第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その71


 それからは、静かな航海だったな。


 皆が、疲れ果てているから、誰もが徐々に無言を選んでいったよ。おしゃべりなシャーロンでさえ、今は静かだ。


 しかし……仕事をしていたよ。敵船から回収してきたという資料を読み耽っている。さすがは、『ルードのキツネ/パナージュ家』の一員というところだな。


 ジョルジュ・ヴァーニエにとって最も力を入れていた部隊、『ナパジーニア』。そいつらが持っていた情報。なかなかに興味深いものではある―――。


 オレも手伝ってやりたくもあるが、疲れ果てた自分の脳みそが、どれだけ低性能なのかを知っているからな。


 猟兵たちと共に、ただ甲板に腰を下ろしていた。皆で集まっているだけでも、心や体の疲れが早く取れるような気がするのさ。


 絆というものは、そういうもんだろ。


 無言であっても、何かお互いを結びつける力が働いているんだよ。


 ……『ヒュッケバイン号』は、そのまま南西に向けて走る。船の墓場と化した、あの戦場に向かうのさ。


 戦況は、オレの予想の通りに動いていたようだ。


 無数の手漕ぎの小舟たちが、『アリューバ海賊騎士団』の戦士を乗せて、戦場に送り込んでいた。もはや、オレたちの斬るべき敵兵は残ってはいなかったよ。


 敵兵が立て籠もっていたという一際大きな軍船の頂きに、強敵の首を天に向かって掲げているシアン・ヴァティの勇姿が見えた。


 返り血まみれになった『虎姫』は、オレたちを琥珀の双眸で見つけたらしい。その不細工野郎の首を海へと捨てると、普段の静かな言葉とは、まったく別の大声で、勝利に終わった戦場に叫ぶ。


「我らの長どもが、敵将を屠って戻ったぞッ!!長を、称えろおおおおおッッッ!!!」


 シアン姐さんの言葉に導かれ、『アリューバ海賊騎士団』の戦士たちが、『ヒュッケバイン号』を見つけていたよ。


「みなさーん!!ただいま、もどりましたああああああああああああああッッッ!!!」


 フレイヤ・マルデルも、その身を揺らして、


「フレイヤさまだあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「フレイヤさまが、ヴァーニエのクズ野郎を仕留めて、お戻りなさったぞッッッ!!!」


「勝利だあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「オレたち『アリューバ海賊騎士団』の勝利だああああああああああああッッッ!!!」


 アリューバ半島の海賊騎士団たちが、帝国海軍とジョルジュ・ヴァーニエから、いや、ファリス帝国から力尽くで奪い返したアリューバの空と海に、勝利の歌を響かせていったよ。


『……『どーじぇ』!『まーじぇ』がいるよ!!』


「……ああ!リエルがいるな!!」


 そうさ。


 リエルがこちらに向かい、手を振っている。シアンのそばに登り、オレたちへと向かって、右手を振ってくれていた。


『ねえ!ふれいや!あそこにいこうよ!』


「え?……ウフフ。そうですね!港よりも、あそこに行きたいですよね!!ジーン、操船をお願いいたします。浅瀬は、貴方のほうが得意ですから!!」


「ああ!!任せてくれ、フレイヤ!!」


 浅瀬か……ふむ。たしかに、この船の墓場のような固まりも、波に流されて浅瀬へとたどり着こうとしているな。ならば、回収も難しくはないかもしれん。


「……フレイヤよ」


「はい。なんですか、ストラウスさま」


「この船たちを回収して、修理は出来るか?」


「ええ。もちろん、可能です」


「そうか。良かったよ。帝国との戦いは、これで終わったわけではない。君は、これからも、このアリューバ半島を守らなければならない……海賊船団の復旧を、急がねばな」


 戦いが終わったばかりで、こんな言葉を伝えるのは適切ではないかもしれない。だが、これほど壊れてしまった船団を見ていると、どうにも心配になってしまってな。


「……はい。それに……国境線の敵もいます」


「一万の帝国軍か」


「……彼らが、『オー・キャビタル』を奪還しに来る可能性もあります。備えなくては、なりません」


「……安心しろ。ヤツらが北に軍を動かそうとすれば、『自由同盟』が動く……いや。もしかして、フレイヤ。君は、『それ』が心配なのか?」


 『自由同盟』が、この機に乗じて、このアリューバ半島を奪う可能性を考えているのだろうか……。


「……ええ。私は、『自由同盟』を知りませんから。どうしても、身構えてしまいます」


「……そうだな」


 歴史という問題もあるのかもしれない。『羽根戦争』……ザクロアとのあいだで起きた戦だ。帝国という巨大な敵が現れたからといって、容易く過去を清算できるとは限らない。


 歴史は繰り返すものだ。


 ザクロアとアリューバがもめたのは、同程度の力であり、隣接する位置にあったからだ。そして、お互いが他国との貿易で成り立つ国であったことも大きい。商売敵だ。いつか再び、『羽根戦争』のような戦が起きる可能性は高い。


