を思い出させる。焼け落ちた竜教会で……オレはセシルを指に抱いたよ。炎に焼かれて、赤い熱を帯びた小さな骨の欠片を、忘れる日はない。


 心の奥底で、またセシルが……泣いて、叫び、オレを呼ぶ。


 ……オレは、奥歯は噛みしめ、悪鬼の貌になるのさ。


 返り血でストラウスの赤毛を、さらに赤く染める。オレは、ヒトの目と竜の眼で敵を睨みつけた。口元を歪ませる。飢えた狼みたいに、牙で戦場の空気を知るんだよ。


 オレは、求めている。どれほど喰らったところで満たされないことぐらい理解しているが、あえて求めて腹に詰めるのさ。敵の命を、幾らでもな―――そうでなければ、オレが生きている意味など、ありはしない。


 ……ファリスの豚は、全員殺してやるぞ!!


 行こうぜ、アーレス。


 復讐の時間だ。


「ひ、ひいいいいいいいい!!く、くるなああああああああッ!?」


「ど、どうして、ここにいるんだああああああああああああッ!?」


「ま、まだ、下にいるはずだぞおおおおおおおおおおおおおッ!?」


「バケモノだあああっ!!コイツ、バケモノだああああああッ!?」


 敵は返り血まみれのオレに、怯えていたな。『魔王』を『バケモノ』と呼ぶか。悪くない名誉だと思いつつ、傾いて行く甲板の上で、オレは獲物に向かって駆け抜ける。アーレスの復讐心に煌めく竜太刀の鋼と、一つに融けて、激しく踊った。


 飢えているのは、オレだけじゃない。


 敵の血と命を喰らうことで、アーレスが悦ぶ。竜太刀を構成する『生きた鋼』が躍動し、刀身を黒く変貌させて、竜の魔力を帯びる。鋭さを増した竜太刀で、オレは手当たり次第に敵兵を切り裂いていくのだ。


 命が裂けて、血肉の赤が、宙へと走る。四人いた敵兵どもに、斬撃の嵐を浴びせて、ガルーナへの生け贄にしてやるのさ。骨肉ごと、魂までをも、ぶっ壊した。命が爆ぜて、断末魔の歌が、オレとアーレスを称えてくれる。


 見ているか?


 あにさまは、今日も強いぞ。オレのセシル。


 血霧のなかで、ストラウスの剣鬼は、充たされぬ殺意の飢えに衝動を受ける。手に、足に、より強大な力が宿り。本能が求めるままに、新たな獲物のもとへと走るのさ。


 剣鬼は歌い、残酷な衝動のままに、暴れるだけだ。怯えた敵を、斬って、斬り、斬り捨てる!!


 晴天の午後に浮かぶ太陽の下で、白兵戦は血肉が放つ赤へと沈む。世界は、今日もうつくしいぞ―――。


 帝国人の死体の群れだけに、オレは孤独な王者のように囲まれていたわけではない。同列の殺戮者どもがいる。這って逃げようとしていた帝国人の背に、竜太刀の罰を与えていると、左右から戦士たちが走り抜けていた。


「うおおおおおおおおおおお!!ぶっ殺しまくるぜえええええええええええッッ!!」


「オレちは『アリューバ海賊騎士団』だああああああああああああああああッッ!!」


 海賊たちも楽しんでいるようだ。サーベルとボウガンで、あわてる敵を殺しまくっているぞ。混乱したままの敵は、ろくに抗うことも出来ず、切り裂かれ、矢で至近距離から射抜かれて、次から次に命を失っていく。


 ああ、命の儚さを知れる、なんとも教訓的な戦場だ。崩れた敵は、どこまでも脆く。劣勢の者を襲うとき、ヒトはあまりにも狂暴になる。仲間たちの殺意が、敵を呑み込んでいくよ。


