第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その54


 オレたちは疲れている。ゼファーは飛ぶ力を残してはいるが、血から魔力が抜け落ちすぎたせいだろう。翼を動かす音に活力がないのだ……。


 ……ここは、オレが判断すべきことだろうな。


 ゼファーの首を指で叩く。


「……休むぞ。『ケストレル』なら、デカい。足場になるはずだ」


『で、でも?』


「いいのよ、ゼファー。敵の群れとの距離がある。さっきの船が、海賊船たちの動きを遅くさせていた……私たちが飛ばなくても、海賊船たちは攻撃されない。ちょっとだけ、休みましょう」


『……『まーじぇ』……うん。ちょっとだけ、やすんで……また、みんなをまもる!!』


「ああ。それでいい。仲間は守るだけの存在じゃない。守ってもらうことだって、あるんだ。『ケストレル』に下りろ、ゼファー」


『りょーかい!!』


 その言葉を空に残して、より『猟兵』らしくなって来たゼファーは『ケストレル』に向かった。着陸場所は……『ケストレル』の後部だよ。ジーンが、うわああ!?と叫んでいるが、構うことはない。


 強行着陸だ。


 ドッシイイイイイイイイインンンンッッ!!


 『ケストレル』さんが、ビックリしたみたいに、その身を揺らしたよ。でも、沈まない。さすがは『アリューバ海賊騎士団』で最大の船ってトコロだな。


 紋章やら祝福やら、魔術的な措置もしっかりと施されて、この海賊船を補強している。


「さ、サー・ストラウス!?……ゼファーは、大丈夫なのか!?」


「……ああ、ちょっと疲れちまっているだけだ。オレもリエルも、少しだけ休ませてもらうぞ」


 オレはそう言いながら甲板に飛び降りる。リエルもピョンと飛び降りてくるが、着地した3秒後にふらついたから、腕を伸ばして支えてやったよ。


「スマン、ちょっと座る……」


 リエルはそう言うと、しゃがみ込んだまま荒い息をしているゼファーに背中を預けるようにして座ったよ。


「さすがに、アンタたちでも、あそこまで大暴れすると疲れるんだな」


「……まあな。リエル……水筒だ」


「……酒は、ダメだぞ」


「ちがう。君のために、オレンジを搾ってもらっていたぞ」


「……うむ!いただこう!」


 フルーツ大好きなリエルは、オレの差し出した水筒を受け取ると、ニコニコしながらオレンジ・ジュースを飲み始める。


「……うむ。酸味が良いなぁ……いいオレンジだぁ……っ」


「気に入ってもらって良かったよ。さて、スマンな、ジーン」


「え?何を謝る?」


「『火薬樽』をばらまかれるのに、気づかなかった。海戦の空気に呑まれて、注意が薄くなっていたようだ……素人みたいなドジを踏んだ。『パンジャール猟兵団』の名折れだ」


「気にするなよ、サー・ストラウス。だって、アンタら、この20分のあいだに2500人は海に沈めているんだぜ?……とんでもない活躍だ。この海で一番の伝説だよ」


「……そう褒めてもらえると、安心するよ」


 オレもリエルの横に座る。ゼファーと密着するのさ。ゼファーの顔を撫でてやりたくてな。


「ソルジェ。お前も、コレを飲め。魔力はともかく、体力は回復するはずだ」


「……ああ。いただくよ」


 そう言って、リエルから渡された水筒をグビリとやる。たしかに……疲れたときには、こういう果実の酸味ってのは、最高にいいもんだよね。


「―――長に、リエル。そして、ゼファー、無事か?」


 宙からロープを伝い、シアン・ヴァティが降りてくる。帆柱の上に登り、見張りをしていたのだろう。あの軟らかい肉体で、着地の衝撃を吸収していたよ。無音の着地。さすがだぜ、『虎姫』よ。


「……はい。皆、無事です。少し、魔力を使い過ぎただけだ、シアン姉さま」


「そうか。よくぞやった。邪魔な敵が消えた。敵を、追いかけられる」


「そうだぜ、三人とも、大きな仕事をしてくれた。オレたちは速度を失わずに加速できる。あの『火薬樽』を迂回するから、遠回りにはなるが……『ケストレル』は、ヤツらよりも速い!!逃がさないぜ!!」