 利益で対立したとき、ヒトの群れは、いつも武器を取り、お互い殺し合う。それが、ヒトの不変の本質ではある……。


 同盟。


 その言葉がもつ脆さを、オレは知ってもいるのだ。かつて、ガルーナとファリスが結んでいた同盟。それも、ガルーナの窮地に破られ、仲間であるどころか、最悪の裏切り者としてヤツらは襲いかかって来た。


 オレは、フレイヤ・マルデルの不審を、悪いこととは思えない。


 当然のことだ。


 信頼の抱けぬ者の手を取ることなど、愚の骨頂。乱世では、ヒトは邪悪な本質を剥き出しにするものだ―――。


「フレイヤ」


「……はい」


「私掠船のハナシだが、あれは無かったことにしてくれ」


「え?」


「君たちは、この国を守り、再建することに力を尽くすべきだ。『自由同盟』との信頼関係を構築することは……その先でもいい。むろん、そのときが来るまで、『自由同盟』の軍勢は、ただの一人もこの土地には入れない。入れば……オレが立ちふさがろう」


「さ、サー・ストラウス!?」


 ジーンが驚いていた。なるほど、たしかにオレはムチャクチャなことを言っている。ルード王国の傭兵としては、間違った言葉を口にしているだろう。それでも、オレは続ける。


「この土地は、君たちのものだ。君たちが戦いで取り戻した土地。他の誰にも、支配することを、オレは許さん」


「……ほ、本気かよ?」


「嘘だと思うか?」


「……いいや。アンタは、そんな嘘はつかないだろう」


「そうだ。我が友ジーンよ。お前たちの国を、誰にも渡すことはない。奪おうとする者があらば、『パンジャール猟兵団』を呼ぶがいい。オレは、君たちのためなら、この土地を襲う者と戦う。誰であろうとも、躊躇うことなく斬り捨てるだろう」


 例え、それが『自由同盟』に所属する軍勢であったとしてもな。


 ……シャーロンが文句を口にするかとも思ったが、我が悪友は、なぜだか楽しそうな顔をしていたよ。シャーロンの笑みは、クラリス陛下の笑みでもある。クラリス陛下も、この土地を奪おうという感情は、さらさら無いのさ。


「……ウフフ。ストラウスさまらしいお言葉ですね」


「ああ。オレの本心だ。ワガママなことかもしれないが……これを曲げてまで生きていくつもりはないぞ」


「……分かりました。ストラウスさま、『アリューバ海賊騎士団』は、『自由同盟』からの申し出を、『一度、断ろうと思います』」


「一度?」


「はい。やはり、私たちと『自由同盟』は、まだ信頼関係が存在していませんから」


「そうだな。いつか、『未来』になったときには―――」


「―――ですが」


「……どうしたんだ、フレイヤ?」


 フレイヤ・マルデルが、こちらを振り向いていた。とても安らかな微笑みを浮かべて。


「ストラウスさまならば、知っています」


「あ、ああ。そうだな」


「私は……アリューバは、あなたとならば、同盟を結べます!」


「オレと、同盟?」


「はい。ストラウスさまと『アリューバ海賊騎士団』は、これからも一つです!」


「……嬉しい言葉だが、どういう意味だ?」


「ストラウスさまの願いと共に、私たちは私たちの海賊で在り続けるだけです」


 不思議な言葉だな。だが、彼女たちが誰の支配も受けることのない、あのアリューバの海賊で在り続けてくれるのであれば、オレはとても嬉しい。


「私たちは、強い絆で結ばれた仲間です!」


「ああ。そうだな、フレイヤ」


「だから、ストラウスさま。私たちに、あなたが帝国を打ち破る戦の、『お手伝い』をさせて下さい。私たちに、どんなことをしてもらいたいですか?」


「……君たちに、帝国との戦で望むことか……」


 たくさんのことが思いつくが、それでも、オレの頭に浮かんでいたのは、アイリス・パナージュの『策』であった。


「―――オレたちは、大陸の各地で、帝国の侵略師団を破った。だが、ヤツらは再建しようとしている。ファリス帝国という存在は、あまりにも巨大なのだ」


「はい」


「……このままでは、せっかく崩壊させたはずの侵略師団が蘇り、オレたちが守った国を襲うだろう。それは……やはり、見たくない光景なのだ。ルードも、ザクロアも、グラーセスも、ハイランドも……それに、このアリューバも」


