第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その66
「泳げッ!!ゼファーああああああああああああああああああああああああッッ!!!」
『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!』
そうだ。
フレイヤは、『ヒュッケバイン号』を走らせている。魔術であの爆風を帆に回収し、船を加速させやがった!!くくく、やはり大天才さまは違うぜッ!!
ジョルジュ・ヴァーニエ、お前が『特大の火薬樽』を最後まで温存していた理由が分かったよ。海戦の天才たちってのは、読み合いの天才。相手の武器でさえも、相手の力でさえも己がものとして、相手に勝つための手段にするか―――ッ!!
まったく!!武術みてえで、楽しくなるなあッ!!
ジョルジュ・ヴァーニエ、テメーが、竜を見て、『人魚』を見て、対策を考えたように。フレイヤ・マルデルも、対策を考えていたぜ?……『左』の船が転覆したとき、ゼファーとオレがいることに彼女は気づいた。
そして、あの爆撃でもオレたちが生きていることを信じた。
オレたちが生きているのなら、あの『特大の火薬樽』の一撃からも、必ず守ってくれると信じてくれた!!だから、『風』を操り、その爆風を帆に受ける用意をしていたのさ。
信頼ってのは、うれしいもんだな、ゼファー!!
あれだけの爆撃を受けても、生きているって、信じてもらえた。
オレたち猟兵にとって、最も大切なものの一つ……『強さ』を信じてもらえた。それが、たまらなくうれしいぜ。
だからな。
だから、行かなくちゃならねえんだよ。
信頼されたら。そして、それが何だか嬉しいのなら―――その絆のために、猟兵ならば、力を貸してやるべきだ!!
ゼファーが尻尾と全身を揺らす。口と鼻から血を吹きながらでも、とにかく進む!!『ヒュッケバイン号』は北上を開始している。速いさ。かなり、速い。だが、それでもヴァーニエならば反応する。
海戦では、ヤツに勝つのは難しい。
知っているさ、ヤツはジーンよりも強く、フレイヤよりも強い。
死ぬほど腹が立つが、認めてやるよ!!テメーは、海戦では最強の男だ!!
ヴァーニエの船の甲板で作業が始まっている、『カタパルト』に『特大の火薬樽』が再装填されていく。『ヒュッケバイン号』を狙うのさ。低い弾道で撃つはずだ。オレがそれを爆発させても、『ヒュッケバイン号』に爆風と欠片の雨が降り注ぐ。
そうなれば?……帆が破れてしまうかもな。帆柱に取りつく船員たちが傷つけば、『ヒュッケバイン号』は止まってしまう。どうせ、そんなトコロだろ?たしかに理屈では、負けちまうな……フレイヤの突撃では、勝てない。
フレイヤの突撃『だけ』では、勝てないッ!!
「だからこそ、オレたちがいくんだ、ゼファーああああああああああああああッッ!!」
『うん!!まってて、ふれいや!!『ひゅっけばいん』ッ!!ぼくたちもいくッッ!!』
ゼファーが『ヒュッケバイン号』に頭突きを入れる!!
押すんだよ、後ろから押して、『ヒュッケバイン号』の加速を手伝ってやるんだ!!
オレも精一杯の『風』を放つ。フレイヤが呼ぶ『風』に重なり、『ヒュッケバイン号』を走らせる!!
「ストラウスさま!!ゼファーちゃん!!ありがとうございます!!でも、かならず来てくれると、信じていました!!」
操舵輪を握りしめながら、姫騎士フレイヤ・マルデルが船乗りの大声で伝えてくれる。オレもゼファーも笑うのさ。『風』と泳ぎで『ヒュッケバイン号』の加速を手伝ってやりながらな。
「ああ!!行こうぜ、フレイヤ!!」
『うん!!あいつは、しとめないと、だめだ!!』
「はい!!……ですが、『火薬樽』の装填が、早い……ッ」
大丈夫だ。
オレたちは、まだ、いる。
海に黒い影が走る。『人魚』さまだよ。『人魚』さまが、サーカスの軌道で宙へと踊る。そして、そいつをフレイヤのいる『ヒュッケバイン号』に向けてブン投げちまう。戦輪ではなく、ジーン・ウォーカーをな!!
「フレイヤあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
「ジーン!!」
どげし!!
ジーンが、甲板に落下する。痛そうな音が響いていたなあ。でも、ヤツは、それぐらいじゃめげない。竜から飛んだ男だぞ?……アレぐらいじゃ、死なない。
「だ、だいじょうぶですか、ジーン?」
「だいじょうぶだ!!ごめん、フレイヤ!!遅くなったよ、でも、来た!!」
「は、はい!!ありがとうございます、ジーン!!」
「……オレがいても、船が速くなることはないんだ。無力かもしれない。役立たずかもしれない。それでも、オレは……君の側にいたいんだ!!」
「はい!!そばに、いてください、ジーン!!あなたがいると、私は、こんなときだって笑顔になれるんです!!」
魔眼が見ているよ。ジーンが、操舵輪を握るフレイヤを背後から抱きしめるように立つ。海賊どもの腕が、その指が、重なるようにして操舵輪を握りしめるのさ。
そして、不敵に笑う!!まるで、猟兵のように!!力と誇りにあふれた貌だ!!突撃に、これほど相応しい貌は他にあるまい!!
『ウフフ!!若い恋人たちを見ていると、妬けてしまいますわ、リングマスター』
『人魚』さんがゼファーの隣りに現れて、『ヒュッケバイン号』を両手で押し始める。全員参加の突撃だもんな。皆の力を一つにする。それが、突撃ってもんだ。『ヒュッケバイン号』が、この北上向きの海域を走っていく!!船とは思えない、速さでな!!
「……これは、『人魚』の祝福か」
『はい。より速く走れるように、特別な魔法をかけましたわ!!ジョルジュ・ヴァーニエとやらは、海戦の達人。海と船を知り尽くすとしても、竜の泳力と『人魚』の魔法までは知らないはずです』
「ああ。読みの達人なればこそ、読みを超える動きをされれば、脆いもんさ!!」
オレたちは、想像を超えるぜ、貴様のな!!
「みんな!!がんばるっすよ!!突撃したら、即、乗り込んで、狩りまくるっすよ!!」
カミラ・ブリーズが気合いを込めて、青い空に歌う。彼女ほど、青い空が似合う吸血鬼さんもいないだろうさ!!
これで、全部だ。
全ての力を結集させた!!『ヒュッケバイン号』が走る!!アリューバの海を蹴散らしながら、姫騎士と、海賊どもと、竜と、『人魚』と、猟兵の力が融け合って!!青い海を、黒烏の船が飛翔する!!敵の腹を目掛けて、一直線だ!!
もう、すぐそこだぜ、ヤツの船はよ!!
さあて……撃てまい、ジョルジュ・ヴァーニエ?
この加速、『カタパルト』が有効である間合いの、とっくに内側だろう?
さんざん、撃ちまくってくれたが―――今度は、オレたちの番だぜ!!
「ぶちかましますッッ!!いきますよ、みんな!!……いきますよ、『ヒュッケバイン』ッッ!!」
フレイヤの歌が、魔術となる。あの女神像の下で、海を砕く『ヒュッケバイン号』の衝角に、『フレイム・エンチャント』がかけられる。船の衝角、それに『炎』をまとわせたのさ。
海が蒸発していく程の熱量を帯びて、オレたちは『ヒュッケバイン号』と共に、敵艦に突撃していくッッ!!!
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンッッッ!!!
突撃の歌が響き、『ヒュッケバイン号』の炎をまとった嘴が、敵船の側面を大きく突き破る。くくく!!串刺しだ!!船体の半分近くが、敵船に突き刺さっていたぜ。そして、『炎』が解放される。
いや、あれは。
黒い炎……『マルデルの焔』だった。
破滅的な損傷が刻まれて、大きく裂けた敵艦の傷口に、黒い『焔』が焼き払うように走り、敵船の中にいた兵士まで焼き払っていく。トーポ沖の戦いで、フレイヤが語っていたな。ドンピシャの場所に衝角を打ち込めたら、一撃で仕留められると。
その意味が、分かったよ。
フレイヤが狙ったのは……敵の『火薬庫』さ。雨風に触れて、火薬が湿っちまわないように、戦闘時以外は、船内にしまっておくんだよ。帝国軍の武器や戦術ってのは、ガイドラインにしっかりと従う。
どれも構造がそっくりというわけさ。
今このとき、『ヒュッケバイン号』が突いたのは、火薬庫の真下さ。衝撃で、『火薬樽』どもが動き出したのか、あるいは『焔』の熱量にやられてしまったのか。
無数の『火薬樽』が、敵船のなかで炸裂したぜ。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!