 白兵戦になれた海賊たちの剣技は、なかなかのものだった。サーベルで深く敵を斬りつけて回るし、怯えた敵には、ノドを狙って確実に殺す。いい判断力と技巧だ。訓練のたまものだな。


「勝たせてもらいます!!」


 フレイヤも炎を灯した剣で、敵を焼きながら斬っていた。くくく、うつくしい剣技だ。斬られたら、魔力を帯びた『炎』に丸焼けにされるんだぜ。アレも、『魔剣』の一種だな。


「フレイヤには、指一本、触らせないぞッッ!!!」


 そして、彼女の騎士殿は……ジーン・ウォーカーは、達人クラスの剣舞を披露していた。フレイヤの周りの兵士を、片っ端から斬り捨てていく。フレイヤは、ジーンのサポートに回った。ヘタレを返上し、敵に突撃していく彼の背中を守るのさ。いいコンビだぜ。


 我々は、敵を圧倒した。


 奇襲だからな、敵の数が圧倒的に多かったとしても、最高の状況を創れるよ。


 ……しかし、敵も対応しようとしている。さすがは、総督であるヴァーニエの船に乗る猛者どもか。有能ではあるな。


 甲板にいた弓兵たちの生き残りが、隊伍を組み、一斉射撃でオレたちを射殺そうとしていたよ。七人ほどが並び、ゼファー対策に装備させたのだろう、大型の弓を手にしていた。


「構えろおお!!」


 弓兵どもが弓を起こし、矢をつがえていく。


 その動作には、練度を感じさせたな。よどみが全くない動きだからだ。『左』の船ほどではないものの、熟練の弓兵をこちらにも、そろえてはいたのだ。


 くくく!竜対策か、悪くはないが……オレは、もう貴様らのすぐそばにいるんだぜ。


 それに―――。


「い、射殺せえええええええええええええええええええええッッ!!」


 指揮を取る大尉殿がそう叫んだが―――空を駆ける呪われた鋼により、弓兵たちの多くの弓と、それを持つ腕が切断されていた。『諸刃の戦輪』は、今日も大勢を不幸にしながら、ギチギチと鳴いていたよ。


「ぎゃああああああああああああああああ!?お、オレの、う、腕がああああッ!?」


「な、なんだあ、今のおおおおおおッ!?」


「痛い!!痛いいいい!!!」


「お、おのれええ、魔王がああああああああああッッ!!」


 オレではなくて、倒れかけた帆柱の上で踊るレイチェルがしたことなのだが。


 まあ、構わないさ。大尉殿がオレに弓を向けている。殺意を向けている。ならば?オレも殺意をもって応えるのが戦場の礼節。走り、斬りつけ、殺すのみ。


「く、来るなああああああッ!!」


 怒号とともに矢が放たれるが、リエルを知るオレの目からすれば、それはあまりにも遅い。止まって見えるよ。左の指でそれを掴み取り、握力のままに矢柄をへし折った。


「う、うそだあああああああああああッ!?」


「―――いいや、これが真実さ。君には死が訪れる」


 言葉を捧げ、竜太刀を振るう。


 彼の胴体を深々と斬撃が走った。骨が切れ、心臓近くまで体が裂かれた。致命傷だ。そのうち死ぬから、このまま捨て置く。トドメは刺さない。


 戦闘能力を失った敵に構っている場合ではないのだ。


 なにせ、敵は、多いんだからな!!この混乱している状況を利用して、斬りまくって、減らさなくてはならん!!歓喜を歌え、アーレスよ!!ファリスの血が、そこら中にいるぞ!!