「ストラウスさまならば、きっとそうです。私たちのアリューバのために戦うように、それらの国が窮地に陥れば、あなたはゼファーちゃんに乗って、駆けつけるはず」


「……ああ。そうだな。色々なところに、絆があるんだ。そのどれかを選ぶことは、オレには出来ない」


「……ならば。私たち、海では負けることのない『アリューバ海賊騎士団』は、どんなことをするべきですか?……私たちの仲です。遠慮はいりません」


 フレイヤの信頼を感じる。彼女のアリューバの海と同じ色をした瞳は、オレを真っ直ぐに見上げてくれているな。


 そうだ。オレたちは仲間だ。


 仲間に遠慮をするのは、それこそ失礼だというものだな。


「……海上から、帝国の沿岸部を攻撃して欲しいのだ。そうすれば、侵略師団という他国を『攻撃』する存在から、帝国国内の『守備』を司る兵士たちに、有能な人材が流れる」


「……つまり、『攻撃』と『守備』。その人的資源をコントロールするわけですね。『守備』に強兵が割かれれば、『攻撃』が弱まる……つまりは、侵略師団が、鈍る」


「ああ。そんなカンジだ。帝国を、牽制して欲しい。陸路からは難しいが、海路でならばやれるはずだ」


「ええ。行けます。時間こそ少々かかりますが、敵の守りをすり抜けることは、海でならば容易いですから」


「侵略師団の再建が遅れれば、オレたちは帝国に攻め落とされようとしている国を、より多く守れるようになる。守った国も、再び侵略されることを防げるのだ」


「仲間を守り、力を束ねる。それが、ストラウスさまの戦なのですね」


「ああ。オレは、その力で、ファリス帝国をぶっ倒したいんだ。フレイヤ・マルデル。そのために、『自由同盟』ではなく、ただの傭兵団長でしかないオレに、『アリューバ海賊騎士団』の力を貸してくれ」


「はい!よろこんで!!『アリューバ海賊騎士団』は、いつまでも、竜騎士、ストラウスさまの仲間なのですから!!」


 そして。


 姫騎士殿は猟兵みたいな強気の笑顔を浮かべるのだ。


 その笑顔があれば、確信が持てる。オレたちは、仲間なのだな、フレイヤ・マルデルよ。


 ならば。


 オレも笑うのだ。


 猟兵たちの長、ソルジェ・ストラウスとして、牙を剥いて笑う。


 そのとき、『パンジャール猟兵団』と、『アリューバ海賊騎士団』は、切れぬ絆で結ばれたのだ―――。




 ―――それは白き獅子を掲げる猟兵たちと、黒き烏を掲げる海賊たちの永遠の絆。


 陸の最強『パンジャール』、海の最強『アリューバ』。


 両者の魂は、戦場で結ばれて一つに融け合う。


 それはまるで竜の翼のように二つで一つ、乱世の嵐を飛び抜ける。




 ―――海賊の姫は誓うのだ、ストラウスの魔王の見る『未来』へ共に向かうことを。


 魔王も姫に誓うのだ、いついかなるときも絆は不変であることを。


 その誓いは途切れぬことなく、いつまでも続くであろう。


 それらは二つで一つ、魂の双子となって世界に力を示すのだ。




 ―――誓いはアリューバの海と風に記憶され、アリューバの民の心に刻まれる。


 誇り高き騎士の心と、自由を愛する海賊の心。


 アリューバの心もまた、白き獅子たちに伝わるのだ。


 残酷無情な復讐者の魂に、偉大なる王者の心は芽吹く。




 ―――焼かれて焦げた魂たちを引き連れる、その血塗られた道程は変わるまい。


 それでも魔王は変わるのだ、怨敵へも見せたわずかながらの慈悲の心。


 それは大いなる王の器への道が開いた証、ソルジェ・ストラウスは王へと至る道を進む。


 ガルーナの王は『魔王』、あらゆる色彩と共に在る黒き魂の王。




 ―――亜人種たちだけでは足りぬのだ、憎しみと軽蔑すら抱く人間族の力もいる。


 魔王の道には、人間族も惹かれるようになるだろう。


 それこそが、ジョルジュ・ヴァーニエが恐れた大いなる力の片鱗。


 あらゆる力を呑み込んで、あらゆる力を束ねていき……『魔王』へと道は至る。




 ―――星は巡り、海と空はアリューバに幾度となく戦いをもたらした。


 それでも白き獅子と黒き烏の絆は、共に在り続ける。


 子々孫々まで伝わる、途切れぬことなき絆の歌。


 それは、この日の誓いより始まったのだ。




 ―――果てぬ海と空の青に囲まれた、自由を求める誇り高きアリューバ。


 陸の最強、白き獅子の末裔たちに国境線の砦は守られて。


 海の最強、黒き烏の末裔たちはあらゆる敵の船を沈めて見せた。


 この偉大なる半島は、長き歴史のなかで二度と敵に屈することはなかったのだ。

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