ハハハハハッ!!その強烈な衝撃で、甲板にいた敵兵どもが、大勢、吹っ飛んだよ。だが、それだけで済むわけがない。膨大な熱量が爆炎となり、敵船を内部から破壊する。敵艦の内臓を焼き払うのさ!!
『マルデルの焔』と共に、その業火は荒れ狂い、船内を焼いて、徹底的に破壊する。浸水が始まり、炎と混ざり蒸気を放つ。熱された直後に冷まされることで、船体を構成する木が、伸びたり縮んだりする。ああ、軋むのがわかるぞ。
ミシミシメシメシって音は、いつだって縁起の悪い破壊の音って相場が決まっているだろうがよ。
一撃だった。
この一撃で、ジョルジュ・ヴァーニエの巨大軍船は死んじまった。
もはや自力で港に帰る日は二度と来ないのは明白。
素人でも分かるほどのダメージだから。
突き破られて、爆破されて、焼かれているんだ。
それで、もつわけがないっつーの。
ざまあみろってんだ。
……もちろん。
代償も大きい。
突撃ってのは、傷を負いやすい行為だ。
これだけの大技だぜ?……さすがの『ヒュッケバイン号』も無事ではすまない。半壊?中破?正しい表現の仕方は知らないが、船体のあちこちが、大きく歪み、潰れてしまうようなミシミシという音が、船体から響いていた。破壊だけは、平等だ。
なによりも、このとんでもない衝撃のおかげで、乗組員たちの大半が、甲板から宙へと吹き飛ばされていたよ。
どれだけ踏ん張っていても、抗えぬほどの力というものはある。巨大な敵船に、一撃で致命傷を与えた威力だからな―――反動だけで、こっちも死にそうなほどの衝撃がある。
どいつもこいつも、空中に撥ね飛ばされるように飛んじまったな。フツーなら、このまま海だとか甲板に叩きつけられて、背骨が折れて死んじまうかもしれないが……。
でも。
安心しろ。
空を『闇』が走るから。オレの吸血鬼さんが、自分の影から『闇』を解き放ち、世界をやさしく包んでくれる。
姫騎士と海賊どもと、『パンジャール猟兵団』の全員が、『闇』に抱かれて無敵の存在に変化する。絶対不可侵の『闇』の化身……吸血鬼の『コウモリ』にね。
カミラに包まれていることを実感しながら、オレは無数に別れた彼女の声を聞いた。おそらく、『アリューバ海賊騎士団』の戦士たちにも届いているはずだ。
『大丈夫です。みんな、傷ついたりはしません。『私』が守るから』
戦士たちが落ち着きを取り戻す。大いなる『闇』を継いだ魔王の后は、その言葉で皆を安心させながら……闘志を込めた短い歌を世界に刻む。
『さあ、行きますよ!!決戦です!!』
『おうよ!!』
無数の『コウモリ』が、戦場を飛ぶ。目指した場所など決まっている。揺れて大混乱する敵艦の甲板の上だ。大勢、海に落ちて死んだが、まだまだ兵士が残っていやがるな。全員で化けた無数の『コウモリ』が、その巨大な軍船に乗り込むぞ。
混乱する敵兵たちは、突然に現れた『コウモリ』に、混乱の度合いを深めただろう。だが、その『コウモリ』たちが、いきなり戦士に化けたことで、さらに驚いた顔をする。
『コウモリ』からヒトに戻りつつ、オレは竜太刀を抜いて、オレは叫ぶんだよ!!
『殺しまくれえええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
目の前にいる甲板から起き上がろうとしている帝国兵どもを、ストラウスの嵐が、切り裂きまくっていた!!こっちの数は少ないが、最高のタイミングの奇襲だ!!斬りまくって、敵の数を間引いてやるぞッッ!!!
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