 アーレスの竜太刀が暴れ、魔をまとった鋼の斬撃は、怨敵を砕いて壊す!!剣舞を伴う魔王の行進は、命を斬り裂き、踏み潰しながら、敵の群れの中央へと直進するのだ。


 悲鳴と返り血と断末魔、ときおり、オレに飛びかかって来る勇気を浴びる。


 全てを正面から受け止めながら、力尽くで破壊して、オレは血肉を躍動させた。魂は震え、復讐の快楽が、さらなる殺意を昂ぶらせる。


 勇敢なる兵士が、オレの行進を遮るために現れる。


「負けるかよ、オレは、帝国騎士の家系だあああッ!!」


「そうかい」


 オレは名乗りを聞いてやる気はない。竜太刀をその男に振り下ろす。


 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 鋼が鳴り、火花が散った。オレの斬撃を、彼は受け止める。サーベルのような弱い鋼ではない。分厚い騎士の長剣だ。


 そいつは、『特技兵/スペシャリスト』という身分だな。帝国兵士にも例外がいる。有能な技巧を持つ者には、特別な装備が許されるのさ。


 この男もそうだろう。


 たしかに、いい剣さばきだ。初太刀からつづけた、オレの斬撃のラッシュを、圧倒されながらも防いでいる。そして、オレよりも、この不安定な海上という足場になれているな。


 ……良かったぜ、君がオレを選んでくれて。海賊たちでは、君に、何人も斬り殺された可能性がある。


 この船において屈指の実力を持つ青年剣士は、たしかにいい腕を持ってはいるが―――今のオレは技巧を褒めてやれるほどヒマではなくてな。長くは付き合ってはやれない。


 身を低くしながら、ヤツへと接近し、竜太刀で横薙ぎの一閃を打ち込んだ!!『太刀風』、武器壊しの技巧だよ。ヤツの長剣が、威力に圧倒されて、へし折れる。


「く、くそ!?」


 サブ・ウェポンのナイフを取り出そうとするが、オレは容赦しない。


 剣ではなく、左腕から生えた竜爪の一撃で、その若者の首筋を撫でるように斬った。首で脈打つ動脈が破裂し、傷口から戦士を動かす命の赤が吹き上がる。


 オレは崩れるように倒れた、その敗北者に見向きもしない。彼のつくった血煙を貫き、甲板を走って新たな獲物を狙う。


 甲板にある階段を駆け上り、後部の甲板へと登ったよ。そこでオレはストラウスの嵐を放った。『ナパジーニア』の薬物強化兵を、四人ほど殺すために。


 『ナパジーニア』の強化兵は『強い』が、その動きは単調だ。何度も斬り殺しているうちに、すっかりと慣れちまったのさ。ヤツらは、もうオレの敵ではない。動きの読めた敵を、雑魚と呼ぶのだ。


 魔王の行進は、一つの終着点にたどり着いた。


 敵兵の死体が転がる、血塗られた赤い道。


 その最奥に……ヤツはいる。


 『オー・キャビタル』総督、ジョルジュ・ヴァーニエがな。


 黒い軍服に身を包んだ、体格のいい中年だよ。ヤツは、その昆虫みたいに感情の乏しい瞳で、オレを睨んでいる。氷みたいに冷たく青い目が、観察者の視線を使い、オレの目を覗き込んでいた。


 冷酷な男の口が、オレの名前を低い声をつかって呼びやがる。


「……ソルジェ・ストラウスか」


「ああ、そうだ。オレが、ガルーナの竜騎士、ソルジェ・ストラウスだ。なあ、ジョルジュ・ヴァーニエよ」


「……なんだ」


「死んでもらうぞ」


 オレは竜太刀で、ヤツへと斬りかかった。ヴァーニエが動くのが見えた。『ナパジーニア』とは異なる動き……どういうことか、東方の技巧を連想させる動きだった。


 ガギギイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!