 ジーンは好戦的な笑みを浮かべて、部下の海賊たちに船乗りの大きな声で命令を出していた。


 オレは気になることがある。


「……ヤツらは、逃げているのか?」


「正確には、戦いやすい場所に行こうとしている。そして、おそらくは、オレたちが潰した護衛と合流したいんだろう」


「……4隻の援軍だったか」


「6隻いたよ。結構な戦いだったけど、『シアン姐さん』が活躍してくれたから、各個撃破で楽に勝てた。彼女、一隻には一人で乗り込んでいって……『火薬庫』をドカンだ!」


「……なるほどな、さすがはシアン・ヴァティだ」


「……まあな。ヤツらの船は作り方が同じ。仕留めるのは、容易い」


 クールな表情でそうつぶやきながらも、シアンのフーレン族の尻尾は、シュピン!と風を切るように動いた。


 褒められて嬉しいのかもしれない。戦士は、皆そうだぜ。自分の仕事を認められて、イヤな気持ちになるヤツはいないだろうさ。


「……しかし。それなら、ヤツら合流しようにも―――」


「―――仲間はもういない。昨夜のうちに、オレたちが仕留めたから」


「……さすがだな、ジーン・ウォーカー。予測していたのか?」


「……二万の歩兵を呼ぶぐらいだからね。船も呼ぶとは、思っていた。西に遠征に行くのなら、それを守るための船も欲しくなるさ」


「いい発想だ。さすがに海戦については詳しい。ならば、訊きたいことがある」


「なんだい?」


「……『オー・キャビタル』奪還のために必要な、2000の歩兵を失った。軍船の乗組員だけでも、お前の見立てでは、もう500は死んでいる……これだけの損害を与えても、ヤツは、闘争心を失っていないのか?」


「うん。ヤツらの航路は、戦うことをあきらめていない」


「……これだけの損害が出た。たとえ死力を尽くして『アリューバ海賊騎士団』との戦いに勝てたとしても……北上してきた『自由同盟』の軍には勝てないはずだ」


「……そうだな。オレは帝国との戦いが専門じゃなかったから、何とも言いがたいけれど。オレがヤツの立場なら、絶対に逃げる。勝ちの目は、ほぼない。ジョルジュ・ヴァーニエは、今が引き時だと思う」


 ふむ。


 海戦の専門家でも、そう思うのか。


「それなのに、ヤツは、まだ戦うつもりか?」


「……海戦では勝てるという自信があるのかもしれない」


「……海賊船だけでも、駆逐するつもりか」


「そうだと思う。それしか、戦いを継続する意味はない……そして、その勝利の価値は、大きいよ」


 なるほど。『オー・キャビタル』の奪還をあきらめても、『アリューバ海賊騎士団』の海賊船を沈められることが出来たなら……。


 『帝国が、この半島を取り戻す』ことは容易い。海軍力が無ければ、この半島に大勢での上陸を許してしまうからな。


 『アリューバ海賊騎士団』の陸上戦力の『質』は低い。同数の兵力で仕掛けられたら、間違いなく負けてしまうぞ。


「……だが。これだけの損害を受けても、ヤツはまだ海戦に勝てる気でいるのか?」


「そうだと思う。事実、オレたちは、『火薬樽』の罠にハマってしまった」


「……そうだな」


「アンタたちのおかげで、一隻沈められただけだった。でも、もしも、アンタたちがいなければ、オレたちは囲まれて、不利な状態で戦うことになっていたよ。フレイヤたちが合流するよりも先に、オレたちは殲滅させられていた」


「……オレたちがした仕事は、大きかったようだな」


「ああ。とってもね!……あの船一隻で、オレたち全員が抑えられていた。あの硬直状態が、あと15分でも続いていたら……敵に囲まれていたよ。スピードを奪われた状態だ。『カタパルト』が撃ち出す『火薬樽』の雨を、躱せなかった」


「……ヤツは、切れ者か」


「うん。オレは、さっき負けていたよ。アンタたちがいなかったらね。全滅させられるところだった……オレのシャツは、冷や汗でぬれちまってる」


 この海で最強の海賊、ジーン・ウォーカーが敗北を認めたか。


 海戦の達人が言うのだから、実際、そうなのだろう。


「……フレイヤなら、ヤツに勝てるか?」


「……分からない。でも、フレイヤは、きっとヤツを仕留めに行く。その方が、決着が早く着く。こっちも、あちらも、大勢が助かるはずだ……」


「ほう。じつに彼女らしい作戦方針だが……」


「そうだ……本当に、彼女らしい……本当に…………」


 ジーンの顔は、明るくはない。考え込んでいる。オレとの会話のなかで、気づいたことがあるのか?