 ヴァーニエが抜き放った刀が、竜太刀を受け止めていた。


 火花が散り、金切り声を鋼たちが歌う。こちらは片腕、あちらは両腕とはいえ、このオレの怪力と互角か?……なるほど、『ナパジーニア』に使わせた薬物を使えば、中年のアンタでも、オレの攻撃を受けきれるということか。


 だが、オレが真に興味を引かれるのは、そんなところではない。


 コイツの動きには、間違いなく……『東』の気配が宿っている。それに、サーベルではなく、それよりも厚みのある太刀だと?サーベルでは折られるからだろうが……『それ』をここまで使いこなすには、鍛錬がいるぞ。


 バルモア人を毛嫌いする男なのに……どうして、バルモアの剣と技巧を使うのかね。ヤツは獣のように牙を剥きながら、オレの剛剣が放つ圧力に、ひたすら耐えていた。


「くっ!……片腕で、これほどの力か……ッ」


「……ヴァーニエ、貴様……バルモアにゆかりを持つ者か」


「竜騎士め!……私の太刀筋から、そこまで読むか……ッ」


 オレに『それ』を悟られたことが気にくわないのか、ヤツの表情に、暗い敵意が生まれている。冷静なこの男にとって、バルモアとの関わりは、どうにも知られたくない因縁の一つなのだろう。


「……バルモア人とは、大勢、戦ったんでね」


「ふ、ふふ。バルモアは、貴様の母国を、焼いたな!!」


「ああ。そうだ……ヴァーニエ。貴様は、バルモア人か」


「……いいや、『生まれ』はそうだとしても、私は、魂の底まで、ファリス帝国海軍軍人だッ。ユアンダート陛下に忠誠を誓った、栄えある帝国臣民だよ……ッ」


「……そうかよ。どっちにしろ、貴様は、ガルーナの敵だ!!」


 『太刀風』が暴れた。身を躍らせて、断刀の拍子をアーレスの竜太刀に与える。ヴァーニエの握った刀が、バギイイイイン!!という悲鳴を上げてへし折れる。バランスを崩したヤツの腹を、横一文字に深々と切り裂いた。


「ぐがあああ……ッ!?」


 致命傷を与えた感触を、指に感じたよ。ヤツの腹の深い場所に走る動脈にまで、オレの斬撃は届いた。もちろん、死に至る深い傷だよ―――。


 だが。


 オレは容赦はしない、油断もしない。


 バルモアの剣を知る男ならば、刃を折る技巧が存在することも承知だろうからな。そして、オレはヤツの『得意技』を知っている。


 ヤツは、刀を折られることを―――いいや、それどころか『斬られること』さえも承知の上だったのさ。


 斬撃を浴びながらでも、致命傷を負いながらでも、ヤツの殺気は、やはり消えない。青い目が、昆虫みたいにギョロリと動く。


 この期に及んでも、まだヤツは刺し違えるように攻撃を放とうとしていた。左手に隠し持っていた『本命』のナイフ、そいつでオレの腹を裂く気だった。


 分かっていたよ。


 勝てない相手に勝とうとするのなら、そういう策を選ぶしかない。ナイフの刃が逆向きの牙のように、オレの下腹を目掛けて走ってくる。


 だから。


 だから、オレも対策をしていた。いつも片腕で竜太刀を振るのは、こういうときのためなのさ!!身を捻り、左の腕を伸ばすんだよ!!


 ヴァーニエの顔面に、左の拳を打ち込んで、ヤツを仰向けに殴り倒しにかかった。腹の筋肉が切られているからな、ヤツは耐えられない。


 体を前屈させて、踏ん張れるはずがないのだ。そのためにある、腹の筋肉を、断ち切ったばかりだからな。拳に突き上げられて、ヤツの体が大きく揺れた。ナイフを放つための動作は、崩れていたよ。


「ごはああッ!?」


 ガントレット越しの拳を浴びて、ヤツの顔が壊れちまう。鼻の骨と前歯を折られながら、その残酷な男は、力なく甲板に転がっていく。ヤツは……それでも左の指にナイフを絡めたままだな。


 獣は、殺すまで獣だ。必殺の気配を、その致命傷を負ったはずの男は、まだ持っていやがる―――この男は、どうあってもオレを殺したいらしい。

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