「……まさか……フレイヤ…………ッ」


 彼の目は集中力を失ってはいないが、その口のなかで歯がゆそうに奥歯を噛んでいる。これでは……まるで、何か大きな悲劇が起きることを、覚悟しているような―――不吉な表情だぞ、そいつは好ましくない貌だ。


 思い出してしまうな。


 フレイヤ・マルデル……彼女は、この半島のためならば、命を捧げる覚悟をして来た娘だ。今では、『未来』を見ていると確信している……だが。フレイヤ・マルデルの見ている『未来』に、フレイヤ・マルデル自身の姿は、本当にあるのだろうか。


「ジーン。何に気づいた?彼女は……何をするつもりだ?」


「……ハイリスク・ハイリターンだ」


「……フレイヤは、何を狙っている?」


「……ヤツの首を取ることだけだ。彼女は……軍船の位置から全てを読み取るさ。オレが敗北するほどの強敵だと、すぐに悟るはず。そうなれば、彼女は……ヤツだけを狙う」


「どうやると訊いているんだ!!」


「……実力で負けている敵に、勝つ術は、ただ一つ。敵の旗艦に『ヒュッケバイン号』をぶつけて、白兵戦でヴァーニエを仕留めるッ!!」


「特攻するつもりか!?」


「きっとね。刺し違えても、それをすれば……戦は、終わる。ヴァーニエさえ、いなければ……帝国海軍はカスだ。彼女がいなくなった後でも、オレがいれば、この半島は守れる。オレは……この敗北で強くなってしまうはずだから―――彼女は、そう信じるからッ」


 ジーンが、牙を剥きながら……操舵輪を叩く。


「クソ!!調子に乗って、ヤツらを攻めすぎた!!……まだ、追いつける。追いつけるけど、これではまた同じことの繰り返しだ。『火薬樽』が邪魔だ、北に抜けられない以上、オレたちは……敵の艦隊に並べない!!フレイヤの援護が出来なければ、彼女は、きっと特攻するぞ!!」


 海戦の達人、ジーン・ウォーカーの言葉だ。


 それを、否定することが出来るほどに、オレの海での知識はない。猟兵たちはついているが、突撃しての乱戦になれば、一人で抜け出すことも難しくはない。


 『マルデルの焔』。『ゼルアガ・ガルディーナ』でさえ焼き尽くした、あの黒い焔。それを全力で解き放ったら?……ヤツの船に乗り込んで、命の限りの魔力を爆ぜさせて、悪神すら焼き殺す魔力を使えば?


 船ごと、ヤツは焼き殺すことは可能だ。おそらく、フレイヤは戻れないがな―――。


「……おい、若造。フレイヤとやらが、そんなに大事か」


 その言葉を口に出来たのは、シアン・ヴァティだけだった。フレイヤを知らない彼女だけが、フレイヤを軽んじるような言葉を、ジーンに向けられる。


 ジーンが激怒する。


「当たり前だッッ!!!そのために、オレは、自分の命を賭けてまで――――」


 ジーンが止まった。シアンの琥珀色の瞳に揺らぐ殺意に怯えたわけではないだろう。シアンは、無表情のまま『虎姫』の言葉を告げるのだ。


「……気づいたか。『策』はある。この『ケストレル』とかいうデカブツを『使う』なら、お前たちは、あの船団に追いつける。ここには、リエル・ハーヴェルと私がいるんだぞ」


「……ああ。行ける。フレイヤに、ムチャをさせずに、ヤツらに追いつけるッ!!……頼めるかな、シアン姐さん」


「長に訊け。私もリエルも、ソルジェ・ストラウスの猟兵だ。長が決めたことなら、死んでも貫く」


 何やら、物騒なことをさせられるようだな。だが、オレに訊くまでもない。シアンも、そして……オレの正妻エルフさんも、とっくの昔にやる気になっているじゃないか。リエルが気合いを入れて、立ち上がる。


「魔力は、完全に、回復したぞッ!!」


 膝が揺れている。強がっているのは百も承知だ。だが、それでこそ、オレのリエル・ハーヴェルだ。そうさ、猟兵がやるって言ってるんだ。猟兵団長が止めるわけがねえ。そうだよなあ、ガルフ・コルテス。


「サー・ストラウス!!お願いがある!!」


「よく分からんが、分かった!!オレたちを雇え、ジーン・ウォーカー!!フレイヤを守りたいのなら、何でもするのがお前だろ!!」


 フレイヤのために、竜の背から飛び降りたことを、オレは忘れてはいない。オレは、そういうバカが大好きだぜ。


「ああ!!オレは、フレイヤのところに、オレの海賊たちを連れていくぞッッ!!!」

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